第189話 一家団欒
ど深夜になってしまいました。。。すみませんm(_ _)m
ちょっと長めです。
「面妖な…… だが如何に手練れの土魔法使いとて、一息に屋敷の外に出ることは難しいだろう。必ずどこかで息継ぎをするはずだ……!
探せ! 館内を隈なく探し、見つけ次第始末するのだ!」
「「は!」」
ヴァロンソル侯爵が指示を飛ばし、護衛の一人を残して周りの騎士の人達が部屋の外に出て行った。
……元々流体でない石壁。それを必要な箇所だけ軟化させ、さらに目的とする場所までの流れを生み出し、人二人分の質量と体積を輸送する。土魔法使いじゃないので想像するしかないけど、あの小柄な蜘蛛人族はかなり高度なことをやったように思える。
やっぱり、この拠点だけレベルが違うんだよなぁ。単に一番準備時間があったというだけじゃない気がする。
「母…… ヴァロンソル侯爵閣下。今のが敵方の司令官でしょうか」
「恐らく、な。しかし、やはり言葉が通じないのは不便だ。身振りを交えて降伏勧告を行ったが、切りかかってきたので返り討ちにせざるを得なかった。悪くない腕前、黄金級に成り立てといったところだろう。
--我が領都を占領した憎き蜘蛛とわいえ、やはり若者を切るのは好きに成れんな……」
侯爵はため息をつくように呟くと、血払いをしてから剣を鞘に収めた。
「お前達も先ほどの二名を…… いや、先にユーグ達の捜索を頼む。生きれていれば、この館のどこかに監禁されているはずだ。ふむ…… これを持っていけ」
執務室の机から取った鍵束を侯爵が放り、ヴァイオッレット様がそれをキャッチした。
「承りました。みんな、付いて来てくれ」
ヴァイオレット様の言葉に僕らが頷くと、彼女は足早に執務室出た。館の中を下へ下へと降っていく彼女に付いていくと、一階からさらに降って地下への階段に入った。降りた先の通路は、これまでの質実剛健な印象だった内装と違い、陰気な石造に変化した。
「にゃー…… こういう狭くて暗いところは苦手だにゃ」
「すまないな、ゼル。だが、この先が館の中で一番厳重な監禁場所だ。その、近年は殆ど使われていなかったらしいが……
ともあれ、レベッカ母様達が捕えられているとしたらここだろう。む、扉が開いているな。敗色濃厚と見て、ここを警備していた敵兵も逃げ出したのだろうな」
開きっぱなしの頑丈そうな扉を抜けた先は、端的に言って地下牢だった。薄暗い通路の両脇に、鉄格子のはまった小部屋がいくつも並んでいる。
なるほど、それでちょっと言いづらそうにしてたのか。実家に地下牢があるのを知り合いに見られるのって、確かにちょっと気まずいのかも。
「レベッカ母様! 姉上! 父上! 居られますか!?」
ヴァイオレット様が牢を覗き込みながら通路を進んでいくと、奥の方から反応があった。
「--ヴァイオレットですか!? よく来てくれました! こっちです!!」
一番奥の牢、その格子の隙間から手を振る人がいた。それを見たヴァイオレット様が走り、僕らも後に続く。
「よかった、二人ともご無事でしたか……!」
牢の中には、ヴァイオレット様の只人の方のお母さんであるレベッカ様と、お姉さんのロクサーヌ様が居た。
二人とも少し痩せたように見えるけど、怪我などはしていないようだ。今気づいたけど内装も結構豪華で、ここは貴人用の牢なのかも。
「こっちにはヴァイオレットのお父さんがいるであります!」
「おぉ。君達が来てくれたということは、領都は蜘蛛人族の手から取り戻されたということだね。みんな怪我していないかい?」
声に振り向くと、レベッカ様達の向かい側の牢には、柔和な笑みを浮かべたユーグ様が居た。彼も少し痩せているけど元気そうだ。
ヴァイオレット様が侯爵から預かった鍵束で牢を開けると、三人とも自力で外に出て来てくれた。
「はぁ、助かりましたわぁ。もう、このまま死ぬまで夫達を可愛がられないのかと…… あら! タツヒト君も来てくれたのねぇ。わたくし、かれこれ一週間以上していなくて、もうどうにかなりそうですの……! ちょうどそこにベッドがありましてよ!」
「ちょっ……!? お、おやめ下さい、ロクサーヌ様!」
せっかく牢から出られたのに、僕をグイグイと引っ張って牢の中に戻ろうとするロクサーヌ様。その目は情欲に濁っているかのようだ。気持ちはわかるけど勘弁して頂きたい。
「姉上、あなたという人は…… ローズ母様がお待ちです。執務室に向かいましょう」
「ああん、もういけずねぇ」
僕からロクサーヌ様を引き剥がしたヴァイオレット様は、そのまま引き摺るよう彼女を連れて歩き始めた。
それから全員で来た道を戻り、執務室の扉を開けると、騎士の人達と忙しそうに話していたヴァロンソル侯爵が弾かれたように立ち上がった。
彼女はこちらに駆け寄り、ユーグ様、レベッカ様、ロクサーヌ様、そしてヴァイオレット様をまとめて抱きしめた。
「遅くなってすまない。皆、よくぞ無事だった……!」
ヴァロンソル侯爵領軍の指揮官として、その責任を果たすため彼女は執務室に残ったのだろうけど、本当は自分で家族の捜索に向かいたかったはずだ。本当に立派な人だ。暫くして抱擁を解いた侯爵は、僕らに現状を教えてくれた。
どうやら、逃亡するか、殺害するか拘束するかで、都市内の蜘蛛人族はもう殆ど排除できたようだ。ただ、肝心の敵指揮官と魔法使いは見つけられず、どうやら逃してしまったようだ。おそらく彼女達も大森林に向かったのだろうけど、指揮官の方はかなり傷が深かった。敵方には聖職者がいないはずだから、どこかで死んでしまっているかもしれない。
あとは、負傷者の治療や遺体の収容などの、戦後処理的な仕事が待っている。自分も戦後処理に向かうというヴァイオレット様を押し留め、僕らは執務室を後にした。彼女にとって、半年以上振りの一家団欒だ。せめて今日だけでも一緒に過ごして欲しい。
戦後処理の段階になったので、僕らは後方で待機していたロスニアさんと合流した。
「そうですか。ヴァイオレットさんは無事ご家族と会えたんでね。よかった……
皆さんもお怪我は無いですか? あ、キアニィさん! ここちょっと擦りむいてますよ」
「ちょ、ちょっと、そのくらい大丈夫-- あふっ……」
隙あらばいちゃつくロスニアさんとキアニィさんを引き連れ、僕らは都市内の負傷者を回復して回った。一応、降伏した蜘蛛人族の怪我人も、拘束した上で回復する方針のようだ。
すでに南軍全体が都市内に入って戦後処理に取り掛かっていたので、夜が明ける頃には遺体の回収や瓦礫の撤去も含めて全てが完了していた。数の暴力すごい。
朝になってヴァイオレット様とも合流した僕らは、南軍が次の行動を起こすまでの待ち時間を利用し、都市内の様子を見ることにした。
予定した重要拠点を全て解放したので南軍は解散。各師団は自領の防衛に戻り、まだ村などを占領している蜘蛛人族がいたら、領ごとに対応していく形だ。軍を解散し、師団ごとに方針を決める上で諸々の調整が必要になるので、少々時間がかかるのだ。
その後の王国から連邦への対応については、陛下や侯爵閣下達が考えてくれるはずだ。でも、これだけの事をされたのだ。何もしないということはあり得ないと思う。王国が連邦に報復戦争を仕掛けるとしたら、僕らはどうするべきか……
ともあれ、南軍が蜘蛛人族を追い出したことで、今都市内はお祭り騒ぎのようだ。昨日までは家の中で息を殺していた人々が、全員喜びを噛み締めるようにお酒を飲んだり踊ったりしている。こうした光景を見ると、あの血生臭い戦いにも意味があったのだと思えて救われる。
ヴァイオレット様の古巣である騎士団第二大隊の第五中隊屯所、僕の義理のお兄さんが働いている堅果焼き屋さん、お世話になっていたギルベルタの鍛冶屋。どこも大なり小なり被害を受けていたけど、見知った人たちは全員無事だったのでとても安心した。みんな僕とヴァイオレット様の姿を見て驚いていたけど、事情を説明したら安堵の表情を見せてくれた。
そして僕の古巣である、魔導士団第二小隊の第五分隊屯所に向かうと、ジャン先輩をはじめ、見知ったみんなが迎えてくれた。
「タツヒト、お前無事だったんか!?」
「え…… タツヒト君!?」
「おー、本当だ。久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです、ジャン先輩、みなさん! その節は、本当にご迷惑をお掛けしました」
「元気そうじゃねぇか、安心したぜ! こっちはエクトル小隊長がちょっと怪我したが、みんな無事だぜ。
あ、つーかお前ここにいて大丈夫なんか? --いや、それよりも。お前ヴァイオレット様以外に何人連れてんだ!? おーおー、やるじゃねぇか!」
バシバシと背中を叩いてくるジャン先輩。なんだか懐かしいな、このノリ。でも、ヴァイオレット様達が微笑ましそうに僕らを見ているのが、なんだかちょっと恥ずかしい。
「実は陛下と直接お話ししまして、僕らの手配を解いてもらえたんです。こちらの皆は冒険者仲間でして、その、皆大切な人達です」
「……! タツヒト、オメェ、男になったんだな! そうかぁ、そいつぁよかったなぁ。てことはあれか? 魔導士団に戻ってくんのか?」
「--まだ考えていません。お世話になったベラーキの村が今どうなっているか、まだ分かりませんし……」
「おっと、そうだったなぁ…… まぁ、気が向いたらいつでも来いよ!」
「はい……! ありがとうございます!」
魔導士団の屯所を辞して軍の集合場所に戻ると、ちょうど諸々の調整が終わったところだった。王都とプレヴァン侯爵の師団が自領に戻るのを見送ったあと、僕ら「白の狩人」は、ヴァロンソル侯爵軍による村や小規模都市の解放任務を手伝うことにした。
「やっとベラーキに向かえますね、ヴァイオレット様」
「あぁ。急がねば……」
もちろん僕らが同行するのは、開拓村ベラーキ方面に向かうグレミヨン様の中隊だ。彼女の指揮する中隊が領都を出発するのを、僕とヴァイオレット様はそわそわと待っていた。
僕らが最後にエマちゃんに会ったのは、半年以上も前のことだ。あの時は一ヶ月ほどで戻ると言って別れたのに、随分と彼女を待たせてしまった。他にも村長夫妻や義理の姉上達、冒険者のみんな、ともかく村の全員の安否が心配だ。
僕は逸る気持ちを抑え、出発の合図を待った。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。