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第195話 深淵の邪神(2)

ごめんなさい、昨日は書くことができませんでしたm(_ _)m

明日も更新するので許してください。。。

だいぶ長めです。


「六十万人……」


 あまりの数字に、呆然とオウム返しする事しかできない。確か、王国最大の都市、王都セントキャナルの人口が十万人から十五万人くらいだったはずだ。その六倍……? 途方もない数だ。

 それに邪神? 最近はシャムやロスニアさんの件もあって、神的な存在をうっすら信じ始めていたところだったけど…… でも、人類の味方をしてくれる神様がいるなら、そりゃあ人類にとって邪悪な神様がいても不思議じゃないか。


「びっくりしますよね。僕らも、襲撃からなんとか逃げ延びて被害状況を確認した時に、愕然としました。でも、何度数え直しても結果は同じでした」


「……そんな数、その邪神と呼ばれる何かがいくら強力でも、単体で実行できる数とは思えませんわね」


「はい。正確には、邪神とその眷属達による被害です。 --順を追ってお話しします」


 プルーナさんは、少し震えた声で話し始めた。

 10ヶ月ほど前、大森林から雲霞のごとく魔物が溢れ出す大狂溢(だいきょういつ)が起こった。王国の特に大森林側の領地に大きな爪痕を残し、僕とヴァイオレット様も酷い目に遭ったたこの災厄は、当然連邦にも被害をもたらしたそうだ。

 しかし、住居や畑などの生活基盤が地表にある王国と違って、連邦はそれらが全て樹上にある。加えて彼女達には、自身が生成する糸によって、地表の魔物の進路を妨害したり誘導したりするノウハウの蓄積がある。今回の大狂溢(だいきょういつ)でも、たまに登ってくる魔物から被害を受けながらも、多くの魔物を樹上でやり過ごしたそうだ。

 そうして大狂溢(だいきょういつ)を乗り切り、混乱が収まって暫く経った頃、それが現れた。


 アラニアルバ連邦は、大森林の中の12の州が連携した国で、それぞれの州は大小数百の里で構成されている。そして里同士はある程度距離が開くように造られていて、これは魔物の密度が高い大森林のような環境では、人が集まりすぎると魔物も寄ってきやすくなるためらしい。なので、森の木々が視界や音を隔てることもあり、隣の里で何が起こっているかすらも、そこに行ってみるまで分からない。そのため、それの襲来に気づくまで時間を要したらしい。


 最初にそれに気づいたある蜘蛛人族は、隣の里に行った家族が暫くしても帰ってこず、心配になって様子を見に行ったそうだ。隣の里の人口は数千。里の規模としては限界に近い大里で、時刻も昼だというのに静まり返っていた。

 いつもと違う様子を感じたその蜘蛛人族が慎重に近づくと、里の中に蠢くものがいた。遠近感覚が狂いそうな真っ黒な蜘蛛の魔物。それが里のそこら中にいたのだ。数百匹はいそうなそれらの大きさは、人ほどのものからその数倍程のものもあり、多くの個体は何か白い塊に牙を突き立てている。その白い塊は、糸でぐるぐる巻きにされ、今まさに捕食されている最中の住民達だった。

 

 里にほど近い木陰からその様子を観察していたその蜘蛛人族は、恐怖と怒りに震えた。あの中におそらく自分の家族もいるはずだが、今飛び出したら自分にも同じ結末が待っている。彼女は激しい葛藤の中、暫く凍ったように動けなかったが、里の中で変化が生じた。魔物達が食事を中断し、一方向を向いて牙を打ち鳴らし始めたのだ。彼女が魔物達が向く方向に目を向けると、いつの間にか音も立てずにそれはそこにいたらしい。


 姿は里を襲っている蜘蛛の魔物と同じだけど、大きさは全くの別物だった。八本の足を木々にひっかけて体を支えるその姿は、体長百mはありそうな程の巨体で、体色は闇をそのまま切り取ったかのような漆黒だった。その巨大な蜘蛛は暫く里の中の魔物達を眺めていたけど、ふと体の向きを変えた。そう、木陰に潜んでいた蜘蛛人族の方を見たのだ。その瞬間、彼女の体は思考のプロセスを経ることなくその場から逃げ出していた。逃げている最中にようやく彼女の意識と感覚が繋がり、自分の全身が泡立ち、冷や汗に濡れていることに気付いたそうだ。


 這う這うの体で逃げ帰ってきた彼女の報告を受け、すぐにその里が所属する州の軍隊が動いた。最初はその州がすぐに動かせる全戦力、青鏡級の使い手も含む数千が魔物の討伐に向かった。

 けれど、派遣した戦力は誰も帰ってこなかった。

 事態が一つの州の手に負えるものでないと考えた州長は、各州の州長から構成される全州議会を招集。連邦の全戦力で魔物を討伐することが決定された。紫宝級の戦士や魔法使いも含む、軍と冒険者の精鋭数万から成る討伐軍が結成された。


 しかし、その結果は惨敗。蜘蛛の魔物達に挑んだ討伐軍は、その数を半分に減らして逃げ帰ることになった。頼みの綱であった連邦唯一の紫宝級冒険者パーティーも、真っ先に巨大な蜘蛛の魔物に殺されてしまったらしい。

 しかし、連邦の受難はここで終わらなかった。急速に数を増やした黒い蜘蛛の魔物が連邦全土に広がり、里を襲い始めたのだ。討伐軍の惨敗によって戦力を大きく欠いた里は防衛もままならず、局所的に防衛が成功したとしても巨大な蜘蛛の魔物に狩殺される。そんな状態が続いた。


 このままでは国家が滅亡する。連邦の首脳陣はこの事態対処するため、重い決断を下した。現在の大森林の中層から深層にある全ての里を放棄し、浅層に全国民を避難させたのである。

 連邦に致命的な被害を与えた黒い蜘蛛の魔物達。そいつらは古い伝承に(なぞら)え、巨大な漆黒の蜘蛛は邪神死を紡ぐ蜘蛛(アラニアモルティス)、黒い蜘蛛の魔物達はその眷属と呼ばれるようになったそうだ。






「紫宝級冒険者パーティーでも歯がたたないって…… ただの魔物じゃなく、邪神と呼びたくなるのもわかるね」


 冒険者等級において、紫宝級は人外の領域と称される最高位のものだ。これまで出会ってきた紫宝級の人たちを思いうかべてみても、微塵も勝てるヴィジョンが浮かばない。その紫宝級のパーティーですら勝てないとなると、正直人類には荷が重いとしか言えない。


「--僕はその討伐軍には参加できませんでした。人伝に聞いた話では、邪神に近づいた兵士や冒険者は皆、糸が切れたように突然倒れ、そのまま事切れていったそうです。近づくもの全てに死を振り撒く様子は、まさに伝承にある邪神そのものだったと」


「毒か何か…… ですわねぇ、おそらく。風魔法の使い手の中には、空気を薄くしたり、毒気を生み出して攻撃する者がいますわぁ。

 毒気は見えませんし、音も、場合によっては匂いもしませんの。敵に回すととても厄介ですわぁ」

 

「ええ。連邦の首脳陣もその見解です。討伐軍でも風魔法で対処を試みたようなのですが、位階の差がありすぎて邪神の魔法に干渉できず、微風一つ起こせなかったそうです。

 単純に息を止めて切り掛かった戦士もいましたが、足の一振りで消し飛ばされてしまったと言います。魔法による遠距離攻撃でも傷ひとつ着けられず、文字通り手も足も出なかったという話です」


 僕の脳裏に、メディテラ海で遭遇した紫宝級の水竜、大渦竜(レヴィアタン)が思い起こされる。あの竜も、周囲に存在する途方もない量の海水を手足のように操っていた。それを気体に対して行われたら、場合によっては呼吸すらままならないだろう。


「……すみません、お替わりください」


「ん? あぁ、どうぞ」


 僕は空いていたプルーナさんのカップに珈琲を注いだ。長い語りの間にもカパカパ飲んでいたのに、彼女はまだ珈琲を欲しているようだ。

 でも、流石に飲み過ぎでは……? なんだか目も座ってきている気がする。


「ありがとうございます。なんとか避難を成功させた僕らは、次は食糧の確保に頭を悩ませることになりました。人は避難できても畑や家畜は避難できませんから。

 240万の国民を食べさせていく為、鉱精族や妖精族の国に支援を要請したそうですが、彼らも大狂溢(だいきょういつ)の影響を受けなかったわけではありません。僕らに十分な支援を行う余裕はありませんでした。

 加えて、邪神達が浅層まで僕らを追ってくる可能性も十分にありました。連邦は、追い詰められていたんです。でも、でもだからって……」


「プルーナ……?」


 俯いてしまったプルーナさんに、シャムが心配そうに声をかける。


「だからって王国を侵略するのは間違ってたんですよ!」


 ダンッ!


 プルーナさんが突然机を叩いた。彼女は怒りの表情を浮かべ、呼吸も荒い。び、びっくりした。


「お、落ち着いて。ほら、カッファでも飲んで」


「……ゴクゴク」


 無言で珈琲を飲み干したプルーナさんは、尚も怒りが収まらないようだった。突然どうしたんだ?


「なのに連邦の偉い人たちは…… 今まで嫌がらせして見下していた相手だからって、頭を下げて支援を乞うんじゃなく、逆に侵略戦争に踏み切るなんて……!

 確かに王国の領土を切り取って食糧供給可能な状態にすれば、僕らはより邪神から離れた場所に拠点を移して生きていけることになります。でもタツヒトさんの言う通りそもそも国力差がありすぎましたし、討伐軍の半壊で戦力ガタ落ちだし、王国の内乱が一瞬で終結する可能性も織り込んでおくべきでした!

 それなのに、全部作戦が予定通りに進行する前提で進めてたし…… おかしいと思いませんか!?」


「そ、そうだにゃ。よくわからんけどウチもおかしいと思うにゃ」


 どちらかというと控え目な印象だったプルーナさんの豹変ぶりに、ゼルさんも引いてしまっている。うん。これは流石におかしい。原因は…… 多分珈琲だよね? 体質的に合わなかったんだろうか?


「……でも、でも僕だって人のことは言えません…… オルテンシア様に認められたことが嬉しくって、侵略戦争に参加しちゃいましたし、僕の魔法が戦略水準で活用されちゃってますし…… 僕さえいなければ戦争は始まらなかったかも知れないし…… グスッ…… ゔぅ〜…… お替わりください!」


「あー…… そろそろ飲み過ぎなんじゃないかな? なんでも摂りすぎは体に毒だし」


 僕がやんわりと断ると、彼女は途端にこの世の終わりのような表情になり、肩を落とした。


「くれないんですか……? そうですよね…… 僕みたいな出来損ないが、こんなに美味しいもの飲んじゃいけないですよね。その辺の雨水でも啜ってるのがお似合いですよ。へへ、へへへへへ……」


「あぁー、待った待った! 今! 今淹れるから! --ほら、はいどうぞ」


 なんかやばい感じになってしまったので、思わずお替わりを淹れてしまった。

 すると、プルーナさんは花が咲いたような笑顔を浮かべ、僕に抱きついてきた。


「やったぁ! タツヒトさん、優しい! 敵だった僕の命を助けてくれるし、魔法のお話もいっぱいしてくれるし、たくさん褒めてくれるし、美味しいカッファも飲ませてくれるし……

 優しい! 優しいから大好き!」


「あ、あははは…… ありがとう。でもちょっと近いかな。一旦離れ--」


「撫でて!」


「へ?」


「撫でて! そしてもっと僕を褒めて!」


「えっと、オルテンシア連隊長は君のことを貶していたけど、僕は全くそうは思わないよ。とても努力家だし、彼女のために命懸けで行動できる勇気も持ってる。誰にでもできることじゃないよ」


「エヘ、エヘヘヘヘ……」






「すー…… すー……」


「ね、寝てる……」


 言われるがまま、敵だったプルーナさんの功績を褒め続け、撫で続けること暫し。彼女は現在、僕にしがみ付いたまま幸せそうに寝息を立てている。

 な、何が起こったんだ……!? 今の小一時間の間に、プルーナさんの喜怒哀楽をコンプリートして、抱きつかれて寝顔まで見てしまったぞ。


「あの、タツヒト君…… いくら情報が必要だからって、薬物を使うのはお姉さん感心しませんわぁ」


 キアニィさんがちょっと言いづらそうに言う。


「ま、待ってください、僕は何も盛ってませんよ!?」


「え、そうなんですの? わたくしはてっきり……」


「にゃー…… でも確かに普通じゃなかったにゃ。だんだん酔っ払いみたいになってたにゃ」


「むぅ。でも、彼女が口にしていたのはカッファだけでありますよ? 仮にカッファの豆が発酵して酒精を帯びていた場合、シャム達も酔っ払ってないとおかしいであります」


 シャムの言葉に、全員が考え込む。そして僕も珈琲とプルーナさんを見比べる。あ……


「ご、ごめんなさい。やっぱり、盛ったかもです……」


「……かも?」


 そうだ。地球世界の何かの番組でやってたけど、蜘蛛ってカフェインで酔っ払うんだった。蜘蛛人族にまで効くとは予想外だったけど。

 ……いや。もんむすを愛する者として、種族ごとの特性を予想できなかったのは恥ずべきことだ。猛省しよう。


「蜘蛛人族にカッファは良くなかったみたいです。悪いことをしてしまいました…… 暫くしたら回復するはずなので、とりあえずこの子は一階の寝室に寝かせておきます」


 抱え上げたプルーナさんの体は、小柄な見た目通りとても軽かった。


本作の累計PVが5万を超えました!

いつもお読み頂き、大変ありがとうございますm(_ _)m

11章も終盤ですが、引き続きお使い頂けると嬉しいです。

【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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