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第201話 勇気の聖蛇(2)

ちょっと長めです。


 使用人の人について大会議室に入ると、僕らが最後だったようだ。

 そして部屋の中の何人かは、ロスニアさんを見てギョッとしている。きっと控室を出るときに見せた、目に涙を溜めた覚悟完了な表情のままなのだろう。


「み、御子殿。如何なされた? 体調がすぐれぬようなら--」


「いえ…… どうぞ、会議を再開してください。宰相閣下」


 宰相が陛下の方を振り返ると、彼女はロスニアさんを見つめたまま無言で頷いた。


「承知しました、御心のままに。では、会議を再開する。午前中にいくつか対応案が出たが、あれらの他に意見のある者は申し出て欲しい」


 宰相の言葉に、ロスニアさんが震える手を上げた。


「お、おぉ、御子殿。聖職者のお立場からの意見もありがたい。どうぞ発言を」


 促されたロスニアさんはゆっくりと立ち上がると、リュディヴィーヌ枢機卿の方を見た。


「リュディヴィーヌ、枢機卿閣下。こ、答えが、出ました」


「そうですか…… そのご様子では、貴方にとって最も辛い決断をされたようですね。

 枢機卿などと持ち上げられておりますが、私もここに根を下ろす者。どうしても王国のためという考えを捨て切れなかった……

 貴方の勇気に敬意を。神があなたを御子として選んだ理由が、今はっきりと分かりました」


 ロスニアさんは枢機卿に頷き返すと、そのやり取りを訝しげに見守っていた全員を見回した。


「わ、私は、王国と連邦、二国の共同による、邪神の討伐作戦を提案いたします」


「「な……!?」」


 円卓に着席した王国の重鎮達、その殆どが驚愕に目を見開いた。

 一方で、ロスニアさんの背後に控えるみんなは、どこか納得したような表情をしている。僕もそうだ。連邦にやり返したり、金をせびったり、無視を決め込むより、よほど彼女らしい提案だったからだろう。でも……


「--御子殿。今の言葉の意味を分かっておられるのか? 貴方は、領地を侵略された我々に、あろう事か侵略者の手助けをせよと言っているのだ。

 蜘蛛共のせいで王国の民が一体何人死んだと思っておられる……!?」


 プレヴァン侯爵が語気を荒げ、他の重鎮達も怒りの形相でロスニアさんを睨みつける。

 ……当然の反応だろう。自分の領地や領民の命を脅かした連中を、なぜ自分達が身銭を切って助けてやらねばならないのか。まず感情面で受け入れられるはずが無い。


 重鎮達の怒気に押されるように、ロスニアさんがよろよろと僅かに後ろに下がった。震えも大きくなり、姿勢まで萎縮したように背中が曲がる。

 そのすぐ斜め後ろにいた僕は、彼女の背中にそっと手を触れた。そして同時に、僕の指先に触れるものがあった。

 見ると、ヴァイオレット様が僕と同じようにロスニアさんの背中に触れていた。目が合った彼女と、微笑みながら小さく頷きあう。

 その僅かな間にロスニアさんの震えは止まり、背筋はピンと伸びていた。

 

「連邦が王国に対して行ったことは、到底許されることではありません! しかし、すべての元凶は邪神です!

 邪神を取り除かずに連邦が消失すれば、王国にとっても困難な状況になってしまうはずです!

 賠償を求めるべき国家はすでになく、もし邪神がここまで侵攻してきた場合、王国は単独で邪神と相対することになります! どうか…… どうかご英断を……!」


「何を馬鹿な……! 森を棲家とするその邪神とやらが、草原の国家である王国にも攻め入ってくると? なぜそんなことがわかるのだ!?」


「紫宝級の戦士を一瞬で細切れにする、まさに神の如き魔物を本当に討伐できると? 我々が手を半端に手を出すことで、今度は王国が邪神に蹂躙されるやもしれぬ。

 それに、卑劣な蜘蛛共に背中を預けて戦えと……? 冗談ではない……!」


 必死に自分の提案のメリットを語るロスニアさんに重鎮達が声を荒げる。自分がロスニアさんを連れてきた手前か、ヴァロンソル侯爵領の重鎮達は口を噤んでいるけど、その表情は険しい。他の領と意見は同じなのだろう。

 そうしてどんどんヒートアップしていった重鎮達は、陛下がすっと手を上げたことに気づき、徐々に静かになっていった。


「……一理、ある」


 ポツリとつぶやいた陛下の言葉に、再び重鎮達がざわつき始めた。


「その可能性は余も考えていた。報告を信じるならば、国家規模の災厄たる邪神を放置するのは危険度が高すぎる。

 仮に邪神が動かずとも、その眷属は凄まじい速度で増殖していると聞く。そ奴らが大森林から溢れ出せば、もしそこに大狂溢(だいきょういつ)が重なれば…… 王国が受ける被害は、先の大狂溢(だいきょういつ)の比では無いだろう」


 陛下の言葉に、重鎮達は眉間に皺を寄せながら黙り込んでしまった。

 みんな、数十万人の領地を抱える。恐らく感情面では受け入れ難くても、ロスニアさんや陛下が語る理屈を無視することはできないのだろう。


「しかし、領地を侵略された侯爵達からすればまさに噴飯物の提案。つい最近国を傾けかけた余から提案すれば、また国を割る事態になりかねん。枢機卿の言葉では無いが、私からは提案できない案だった。

 御子殿。おそらく、連邦が冬を越すための物資や食糧支援も作戦に含まれているのであろう?」


「は、はい……! 衣食住がままならない状況では、強大な邪神の討伐などできないでしょうから」


「で、あろうな…… 理屈の上では、邪神を取り除くことが、長期、大局的に見て最も王国を存続させうる事になるだろう。しかし、当然討伐できる保証はなく、刺激することで王国の寿命を早めてしまうこともあり得る。討伐できたとして、王国の将兵にも決して少なくない犠牲が出るだろう。

 御子殿。自身の提案によって王国に多数の死者が出ること。そして最悪の場合、王国滅亡を招いた大罪人として、余と共に歴史に記されること。それらは覚悟しているのだろうか?」


「もちろん、覚悟の上です……! --情けないお話ですが、この提案をすると決めてから、体の震えが止まりません…… しかし、これが王国、ひいては連邦の人々を救うことに繋がるのです。一人の聖職者として、引くわけにはいきません!

 もちろん私も作戦に参加します。前線にて、王国と連邦、双方の傷付いた人々を癒しましょう……!」


 陛下はロスニアさんをじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。


「うむ…… よくわかった。さて王国の重鎮諸姉。王国民でない御子殿が覚悟を示された。連邦に対する卿らの憤りはよくわかる。しかしそれを飲み込み、理性によって御子殿の提案を受け入れてはくれぬだろうか?」


 陛下の言葉の後、会議室は沈黙に包まれた。しかし暫くして、ヴァロンソル侯爵が手を上げた。


「ヴァロンソル侯爵領は御子殿の提案に賛成します。冷静になれば、確かにその方策を取らざるを得ないように思えます」


「……プレヴァン侯爵領も賛同しましょう。御子殿、すまなかった」


 二人を皮切りに、残りの侯爵達も全員が賛成の意を示した。

 喜んで受け入れている様子は全く無く、消極的賛成といった感じだけど、それでも王国の首脳部の意思が一つの方向に揃った形だ。


「うむ。皆の英断に感謝する」


 笑みを浮かべる陛下に、今度は宰相閣下がおずおずと尋ねる。


「しかし陛下、共闘を提案するとして、連邦にはどのように伝えましょう?」


「ふむ…… そこだな。仮に余が連邦の人間だったとして、馬人族が侵略者である自分達を助けようなどという話は、中々信じられるぬだろう。普通は罠と考えるだろうな。

 連邦の首脳部に、誤解なくこちらの意図を伝える必要があるが……」


 考え込む陛下を見て、僕はある人物のことを思い出し、手を挙げた。


「む、タツヒト殿。何か意見が?」


「は、宰相閣下。そのような橋渡しに適当な人物に心当たりがあります。本日ヴァロンソル領より移送してきたオルテンシア連隊長です。

 彼女は先だってお伝えしている通り、連邦の州長の娘です。連邦の首脳部に接触できる立場かと。

 そして彼女は上昇志向が強く、危険を顧みずに大きな成果を勝ち取ろうとする人間です。此度の戦争で敗北した彼女に後はありませんが、この討伐作戦の橋渡しをしたとなれば、連邦で返り咲くには十分すぎる功績でしょう。

 それと、彼女はとても合理的なので、こちらの意図を曲解する可能性も少ないと思います」


「なるほど、確かに人選としては適切だろうな。だがそのオルテンシア、随分と聴取に難航したとも聞くが、交渉可能なのだろうか?」


「はい、可能と存じます。その、なぜか私とは話をしてくれますので……」


「ほ、ほう…… よし、ではそのオルテンシアをここへ。早速交渉に入るとしよう。それまで小休止とする」


 陛下の宣言と同時に場の空気が弛緩し、ロスニアさんがどさりと椅子の上に崩れ落ちた。

 そのまま椅子から転げ落ちそうになるのを、慌てて支える。


「おっと…… かっこよかったですよ、ロスニアさん。お疲れ様でした」


「タツヒトさん…… ありがとうございます。貴方やヴァイオレットさん、そしてみなさんのおかげです……!」


 ロスニアさんは目に涙を貯めたまま、僕の両手をしっかりと握って微笑んだ。

 きっと、彼女が本当に辛いのはこれからだ。でも今は、一山乗り越えたことを労おう。そんなふうに思っていると、僕の耳に重鎮達の小さな呟きが届いた。


「おぉ…… 敵国の連隊長だけでなく、御子殿まで」


「さすがは傾国……」

 

「うむ。まさに魔性の男だ。我々も気をつけねば……」


 あれ、結構いい意見を出したつもりだったのに、僕の評価ってそこに落ち着くの……? とほほ……






***






 ビーーーッ、ビーーーッ、ビーーーッ!


 【……コード00303がコード00302へ移行】


 【……第三大龍穴の融合個体、蜘蛛の神獣(アラク・イルフルミ)の紫宝級血縁個体の動向報告

 当該血縁個体は、現地表記アラニアルバ連邦を急襲、連邦人口の20%、およそ60万人を殺害

 以降孫血縁個体を増殖させながら、第三大龍穴浅層、連邦の退避したへ向かっている模様、一連の行動の目的は不明……】


 【……当該血縁個体の行動予測結果……残存する連邦勢力に対して攻撃を継続する確率……95.5%

 連邦勢力の消滅後、現地表記イクスパテット王国に対し同様の攻撃を行う確率……72.9%

 当該血縁個体を放置した場合の世界人口の損耗率演算結果……最大16.7%

 外部機能単位による当該血縁個体への干渉が、コード00000、神威(イル・リムトゥ)に発展する可能性……11.2%……】


 【……上位機能単位へ対応を請う……備考……イクスパテット王国には観察対象、個体名「シャム」が逗留中……】


 【……】


 【……上位機能単位へ、再度対応を請う……】


 【……】


 【……上位機能単位からの返答……コード00000の阻止を最優先……外部機能単位による干渉を禁止……エウロパ地域全域における人類の避難計画を立案すること--】






 11章 四八(しよう)戦争:破 完

 12章 四八(しよう)戦争:急 へ続く


11章終了です。ここまでお読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m

12章は明日から更新予定です。よければまたお付き合い頂けますと嬉しいです。

【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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