第199話 捕虜との語らい(3)
久しぶりに予約投稿に成功……!
ちょっと重い雰囲気になってしまったプルーナさんとの面会の翌日、僕はヴァロンソル侯爵閣下に呼び出されていた。
「お召しにより参上いたしました」
「うむ、よく来てくれた。そこに掛けたまえ」
「は! 失礼致します」
領主の館の執務室、その応接用の椅子にキビキビと座る。一応今の僕は民兵で、バイトが社長に呼び出されているような状況のはずなので、それらしく振る舞うべきだろう。
「……もっと楽にしたまえ。君は一応民兵の扱いだが、もう娘-- いや、元娘か。もうヴァイオレットの家族のようなものだ。つまり、殆ど私の息子のようなものだ。余人の目が無い場合は、そこまで畏まることは無い」
「そ、そうですか。その、ありがとうございます」
そんなふうに言って貰えたら、なんだか別の方向に恐縮してしまうぞ。
「うむ…… それで用件なのだが、まず君が敵の魔導士から得た情報の裏取りをした結果、ほぼ情報は正しそうだという結論に達した。
しかし一方で、領軍が聴取に成功したのは、捕虜の中の比較的下級の兵士や魔法使いのみだ。将校級の捕虜からも情報を得たい所なのだが、いかんせん皆口が固い。
だが将校級の中で一人、ある人物となら話をしても良いと言ってきた者がいてな……」
そう言って閣下は僕をじっと見つめた。
「--あの、もしかしてその将校はオルテンシア連隊長で、ある人物というのが僕と言うことでしょうか……?」
「うむ、話が早くて助かる」
「なるほど…… それで僕だけの呼び出しだったんですね」
珍しく僕だけ呼び出されたので、ちょっと怖かったんだよね。ちなみに『白の狩人』の他のみんなは、今日は揃ってプルーナさんの部屋に面会に行っている。
今頃部屋では女子会が開催されているはずだ。どんなことが話されているのか気になるけど、なぜか知らない方がいいようば気もしてくる……
「そう言うことだ。彼女は君が捕らえたということだから、ただ恨み言を吐かれるだけの可能性もある。しかし国を割るほどの魔性の男たる君なら、何か情報を引き出せるかもしれない。頼めるだろうか?」
「……魔性の男かは分かりませんが、分かりました。全力を尽くします」
「うむ、では今から監禁塔に向かってくれ。彼女は最上階に収容されている」
多少納得の行かない気持ちを抱えながら、僕はオルテンシア氏の元に向かった。
『来たな無礼者…… この私の頭に、よくも淫部などを押し付けおって……!』
オルテンシア氏の部屋に面会に行き、こちらを睨みつける彼女の正面に座った途端、僕の頭の中に罵倒が飛び込んできた。
プルーナさんと違って彼女とは言葉が通じないので、お互い古代遺跡産の翻訳装具を着けて会話しているのだ。
多分、ベラーキで彼女を取り押さえた時のことを言っているのだろうけど、あれは不可抗力というか……
彼女は反抗的なせいか、面会時にも部屋の中に監視の兵士の人がいる。当然その人も装具を着けて僕らの会話を聞いて、なんかすごい表情で僕の方を見ている。き、気まずい……!
『あー…… あれは暴れる貴方を取り押さえるため、止むを得ずああなったしまったんです。決してそう言った意図は無かったと言いますか……』
兵士の人への言い訳も兼ねてのらりくらり応える僕に、オルテンシア氏は鼻を鳴らした。
『ふん…… どこまでも憎らしい奴だ。 --しかし、劣等種共の元に置いておくには勿体無い男でもある。
今更ながら貴様、名は何と言う? 四つ足共などではなく、この私、オルテンシア・フォン・ヴィンケルに仕えよ。栄達は思うがままだぞ?』
途端に尊大な笑みを浮かべて踏ん反り返るオルテンシア氏。なんというか、『我、特権階級也』って感じの人だな……
『--僕はタツヒトと言います。ただの民兵です。そして、献身的な部下を口汚く罵って殺そうと人には仕えたくはありません。プルーナさんは悲しんでいましたよ』
『よもやあのような出来損ないに籠絡されたのか……!? 魔法の一芸に秀でて居たから側に置いてやっていたというのに、どこまでの私の足を引っ張りおる……!』
……なんかイライラしてきちゃった。
『お話がそれだけなら、これで失礼させていただきます』
『まぁ待て。劣等種共の子飼いたる貴様は、この私から情報を引き出す必要がるのではないか? 貴様が私に伏して願うのであれば、話してやらんことも無いぞ?』
席を立とうとした僕をオルテンシア氏がニヤニヤと眺める。腹立たしいけど確かにそうだ。
僕は渋々座り直し、彼女にぐいと頭を下げた。
『オルテンシア殿。どうか、お話をお聞かせ頂けないでしょうか』
『……少し態度が気に入らんが、まぁよかろう』
それからオルテンシア氏は、意外にも素直に僕の質問に答えてくれた。得られた情報はプルーナさんや他の捕虜からのものと矛盾は無く、その確度を確認できた形だ。
そして大きな差分が二つ。まずこのオルテンシア氏、実は連邦を構成する12の州の一つ、コルンフォル州の州長の娘らしい。なんでも、娘と言っても末子で継続権も低く、手柄を立てて成り上がるためにこの分の悪い戦争に賭けたのだそうだ。
連隊長かつ貴族的な振る舞いから、いい血筋なんだろうなと思っていたけど、思ったよりも大物だった。彼女の言葉が本当なら、王国は連邦への大きな交渉カードを手にしたことになる。
もう一つの差分も重要で、邪神についての情報だった。口を割った捕虜の中に邪神と直接対峙したという人はいなかったのだけれど、彼女は討伐軍にも参加して運よく生き残ったらしい。アグレッシブな人だ。
邪神に最も肉薄したのは、やはり連邦の紫宝級冒険者パーティーだったそうだ。紫宝級の大剣使いと風魔法使い、そして青鏡級の三人から構成された彼女達は、かなり善戦したらしい。
周囲の大気を完全に支配下に置く邪神に対して、風魔法使いはなんとかパーティーメンバーの呼吸を確保し、肉弾戦に専念させた。
しかし連邦の全戦力の支援の元であっても、青鏡級の三人が次々に討たれ、パーティーは紫宝級の二人だけになってしまった。けれどその三人が命を賭して作り出した隙、それを突いて大剣使いが放った渾身の延撃が、邪神の頭部に一文字の大きな傷をつけたそうだ。
初めて邪神に手傷を負わせたことに沸く討伐軍だったが、それが邪神に本気を出させてしまった。邪神が大剣使いを睨んだ瞬間、身体強化により凄まじい強度を持つはずの彼女の体は、轟音と共に数百の肉片に弾け飛んだのだ。
その攻撃の一瞬前には、周辺一帯の大気の支配が解かれ、大剣使いの周りの景色が歪んでいたそうだ。なんらかの風魔法によるものなんだろうけど、どうやったのか、どう対処すればいいのか想像もつかない。
以降の士気はガタ落ちになり、紫宝級の風魔法使いを含む何十人もの手練と数万の精鋭が蹂躙され、討伐隊は数を半数に減らして敗走したそうだ。
『邪神とはそれほどの存在なのですね…… ありがとうございます、とても参考になりました。でも、なぜここまで話してくれる気になったんですか?』
彼女は僕に恨みこそあれ、協力する気になるような要素は一つも無いはずだ。
『--ただの気まぐれだ。先ほどは私に仕えれば栄達できるなどと言ったが、私は賭けに負けた。大負けだ。仮に連邦に帰れたとしても居場所など無い。私の道はもう行き止まりなのだ……
それならば、この私を捕らえた無礼者に文句の一つも言いつつ、褒美として情報の一つでも与えてやろうと思ったのだ。まぁ、そもそも年を越す前に、連邦そのものが消えるかも知れぬがな。
さぁ、行くが良い。もう用は済んだだろう』
『--ご協力に感謝します、オルテンシア殿。では』
尊大な態度は鳴りを潜め、ただ無表情に机を見つめるオルテンシア氏。僕はそんな彼女にかける言葉が見つからず、それだけ言って部屋を後にした。
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