第019話 晩秋の日常
微かな小鳥の鳴き声に目を覚ます。
瞼を開けてみたけどまだ日の出前なのか薄暗い。
出るのが億劫になるくらいの寒さを感じながら、僕はなんとか寝床から這い出した。
ここはボドワン村長宅の二階にある一室だ。
目を覚ますために軽く柔軟をして部屋を出ると、家の中は静まり返っていた。
この時間だと村長夫妻はまだ寝ているはずだ。
僕はなるべく音を立てないよう、一階への階段をゆっくり降りた。
村長宅の一階は村長夫妻の部屋や広間があり、二階にはヴァイオレット様のような村に来られたVIPの方のための客室が並んでいる。
この国におけるVIPは大体馬人族の人なので、彼女たちが使いやすいように階段も広々とした作りになっている。
もちろん僕はVIPでは無いけど、今は村長夫妻の養子のような立場になっているので、二階の一番小さい部屋を使わせてもらっているのだ。
階段を降り終わって広間に出ると、やはりまだ誰もいなかった。
台所の水瓶を覗くと水がずいぶん少なくなっている。
僕は水汲み用の桶を手に家の外に出た。
水桶を持って村の広場の水汲み場と家とを何度も往復する。
こぼれないように水を素早く運ぶのは良い訓練になるので、普段村長がやっている仕事を代わってもらったのだ。
朝早いせいか、水瓶がいっぱいになるまで今日は誰にも会わなかった。
次はみんなが起き出すまで家の庭で朝の鍛錬をする。
使うのは村の職人さんに作ってもらた練習用の棒で、長さは僕の身長より少し短いくらいだ。
槍を扱う想定で、少しアレンジした杖術の基礎練習を一通り終えた後、ひたすらイメトレをする。
四方八方から襲ってくる魔物に、しっかりと地面を踏み締めて重心を落とし、体幹のブレが最小限になるように棒を突き込む。
続けて払う、切り裂く、避ける、往なす、打ち据えるといった動作を連続して行う。
だんだんと想定する魔物の強さや数を上げていき、捌ききれなくなったら一旦休憩する。これを何度か繰り返す。
最後に僕が知る最強の存在、ヴァイオレット様の幻影に相対し、一瞬にして頭を消し飛ばされたところで訓練終了だ。
うーん。どうやっても勝てるヴィジョンが浮かばない……
気づいたらすでに日が昇っていて、みんなの起き出す気配がし出した。
そろそろ村長夫妻も起きる頃かな。
汗を拭きながら家に戻ると、やはり二人とも起きていた。
「おはようございます、ボドワン村長、クレールさん」
「ふぁ〜ぁ…… おぁようさん」
「おはよう、タツヒトくん。水汲みありがとう。朝食にしましょう」
大口を開けてあくびをしながら挨拶を返す村長と、すでに身繕いまで済んでしまっているクレールさん。
相変わらず対照的なご夫婦だな。これでとっても仲がいいから不思議だよね。
翻訳機のおかげで、最近になってやっとまともにこちらの言葉が喋れる様になった。
機械越しでなく、こうして言葉で挨拶できることが嬉しくて今だに笑顔になってしまう。
古代遺跡の調査からもう二ヶ月ほども経ち、今はもう晩秋。冬の気配が近づいてきていた。
村長達と朝食を食べた後は村の外で畑仕事だ。
今は晩秋だけどそろそろ種まきをするらしい。なんとなく種蒔きは春にするイメージがあったのでちょっと意外だ。
種まきに備えて土をふっくらとした状態にするため、みんなしてえっさほいさと畑に鍬を入れる。
亜人の人たちは文字通り馬力が違うので、普通の只人の二倍くらい働いてる印象だ。
これから蒔くのは小麦で、主に領主様、つまりはヴァイオレット様の家に収めるためのものらしい。
そう考えると鍬を握る手にも力が入るな。
昼食時になり、僕はエマちゃんと一緒に村の外の門の側にいた。
今日はヴァイオレット様が遊びにくる予定だったので、数日前から仕事を調整し、今は二人して彼女を待っているのだ。
「ヴァイオレット様まだかな、まだかな?」
「きっともうすぐいらっしゃるよ。あ、ほらあそこ」
そわそわしながら領都側の街道に目を凝らしていると、緩やかな起伏の向こうからヴァイオレット様らしき人影が現れた。
彼女はそのまま異様な速度で近づいてくる。時速100kmくらい出てるんじゃないだろうか。
蹄の音なんかもう『ダララッダララッダララッ!』といった感じで、銃の三点バーストみたいな音になってる。
しかし音は僕らのかなり手前でゆっくりとした周期になり、目の前に来る頃にはカポカポというなんだか安心する音になっていた。
「ふぅ、出迎えありがとう。待たせてしまったかな?」
おそらく領都からずっと時速100kmくらいで走ってきたのだろうけど、全く汗もかかずに彼女は言った。
「こんにちは、ヴァイオレット様。今来たところですよ」
あ、これ『待った? ううん、今来たとこー』ってやつだ。
「ヴァイオレット様ーー!!」
ヴァイオレット様に突撃して抱きつくエマちゃん。
「ふふふっ、いらっしゃい!」
「やぁエマ、元気にしてたかい。こんにちは、タツヒト」
僕もエマちゃんに混ざって突撃したいところだけど、そこはぐっと我慢だ。
ヴァイオレット様は非番なので当然甲冑姿では無い。
馬人族の人に対して少し奇妙な表現だけど、乗馬服のような装いで腰にブロードソードを下げている。
落ち着いた黒い色合いのジャケットに白いシャツ、そして馬体の四肢とお尻部分を覆う白いピッタリとしたズボン。
普段は甲冑に隠れている黄金比のようなスタイルがあらわになっていて、非常に眼福だ。
「タツヒト、何か視線を感じるのだが、変だろうか」
ヴァイオレット様が自身の体を見回しながら言った。
やばい、ちょっと視線がキモすぎたかもしれない。
「いえいえいえいえ。今日の装いもよく似合っているなぁと」
「そうか? ふふっ、ありがとう。おろしたてだぞ」
くるっとその場で回って下さるヴァイオレット様。ぎゃわいい!
「眼福の至り、大変ありがとうございます。こちらは少ないですが……」
「ば、ばかもの、財布をしまえ! どうして君は私が何かするたびに金を出そうとするのだ」
焦った顔をしたヴァイオレット様に叱られてしまった。
すみません、何故なのかは僕にもわからないのですが、無性に払いたくなってしまうのです。
彼女は非番のたびにエマちゃんに会いにくる。あとたまに職権を濫用して任務中にも会いにくる。
僕も便乗して遊んで貰っている内に、彼女ともエマちゃんとも大分仲良くなれた気がする。
今はまだ友達の友達みたいな関係だけど、将来的にもっと親密になりたい……!
二人と一緒に村長宅で楽しく昼食を頂き、その後は村の近くの湖に出かけた。
今日は湖で釣りをする予定なのだ。
開拓村ベラーキの名前は『緑の湖』みたいな意味らしい。
由来はもちろん村の近くの湖で、一部が森に接しているので木々の緑色が映り込む様子から取ったのだそうだ。
水性の魔物もいるらしく、船は危なくて出せないらしいけど、気をつければ釣りをするぐらいなら大丈夫なのだ。
湖に着いたら三人で釣り糸を垂らし、たわいもないおしゃべりをする。
今日も村長の顔が怖かった、冒険者のお姉さんが木の実をとってきてくれた、領都でこんな戯曲が流行ってる……
湖の対岸には魔物が潜む森があるのに、ひどく穏やかな時間だ。
少し肌寒いせいか、エマちゃんはヴァイオレット様にピッタリとくっついてご満悦だ。
ヴァイオレット様も穏やかな表情でエマちゃんを抱いている。
こうしていると本当に姉妹のようだ。僕も混ぜてください。
釣果はニジマスに似た大きな魚を釣り上げたエマちゃんの一人勝ち。
この娘はなんかひきが強くて、こうゆう勝負では大体勝ってしまう。
次こそは負けないぞ。
乗馬服っていいですよね。
それはそれとして、お読み頂きありがとうございます。
気に入って頂けましたら是非「ブックマーク」をお願い致します!
また、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




