第181話 無機質な森(2)
遅くなりましたm(_ _)m
遠くに見えるヴァランティーヌ魔導士団長。僕は、彼女が一瞬にして巨大化したような錯覚に陥った。圧倒的な強者の気配の解放と共に、魔導師団長は紫色、彼女と一緒に出てきた部下の人達は青色や緑色の放射光を放ち始めた。
どうやら、複数人で協力して魔法の効果を高める重合魔法を使うみたいだ。以前、ヴァロンソル領の魔道士団の先輩方が使っていたのを見たことがある。
チラリと領都エキュリーの方を伺うと、ただ事でない雰囲気と放射光に気付いたのか、魔法使いらしきの蜘蛛人族達が防壁の上に姿を現した。
「さすが王国最強の魔導士ですね…… 当然のように紫宝級だし、この距離でも圧力を感じます」
「あぁ。最近強者とまみえる機会が多すぎて感覚が麻痺してきているが、本来紫宝級とは国に数人居るか居ないかという、人類の強さの頂きだ。しかし、あの不気味な森を消すというがどうやって--」
ヴァイオレット様のセリフの途中で彼女たちが森に向かって手をかざした。そしてそのままの姿勢で数秒静止した後、魔導師団長に合わせて全員がほんの少し腕を下ろした。
すると、その瞬間。
ゴゴゴゴゴッ……!
「うわっ……!?」
突如として大地が鳴動し、僕らの周りの兵士の人達もざわつき始めた。まさか、地震を起こしたのか……!?
いや、よく見ると震源は地中ではなく僕らの眼前、領都を取り囲む無機質な森だ。
森は全体がガタガタと縦揺れしていて、木々の枝の上に居る蜘蛛人族達が、振り落とされまいと必死にしがみついている。さらに防壁の上の蜘蛛人族の魔法使い達は、全員がこちらと同じように森に向かって手をかざしている。
おそらく、こちらの魔導師団長たちと蜘蛛人族の魔法使い達、彼女達の間で目に見えない綱引きのようなものが行われているのだ。
両者による森への魔力的干渉は拮抗していたかに見えたけど、実際には数秒ほどしか持たなかった。
ぺしゃり。
そんな擬音が聞こえてきそうなほど、あっさりと巨大な森が消失した。全ての木々が一瞬にして軟化し、そのまま地面に吸い込まれていったかのようだった。
木の上に居た数百人程の蜘蛛人族達は、一瞬の滞空のあと、絶叫とともに一斉に地面に落下した。何割かは無事に着地できたようだったけど、残りは地面に叩きつけられた後ピクリともうごかない。
その奥、防壁の上にいる蜘蛛人族の魔法使いたちは、八つの膝をがっくりと折ってしまっている。
あまりの光景に呆然としている僕らに、ヴァロンソル侯爵が号令する。
「全軍、攻撃開始!」
「……! 皆、手筈通りに行くよ!」
「「応!」」
侯爵の号令を受けた僕らは、鬨の声を上げながら領都の城壁に突貫する友軍を追い抜いて走り始めた。
僕ら「白の狩人」は、所属上はグレミヨン様配下の民兵だけど、与えられた任務は遊撃だ。好きに暴れちゃっていいよという事である。
ただ、城壁の上の敵の排除、城門の解放、敵士官の殺害または無力化、市民の救助など、一応の行動目標くらいは設定されている。
軍隊でそんなことしていいのと言われそうだけど、むしろそうする他に無いという所のほうが大きい。
僕らの中で、軍隊の動きに慣れているのはヴァイオレット様だけだ。僕も数ヶ月ほど魔導士団に居たけど、ひよっこのまま退職アンド国外逃亡してしまったし、半年以上たっているので動き方は大分怪しい。他の面子についてはまったく従軍経験が無い。
普通の民兵だったら兵科ごとに分けられて、訓練をしてから戦争に参加するんだと思うけど、僕らは完全な飛び入り参加だ。しかもやたらと腕が立つので遊ばせておくのも勿体ない。
そういうわけで、下手に指揮系統に組み入れず、自己判断で戦う形になったのだ。
そして僕らが、友軍を追い抜いて数秒ほどで、消失した森の木々から落下した蜘蛛人族達と接敵した。
近くで見ても、やはり人間大の蜘蛛の頭部から、女性の上半身が生えているような見た目だ。
鎧を着こんでいるので分かりずらいけど、蜘蛛部分は全体的に甲殻に覆われているようだ。蜘蛛の腹にあたる部分は以外にスリムな印象で、胴体から伸びた長い八本の脚は地面をしっかりと踏みしめている。
「****!!」
一足一刀の距離まで近づいたとき、敵兵の一人が、おそらくは連邦語でこちらに罵声を浴びせてきた。彼女は弓を放り投げると、抜き放った剣を振りかぶった。
その踏み込みは話に聞いていたよりも鋭いものだった。しかし、僕と彼女との間には圧倒的な位階の差があった。
「シッ!」
彼女が剣を振り下ろすより前に、僕はその喉笛に槍の穂先を水平に差し込み、延髄を断ち断ち切ったところで槍を引き戻し、脱力した彼女の脇を走り抜けた。
後ろでどさりと彼女が倒れこむ音がして、人を殺したという実感が、腹の底が冷えるような感覚と共に襲ってきた。やっぱり、この感覚には全く慣れない。
ちらりを皆の様子を伺うと、僕と同じように鎧袖一触で蜘蛛人族達を屠っていた。
それからさらに何人かを倒した僕らは、打ち下ろされる矢や魔法を捌きながら、すぐに都市の防壁にたどり着いた。防壁の高さは15m以上はありそうで、位階があがったぼくでも飛び越えるにはちょっと高い。そのままならば。
「先行します!」
「頼む!」
僕は一気に加速し、地面を踏み切る直前に魔法を発動した。
『雷化!』
瞬間、帯電した僕の体の機能は一段階上昇し、異常な脚力を発揮した。
ダンッ!!
爆発のような音を立てて踏み切ると、僕の体は防壁のさらに上まで打ちあがった。
「**、****!?」
眼下。防壁の上にいた蜘蛛人族達が慌てて弓や魔法を僕に照準しようとする。けれど、それをこちらが待つ義理は無い。
『雷よ!』
バババァンッ!!
横なぎに放った雷撃を受けて、蜘蛛人族たちが声もなく痙攣し、倒れ伏した。
僕は自由落下に任せて防壁の上に着地すると、さっとあたりを見回し、近くに動いている敵が居ないことを確認した。
「よし……! みんな、登ってきて!」
防壁の上から眼下のみんなに声をかけると、最初にヴァイオレット様が僕と同じように飛び上がり、僕の隣に着地した。
「助かったタツヒト。やはり、君は雷を操ってこそだな」
「ありがとうございます。でも、強化魔法無しにこの防壁に軽々と飛び乗るヴァイオレット様も流石です」
ヴァイオレット様から少し遅れて、ガリガリという音と、ペタペタという音とともに、ゼルさんとキアニィさんが防壁の上に上がってきた。
「ふぃー、もう疲れたにゃ」
「お待たせしましたわぁ。ほらシャムちゃん、気をつけておりるんですのよ」
キアニィさんに背負われていたシャムが、恐る恐るといった様子で防壁の上に立ち、あたりを見回した。
その表情は、恐れと怯えに引きつっていた。
「こ、これが…… これが戦争でありますか…… 人の命が、こんなにあっさり…… 怖いであります」
「シャム。怖いだろうけど、ここまで着いてきたからにはもう最後までやりきるしかない。敵兵相手に躊躇すると、すぐにやられてしまうよ」
「……わ、わかっているであります! 怖がるのは後にするであります!」
僕の言葉に、体を縮こまらせていたシャムが涙目で姿勢を正した。
「よし、その意気だ。 --まだ城門は破られていないみたいですね。先にあっちの応援に向かいましょう」
「「応!」」
僕らは城門の方を目指して防壁の上を走り始めた。
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