第193話 コーヒーブレイク
また日を跨いでしまいました。。。遅くなりすみませんm(_ _)m
「オルテンシア***!」
プルーナ氏が連邦語で叫びながらベッドに駆け寄った。今気づいたけど、ベッドには湾曲した片手剣が二本立てかけてある。 --念の為離しておくか。
僕が剣を持ってベッドから離れたのと同時に、オルテンシア氏がゆっくりと目を開けた。
「プルーナ……? *****…… *****!?」
彼女は身を起こしてぼんやりとプルーナ氏を見たあと、僕らに気づいて驚愕の表情を浮かべた。そしてすぐに何かを探すように目配せ、僕が双剣を持っているのを見つけて思いっきり顔を顰めた。あ、あぶねー…… 回収しておいて良かった。
それから、オルテンシア氏とプルーナ氏が連邦語で話し始めたのだけれど、全く穏やかな調子ではなかった。
前者が後者を一方的に攻め立てるように怒鳴り散らし、弁解の言葉にはさらに大声を被せる。言葉はわからないけど雰囲気でわかる。オルテンシア氏は、尋常じゃない程に激怒しているのだ。しかし、敗軍の将とは言え、自分を慮ってくれた部下に対してキレすぎじゃ無いだろうか。プルーナ氏は慕っている上官に罵声を浴びせられ過ぎたせいか、涙を流しながら言葉を発することもできなくなっている。
僕らが見守る中、オルテンシア氏の叱責はそのままどんどんヒートアップして行き、ある瞬間、いきなり無表情になった。
あ、まずい。僕が直感に従って駆け出すのと同時に、オルテンシア氏がプルーナ氏の胸ぐらを掴み上げる。そして蜘蛛の下半身を仰け反らせ、プルーナ氏の首を左右から刈り取るような動作で思い切り前脚を振るった。
ガキキィッ!
しかし、プルーナ氏の背後から差し込んだ僕の腕が、彼女の首に届く直前でその四連撃を防いだ。オルテンシア氏の四本の前脚には、先端が刃物のようになった脚甲のようなものが装着されている。最初の拠点を奪還した時に戦った兵士も装備していたので、蜘蛛人族の標準装備なのかもしれない。身体強化と装備を強化する『強装』を使ったので、刃は手甲で止まっている。
しかしこの人、今完全に自分の部下の首を刎ねようとしてたな。
「この女!?」
後ろからヴァイオレット様の硬い声が響く。今は多分、義憤に駆られた厳しい表情をしてるはずだ。
一方オルテンシア氏は驚愕の表情で固まっているので、僕はその間に動くことにした。
両腕を思い切り外側に押し広げ、彼女の四本の脚を跳ね除ける。次に、するりと二人の脇を通る瞬間、オルテンシア氏の両手を下から弾いてプルーナ氏を解放。そしてそのままオルテンシア氏の背後に回り込み、彼女の襟首を掴んで回り込んで後ろへ引き倒し、同時に両膝で彼女の両腕を挟み込んだ。
ぼふっ! とさっ……
ベッドに引き倒して拘束するまで、おそらく一秒未満。彼女からしたら、気づいたらベッドの上で身動きできない状況になっていてびっくりだろう。
同時に、拘束から解放されたプルーナ氏が呆然とした表情で床にへたり込んだ。
「***……!? ****!!」
案の定暴れ始めるオルテンシア氏。しかし、位階の差がある上に、この拘束は決まってしまえばまず解けない。
--ちょうど僕の股間に彼女の後頭部が来てしまって気まずいけど、他に上手く抑え込めそうな方法がわからなかったので我慢してもらおう。
今もビュンビュン彼女の蜘蛛足が動いていて、たまに当たりそうになる足を手で捌いている。
「あ、あの、誰か手伝ってください!」
「あ、すまんにゃ。ちょっと見惚れてたにゃ。こら、大人しくするにゃ!」
「タツヒト君、そんな技も持ってたのねぇ。 ……後でわたくしにもかけて欲しいわぁ」
ゼルさんとキアニィさんが足を押さえてくれたことで、やっとオルテンシア氏を完全に拘束することができた。
それから暫くして、グレミヨン様が主従の輪の専門官と兵士の人二名を送ってくれた。オルテンシア氏に隷属の首輪をつけた終えた後、なぜか流れで僕が主の腕輪をつけることになってしまった。
隷属の首輪の機能で強制的に脱力状態にされたオルテンシア氏は、尚も凄まじい形相でプルーナ氏に呪詛を吐き続けていた。流石に気の毒になってしまった僕らは、オルテンシア氏を兵士の人達に任せ、呆然と涙を流すプルーナ氏を連れて一階に降りることにした。
「今来客用の椅子を出すので、みんなも座ってください。珈琲を淹れます」
「あ、シャムもお手伝いするであります!」
「ありがとう。じゃあ茶杯を机に並べてくれるかな?」
村長宅の勝手はよく知っている。一階の台所に移動した僕らは、されるがままのプルーナ氏を椅子に座らせた後、来客用の椅子やら食器やらを引っ張り出してお茶の準備をした。
そして全員の前に淹れたて珈琲が行き渡ったのを見計らい、声をかけた。
「さ、プルーナ魔導参謀補殿。飲むのは初めてだと思うけど--」
「もう、僕は魔導参謀補じゃ無いです」
「--え?」
プルーナ氏が、生気の抜けた表情で僕に頭を下げた。
「さっきは命を助けてくださり、ありがとうございました。オルテンシア様から、お前のような出来損ないを重用したのが間違いだった、お前はクビだって言われたんです。物理的にもクビにされかかったんですけど…… へへへへへ……
だから今、僕はただの無職です…… オルテンシア様のお役に立てるように、結構頑張ったんですよ? でも、やっぱり僕なんか…… グスッ……」
「あわわ、え、えと、泣かないで欲しいであります…… タツヒトのカッファは美味しいであります! 砂糖をたくさん入れて飲めば、きっと元気が出るであります!」
また静かに泣き始めたプルーナ氏の珈琲に、シャムが砂糖をドバドバと入れる。
「あ、ありがとうございます」
勢いに押された珈琲を飲んだプルーナ氏が、わずかに目を見開いた。
「あったかくて甘い、それにすごくいい匂い…… カッファというんですか…… とても美味しいです」
どうやら気に入ってくれたみたいだ。表情も少し和らいだように思う。
「気に入ってもらえてよかった。今、聖国ですごく流行ってるんだよ。
--その、傷心のところ申し訳ないんだけど、一つ聞かせて欲しい。ここの村の人達はどこに居るんだい? 村に入った時には、姿が見えなかったけど」
僕の質問に、ヴァイオレット様が弾かれたようにプルーナ氏に注目した。
オルテンシア氏の一件で有耶無耶になっていたけど、僕らは村のみんなを助けるためにここまでやってきたのだ。
「元の住人の方々は、えっと確か冒険者宿舎と言ったかな。そこに全員居るはずです。ここを占領した部隊が、管理のために一所にまとめてしまったそうです。戦力差で降伏させたそうですから、怪我人もいないと思います」
「……! よかったぁ…… あの、ヴァイオレット様、ロスニアさん。ちょっとお手数ですが、宿舎の方を確認してきて頂けますか? もしかしたら、体調を崩している人がいるかもなので」
「うむ、心得た!」
「お任せください、タツヒトさん」
二人は珈琲を一気に飲み干すと、すぐに宿舎の方に向かってくれた。
正直僕も宿舎の方に行きたかったけど、今のプルーナ氏、いや、プルーナさんを放っておくのは憚られた。
「教えてくれてありがとう。この村は僕とヴァイオレット様にとって、第二の故郷みたいなところなんだ。あ、ヴァイオレット様というのは--」
僕がみんなの紹介を終えると、プルーナさんは珈琲を早くの飲み干していた。早速砂糖たっぷりのお代わりを淹れてあげると、彼女はほんのり微笑みながら小さくお礼を言ってくれた。よほど気に入ってくれたようだ。
こうして間近で見ると、なんというか小動物を連想させるような可愛らしい顔立ちだ。長い前髪で見えずらいけど、クリクリとした大きな目の横には、小さな副眼が左右に三つずつ付いている。どんな見え方をしているのか聞いてみたいけど、今はそのタイミングじゃない。
「ご紹介ありがとうございます。改めて、僕はプルーナといいます。連邦の真ん中辺り、コルンフォル州というところから来ました。ちょっとだけ土魔法が得意です。あとは、えっと、今は無職です……」
「ほーん。まぁ、魔法が使えるなら、すぐに稼げるようになるにゃ。あんまりさっきの奴の言うことを気にすることにゃいにゃ」
「そうであります! 連隊の幹部になるほど出世したのだから、プルーナはどこでもやっていけるであります!」
「そ、そうでしょうか…… えへへへへ」
お、意図した訳じゃなかったけど、プルーナさんはゼルさんとシャムの二人と相性が良いみたいだ。彼女の表情も少し解れ始めている。キアニィさんはというと、少し警戒感を持って静観している様子だ。
元敵軍の人間をこうして慰めている状況は大分変なのだけれど、さっき見た光景もあって、この子は責める気になれないんだよね。
けど、そろそろ話を進めて行かないとな……
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