第187話 蜘蛛の巣(3)
ぐぅ、日を跨いでしまった。。。遅くなりましたm(_ _)m
2024/8/1 8:11 末尾の矢の速度に関する表現等を修正
ゴト……
重たい石を動かすような音が、狭く薄暗い地下通路に響く。
続いてずりずりという音と共に、急に光が差し込んだ。地下通路の出口を塞いでいる石の蓋。それを慎重に動かしていたキアニィさんが、月光に照らされ浮かび上がる。
彼女は自分が出られる最低限の広さまで石をずらすと、頭を外に出して様子を伺ってからするりと外に出た。
数秒後、またゴトリという音が響き、地下通路を塞いでいた石の蓋は完全に取り払われた。
「周りに敵兵はいません…… 出てきて大丈夫ですわぁ」
キアニィさんの囁き声に、僕は光源用に出していた小さな灯火を消し、そっと地上に出た。後には他のみんなが続く。
地下道の出口は偽装された石の棺で、棺は石造りの小屋の中にあった。何人も居られるほどのスペースは無かったので、僕はキアニィさんに続いてその小屋の外に出た。
身を低くしながら小屋の外に出ると、僕らが今出てきたような豪華な石造りの小屋、遺体を収めるためのお墓が沢山立ち並んでいた。
あたりは静まり返っていて、夜の墓地ということもあり少し怖い雰囲気だ。僕らは手近なお墓の影に身を寄せると、ボソボソと小声で話し始めた。
「ふぅ…… キアニィさん、ありがとうございます」
「ええ。ここは…… 事前情報の通り、内壁街の中心付近ですわね」
ここ領都クリンヴィオレは、二重の防壁を持つ城塞都市だ。今僕らがいる領主一族の墓地は、内壁の中、都市のほとんど中心付近にある。
あたりを見回すと、背の高い壁が数百mほどの円を描き、僕らのいる辺りをぐるりと囲んでいる。暗くて判然としないけど、その壁の辺りには特に人影は見えなかった。
以前ヴァイオレット様とここに忍び込んだ時は、内壁街で山越の装備を整え、また墓地から地下へ潜った。しかし、今回はそう言うわけにも行かない。
「あぁ。おそらく敵の主力魔法使いは、森を一望できる外壁の上に居るはず…… まずは外壁街に移動する必要が--」
あたりを見回していたヴァイオレット様が、言葉を止めた。その視線の先には、領主の館があった。館の窓からは灯りが漏れていて、中で誰かが活動していることが窺える。
これまで解放した都市では、蜘蛛人族達は領主の一族を含め、都市の人間をやたらに殺すことはしていなかった。きっと、ヴァイオレット様の家族も生きていて、あの中に囚われているはずだ。
「ヴァイオレット、どうしたにゃ?」
「あ、あぁ…… すまない。今は、任務に集中しなければな。 --行こう。見たところ、敵は内壁にそれほど注意を払っていないようだ。流石に外壁街への門には見張りがいるだろうから、我々は静かに壁を越えるとしよう。
キアニィ。今回は負担をかけてしまうが、頼めるだろうか?」
「ええ、もちろん。お任せくださいまし。わたくしの技能は、こういった状況で役立てるべきですわ」
キアニィさんを先頭に、僕らはなるべく音を立てず、身を低くしながら素早く内壁へ向かった。
街の住人達は家の中で息を殺しているようだけど、蜘蛛人族の兵士達はそうではない。 たまに彼女達の集団にニアミスしそうになりながら、何とか見つからずに内壁にたどり着いた僕らは、静かに壁を超えた。
どうやったかというと、一人ずつキアニィさんに運んでもらったのだ。
飛び越えたり爪を立てて登ったりしたら、絶対に大きな音が鳴る。しかし、蛙人族であるキアニィさんは壁に張り付くことができるので、音をほとんど立てずに十数mの内壁を越えることができるのだ。
ヴァイオレット様の言う通り、今回の作戦はかなりキアニィさんの技能や経験に依存している。この任務が終わったら、何か美味しいものでもご馳走して差し上げよう。
まぁ、彼女は平気で十人前とか食べるから、ちょっとだけ覚悟が必要だけど……
内壁を越えると、数百mほど先に二つ目の都市防壁、外壁が見えた。壁の上には何ヶ所も篝火が焚かれていて、その周辺には蜘蛛人族らしき人影が見えた。やはり、彼女達の注意は外側に向いているようだ。
都市内の蜘蛛人族達の往来も内壁街より多く、僕らはより慎重に移動することを強いられた。建物の間に糸を通し、スパイダーマンのように移動する蜘蛛人族なんかもいて、見つからないか非常に肝を冷やす羽目になった。
でも、あれちょっと楽しそうだったな。
そんな感じでさらにコソコソと移動し、僕らはとある建物の屋上に身を伏せていた。
「--いい感じであります。ここなら、よほど想定外の場所に対象が居ない限り、射線を確保できるであります」
シャムが外壁に向けて弓を構えながらそう言った。この建物は、南軍本隊が布陣している方向に面した外壁に近く、ある程度高さがあって射線が通り、かつ蜘蛛人族があまり近くを通らない。つまり、遠距離狙撃にうってつけの場所ということだ。
「なら、ここで決まりですわね。では二人とも、あとは手筈通りに」
「行ってくるにゃ。シャム頑張るにゃ。タツヒト、しっかりシャムを守るにゃ」
「シャムにお任せであります!」
「もちろん、傷ひとつつけさせませんよ」
僕とシャムに声を掛けた後、キアニィさんとゼルさんはほとんど音を立てずに屋上から飛び降り、防壁の方に向かって走り始めた。
ヴァイオレット様はというと、今は建物下で待機してくれている。
「それじゃあシャム、始まるまで待機だね」
「了解であります。 --ちょっと寒いであります。くっついていいでありますか?」
「ふふっ、いいよ」
「やた!」
雪こそ降っていないし、風も穏やか。それでも冬の夜は結構冷える。僕とシャムは身を寄せ合い、その時を待った。
そして数十分ほど経った頃、南軍本隊が布陣している方角から、わずかな圧力のようなものを感じた。
強い魔法の気配。南軍の土属性魔法使いの人達が、再び森の除去を試み始めたのだ。それと同時に、俄かに防壁の上が騒がしくなった。
「始まったね」
僕が槍を構えて佇まいを正すのと同時に、シャムも僕から少し離れて弓を構えた。そして二人して防壁の上に目を走らせていると、それらしい人物が現れた。
護衛らしき数人の蜘蛛人族に連れられた彼女は、ちょうど僕らの正面の位置で立ち止まり、南軍本隊の方角に向き直った。
そしてその体から、青い放射光と強い魔法の気配を発し始めた。強力な魔法を使う青鏡級の魔法使い。南軍の魔導士の人達の推測は正しかったようだ。
「シャム。間違いない、あれが対象だよ」
「了解であります。すー、ふー……」
僕の声に頷くと、彼女は大きく深呼吸した。
「--環境条件計測…… 風速…… 対象への直線距離…… 仰角……」
そして小声で何かを呟きながら、ゆっくりと弓を引き始めた。
彼女の度重なる改良により、極限まで性能の向上が図られた複合弓の弦と滑車が、キリキリと音を立てる。
引尺めい一杯まで弦を引いたところで、まるで時間が止まったかのように、彼女は震え一つ無く静止した。
そして、ほんのわずかに風が弱くなった瞬間、彼女はそっと鋼鉄製の矢から指を離した。
ビュンッ……
間近で鳴った弓鳴りと共に、亜音速の矢が射出された。
僕の強化された視力が、かろうじてその行先を捉える。数秒にも満たない飛翔の後、矢が対象の心臓に到達する直前、突如として横合いから刃が差し込まれた。
キィン……
わずかに聞こえた金属音。矢を剣で叩き落とした護衛の一人が、驚いた表情でこちらを凝視した。その一瞬後、他の護衛もこちらに気付き、弓を構えた。
「下がって!」
僕はシャムの前に出ると、高速で短槍を振った。
ギギィンッ!
僕の足元に、叩き落とされた矢が数本落ちた。
遠距離からの不意打ちを防ぎ、すぐに対抗狙撃に移るあたり、あの護衛の蜘蛛人族達がかなり優秀なようだ。しかし、僕らの手はこれだけじゃない。
僕から見て対象の魔法使いの左手。凄まじい速度で壁面を駆け上がった黄色い影、ゼルさんが、彼女達を急襲した。
護衛達はまた驚いた様子だったけど、何とかゼルさんの双剣を捌き、魔法使いを守った。護衛達の視線は、狙撃手であるシャムと、目立つ色の乱入者であるゼルさんに向けられている。
そこに、静かに壁を登って忍び寄る深緑の影があった。
僕から見て対象の魔法使いの右手。蜘蛛人族達の目と意識と死角から近寄ったキアニィさんが、対象の背後から静かにナイフを振るった。
パンッ……
遠すぎて聞こえないはずなのに、そんな音が聞こえたような気がする。キアニィさんの一撃は、それほど鮮やかに対象の首を切り飛ばしていた。
7月はかなりPV数を頂いておりまして、単月で1万を超えました。
いつも拙作をお読み頂き、本当にありがとうございます。感謝感激!
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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