第198話 捕虜との語らい(2)
ちょっと遅れてしまいました。。。
領都に戻って数日。寒さはさらに厳しくなり、雪がちらつくようになっていた。もう本格的に冬である。あと一ヶ月後には、聖教の重要なイベントである年越し行事、生誕祭も控えている。
街の様子はというと、もう戦勝気分と生誕祭の両方でウッキウキという感じだ。街を行く人々の表情は明るく、王国内の商流も復活し、リベンジ消費に市場が沸いてる。そんな印象だ。
その一方で、依然として食糧問題はかなり逼迫している。大狂溢で元々大量に餓死者が出る見込みだった上に、蜘蛛人族捕虜まで大量に抱えてしまったのだ。
王都から支援に大きく頼ったとしても今年の冬はかなりギリギリの状況だと、ヴァロンソル侯爵閣下は頭を抱えているみたいだった。
侵略者である蜘蛛人族捕虜を生かしておく必要があるのか? 領軍の中ではそんな意見も出ているみたいだけど、意外なことにそれは少数派らしい。
魔物の脅威度が高いこの世界では、国同士の戦争なんて殆ど起こらない。聖教の教えもあって、人同士で殺し合うことに強い忌避感を持つ人が多いみたいだ。そのせいか捕虜や領軍の中には、PTSDのような症状が出ている人もいるそうだ。本当に戦争なんてするもんじゃ無い。
そんな蜘蛛人族捕虜への尋問については、最近やっと情報が取れるようになってきたらしい。
領軍の尋問では、古代遺跡産の短距離通信と翻訳の機能を有する装具を使っている。僕やヴァイオレット様も持ってるヤツだ。
この装具、言語が違っていても話せる優れものだけど、一方に会話する気が無いと受信拒否のようなモードに移行できしまうのだ。
それのせいで取り調べがあまり進んでいなかったのだけど、プルーナさんから得た情報をこちらが出して、『もうみんな喋ってるし君も喋ると待遇が良くなるのになー』なんて伝えたら途端に口が軽くなったらしい。そりゃそうか。
そんなわけでもうすぐ状況が動きそうだけど、今日も今日とて僕はプルーナの元に向かっていた。
「おはよ、プルーナさん。今日はキアニィさんとロスニアさんも来てくれたよ」
「お邪魔しますわぁ」
「おはようございます、プルーナさん」
三人でプルーナさんの部屋を尋ねると、彼女は読んでいた本から顔を上げ、笑顔を見せてくれた。
「おはようございます。いつもありがとうございます、えへへ……」
勧められた椅子に座ると、彼女は嬉しそうに香草茶を出してくれた。
「ありがと。今日の茶菓子はこちら、ワラビモチです」
最近時間を持て余しているので、以前髭剃り用に用意した片栗粉を流用して作ってみたのだ。
作り方は領主様にも伝えてあって、髭剃り用の粉が食料に流用可能になったし、また新たな特産品の匂いがするぞと喜んでくれた。
さておき、四角く切り揃えられた半透明ななわらび餅に、今回は蜂蜜、練乳、あとカラメルソースを添えている。きな粉も用意したかったのだけど、大豆がなかったんだよね。
「わぁ…… 透明で綺麗なお菓子ですね。初めて見ました」
無聊を慰められればと思って、プルーナさんに面会する時はいろんなお菓子を持ってくるようにしている。彼女はその度に喜んでくれるので、こちらも大変満足だ。
ちなみにキアニィさんは、このお菓子に釣られて今日の面会に付いて来た疑惑がある。今も、プルーナさんと同じくらい目を輝かせてわらび餅を凝視している。
「えっと、じゃあ頂きましょうか」
それから、いつも通りお茶とお菓子を頂きながらおしゃべりを始めた。プルーナさん含めみんな気に入ってくれたみたいで、わらび餅はどんどんみんなの口に運ばれていった。
「本当に美味しいです、これぇ…… でも、ワラビモチ、ですか? なんだか不思議な響きの名前ですね。王国のお菓子なんですか?」
「えっと、僕の故郷のお菓子なんだ。ものすごく遠いところだから、言葉も文化もこの辺のものとはかなり違うんだよ」
「故郷の…… そうだったんですね……」
僕の答えに、プルーナさんは笑顔を消して俯いてしまった。彼女の様子にみんな黙りこみ、部屋の中に沈黙が落ちる。
「……連邦が心配かい?」
「……! わかり、ません…… 私にとって、あそこは楽しい場所じゃありませんでしたから。
でも、私達が失敗したことで、西征軍から連邦への食料供給は途絶えてしまいました。連邦の人達は、より厳しい状況になっているはずです。そう思うと、胸が苦しくなります……」
「--あの、連邦の状況はそこまで厳しいのでしょうか?」
胸を押さえ困惑したような様子で呟くプルーナさんに、ロスニアさんは痛ましい表情で声を掛けた。
「はい…… 邪神とその眷属によって、僕らは生活基盤である住居や畑、家畜などを殆どを失ってしまいました。そして、持って逃げられるだけの食糧や最低限の家財を持って浅層に逃げて来たんです。
食糧は足りませんし、寒さを防ぐ家や衣服も十分では無いと思います。邪神が深淵に帰りでもしなければ、この冬を乗り切るのはとても……」
「そう、ですか……」
今度はロスニアさんの方が俯いてしまった。彼女はこのところ、領都の司教様の所に日参していて、考え込む時間が増え来ている気がする。
聖職者、あるいは神託の御子として、連邦について何かできないか考えているのかもしれない。でも、生活基盤のある僕らでもギリギリなのだ。これは流石に、僕らの領分を超えてしまっていると思う。
「あの、ロスニアさん。改めて、ありがとうございました。オルテンシア様を救ってくださって」
「--え? ……はい。本当に、助けることができてよかったです。あなたは、とても優しいのですね」
そう言って聖職者らしい笑みを浮かべるロスニアさんだったけど、今度はキアニィさんが口を開いた。
「--プルーナ。あなた、あの上官を恨んでいないのかしらぁ? 献身的に仕えて必死に助けたのに、首にされて殺されそうになったんですのよね? 文句の一つや二つ言っても、創造神だってきっと許してくれますわよ」
「もう。キアニィさん、不敬ですよ?」
嗜めるロスニアさんに、キアニィさんはひょいと肩をすくめる。僕と一緒で、あんまり信心深く無いからな、この人。
彼女は元の職場と折り合いが悪くて僕の所に来てくれたので、プルーナさんの状況に付いて、色々と思うところがあるのだろう。
一方プルーナさんはというと、少し驚いたような表情をしている。
「……そうですよね、普通は恨むものですよね。 --オルテンシア様から罵倒され、殺されそうになった時は、まるでこの世の終わりみたいにとても悲しかったです。でも、これまで受けた恩義もとても大きいんです。あの方に見出して貰えなければ、僕はずっと誰からも認められない人生だったでしょうから。
だから、ですかね…… あの方に対して、憎いとか、恨んでやるって気持ちが湧かないんです。
今は心にぽっかりと穴が空いてしまったみたいで、ぼんやりとした不安だけがあるんです。これから連邦は、自分はどうなるだろうって。
普通の捕虜だったら連邦が身代金を払ってくれるかもしれませんけど、僕はもうクビにされてますし、嫌われていましたし、そもそも連邦にそんな余裕はないでしょうし……
あ…… す、すみません、暗い話をしてしまって。こ、これ本当に美味しいですね! えへ、えへへへ……」
僕らはそれに対して上手く返すことができず、その日の面会は少し重い雰囲気のままお開きになってしまった。
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