第190話 地雷原(1)
大変申し訳ございません。。。寝落ちしておりましたm(_ _)m
少し長めです。
領都に残ったヴァロンソル侯爵領の師団、その半数は領内で集めた民兵だ。彼女達の多くは、領都や、領都から西側の村や都市から集められている。領都から東の方は開拓村が多く、戦争に駆り出せるほど人手に余裕が無いのでそもそも募集をかけなかったらしい。
南軍、というか大森林連合の一時解散に伴い、数千に及ぶ民兵の人達も自分の村や都市に帰る形になる。これから連邦と戦争をするかもしれないので、彼女達は軍に組み入れたままにしとけば良さそうだけど、そうも行かないらしい。軍はそこにいるだけで大量の物資や食料を消費する。いつ起こるとも分からない戦争のために、非正規の兵士を大量に囲っておくというのは、どんな大国であっても難しいそうだ。
そんな訳で、領都に残ったのは常設の騎士団、魔導士団、そしてそれらの支援部隊を合わせた四千程。この数で領都の守護や周辺の村や小都市を解放していく。少し戦力が足らない気もするけど、領軍の上層部は十分と見ているらしい。
僕ら南軍は、蜘蛛人族が抑えた重要拠点を短期間に全て解放している。拠点開放時に逃げた連中も居るだろうから、この情報は大森林側の村などを占拠した蜘蛛人族にも広がってるはずだ。そうすると、もう彼女達は村を放棄し、大森林に撤退している可能性が高いのだ。まだ居座っているとしても、一時的に戦力をその村に集中させれば十分対応可能だろう。なんなら、「白の狩人」は青鏡級が一人、緑鋼級が四人、黄金級が一人という過剰戦力なので、多分僕らだけでも開放できると思う。
今僕らの目の前では、準備を終えた領軍の部隊が、大森林側の村や小都市に向けて続々と出発している。そして暫くして、グレミヨン様の中隊も出発の準備が整った。
「グレミヨン隊、出陣!」
「「は!」」
グレミヨン様が率いる中隊が領都の外門を潜り、街道沿いを大森林に向かって行軍する。この中隊は、初日にバイエの村、次の日にベラーキに向かい、現状の調査と必要に応じた蜘蛛人族の撃退を行う。
構成は、グレミヨン様の騎士団第五中隊、ロメーヌ様の魔導士団第五小隊、僕ら「白の狩人」、それと従軍聖職者のセリア助祭だ。彼女も蜘蛛人族占領化の領都を無事生き抜き、この隊について来てくれている。魔法型や只人の人員は馬車に乗って移動するので、今は彼女はロスニアさんと聖教について語り合っていることだろう。
「ヴァイオレット様。領都を占領する時、蜘蛛人族達は殆ど死者を出さなかったみたいですね。知人がみんな無事で正直ホッとしました」
並走するヴァイオレット様に、疑問というか、感想のようなものをぶつけてみる。他の拠点でもその傾向があったけど、領都クリンヴィオレでは特に人死が少なかったように感じたんだよね。
「ああ、そのようだな。 --昨夜レベッカ母様達から聞いたのだが、我々の前で石壁の中に消えた小柄な魔法使い、どうやら彼女が王国語を話せたようなのだ」
「えっ、それは…… 敵ながら勤勉ですね。でも、それなら降伏勧告とかも通じるでしょうから、死者の数が少なかったのも理解できます」
基本的に険悪すぎて国交が無い王国と連邦。この二国の言葉を両方話せるのは、大体が二国間を行き来する聖職者の人だし、それも極少数だ。彼女は多分、その極少数の聖職者の人に王国語を教えてもらったのだろう。他に王国後を話せる蜘蛛人族を見たことが無いので、向こうにとってかなり貴重な人材のはずだ。ますます逃したのが悔やまれる。
「うむ、私もそう思う。あの魔法使いは敵指揮官の通訳に徹してたらしいが、やはり向こうの狙いは王国の食料や物資、それも長期的な供給を目指していたようだ」
「あー…… なるほど。色々と納得しました」
確かに、彼女達はわざわざ広大な森まで生やして防御陣地を構築し、市民を無駄に虐げないようにしてた。長期的な統治を視野を目指していないのであれば、わざわざそんなことしないだろう。
もっとも、領都の堅果焼き屋さんに勤める僕の義理のお兄さんなんかは、毎日大量に堅果焼きを作らされて大変だったそうだ。ギルベルタさんの武器屋も、武具をほぼ根こそぎ接収されてたとブチ切れていた。両方ともただ略奪されたのではなく、それなりの金を渡されたらしいけど。
「ねぇヴァイオレット。蜘蛛人族達が、なぜ王国に攻め込むほど追い込まれたのかについては、情報は得られなかったんですの?」
「それなのだが、何も掴めなかったそうだ。レベッカ母様が鎌をかけたりもしたそうなのだが……」
「むぅ…… メディテラ海で遭遇した紫宝級の水竜。あの個体のような超強力な魔物が、敵国に現れたのでありましょうか?」
シャムの言葉に、僕らは一瞬黙り込んでしまった。あのレベルの魔物がいきなり国内に現れたら…… こいつ倒すより、敵国に攻め入って占領した方がまだ生存確立が高い。そう判断してしまう可能性もあるか。
「にゃー…… 流石にあんなの、ウチらの手には負えにゃいにゃ。逃げるしかにゃいにゃ」
ゼルさんの呟きは、僕ら全員の気持ちを代弁していた。
午前中に領都を出発し、夕方になる頃、バイエの村が見えてきた。村は、これまで僕らが奪還してきた都市と同様、あの無機質な森に囲まれていた。 --蜘蛛人族がまだ居座っているかもしれない。
しかし中隊が陣形を組み、風魔法の防壁をかけながら接近すると、蜘蛛人族ではなく村の村長、馬人族のウラリーさんが出てきてくれた。
彼女は僕とヴァイオレット様の姿に驚きながらも、何が起こったかを教えてくれた。
蜘蛛人族達は、今日の午前中までは村に居座っていたらしい。彼女達はやはり突如として村を急襲、ギリギリ餓死しない程の量を残して食料を接収し、勝手に村の周り森を生やしてしまったそうだ。
ところが今朝、領都の方から十数人かの蜘蛛人族が這う這うの体でやってくると、彼女達は慌てて大森林の方に去っていった。領軍上層部の推測は当たっていたようだ。
そして領都からやってきた中には、領都で取り逃した敵指揮官と副官の魔法使いも居たそうだ。指揮官の方は、ぐったりとして今にも死にそうな様子だったらしい。
僕らは逸る気持ちを抑えながらバイエで一泊させてもらい、翌朝ベラーキに向けて出発した。
発つ際、一応余分に持ってきていた食料を村に渡すと、大変喜ばれた。加えて土魔法の名手であるロメーヌ様が、村の周りの森を消しておこうかとウラリー村長に提案した。しかし、彼女はなんとも難しい表情で首を振った。
バイエの村の防壁は、大狂溢の際にかなり手ひどく破壊されてた。蜘蛛人族達が敷設したあの森は、防壁としてかなり優秀らしく、あのままにしておいて欲しいということだった。心情的にはすぐにでも撤去したいけど、実利的に撤去しない方がメリットが大きいようだ。
その日の夕方頃、僕らはやっとベラーキに辿り着くことができた。しかしその様相を見て、以前の村を知る全員が顔を顰めることになった。
直径100mほどのこじんまりとしたその開拓村は、魔物の脅威に対抗するため5mほどの高い防壁に囲まれている。近くにある大きな湖は、夕日を受けて橙色に輝いている。ここまではいい。懐かしくて涙が出そうだ。
問題は、やはり蜘蛛人族の森が、村と隣接する広大な麦畑までもを取り囲んでしまっていることだ。森の木々は、奥の村の防壁が辛うじて見えるくらいに密集している。加えて、直径1mほどの土を浅く掘り返したような跡、森の外周の広い範囲に、その跡が夥しい数で見られたのだ。もう、完全に罠ですと言っているような見た目だ。
「ふむ…… 居る、ようだな」
隊列の先頭でグレミヨン中隊長が目を凝らす。まだ結構距離があるし、日が傾きかけているのでよく見えないけど、確かに森の中に蠢く影がいくつも見える。あんな動きができるのは種族は限られる。この劣勢すぎる状況でなぜなのかわからないけど、蜘蛛人族達はベラーキから出ていくつもりはないようだ。
念の為ぐるりと村の周りを観察したけど、森にも土を掘り返した後にも隙は無いようだった。
それで結局元の場所、村の門の正面付近から一気に攻め入ることになった。
「魔法使いおよび弓兵は、あの地面を掘り返したような跡に向けて攻撃せよ! 攻撃箇所は、各自自身の手近なところで構わん!」
「「は!」」
蜘蛛人族の森からは射程外で、僕らの攻撃が森の外周にギリギリ届く位置から、僕らは罠っぽい見た目の地面に攻撃を仕掛けてみた。しかし、どこも特に反応を示すことなく、ただの地面に攻撃しているという感じだった。
「進軍開始! 我に続けぇ!」
「「おぉぉぉ!!」」
どうやら、進軍を躊躇わせるためのブラフだったようだ。そう結論づけた僕らは、村に向けて並足で進軍を開始した。気持ちが逸り、僕とヴァイオレット様も雄叫びを上げている。
作戦としてはシンプルで、念の為罠っぽい見た目のところは避けながら進軍し、森の近くに到達したらロメーヌ様達が土魔法で森を除去、その後は僕やキアニィさんが防壁を飛び越えて門を開け、騎士団を内部に招き入れるという形だ。
軍が森の外周部、土を浅く掘り返したような跡がいくつも存在する領域に中隊が足を踏み入れた瞬間、蜘蛛人族の森からも矢と魔法が飛んできた。
それらを中隊の風魔法使いが防御しながら、罠っぽい見た目の地面を避けながら進む。偶に風魔法で逸らしきれないような、大質量の石弾が飛んできたりしたけど、風で減速されたそれらは騎士団の面々が弾き落とした。非常に順調。そんな感じで森の外周部の半ばまで進軍した時、それは起こった。
バヂィンッ!!
強力なばね仕掛けが作動したかのような大きな音。突如響いたそれの方向を慌てて振り向くと、近くを歩いていた騎士の前足が、地面から突き出たいくつもの石筍に貫かれていた。
「あ……? がぁぁぁぁっ!?」
騎士が上げた苦悶の悲鳴に、中隊の全員が驚愕の表情を浮かべた。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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