第192話 降伏と懇願
日を跨いでしまった。。。遅れてすみませんm(_ _)m
「--オルテンシアというのは、君達の指揮官のことかい? あの黄色と黒の縞模様の、領都の執務室で領主様に切られていた」
「あ…… は、はい、そうです! 出血が酷くて、さっき意識も失ってしまいました。重症すぎて治療薬も使え無いし、ここの司祭様は侵略者は治療できないって言うし……
攻め込んできた僕らが、何を虫のいいことを言うのだとお怒りのことと思います。でもどうか、どうか寛大なご処置を……!」
地に伏して必死に訴えるその様子からは、指揮官の身を真剣に案じていることが感じられた。そして、声の高さや振る舞いから、この小柄な蜘蛛人族がやはりまだ子供だということも感じ取れた。多分、こちらを騙そうとしているわけでは無いと思う。
チラリと後ろのヴァイオレット様達を振り返ると、みんな肩をすくめている。僕に任せるということらしい。
「--話はわかったよ。でも、僕はそれに応えられる立場じゃ無いんだ。この部隊の指揮官に引き合わせるよ。君の所属と名前は?」
「えっと、連邦西征軍、コルンフォル師団第5連隊のプルーナ魔導参謀補です。オルテンシア様は、僕の上官で連隊長です」
「西征軍か…… よろしく、プルーナ魔導参謀補殿。僕はただの民兵でタツヒトだ。すぐに指揮官が--」
ガカカッ、ガカカッ!
蹄の音に振り返ると、ちょうどグレミヨン様が村に入ってきたところだった。
「タツヒト! 蜘蛛共が、武器を捨て投降する素振りで森から出てきた。今部下達に拘束させているが、そちらは-- む? 敵指揮官を無力化したのか。さすがだな」
「いえ、グレミヨン様。彼女、プルーナ魔導参謀補殿の方から降伏の打診があったんです。どうやら領都を占領していた連隊の幹部で、王国語が分かるようです。話を聞いて頂けませんか」
「何!? ……わかった、伺おう」
プルーナ氏がグレミヨン様と話す間、中隊の人達が外に居た十数人の蜘蛛人族達を中に連行してきた。支援部隊の人達も村に入り、次々と蜘蛛人族達を拘束していく。よく見ると彼女達の表情には疲労が色濃く、怪我を負っている人も少なくない。そのせいか抵抗する人間はいないようだ。気になるのは、蜘蛛人族達がプルーナ氏に向ける視線が、とても厳しいものだということだ。敗軍の将の常なんだろうけど、それにしても行き過ぎている気がする。
ちなみ今回は、彼女達のような捕虜を捕える可能性も考慮し、手錠や主従の輪の準備もしてあったらしい。主従の輪は、主の腕輪と隷属の首輪がセットになった拘束具で、グレードによるけど高位階の戦士や魔法使いも無力化することができる。僕も一時期、不本意ながらゼルさんに使っていたものだ。
特に隷属の首輪は装着、解除に結構時間を要するし、魔導士協会から派遣された専門家にしか使えない、特殊な魔導具も必要だ。今回はその専門家の人にも同行してもらっている。その専門家らしき魔法使いの人は、早速敵方の魔法使いや強そうな兵士に隷属の輪を掛けて回っている最中だ。
状況が落ち着いてきたことで、今度は僕の中に不安と焦燥が生まれた。村の中をキョロキョロ見回してみても、姿が見えるのはグレミヨン様の部隊と蜘蛛人族だけで、懐かしい村の人達の姿が見えないのだ。
「ヴァイオレット様、村のみんなの姿が見えません……」
「落ちつけタツヒト。きっと…… きっとどこかに拘束されているのだ。さもなくば……」
落ち着けと言ったヴァイオレット様も、僕と同じように険しい表情であたりを見回し、ぎりぎりと音が聞こえるほど強く斧槍を握っている。
そこに、別行動をしていたシャムとロスニアさんも合流した。
「むぅ。一回も射たずに戦いが終わってしまったであります」
「皆さん、お疲れ様でした。お怪我は-- ど、どうしたんですかお二人とも。とても、怖い表情をしていますよ……?」
心配そうな彼女の様子に、僕とヴァイオレット様ははっとして表情を緩めた。
「ああ、すまない。この村には親しい人間が沢山たくさんいるのだが、姿が見え無いのだ。
ふぅ…… グレミヨン殿との話が終わり次第、プルーナ魔導参謀補殿に問いただすとしよう」
「そうだったんですか。心配ですね…… あ、ちょうどグレミヨン様達がこちらに来ますよ?」
彼女の言葉に振り向くと、焦った様子の二人がこちらに走ってきていた。
「タツヒト、それからロスニア殿。この隊の指揮官として、私は彼女達の降伏を受け入れた。そこで、急いでプルーナ魔導参謀補殿の上官の治療にあたって欲しい。
その上官は黄金級の手練。隷属の輪を付けてからの方が安全であろうが、聞けば容体は一刻を争うようだ。連隊長ともなれば得られる情報も大きかろう。必ず命を救って欲しい。君達なら、もしその上官が暴れたとしても対応できるだろう」
「……! わかりました。プルーナさんと言いましたね。助祭のロスニアです。侵略を止め、降伏したというのでしたら救うべき命です。すぐに案内してください」
「ありがとうございます、ロスニア助祭様! こちらです!」
そう言って二人が走り出してしまったので、僕らは村の人達のことを聞きそびれてしまった。でも、こっちも緊急だからしょうがない。
「張り切ってんにゃあ、ロスニアの奴。まぁ、殺すより助ける方が気分がいいのはわかるにゃ」
嘆息しながら走り始めたゼルさんに続き、みんなで二人の後を追った。
プルーナ氏は村の奥まで走り、そのまま村長宅に入って行った。僕らもそれに続くと、中は最後にお邪魔した時からあまり変わっていなかった。懐かしさに胸が締め付けられ、一瞬呆然としてしまう。
「こちらです! 二階の一番奥の部屋です!」
彼女の声に我に返って二階へ走り、一番奥の部屋を開けると、その瞬間に濃密な血の匂いがした。ベッドには、女郎蜘蛛のような下半身と豪奢な黄色がかった金髪を持つ蜘蛛人族が、ぐったりと横たわっていた。
あの日の夜、領主様から切り付けられた傷は余程深かったのか、滲んだ血が包帯を突き抜けベッドまで赤く染めてしまっている。顔色も血の気が引いて真っ白だ。
「これは…… すぐに治療にかかります! シャムちゃん、手伝ってください! タツヒトさんは水を!」
「了解であります!」
「分かりました!」
僕は魔導手甲に魔力を込め、威力を絞った穿水を手近なところにあった桶に放った。おけに水が溜まったら今度は火魔法で沸騰させ、桶を消毒してからまた水を張り直した。
魔法で出した水は時間が経つと消えてしまうけど、無菌なので傷を洗ったりするのに最適なのだ。
あとは僕にできることはないので、他のみんなのところまで下がり、ロスニアさんの邪魔にならないようにした。プルーナ氏は、膝をついて祈るようにしながら一心に治療の様子を見守っている。余程この上官を慕っているのだろう。すると、同じく彼女を見ていたキアニィさんがゆっくりと口を開いた。
「--ねぇあなた。魔導参謀補殿といったかしらぁ。もしかしてあなたの上官に、強い魔法使い、魔導参謀なんて方がいるのかしらぁ?」
「……え? は、はい。確かに、青鏡級の土魔法使いである魔導参謀殿がいました。でも、その、領都を追われた日の夜に討たれてしまったと聞いています」
「そう…… 辛いことを訊いてしまうかもしれませんけれど、その上官の方とも、仲は良かったんですの?」
キアニィさんは勤めて無表情でその質問を投げかけたけど、僕らは目を見開いてしまった。
あの領都での暗殺作戦。暗殺稼業から足を洗った彼女の存在もあり、当初は断ろうともした。けれど、キアニィさんの方から受けましょうと提案があったので、ああ行った形になったのだ。
自分が殺した相手について知ろうとする。これが、今の彼女なりの整理の付け方なのかもしれない。
「い、いえ、あの方とは、その…… あの方は、とても優秀だったと思います。僕が言えるのは、それだけです……」
「そ、そお……」
しかし、彼女は痛みに耐えるような表情でキアニィさんから目を逸らし、それっきり黙ってしまった。どうやら何か地雷を踏んでしまったらしい。
それから沈黙が続くこと暫し、ロスニアさんとシャムが手を止めた。
「ふぅ…… 完了です。骨や太い血管にまで達していた切り傷を塞ぎ、造血の治癒薬も併用しました。出血量が多くてかなり危ない状態でしたが、なんと持ち直すことができました。直に目を覚ますと思いますよ」
ロスニアさんがプルーナ氏に微笑む。オルテンシア氏の死人のようだった顔色には赤みがさし、浅く今にも止まりそうだった呼吸も安定している。さすがロスニアさん。いい腕してる。
「あ、あぁ…… 良かった……! ありがとうございます! ありがとうございます!」
プルーナ氏はオルテンシア氏に駆け寄ると、その手を握って安堵の涙を流した。
うん。ゼルさんじゃないけど、やっぱり殺すより生かすほうがいいな。オルテンシア氏を斬ったのは友軍のヴァロンソル侯爵だから、とんだマッチポンプだけど。
「うぅ……」
そしてロスニアさんの言葉通り、すぐにベッドの上の彼女が身じろぎをした。
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