第204話 対邪神連携訓練(2)
水晶蟻の攻撃パターンは結構単純で、凶悪な顎で噛み付くか、鋸のようになった前足で殴りかかってくるかのどちらかだった。
ただ、それでも彼らの連携は見事だったので、大きい個体に気を取られて小さい個体に隙を突かれそうになる場面もあった。
総合的に見てそこまで難敵というわけでは無いけど、ともかく数が多い。大森林に大量に居るとされる邪神の眷属。そいつらを想定した練習相手としては、やっぱり適切に思えた。
どんどん湧いてくる蟻達を相手に、通路で、広場で、あるいは窪地で、意図的にいろんな場所で戦いながら下へ下へ降りていく。
少し慣れてきたところで、前衛組は口にある魔導具を装備して戦ってみた。魔力を込めると一定時間空気が供給される、水中呼吸用のものだ。
邪神は周囲に毒ガス的なものを撒くらしいので、対策として領都の魔導具店で購入した。
若干の息苦しさはあるものの、動き回るのにそこまで支障はなかった。ただ、当たり前だけど言葉でコミュニケーションを取ることができない。手信号か何かの練習が必要かも。
あと、リーダーの僕が喋れないとみんながパーティーとして動けないので、対邪神戦では僕は後衛に回った方が良さそうだ。
そんな風に邪神対策を意識しながら進むこと一日半程、僕らは最下層の主の部屋に辿り着いた。
大きなドーム状の部屋の中には、体長数m程の巨大な水晶の蟻、水晶女王蟻が鎮座していた。
彼女は侵入者である僕らを見つけた瞬間、けたたましく歯を打ち鳴らした。すると部屋のそこらじゅうに開いた横穴から、わらわらと水晶蟻が現れ、あっという間に僕らを取り囲んだ。
「みんな! 手筈通りに!」
「「応!」」
基本は最初に挟み撃ちされたのと同じ戦法だ。蟻の大部分はプルーナさんが土魔法で足止め兼攻撃してくれた上に、蟻が湧き出る横穴まで塞いでくれた。ありがたい。
そして、水中呼吸用の魔導具をつけた前衛が無言で女王蟻に突撃。僕は後衛組に混じって、周囲の蟻や、時々前衛組声をかけてから女王蟻に雷撃を放った。
十数分後。特に苦戦らしい苦戦もしないまま、僕らは魔窟の主を討伐することができた。
主を討伐してから更に一日半後。無事に魔窟から領都に帰ってきた僕らは、冒険者組合に報告を終えた後、領主の館に向かった。
オルテンシア氏達使節団が連邦を目指して旅立ってから、今日で一週間ちょっと経っている。
あの国がまだ存在しているのであれば、そろそろ返答の書簡なりを携えた人が帰ってきそうだけど、館の文官の人によるとまだらしかった。
ちなみに、先日の連邦対策会議に出席した陛下を含む王国の重鎮達は、現在この館に逗留している。ついでに、なんと僕らも部屋を割り当ててもらっている。
神託の御子であるロスニアさんとその護衛達という扱いだけど、元敵兵のプルーナさんの逗留も認めてくれたあたり、プレヴァン侯爵は懐が大きい。
あと、陛下の腹心、王国月光近衛騎士団のケヴィン分隊長とも、先日屋敷の中ですれ違った。
彼は陛下が元気に政務に励んでいる事を喜んでいたけど、同時に一年後の廃位に関しては、仕方ない事だと言いつつ酷く悲しそうな表情をしていた。
そんな彼を励ましたかったけど、その元凶となった僕としては掛ける言葉が見つからなかった。
さておき、領主の館を出るともう日が沈みかけていたので、僕らはそのまま反省会という名の打ち上げに繰り出した。
館の使用人の方が教えてくれたちょっとお高めのレストラン。そこの個室に通してもらって、とりあえず全員飲み物と適当な食べ物を注文した。
「三日間の魔窟探索、お疲れ様でした!」
「「かんぱーい!」」
「んぐっ、んぐっ…… んにゃ〜、冬場は暖めた葡萄酒に限るにゃあ〜」
「ふふっ。ゼル、一応反省会なのだ。泥酔するほどは飲んでくれるなよ?」
「わかってるにゃ。でも、今回別に反省することは無かったと思うにゃ。プルーナもよく動いてたし、さすが元軍人だにゃ!」
「そうであります。プルーナのお陰で、戦術の幅が格段に広がったであります!」
「えへへ…… ありがとうございます!」
みんなに褒められてテレテレしているプルーナさん。ここ数日彼女の戦い方を見てきたけど、基本は攻撃能力もある広範囲の防壁で敵を足止めするのを優先して、余裕があれば螺旋岩で援護する感じだ。
また彼女は、筒陣がしこまれた手甲を両腕に、脚甲を前側の脚先に装備していて、合計六種類の魔法を即座に使用できる。
樹上で生活する蜘蛛人族の魔法使いは、落としたら面倒な杖の類は持たず、こうして手足に筒陣を仕込むのがスタンダードらしい。
彼女は周りをよく見ながら連携してくれるし、発想力と魔法による対応力にも優れている。本当にありがたい人材だ。オルテンシア氏、逃した魚は大きいのでは?
その後も会は和やかに進行し、最初に注文した料理や飲み物が無くなってきた。
「ふぅ、やっと空腹が落ち着きましたわぁ。次は何を頼もうかしらぁ…… プルーナ、何か食べたいものはあって?」
すでに五人前くらい食べているキアニィさんは、そんなことを言いながらプルーナさんにメニューを渡した。きっと今日も十人前くらい平らげるぞ。
「えっと、そうですね…… じゃ、じゃあこの林檎の包み焼きを」
一方少食気味のプルーナさんは、メニューを見て遠慮がちに言った。
「あ、それ美味しそう。僕も頼も。 --そうだ。プルーナさんて、王国語の読み書き殆ど完璧だよね。どうやって勉強したの?」
僕が出会った蜘蛛人族の中で、王国語を読み書きできる人はプルーナさんだけだ。蜘蛛人族達は馬人族を劣等種と見下しているらしいからおかしくは無いけど、その中でなぜ彼女がこれほど流暢に話せるのかが不思議だったのだ。
ちなみにちょっと前までお世話になっていた聖国では、現地の人達が王国語を話せたので、僕らは殆ど言葉に不自由しなかった。
もちろん聖国にも独自の聖国語がある。けれど、彼女達妖精族はめちゃくちゃ長生きな上に、特に聖教の中心地である聖都には諸外国の信徒が集まる。そんな環境なので、生きている内に大体の言語はマスターしてしまうらしい。
「王国から来た聖職者の方に教えて貰ったんです。聖職者の人は、魔法型の奔り人の僕でも差別せずに接してくれたので、居心地が良くて一時期協会に入り浸ってたんですよ」
「へー。確かに、聖教の人達ってみんなできた人達だよね。でも、それなら聖職者になっちゃいそうだけど、こっちの道に進んだんだね」
僕のその質問に、プルーナさんと、遅れてロスニアさんの表情が強張った。あれ…… 何かまずいことを言ってしまったらしい。
「--はい。最初は僕もそう考えました。聖教の事を勉強して、教会のお仕事を手伝って、本洗礼を受けさせてもらったんです。でも、僕は神聖魔法を授かれませんでした……」
プルーナさんは酷く悲しそうにそう応えた。何か彼女の心の傷に触れてしまったらしい。どうしようかとオロオロしていると、ロスニアさんが口を開いた。
「その、本洗礼というのは、聖職者が一般の信徒の方に施す洗礼と異なり、言ってみれば聖職者になるための儀式です。
魔法型で、創造神様に信仰を認められた人は、初級の神聖魔法を授かると言われています。ですが、条件はそれだけでは無いだろうというのが教会内の通説です。
なので、その、信仰心が篤い人格者の方であっても、何かの要因で聖職者になれないこともあります」
気遣うように話すロスニアさんに、プルーナさんは僅かに微笑んだ。
「……ありがとうございます、ロスニアさん。僕に良くして下さった聖職者の方も、あまり気にするなと言って下さいました。稀にですが、修練を積めば授かれるようになることもあると。
でも当時の僕は、神様にすら見放されてしまったと酷く落ち込みましたし、辛くなって協会に通うのもやめてしまったんです。
だって、いくら必死に祈っても神聖魔法を授かれない僕を尻目に、他の信徒の人達はみんなあっさり神聖魔法を授かっていましたから。
あの時は、神様や聖職者の方達が恨めしくて仕方なかったです。 --でも今にして思うと、神様は、僕がそういう人間だって見抜いていたんでしょうね…… へへ、へへへへへ……」
今度は暗い笑みで笑うプルーナさんに、部屋の中がシンと静まり返る。
「えっと…… ほら! そのおかげでプルーナさんは土魔法を極めて、こうして今ここに居る訳だし、少なくとも僕らにとってはありがたいよ。
プルーナさんも、そう思ってくれると嬉しいなー、なんて…… あははは……」
苦し紛れにフォローしようとしたら、すごく自分本位な言い方になってしまった。
しかしプルーナさんはそれでも気を持ち直してくれたのか、僕の方を見て笑ってくれた。
「ふふっ、そうですね。僕も、タツヒトさん達に出会えたことは神様に感謝したいと思っています。打ち込んできた土魔法が、皆さんの役に立っているのも嬉しいですし」
「……そうかい、ありがとう。よし、今日はたくさん食べよう! 林檎の包み焼き一個でいいの? あと五個くらい追加しようか」
「もう、そんなに食べられませんよ」
「あら、ではわたくしが食べますわよ?」
「おみゃーはもうすでに食い過ぎだにゃ」
それから部屋の中にはまた笑い声が響き、打ち上げは和やかな雰囲気で終えることができた。
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