第020話 義理の姉上達(1)
それは小麦の種蒔きがひと段落した頃。いつも通りの村長夫妻と朝食を食べている時だった。
村長が少し言いにくそうに切り出した。
「あー、タツヒト。今度木こりの護衛の仕事してみねぇか? もちろん報酬は出す」
「え、はい。構いませんけど、何か言いづらそうですね?」
「あぁ。護衛するとなると当然冒険者連中と一緒にやるわけだが、その、お前の義理の姉貴達も同行することになる」
「あー、なるほど…… リゼットさんとクロエさんですね」
村に住むにあたって、戸籍上、僕は村長の義理の息子ということになっている。
そしてボドワン村長には本来の娘さんが二人、息子さんが一人いる。
息子さんはすでに領都に婿に行っているらしいけど、僕の義理の姉上達はこの村にいるのだ。
周りから聞いた話だと、義理の姉上達は僕が来る少し前に村に戻って来たらしい。
領都の冒険者組合で登録して、一人前と言えるくらいの強さになってから戻って来たのだそうだ。
ちなみにボドワン村長は元冒険者でかなり強かったらしく、彼女達もその影響を受けたようだ。
彼女達は村長宅ではなく、エマちゃん親子がやっている酒場兼冒険者宿舎に住んでいる。
他の冒険者と溝を作らないようにするためだろうけど、村長夫妻が冒険者業に反対しているせいもあるだろう。
本当は村長業、つまりはデスクワークや折衝などを覚えて欲しいらしい。
でも全く没交渉というわけではなく、たまに顔を出して村長に稽古を付けてもらうこともあったようだ。
以前村長に二人を紹介してもらって、その時はそこまでじゃなかったんだけど、最近は露骨に嫌われてるように感じる。
僕もたまに村長に稽古をつけてもらっているので、その分彼女達の時間が減るから仕方ないんだろうけど。
ただそれにしても敵意強くない?
「おめぇ強くなりてぇって言ってただろ? それに村の仲間同士、しかも家族なのに仲が悪いってのもなぁ。護衛任務だと魔物と戦えるだろうし、あいつらも一緒に仕事したら打ち解けるかも知れねぇ。いや、ほんとはあいつらの方が大人になるべきなんだが…… どうする?」
村長の言葉に確かになと納得する。気持ちの面では多少億劫だけど。
「タツヒト君、気が進まないなら断ってしまっていいですからね。全くあの子達ときたら、体ばっかり大きくなって」
「いや、そうは言ってもお前……」
「あなた、少しあの子達に甘すぎますよ」
おぉ、珍しくクレールさんがおこだ。
うーん。
「いえ、やらせてください。できれば仲良くなりたいですから」
これは本心からそうだ。
この村は100人くらいの殆ど閉じたコミュニティなので、嫌われたままより仲良くなっておきたい。
「そうか! ありがとよ。飯食ったら準備して酒場に向かってくれ。話は冒険者連中に通しておく。俺も同席したいところだが、なんとなくいねぇほうがいいような気がしてなぁ」
――何となく僕もそれが正解な気がします。
朝食後、僕は自室に引き返して仕事の準備に取り掛かった。
ヴァイオレット様から頂いた古代遺跡発見の報奨金は、その大半が翻訳機に消えた。
翻訳目的にはもう殆ど使っていないけど、通信機能だけでもかなり便利だ。
二つ買ったうちの片方は今はエマちゃんに持ってもらっていて、二人で遊んだり連絡したりするときに使っている。
たまに夜眠れないエマちゃんからコールが来て、寝落ちするまでお話ししたりもする。
地球原産の童話なんかを話すと喜んでくれるんだよね。
ちょっと脱線した。
で、報奨金の大半は無くなったけど、残りもそれなりの金額だった。
自分より強い人が好みなヴァオイレット様に振り向いてもらうため、僕は迷わず装備の購入にそのお金を使った。
いや、もちろん装備だけ買って強くなりましたというつもりはないんだけど、素手だとゴブリン倒すのも大変なので……
メインの武器は村の職人さんに作ってもらた短槍で、僕の身長くらいの木製の柄の先に両刃の大きめな穂先がついている。
何もファンタジー要素が無い代物だけど、シンプルで癖がなく、かつ頑丈な一品だ。
あと予備の武器として大振りのナイフ。これは柄の中が空洞になってて、適当な棒を差し込めば即席の槍にもなる。
防具は丈夫な布の服にブーツ、グローブ、そして皮鎧。
革鎧だけちょっとファンタジー要素があって、なんとオークの皮を使った結構頑丈な代物だ。
これは村長のお古で、サイズ調整だけして使わせてもらっている。
まだ遭遇したことはないけど、この辺の森にもたまにオークが出るらしい。
冒険者の人たちを待たせてはいけないので、僕はいそいそと武器と防具を装備した。
そして水や非常食、ヴァイオレット様づてに買い取った古代遺跡産の治療薬など、最低限の備品。
これらを入れたポーチを腰に止め準備完了だ。
最後にクレールさんからお昼のお弁当を受け取り、僕は小走りで酒場まで戻った。
酒場に着くと、すでにみんな外で屯していた。
「おはようございます。すみません、お待たせしました」
「おー、タツヒト君。話は聞いてるよ、よろしくね」
気さくに答えてくれたのは、面長で柔らかい物腰の馬人族のお姉さんで、イネスさんという。
彼女は六人組の冒険者パーティ、深緑の風のリーダーで、風属性が得意な魔法使いだ。
僕が知っている魔法を使う人は、村のソフィ司祭、山羊人族の魔導士ロメーヌ様と部下の人が数人、そしてイネスさんくらいだ。
魔法を使える人って貴重なんだな。僕も使ってみたいけど、なかなか教えを乞うタイミングが無い。
そういえば、以前イネスさんに魔法使いと魔導士の違いについて聞いたら、頭使わないのが魔法使い、頭使うのが魔導士だって言ってたな。
分かるような分からないような……
「ようタツヒト。エマちゃんが心配するから怪我しないようにな」
「タツヒト君はエマちゃんと仲がいいですからねー」
「あはは、気をつけます。今日はよろしくお願いします」
他のパーティメンバーの人達とも和気藹々と挨拶を交わしていると、和やかな雰囲気をぶち壊す声が聞こえてきた。
「イネスさん、本当にこのなまっちょろい男を連れてくんスか?」
ずいぶん不機嫌そうなこえだ。
声がした方を見ると、やはり我が義理の姉上だった。眉間に皺がよっている。
「俺は反対っスすよ。クロエもそう思うだろ?」
「そうですねリゼット姉さん。森に連れてったらすぐに死んでしまいそうです」
先に文句を言ってきたガラの悪い馬人族の方がリゼットさん、追従してる只人の女の方がクロエさんだ。
リゼットさんの方は短髪に黒い毛並みで、馬人族なのに黒豹みたいなしなやかな体つきだ。
武器は双剣で見た目通りスピードタイプなんだろう。
クロエさんは顔立ちはクレールさんにそっくりでおっとりした感じだけど、首から下にボドワン村長の面影がある。
武器はメイスで、こちらも見た目通りパワータイプだろう。多分。
「なんだいリゼットもクロエも。タツヒト君はヴァイオレット様の一撃を受けて無事だったんだ。もしかしたらこの場の誰よりも強いかもしれないよ?」
そうだそうだ。言ってやってくださいよイネスさん。
「どうだか。ヴァイオレット様がめちゃめちゃ手加減して差し上げたんじゃないスかぁ?」
――それは否定できないかも。ヴァイオレット様の本気の一撃を受けたら、冗談じゃなく肉片も残らないと思うし。
「やけに絡むなぁ。どうしたいっていうんだい」
イネスさんが困り顔でリゼットさんに質問する。
するとリゼットさんはガラの悪い笑顔で答えた。
「いっちょ俺に試させてくださいよ。おいタツヒト、俺がお前を試験してやるよ。試合だ試合!」
どうしよう。仲良くなりにきたのにいきなり喧嘩を吹っ掛けられてしまった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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