第200話 勇気の聖蛇(1)
ちょっと長めです。
ヴァロンソル侯爵は、僕がオルテンシア氏からの聴取に成功したことで、連邦への対応を決めるための材料が揃ったと判断したようだった。
彼女はすぐに王都と大森林側の侯爵領へ伝令を走らせた。ちなみに北側の侯爵領からの伝令により、王国北側も連邦勢力を排除することに成功したことがわかっている。これで、王国に侵入した敵勢力は全て排除できた形だ。
王国の内乱が一瞬で終結したことを差し引いても、蜘蛛人族にとって最初から部の悪い勝負だったのだ。プルーナさんの話を聞いた後だと、そうするしか無かったんだろうなとも思えるけど……
それから直ぐに主要人物に招集がかかり、お隣のプレヴァン侯爵領の領都で会議が開かれることになった。もちろん、連邦への対応を決めるための会議だ。
会議には王国の重鎮達が参加する。ヴァロンソル侯爵領からも侯爵が参加し、更に領軍の最高戦力である騎士団長などに加え、連邦の重要人物であるプルーナさんとオルテンシア氏も移送される。
あと、僕ら『白の狩人』も参加することになった。どうしても会議に参加したいというロスニアさんに僕らが同意し、侯爵にも承認された形だ。ただ、侯爵は元々僕らに同席を頼むつもりだったらしい。戦力的に無視できず、神託の御子もいて、連邦の重要人物達とも話ができる面々だからだろう。
慌ただしく領都クリンヴィオレを発った数日後。僕らはプレヴァン侯爵領の領都エキュリー、その領主の館の大会議室に集合していた。
造りはプレヴァン侯爵らしい質実剛健なもので、広い部屋の中心には大きめの円卓が配置されている。部屋には三十人程が集まり、陛下や各侯爵といった重鎮達に加え、神託の御子であるロスニアさんも円卓に着席している。
重鎮の人達の後ろには護衛の人達などが控えていて、ロスニアさん以外の『白の狩人』の面子も同じく護衛枠なので、彼女の後ろに固まっている。
内乱の和平会談の焼き増しのような光景だけど、今回は王国における教会の最高責任者、リュディヴィーヌ枢機卿も参加している。
捕虜の二人はそれぞれ別室で待機していて、必要に応じて呼び出すようだ。
給仕の人がお茶を配り終わったところで、マリアンヌ陛下が口を開いた。
「揃ったようだな。まずはこの国難に再び集まってくれたことに礼を言いたい。また、場所を用意してくれたプレヴァン侯爵にも礼を言おう。感謝する」
「は、勿体なきお言葉にございます」
陛下の言葉に頭を下げるプレヴァン侯爵。そうか、てっきり侯爵が会議の発起人だと思ったけど、陛下が招集したんだな。
「うむ。さて現状だが、国内に入り込んだ蜘蛛共の勢力は一掃され、全ての拠点の奪還は完了しているとの報告を受けている。
そして本会議の目的は、此度の連邦の侵略に対して、我が国の今後の対応を定めることである。宰相、進行を頼む」
「は、仰せのままに。諸姉らはすでに書状等にて概要は知っていようが、議論を進める前にまずは情報の確認と共有を図りたい。
ヴァロンソル侯爵。卿らから提供された情報により、他の領地でも捕虜への聴取が進んだと報告にある。初めに、卿らが連邦の将校から得た情報を語って欲しい」
「了解した、宰相殿。主たる情報源は、連邦西征軍の連隊長オルテンシアと、魔導参謀補のプルーナ。この二名は--」
ヴァロンソル侯爵の説明は、当たり前だけど僕が知っている内容と特に差分は無かった。その後は、プレヴァン侯爵を含む他の侯爵から説明があったけど、ヴァロンソル侯爵の説明を少し補足する程度のものだった。
「ふむ、これで情報は出揃ったように思える。では連邦への対応について議論に移ろう。
此度の戦争において、主に被害を被ったのは諸姉ら侯爵領である。攻め返すか、使者を送るか、はたまた静観するか、まず諸姉らから意見を募りたい」
宰相閣下が促すと、プレヴァン侯爵が真っ先に手をあげた。
「まず、俺らが持ってる情報は正しいだろう。あんな無茶な攻め方をしてきた上に、捕虜が全員同じようなことを話してるからなぁ。
その上でだが、こっちでも人をやって今の状況を確かめるべきじゃねぇか? 攻めるにも交渉するにも、すでに連邦が邪神の腹ん中だったら意味がねぇ。
もちろん、連邦がしばらく生き残る想定で、この場で議論を進めておくのも必要だがなぁ」
「ふむ…… それは、そうであるな。しかし、その……」
宰相閣下は言い淀みながら、顔は侯爵に向けつつ目だけで陛下の方をチラリと見た。
陛下はそれに気づき、後悔を滲ませた表情で口を開いた。
「--そのような任務を得意としてたウリミワチュラは、余の蛮行により地下へ潜ってしまった、か。
御子殿の護衛の、キアニィ殿と言ったか。連邦の侵略によって有耶無耶になっていたが、其方ならば彼女らに接触できるだろうか?」
突然水を向けられたキアニィさんは、少し驚きながらも一歩前に出た。
「は。接触は可能と存じますわぁ。一方で、今すぐにと言われてしまうと、難しいと言わざるを得ませんわぁ。
ヴァロンソル領の領都で少し組織について調査致しましたけれども、かなり入念に痕跡が消されていましたの。今から王都で調査にあたってとしても、それなりにお時間を頂けませんと接触は出来ないと思いますわぁ」
「うむ…… そうであろうな。では調査の手段については一旦保留としよう。宰相、次の--」
僕は驚いてキアニィさんの顔を凝視してしまった。領都でよくゼルさんを連れて食べ歩きしていたのは、そういう理由だったのか。
「ちょっと、なんですのその視線は。まさかこのわたくしが、ただ食べ歩きをしていただけとでも?」
「す、すみません。正直、そう思ってました。この通りです」
僕の視線に気づき、小声で抗議してくるキアニィさんにガバりと頭を下げる。
「にゃー…… 屋台だけじゃなくて、路地裏とか空き家とかに入ってたのはそれだったのかにゃ。てっきり、変な趣味かにゃにかだと思ってたにゃ」
「……あなた達、会議が終わったら少しお話ししましょうね?」
その後も会議は続いたけど、議論が少し煮詰まってしまったので、昼食も兼ねて休憩時間が設けられた。
攻められたからには攻め返すべき。しかし大森林は完全に蜘蛛人族の領域、国力差があるとはいえ、今度は我々が蜘蛛の巣に囚われるやも。それに、邪神とやらに遭遇する危険性もある。
では賠償請求や捕虜に対する身代金を求めるべき。こちらにはプルーナやオルテンシアという駒があるので、交渉できる可能性はある。だが、連邦にその体力があるのか、そもそも冬を越せるのか。
それよりも邪神に備えるべきでは。しかし、紫宝級の戦士を一瞬で葬るまさに神の如き相手にどう対処すればいいのか。
いくつも議論が交わされたけど、その行き着く先はいつも連邦に先があるのか、そして、邪神が今後どう動くかという点だった。そして、それらは今ここにいる誰にも分からないのだ。
「むぅ…… この不確定な状況で議論を続けても、おそらく連邦への対応に対する結論は出ないであります」
「そうだな。しかし、今の内に様々な可能性を考えておくことに意味はあるだろう。状況が動いたときに、それが想定内のものであれば即応できるからな」
割り当てられた控室で、僕らは先ほどまでの会議を振り返っていた。
すると部屋にノックの音が響き、部屋を不在にしていた二人が帰ってきた。
「あ、お帰りなさい。ロスニアさん、ゼルさん。リュディヴィーヌ枢機卿とは話せましたか?」
「ただいま戻りました。はい、閣下は快くお話を聞いてくださいました。
--あの、タツヒトさん、ヴァイオレットさん。一つ、質問してもいいですか? お二人に取ってはお辛い事だと思うのですが、どうしても訊きたい事があるんです」
真剣な表情のロスニアさんに、僕とヴァイオレット様は顔を見合わせ、頷いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。その、お二人は、お互いを引き離そうとするマリアンヌ陛下の命を破り、王都を出奔したと伺っています。そしてそれは、結果として領内に多くの餓死者を出しうる決断だったとも。
その時、お二人はどうしてその重い決断を下すことができたのでしょう……?」
「「……!」」
突然の質問に、二人同時に息を飲む。最初に、ヴァイオレット様が口を開いた。
「どうして、か。 --私は、その結論を出すまで酷く思い悩んだ。王国への忠義、領民への責任、そしてタツヒトへの思い。どれも非常に大きいものだったからな。
だが、結局は最後の一つがこれまでの私の人生全てよりも大きく、私の天秤はそちらに傾いた。それが答えだろう。騎士としては失格だが、個人の欲望を優先し、後ろめたさを一生抱えていく覚悟で選択したのだ」
「僕も…… 最後はヴァイオレット様に背中を押してもらいましたけど、気持ちは同じだったと思います。
実は、以前キアニィさんにも同じような質問をされた事があります。その時は、そんなにひどいことして後悔はないのかって訊かれましたけど、無いって言い切りました。
後悔してるなんて言ったら、その時の自分にも、決断してくれたヴァイオレット様にも顔向けできませんから」
「あ、あの…… あの時のことは忘れて頂けますと……」
「ふふっ、わかってますよ」
小さくなってか細く訴えるキアニィさんに笑いかける。
一方僕らの答えを聞いたロスニアさんは、納得するような、愕然とするような、なんとも形容し難い表情をしていた。
「そう、ですよね。お二人がお互いを最も大事と思えばこそ、その決断と、決断に至る覚悟を持てたんですよね…… やはり、私にはとても……」
その呟きに、僕はなんとなくロスニアさんの苦悩が分かったような気がした。
「--ロスニアさん。僕らはあの時、お互いさえ居ればいいと思って決断しましたけど、あなたは聖職者です。僕はあまり信心深くはありませんが、聖教の『あなたの隣人を種族の別なく愛せよ』と言う教えは好きです。
あなたにとっての愛すべき隣人とは、国や種族に関係しない、もっと多くの人々なんじゃ無いですか……?」
「そ、それは…… でも……!」
「ロスニア。私とタツヒトは、様々なものを投げ打ってやりたいことをやると決めた。その覚悟さえあれば、君だってそうして良いのでは無いだろうか。
それに、少なくとも今この場にいる皆は、君がどんな選択をしようと味方でいるだろう。その程度には、我々は君のことが好きなのだぞ?」
ロスニアさんが何を考えているか、それをはっきりと理解している人はこの中に居ないだろう。でも、僕らはヴァイオレット様の言葉を無言で肯定するように、ロスニアに微笑みかけた。
「皆さん……!」
コンコン。
そこにノックの音が響き、使用人の方が静かに入室してきた。
「失礼致します、神託の御子様、そして護衛の皆様。そろそろ休憩時間が終わります。大会議室へご案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「--分かりました。お願いします……!」
ロスニアさんはそう答え、僕らに背を向けて扉に向かった。背を向ける直前、彼女は震えながら目に涙を溜めていた。けれどもその目にはもう迷いは無く、強い決意の光が宿っていた。
本話にて、拙作が200話に達しました!
キリよく200話で11章を終えたかったのですが、どうしても一話分はみ出てしまいました。。。
こうして更新を続けられているのは、読者の皆様のおかげでございます。いつも本当にありがとうございますm(_ _)m
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。