第194話 深淵の邪神(1)
遅くなりましたm(_ _)m
ちょっと長めです。なんとかお盆休みで更新時間を戻したい。。。
いきなり核心的な事を訊くと、クビにされた直後で弱っている彼女は心を閉ざしてしまうかもしれない。まずは世間話から入ってみるか。
「プルーナさん。さっき、ちょっと土魔法が得意って言ってたけど、どんな魔法が得意なの?」
「えっと、すみません、軍機に触れるので-- あ、もうクビになったんだった…… へへへへへ……
--土を弄り回す感じの魔法が得意です。頑丈で背の高い石の樹を効率的に生やしたり、後は、領都を囲んでいた蜘蛛の巣状の森がありましたよね? あんな感じに石樹をいくつも連ねて防御陣地を造ったりですね。あ、この村の周りに張った罠の魔法も自信作です。どうやったら引っかかってくれるか、色々と考えて設置したんですよ。
あ…… す、すみません。あれで皆さんの仲間の方が怪我してたのに、得意になって話すことじゃなかったです……」
彼女はそう言ってまたしょんぼりしてしまうけど、こっちはそれどころじゃない。
「え…… 自信作ってことは、あの地雷原は、君が魔法で仕掛けたものなの?」
「地雷原…… なるほど、確かにすごい音が鳴りますもんね。あ、えっと、そうです。あの魔法は僕が開発したもので、魔法陣化が少し難しかったので、今のところ僕しか使えません。
でもさっき話した、効率的に石の樹を生やしたり森を構築したりする魔法は、ちゃんと魔法陣化して誰でも使えるようにしました」
「じゃ、じゃあ、今の三つって全部プルーナさんが開発したの……!?」
「はい。多孔質な内部構造と再帰的な外部構造で、魔力と思考力を節約しつつ、頑丈で背の高い石樹を構築できる軽石樹。
軽石樹そのものを再帰的に発動して、根の部分で繋げることで魔法使い同士の連携も容易にした蜘蛛の森。
魔法の発動時に歪みを溜め込むことで、設置した場所を踏んだ対象に石筍で攻撃する罠魔法の機械石筍。これ、他の魔法と違って術者が罠に掛かり切りにならなくて済むので、便利なんですよ
どれも結構頑張って創ったんですよ? 最初の二つは、なぜか上官の魔導参謀殿が開発したってことにされちゃいましたけど……」
「それでさっき、魔導参謀について答えづらそうにしてたんですのねぇ…… でも、どれも拠点防衛には最適な魔法ですわぁ」
「にゃー…… おみゃー、もしかしてめちゃくちゃすげーやつにゃんじゃないか? あの石の森の魔法、どこの拠点でも使われてたにゃ」
「こんなに優秀な人材を解雇するのは、すごく不合理であります。あの指揮官は適性がないであります」
「あ…… そ、そんなぁ…… 僕なんて…… えへ、えへへへへ」
三人に褒められてニヤニヤが止まらない様子のプルーナさん。いや、本当にすごいと思うし、オルテンシア氏は大きく判断を誤ったと思う。国力で王国に劣る連邦が攻めてきた理由、その一つがこの子の魔法にあるんじゃないか……? 実際、完成された防御陣地は正攻法では突破できなかったし。
見た感じ僕より年下だけど、天才と言っていい魔法使いだと思う。めちゃくちゃ重要人物だ。
「あの、タツヒトさん、魔法がお好きなんですか?」
「うん、結構好きだよ。僕も自分で新しい魔法を開発したりするしね」
「え……? でも、さっき、すごい速さで動いてましたよね? てっきり戦士型だと…… あ、もしかして万能型なんですか?」
「そうそう。ちょっと変わった火属性なんだけど--」
「すごい……! 強化魔法なんて、全魔法使いの夢じゃないですか! そう言えば、光りながらすごい速さで動く只人が居たって報告があった気がします。あれって、タツヒトさんのことだったんですね」
「うん、多分そうだね。でも、僕の強化魔法は魔法陣化が難しいって言われたよ。きちんと陣に落とし込んでるプルーナさんの方が、功績としては大きいんじゃないかな」
「ふへっ、えへ…… えへへへへ」
ニヤニヤ照れ照れするプルーナさん。彼女との魔法談義は、はっきり言ってめちゃくちゃ面白かった。例えば僕の元上司、魔導士団のロメーヌ様は、魔術学院で学んで魔導士の称号を貰ったらしい。一方プルーナさんの話からは、それとは少し違った技術体系が感じられたし、魔法陣に関する知見も豊富でものすごく知的好奇心を刺激された。連邦は閉鎖的らしいので、何か独自の発展を遂げているのだと思う。
「プルーナ、お替わりどうぞであります」
「あ、ありがとうございます、シャムさん。えへへ…… 敵地でこんなに優しくしてもらえるなんて、思ってもみなかったです」
「おー、そーいや忘れてたにゃ。おみゃーさっきまで敵だったにゃ。にゃはははは」
おぅ。僕も話に夢中になって忘れてたけど、プルーナさんはさっきまで敵だったんだ。彼女は砂糖たっぷりの珈琲をカパカパ飲みながら、体まで揺らして上機嫌な様子だ。よし、仕掛けていくか。
「--でも改めて不思議だね。君の上官は、何で優秀な君を罵ってクビにしたんだろう? あの状況だったら、君がしたように降伏する他にないと思うけど……」
僕の質問に、プルーナさんの表情は一気に固くなってしまった。まだ本題の前のジャブだけど、すでにちょっと心が痛い。
「……その、順を追って話すと、連邦には明確な階級が存在するんです。上から順に、糸を大量に出せる『紡ぎ人』、次に糸はあまり出せないけど飛んだり跳ねたりが得意な『奔り人』、そして『只人』です。
僕らは木の上に蜘蛛の巣を張って、その上に生活基盤を作ります。その巣を張れて、しかも魔法型の人が生まれやすいので、連邦の上流階級はみんな紡ぎ人なんです。オルテンシア様も紡ぎ人の血族です
奔り人は、紡ぎ人より数が多くて体を動かすのが得意で、魔法型が生まれにくいんです。なので、連邦では奔り人が労働階級や兵士として働いています。その、僕も実は奔り人です。
只人は蜘蛛人族にとっては庇護対象で、同時に所有物といった感じの扱いです。あ…… ご、ごめんなさい。タツヒトさんには、ご不快な話でしたよね……」
「大丈夫だよ。それより、プルーナさんは珍しい魔法型の奔り人なんだね」
僕が先を促すと、彼女の表情は一段と暗くなった。
「はい…… 魔法型だって分かってからは、家族を含め、誰も僕を仲間とは扱ってくれなくなりました。無視されたり嫌がらせをされたり、ひどい時には私刑にかけられそうになったこともありました。
みんなに認めて貰いたくて、僕にできる魔法についてたくさん勉強して、新しい魔法を開発したりもしました。でも、誰も振り向いてはくれませんでした……
そんな時、唯一僕を必要としてくれた人が現れたんです」
「……それが、オルテンシア連隊長かい?」
「はい。貴様こそ探し求めていた魔法使いだ、貴様が必要だ。そんな言葉に舞い上がって、オルテンシア様に付いて行く事にしたんです。
--でも今日、あの方の本音が分かりました。必要だったのは僕の魔法で、出来損ないの僕は要らなかったんです……」
俯いたプルーナさんの頬に涙が流れる。僕は無言でハンカチを差し出した。
「あ、ありがとうございます。ふへへ…… その、オルテンシア様があそこまで激昂した理由は、あの方にとって馬人族の捕虜になるということが、死ぬよりも耐え難い恥辱だったからだと思います。
蜘蛛人族全体その傾向があるんですが、オルテンシア様は蜘蛛人族以外をひどく見下しているんです。自分たちより足の本数が少ない馬人族の人達のことを、よく半端者、劣等種って貶していました。だから、そんな馬人族の軍に捕虜として捕まることが、我慢できなかったんだと思います。
そういう方だと僕は知っていたんですが、それでも、あの方には生きていて欲しかったんです……」
「なるほど…… あれ、でもそうすると、より足の本数が少ない僕が彼女を取り押さえたのは、ちょっとまずかったかな」
「わたくしとゼルもですわぁ。うふふ、劣等種と見下した相手に成す術も無く押さえつけられるなんて、羨ま-- ではなくて、可哀想ですわねぇ」
キアニィさん、本音がダダ漏れです。
「そ、そうかもしれませんね。オルテンシア様、只人の男の人に組み敷かれて、屈辱って表情でしたし。ふへっ、ふへへへへ……」
プルーナさんが、これまでに見せなかった仄暗い笑みを見せた。ちょっと闇が垣間見えた気がするけど、多分気のせいだろう。うん。けど、この雰囲気なら本題を切り出しても良さそうだ。
「あははは、そりゃあまずいことをしてしまったね。 --それで、前置きが長くなってしまったんだけど、そもそも君達は、どうして王国に攻め入ってきたんだい?
王国の上層部は、これまで解放した拠点の様子からして、連邦の目的は食料の継続供給にありそうだって推測してるんだよ。でも、王国と連邦とでは国力差がかなりあるし、実際君たちはもう王国側の拠点の多くを失っている。連邦がよっぽど追い詰められるような、何かが起こったんじゃないかい?」
「シャムは、紫宝級の魔物が連邦の中枢に出現したものと推測しているであります!」
僕らの言葉に、プルーナさんがまた新しい表情を見せた。これまでの、悲しんだり呆然としたりした時とは次元の違う負の感情の発露、強烈な恐怖が、その顔に浮かんでいた。
彼女はその表情のまま静かに首を振ると、震える唇で話し始めた。
「……あ、あれは、決して魔物なんて生やさしいものじゃありません。
連邦を襲ったのは、僕らの古い伝承にしかいなかった存在、大森林の深淵に潜む邪神、死を紡ぐ蜘蛛です。奴が暴虐を尽くした僅か数週間で、連邦の人口の二割、およそ六十万の命が失われました」
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。