第186話 蜘蛛の巣(2)
遅くなりましたm(_ _)m
今週はこのくらいの更新時間が続きそうです。。。
短時間で会議を終えた首脳部は、これまで通り、先に森の除去を行うことにしたらしい。ヴァロンソル侯爵は全軍を森の近くまで一気に進軍させると、魔法使いの人達を前に出した。
ヴァランティーヌ魔導士団長こそ居ないけど、南軍にも王都や各領の名だたる土属性魔法使いがいる。彼女達が森に向けて魔法を使い始めると、蜘蛛の巣状に広がった森の内、僕らの眼前を横切る一辺が震え始めた。
最初は敵の魔法使いの干渉と拮抗していたみたいだけど、そのうち均衡が崩れ、森を構成する木々はゆっくりと沈み始めた。
ズズズズッ……
「よし、順調だな」
それを見たヴァロンソル侯爵が頬を歪める。その間も、森のそこらじゅうから魔法や矢が飛んでくるけど、こちらの風属性魔法使いの人達が防いでくれている。
この時点では僕も順調だと思った。けど、しばらくしていつもと様子が違うことに気づいた。
眼前の森全体は、領都を中心に幾本も放射状に伸びている帯状の森と、その放射状の森を頂点とした多角形の森が何層にも重なっていて、上から見ると本当に蜘蛛の巣のように見える。
土属性魔法使いの人達は、都市防壁までの進軍経路を確保するため、森に魔法をかけ続けている。けれど彼女達の表情には困惑と焦りがあり、思うように森が消えていないようだ。
なんと表現すればいいかな。蜘蛛の巣のような多角形のピザを想像してもらいたいのだけれど、こちらとしては広い範囲、つまりたくさんのピースを消していきたいのに、消えるのは正面の一ピース分、狭い範囲のみなのだ。
「蜘蛛共が何か小細工でもしてんのかぁ? 全然消えねぇじゃねぇか」
「むぅ。このまま続ければ都市防壁までの経路はできるであるが…… 危険すぎるであるな。左右の森から挟撃されてしまうのである」
その様子を見ていたプレヴァン侯爵とベアトリス騎士団長が眉を顰める。敵が山ほど潜んでいる森に両脇を挟まれた、万の軍隊が行軍するには少し細い道。もしそんなところを無理やり通ったら、風魔法による防御は伸び切った隊列をカバーしきれず、甚大な被害が出てしまいそうだ。
あ。しかも隊列の途中とか後ろに森を生やされたら、分断されたり完全包囲されてしまうかもしれない。彼女達の言う通り、危なすぎるように思える。
それから侯爵達首脳陣は、あの手この手で森をなんとかしょうとした。アプローチする場所をずらして森を消し始めたら、最初に消した部分の森を復旧されてしまったりもした。
もう吾輩の延撃で森を消しとばしてしまおうか。日が傾き始めた段階でベアトリス騎士団長がそんなことを言い始めたけど、周りが慌てて止めていた。
彼女はあまり手加減が得意じゃないらしく、領都ごと消える可能性が非常に高いらしい。 --紫宝級が人外の領域と呼ばれるわけだ。
「全く、随分と手の込んだ防御陣地ですわねぇ。攻め入る隙が本当にありませんわぁ」
「同意するであります。効率的な陣地の構造、魔法使いの同士の高度な連携、さらに何らかの方法で、魔法による森への干渉が局所に止まるように工夫されているであります。これまでの蜘蛛人族の陣地とは一線を画しているであります」
「にゃー…… 難しいことはわかんにゃいけど、あの森は嫌な感じがするから入りたくにゃいにゃ」
あまりの隙の無さに、みんなも敵の仕事を褒め始めてしまった。いや、僕もさっきから関心しっぱなしなんだけど。
けれど、いつまでもそうしている訳にはいかない。これまで解放した拠点では、蜘蛛人族達はあまり市民に無体を働いている様子はなかったけど、ゼロではなかった。あの領都の中で、ヴァイオレット様の家族や僕の知り合いがどんな扱いをされているのか、分かったものではないのだ。
僕は、僕ら以上に焦っているであろうヴァロンソル侯爵の方を見た。彼女は南軍の首脳陣や高位の魔法使いの人達と話していたけど、くるりとこちらの方を振り向いた。
そして、苦々しい表情でため息を吐き、独り言のように呟いた。
「仕方あるまい…… ここは、我が元娘とその仲間達に働いてもらうとしよう」
南軍の首脳陣から極秘指令を受けた僕ら「白の狩人」は、南軍の本隊から離れ、蜘蛛人族達が構築した森の際に近い廃協会に来ていた。
すでに日が沈みかけているので、おそらく騒がなければ森に潜む蜘蛛人族達は僕らに気づくことは無いだろう。
「にゃー、ヴァイオレット。そろそろにゃにするか教えろにゃ。ウチらが殺んなきゃいけにゃいのは、敵の魔法使いだにゃ。こんな所に居るわけにゃいにゃ」
小声で文句を言い始めるゼルさん。そう、僕らが受け取った指令は、敵の主力土属性魔法使いの暗殺だ。
南軍の有力な魔導士、魔法使いの人達が色々と試した結果、少しあの森の仕組みがわかったのだ。どうやら森に潜んでいる魔法使いは、数は多いけどそこまで実力者というわけではない。領都の方に位階の高い魔法使いが居て、森の多くの魔法使いと変則的な重合魔法を行っているそうなのだ。
ただ、重合魔法は、術者の位階差が大きかったり、参加人数が多いほど難しいらしいので、彼女達がその点をどう解決しているかの疑問は残る。でも、実際に数や質で勝るこちら側の魔法使いに対抗し、森を維持しているのだ。そして南軍の魔導士の人達の見解では、領都にいる高位階の魔法使いを排除すれば、この堅固な森にも綻びが出るはずなのだ。
「わかっているとも。だからこれから、その魔導士に会いに行くのだ」
「にゃ?」
「--あぁ、なるほど。あなた侯爵令嬢でしたわねぇ」
「ふふっ、気づいたか。タツヒト、手伝ってくれ」
「はい」
僕とヴァイオレット様は、勝手知ったるといった感じで廃協会に入っていった。
ヴァイオレット様はそのまま奥に進むと、朽ちた演台の下に潜り込むみ、石畳を操作した。
……ゴトッ。
音が鳴ったのを確認した僕は、演台の後ろの壁を押した。すると、音を立てながら壁の一部が押し開かれ、
「すごい…… かっこいいであります!」
「ふふっ、そうだろう。しかし懐かしいな。またここを通ることになるとは……」
「そうですね。まだ僕らが王都を出奔してすぐ、シャムに出会う前ですからね」
僕とヴァイオレット様が王都から出奔し、南部山脈を超えて国外に逃亡する際、どうしても領都で山越えの準備をする必要があった。
普通に門から入ったら逃走経路がバレてしまうので、当時はこの隠し通路を通って都市に入ったのだ。
「にゃるほどにゃぁ…… ん? 最初からこれ使えばよかったんじゃにゃいかにゃ?」
「一応、領主の一族しか知らない秘密の抜け道だからな。この作戦が成功したら、その存在が領外の人間にまで周知されてしまうことになる。
母上…… 侯爵閣下はなるべくそれを避けたかったのだろう。さて、では行こうか」
先行して抜け道に入ろうとするヴァイオレット様を、キアニィさんが手で制した。
「待ちなさぁい。一応わたくしが先行しますわぁ。罠があったら、わたくしの方が気付けると思いますの」
「む、そうだな。頼んだ、キアニィ」
「ちょっとワクワクするであります……!」
「シャム、静かに歩くんだよ」
元暗殺者のキアニィさんを先頭に、僕らは暗い抜け道に入っていった。
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