第203話 対邪神連携訓練(1)
プルーナさんが『白の狩人』に加入してくれた日の翌日、僕らはすぐに領都の冒険者組合に向かった。
目的は二つ。僕とヴァイオレット様の改名手続きと、プルーナさんの冒険者登録のためだ。
陛下が僕らの手配を取り下げてくれたので、二人とも堂々と本名を名乗れるようになった。なので、早速冒険者組合に改名の手続きをしようという訳だ。
ヴァイオレット様の登録名はヴィーなので、変更しなくても正直そこまで支障は無い。けれど僕の登録名はタチアナ。明らかに女性の名前なので、色々と支障が出るのだ。
あと、ここ半年以上の間、僕はタチアナで居る時間の方が長かった。なんかもう別の人格が生えてきそうで怖いので、早めに抹消しておきたいのだ。
そもそも登録名の変更ができるのかドキドキだったのだけれど、意外な事に変更はすんなり行えた。頻繁に変更することはできないけど、数年に一回程度なら可能らしい。
多分、冒険者証に何か独立した認証機能のようなものがあるんだろうな。
プルーナさんの冒険者登録、パーティー登録もすんなり行えた。一緒に行動してもらう上で、冒険者としてパーティーに加入してもらった方が都合がいいのだ。
もちろん彼女は灰鉄級からスタートだったけど、僕らにはノウハウがあったので、彼女はその日の内に赤銅級に上がることができた。
それから数日。連携を確認しながら討伐依頼なんかをこなす内、プルーナさんは橙銀級に上がることができた。
組合の受付の人はその昇級速度に驚いていた。まぁ、彼女は従軍経験もある黄金級の実力者なので、僕らとしては不思議では無いのだけれど。
そんなわけで、プルーナさんも冒険者稼業に慣れてきて、連携も取れるようになってきた。少し難しめの魔窟に潜ってみようかとなったのが今日だ。
僕らは今、プレヴァン侯爵領の領都エキュリーからさほど離れていない管理された魔窟、通称『蟻の巣』にきていた。
魔窟の中の通路は狭めで薄暗く、隊列を組んだ七人分の足音がそこら中から反響してくる。
光源は、前の方で僕が、後ろの方でプルーナさんが発動させている灯火のみだ。
通路がうねり、幾つも枝分かれしているこの魔窟の中では、灯火が照らしきれない死角が多くできるので、常に緊張を強いられる。
「これだけ枝分かれしていると、迷ったら大変ですね…… 分岐が多すぎるせいか、魔窟の呼吸の向きもいまいち分かりませんし」
「うむ。組合の職員も、遭難には十分に注意するようにと言っていたからな。プルーナ、歩く速度は問題ないか?」
「はい。大丈夫です、問題ありません」
地形的にはあまり戦いやすい魔窟じゃない。それでもこの『蟻の巣』を選んだのにはもちろん理由がある。今の面子で攻略できそうだという点もあるけど、一番は対邪神を想定した訓練のためだ。
そう、ここに生息している魔物は--
「タツヒト君! 前方から…… 八体! 恐らく水晶蟻ですわぁ!」
「むぅ…… タツヒト! 後方からも複数の足音、恐らく同じく水晶蟻であります!」
早速お出ましのようだ。魔窟の構造上仕方ないけど、かなり警戒していたのに挟撃されてしまった。
「プルーナさん! 後ろの奴らを止められるかい!?」
「は、はい! 任せて下さい!」
「よし! キアニィさんは後方へ! 前方は残りの前衛組で一気に叩く! 後方はプルーナさんが土魔法で足止めの上、遠距離から攻撃!」
「「応!」」
僕の指示に応えるのと同時に全員が動いた。
先頭に居た蛙人族のキアニィさんは、その場で飛び上がって天井に張り付き、ペタペタと僕らの頭上を通って後衛の応援に向かった。
残った前衛のヴァイオレット様、ゼルさん、僕は、それぞれ武器を構えて前方へ駆けた。
「「ギギギギギッ!!」」
通路の暗がりから現れたのは、外骨格が透明な水晶のような鉱物に覆われている蟻型の魔物、水晶蟻の群れだ。大きさはまちまちで、中型犬程のものから熊程の体格のものまでいる。
この魔物は必ず群れで行動し、脆そうな見た目に反してその甲殻は非常に硬い。
「しっ!」
突き出した短槍の穂先が、眼前に迫った水晶蟻の複眼に刺さり、虫にしては大きめの脳を破壊した。
「ギギッ……!」
痙攣して脱力する蟻から槍を引き抜き、次々と襲いくる蟻を一撃で始末していく。ちらりと伺うと、他の前衛組も問題なさそうだ。
僕より前に出ているゼルさんは、双剣を巧みに甲殻の隙間に差し入れ、凄まじい速度で蟻をぶつ切りにしている。
ヴァイオレット様は、僕の横でサブウェポンの広刃剣を振い、蟻を硬い甲殻ごと粉微塵にしている。この魔窟の通路は狭いので、斧槍を馬体の脇に吊り下げているようだ。
そんな三人で暴れ回っていると、十数秒ほどで前方の蟻は居なくなってしまった。
「前方殲滅完了! 後方は!?」
振り返ると、後方の蟻もちょうど始末し終えた所だった。
プルーナさんの土魔法によるものだろう。幾たびも枝分かれした鋭い石の棘、それらが蟻の進路を妨害する形で地面から帯状に生えていて、三重の防壁を形成している。
何匹かの蟻は一つ目の石棘の防壁に突き刺さって息絶えており、二つ目、三つ目の防壁を超えた蟻達も、矢、投げナイフ、あるいは螺旋岩なんかの魔法で倒されていた。
まるで、話に聞く鉄条網と機関銃の組み合わせのようだ。敵を倒したところは見ていないけど、ものすごく効果的だったことが伺える。
「大丈夫みたいですね。ふぅ…… 皆さんお疲れ様でした。いきなり挟撃されてびっくりしましたね」
「はい。でも、プルーナちゃんがすぐに防壁を構築してくれたので、私達は落ち着いて攻撃できました」
「えぇ。もう連携は殆ど完璧ですわねぇ、プルーナ」
「はい、ありがとうございます! えへへ」
ロスニアさんとキアニィさんに褒められて、プルーナさんが屈託無く笑う。
彼女が捕虜になった当初と比べて、格段に笑顔が増えたように思える。何だかこっちまで嬉しくなってきちゃうな。おっと、これを訊かないと。
「プルーナさん。こいつら、邪神の眷属と比べてどうかな?」
「えっと。動きは結構似ていますし、甲殻が硬いところも同じです。強さが大きさによってまちまちな所まで一緒なので、練習相手としてはとても良いと思います。あ、もちろん糸や毒は持って無いみたいですけど……」
「にゃははは。そりゃそうだにゃ、蜘蛛じゃなくて蟻だからにゃあ」
八本足で群れで行動する虫型の魔物。邪神やその眷属を想定した訓練を行うのに丁度いいと思ったけど、予想通りだったみたいだ。
本当はドンピシャで蜘蛛型の魔物が出る魔窟が良かったんだけど、領都の周りには無かったのだ。
「なるほど。でも、練習相手としては十分成り立ちそうだね。よし、このまま最深部を目指そうか。
聞いた話だと、ここの主は水晶女王蟻で、小型の竜種くらい大きいらしいよ。
大型の眷属や、本物よりだいぶ小さいけど、邪神そのものに相対した時の立ち回りの練習になるはずだよ」
「は、はい。僕も賛成です。もっと広場での立ち回りも試してみたいですし」
「あー、確かにそうだね。大森林だとこんな狭い環境じゃないだろうから。了解。それじゃ、先に進もうか」
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