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第188話 蜘蛛の巣(4)

だいぶ遅くなりましたm(_ _)m


 敵方の高位階魔法使い。彼女の頭がくるくると回転しながら防壁の下へ落ちていく。

 彼女の護衛の兵士達はこの段階になってやっと、キアニィさんの存在と、自分達の護衛対象の頭部が失われていることに気付いたようだった。

 護衛達が驚愕と憤怒の表情を向けたのと同時に、ゼルさんとキアニィさんはサッと防壁の上から飛び降りた。


 キアニィさん考案の三段構えの暗殺、成功である。正直、最初のシャムの狙撃だけで片が着くのではと思っていたけど、向こうの護衛が優秀すぎて無理だったようだ。シャムの狙撃が防がれた後に、付近で待機していた残りの二人が対象の足元に急行。目立つ色合いのゼルさんが大袈裟に襲撃をかけ、その隙をついて本命のキアニィさんが対象を排除した形だ。

 --改めて、敵の暗殺者だったキアニィさんが、今は僕らの仲間になってくれてるのって、本当に奇跡みたいなことだよね。彼女が陛下から受けた指令が僕らの抹殺だったら、あんな感じで一瞬で始末されてたんだろうな。もう絶対に敵に回したくない。 

 ともあれ、これで南軍本隊は広範囲の森を除去し、都市壁に迫ることができるはずだ。それまで僕らは、とにかく死なないように逃げ回るしかない。


 「シャム、成功だ! 降りるよ!」


 「りょ、了解であります!」


 僕がシャムを抱き抱えて屋上から飛び降りると、防壁の上の蜘蛛人族が射かけてきた矢が頭上を通過した。

 そして地面に着地した僕らに、下で待機してくれていたヴァイオレット様が駆け寄ってくる。


 「首尾は!?」


 「成功です! 集合場所へ向かいましょう!」


 「うむ! シャム、行くぞ!」


 「はいであります!」


 シャムがヴァイオレット様に飛び乗ったのを確認し、僕らはゼルさんとキアニィさんの二人との集合場所へ急いだ。

 作戦の成否に関わらず集まると決めていた、井戸のある小さな広場に向かうと、すでに二人は到着していた。

 

 「お待たせしました! 二人とも、流石ですね」


 「いにゃあ、ウチは騒いでただけだにゃ。しっかし、キアニィ。おみゃー本当に暗殺者だったんだにゃぁ。来るって知ってたウチでも、魔法使いの首が飛ぶまでおみゃーに気付けなかったにゃ」


 「お褒めに預かり光栄ですわぁ。でも、護衛が思ったより手練で少し焦りましたわぁ」


 よかった。二人とも特に怪我も無さそうだ。


 「よし。では、後は南軍の本隊が防壁に到達するまで逃げ回ろう。私について来てくれ」


 「「応!」」


 僕らが逃げ始めたと殆ど同時に、そこら中から連邦語らしき怒号が聞こえてきた。彼女達が僕らを血眼になって探しているのが分かる。

 戦士型に対して、魔法型の素質を持っている人は十人に一人くらいらしい。そして、青鏡級に至る冒険者は一万人に一人とも言われている。僕らがさっき殺害した青鏡級の魔法使いは、蜘蛛人族達にとってそれほど大切な存在だったのだ。きっと僕らが憎くて仕方ないはずだ。

 しかし、この領都クリンヴィオレはヴァイオレット様が生まれ育った街、言わば庭のようなものだ。彼女は細い路地や背の高い建物の影なんかを通り、見事に追手を躱していった。


 




 都市内で蜘蛛人族達と鬼ごっこをし始めて一時間ほど経った。すると、ぽつぽつと追手の数が減っていき、辺りが静かになっていった。代わりに、防壁の方が騒がしくなった。これは、僕らに構っている暇が無くなるほど、彼女達にとって切迫した事態が起きたのだろう。


 「来てくれたようだな」


 「ええ。ちょっとお手伝いしますか?」


 「うむ、そうするとしよう。私も少しは貢献せねば」


 僕らは都市内をぐるぐる回るのを止め、都市防壁の城門へと向かった。すると、防壁の上と城門の前に、合わせて千を越すほどの蜘蛛人族が集まっていた。僕らは彼女達まで100mほどの距離まで近づき、家屋の陰からその様子を少し観察した。

 兵は特に防壁の上に集中している。全員がこちらに背を向け、連邦語らしき怒号とと主に防壁の外へ魔法や矢を放っている。


 「「******!」」


 城壁の前に布陣している兵はおそらく二百から三百程で、こちらも僕らに背を向けて城門を睨んでいる。城門の両脇には、他の都市と同じような巻き上げ機が見える。

 僕らが見ている間にも、どこからともなく蜘蛛人族の兵士が集まってきて、だんだんと人数が増え始めている。

 時折、あたりをキョロキョロと見回している兵士もいるけど、その表情には恐怖と絶望があった。彼女達が防壁の外に敷いた蜘蛛の巣のような森は、防御陣地として凄まじく効果的なものだった。それを突如として破られ、今自分たちの10倍ほどの敵軍が迫って来ているのだ。むしろよく逃げ出さずにいる。彼女達なら、防壁を越えて大森林に逃げ帰るのも楽だろうに。


 「どうやら、防壁を隔てたすぐそこに、南軍本隊が来ているようだな。そして、城門前の兵士はまだ集合し切る前、高位階の者も見当たらなそうか…… すぐに動こう。

 私が道を開き、私と強化魔法を使用したタツヒトとで巻き上げ機を操作する。その間、ゼルは私、キアニィとシャムはタツヒトを守ってくれ」


 小声で囁くヴァイオレット様に全員が無言で頷いた。そして、僕は小声で強化魔法をかけた。


 『……雷化(アッシミア・フルグル)


 「よし…… ではいくぞ!」


 「「応!」」


 猛然と城門に向けて突進するヴァイオレット様に、僕らも建物の陰から飛び出して続いた。

 その体を青く発光させ、全力で身体強化したヴァイオレット様にとって、100mという距離はほんの一瞬である。

 激しい蹄の音に城門前の兵士達がこちらを振り向いた時、すでに彼女は必死の一撃を放っていた。


 「ぜあっ!!」


 ザガァンッ!!


 青鏡級に位階が上がり、絶えず鍛錬を続けてきたヴァイオレット様の延撃(えんげき)は、その威力と射程を大きく伸ばしていた。

 彼女が斧槍(ハルバート)を横薙ぎに振い終わった後、城門の前に布陣していた兵士百名以上が、水平に両断された。

 何が起こったのかわからない。そんな表情をした彼女達の上半身が、どちゃどちゃと水音を立てて地面に落下した。


 「**……? ****!?」


 幸運にも攻撃範囲外にいた兵士達が、あまりの出来事に悲鳴をあげる。僕らはそんな慄く兵士達をすり抜け、巻き上げ機に取り付いた。


 「いくぞタツヒト!」


 「はい!」


 通常、城門の巻き上げ機は数人で操作するものだ。しかし、緑鋼級に達し、さらに強化魔法を使用した僕には軽く感じられた。全力で巻き上げ機のハンドルを回すと、ほんの数秒で城門が開いてしまった。


 「続けぇーーーっ!!」


 「「おぉぉぉぉっ!!」」


 その一瞬後、ヴァロンソル侯爵を先頭にした師団が、地響きを上げながら都市内に傾れ込んだ。


 「**…… ****!」


 流石に負けを悟ったのか、城門前にいた生き残りの敵兵達が悲鳴を上げて逃げ出した。侯爵達は逃げ出した敵兵には目もくれず、まっすぐに領主の館へ走っていった。


 「援護の必要、なかったですわねぇ」


 「そうですね。でも侯爵様も無茶しますね。何も、先陣を切らなくても……」


 「すごい勢いだったであります!」


 ヴァロンソル侯爵の師団が全て都市内に入ったところで、僕らは門を挟んだ向こう側の巻き上げ機に向かい、ヴァイオレット様と合流した。

 門を通る際、南軍の残りの師団もこちらに向かって来ているのが見えた。彼女達への攻撃は止んでいたので、おそらく防壁の上にいた敵兵も逃げ出してしまったのだろう。


 「うまくいきましたね、ヴァイオレット様」


 「ああ。 --みんな、すまないが家族が心配だ。一緒に、ヴァロンソル侯爵の師団を追ってくれないか?」


 「もちろん、そのつもりですわぁ」


 キアニィさんに続いて全員が頷き、僕らはヴァロンソル侯爵の師団を追って都市の中心に向かった。

 そして師団に追いついた時、すでに彼女達は領主の館を包囲していた。侯爵達領の重臣や有力な騎士は、すでに中に突入しているということだったので、僕らもそれに続いた。

 館の中の所々に蜘蛛人族や馬人族の死体があり、敵の抵抗の激しさを物語っているようだった。

 増える死体に導かれるように進み、辿り着いたヴァロンソル侯爵の執務室の扉を開けると、この戦いの趨勢はすでに決したようだった。


 「***! ***!」


 中にいたのは侯爵と数人の馬人族の騎士。それから二人の蜘蛛人族だった。

 一人はおそらく女郎蜘蛛のような種族で、蜘蛛の下半身は鮮やかな黄色と黒の縞模様をしている。美麗な甲冑姿からして敵方の指揮官だろう。

 その胴体には袈裟斬りの深い傷跡があり、豪奢な長髪が濡れそぼるほどに出血していて、ぐったりと動かない。

 もう一人はおそらくハエトリ蜘蛛のような種族だ。指揮官に比べてかなり小柄で、下半身は栗色の目立たない色合いをしている。

 ローブのような格好からして魔法使いだと思う。全体的に短めの髪型なのに、前髪が両目が隠れてしまうほど長い。彼女は青白い顔の指揮官を抱き抱え、必死に声をかけ続けている。


 「む、来たのか。待っていたまえ、今終わらせる」


 ヴァロンソル侯爵は僕らの方をチラリと見ると、血に濡れた剣を構えて蜘蛛人族達に近寄った。

 すると、魔法使いの方が顔を上げて侯爵を睨むような素振りを見せ、指揮官を抱き抱えたまま後ろに跳んだ。

 無駄だ。誰もがそう思ったことだろう。後ろに跳んで距離をとったところで、あるのは石壁だけ。出口は僕らの後ろの一箇所しかない。


 『--大地よ(テーラ)!』


 しかし、魔法使いの蜘蛛人族が叫ぶと、その周囲の石壁がどろりと溶けた。そしてずぶずぶと二人がその中に飲み込まれていく。


 「ぬぅ……!?」


 異常を察した侯爵と騎士達が彼女達に殺到する。


 ビュン!


 斬撃が当たる寸前、二人は完全に石壁に飲み込まれ、侯爵の剣が空を切った。二人の蜘蛛人族は、そのまま執務室から忽然と姿を消してしまった。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】


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