第180話 無機質な森(1)
めちゃくちゃ遅くなってしまいました。。。まことにすみませんm(_ _)m
ちょっと今週は更新時間が遅めになりそうです。。。
ヴァロンソル領へ急ぐぞ! と意気込んで出発した僕らだったけど、実際には軍はプレヴァン侯爵の領地に向かっていたらしい。僕らがそれを知ったのは、暫く行軍した後の小休止の時間だった。
「--というわけで、まず王都からの距離も比較的近く、大森林側の国土における南北の中間点。プレヴァン侯爵領の重要拠点を全軍で奪還します。
そこから全軍を南北二つに分け、同じように大戦力で各領地の重要拠点を奪還していきます。すべての重要拠点の奪還が完了し次第、各軍は自領に戻り、他の拠点や村などを解放、国内から蜘蛛どもを一掃します。
その後の連邦への対応は今後上層部が協議しますが、まずはここまでが本作戦の全容です」
「そうか…… ありがとうグレミヨン中隊長殿。ご教示に感謝する」
「ええ。それでは」
ヴァイオレット様に作戦概要を伝えてくれたグレミヨン様は、忙しそうに去っていった。
僕らはみんな高位階だけど、今回ただの民兵として参加している。いろいろとやることがある中で彼女が教えに来てくれたのは、純粋な好意からだろう。ありがたい話だ。
しかし、そうすると今すぐヴァロンソル領に向かうことはできないのか…… 歯がゆいけど、確実に拠点を開放していくには、大きい戦力で一気に叩いていくのが正解だろうからなぁ。これはもうしょうがない。
「私も、まだまだだな……」
小休止中の数万の軍隊。その中央付近を見ながら、ヴァイオレット様は呟いた。
「あの、どうしたんですか?」
僕が声を掛けると、彼女はすこしバツが悪そうに目を逸らした。
「あぁ、いや…… 大切な者達のために必死になっていたのは、私達だけではなかったのだと思い至ってな。
母上やプレヴァン侯爵閣下達にも、領地やそこに残してきた親類、部下達が居る。
ともすれば彼女たちは、私達以上に今すぐ自身の領地に向けて駆け出したいと思っていたはずだ。
だが、その感情を抑え込み、冷静に適切な判断と行動を行っている…… 私もそれなりに軍歴を積んだと思っていたが、まだまだ若造だったなと、少し自身を省みて恥ずかしくなったのだよ」
「うっ…… 僕にもすごく刺さりますね、それ。あの時、ヴァイオレット様が言わなければ僕が言ってましたもん。今からヴァロンソル領に戻りますって」
ヴァイオレット様の言葉に僕もちょっと反省していると、いつものようにゼルさんが後ろからしなだれかかって来た。
「二人とも真面目だにゃー。休憩中は力をぬくもんだにゃ」
僕を後ろから抱きしめる彼女の体毛が、ふわふわと頬をくすぐって心地いい。今すぐそのもふもふに顔を埋め、思いっきり息を吸い込みたい衝動に駆られたけど、なんとか我慢した。
ちらりと彼女の顔を見ると、くわぁ~とあくびまでしている。本当に言葉通りまったりしているようだ。
「ふふっ、そうですね。ゼルさんのもふもふのおかげで落ち着けました」
「にゃははは、そりゃよかったにゃ。しっかし、馬車組は楽でいいよにゃー。長距離苦手だから、ウチも乗せて貰おうかにゃー」
ロスニアさんをはじめとした聖職者や、僕の元同僚の魔導士団の人達は、全員馬車に乗って移動している。
王都から合流した従軍聖職者の人達は、ロスニアさんが神託の御子であることを知ると平伏し、感涙していた。やはり、神託を受けるということは聖職者にとってそれだけ重いことなんだろうな。今頃馬車の中で、皆と神様について語り合っているんだろうな。
そういえば、ロスニアさんに下った神託、というか助言は、シャムが治った時点でもう完遂されてるんだよな。でも、僕らはこうして王国の内乱を終結させる手助けをして、さらに国防のための作戦に従事している…… 神託を下した存在。神様は、ここまで予測していたのだろうか。
「小休止終了! 全体、整列!」
僕の思考は、進軍再開を伝える高位の騎士の方の大音声にさえぎられた。
「聞こえたな! 全体整列だ!」
「うへぇ~、もうちょっと休みたいにゃ……」
「ほら、行きますよゼルさん」
指示を復唱するグレミヨン様に従い、僕はゼルさんを引きずって列に向かった。
かなりの速度で進軍すること数日。対蜘蛛人族の軍は、最初の攻略拠点であるプレヴァン侯爵領の領都、エキュリーに到着した。
しかし、数Km先に見えたエキュリーを目にして、領を預かるプレヴァン侯爵を含め、軍の全員が困惑してた。
「んなばかな…… 俺の領都が、森に覆われちまってるぞ……!?」
さすがに三重の防壁を持つ王都には劣るけど、堅固な二重の防壁は高く、領都エキュリーはかなり巨大な城塞都市のようだった。
ようだったというのは、プレヴァン侯爵の言う通り、今はその都市が森のような物に遮られて正直よくみえないからだ。
おそらく直径1km以上はある都市の外周全てに、葉っぱの無い枯れ木のようなものがびっしりと林立している。木々の色や質感は石のようで、15m程はありそうな都市防壁の、さらに倍くらいの高さがある。
都市を覆うそれらは、根元からいくつも枝分かれして先細っていて、木としか表現のしようがない。けれど、捻じれや曲がりなどがいっさい無く、生えている木々が全て同じ形をしているようにも見えてとても不気味だ。
「プレヴァン侯爵閣下、これはただ事では無い。一当てする前に、少しばかり作戦会議をするのが良いと思うのである」
「--そうだな。了解したベアトリス騎士団長殿。全員、その場で待機だ!」
軍の首脳陣が会議を始める中、僕は観察を続けていた。身体強化は視力も強化してくれる。限界まで強化して目を凝らしてみると、木々の梢の向こう、城壁にへばりつく人影がいくつか見えた。
さすがに細部までは見えないけど、蜘蛛の頭に人間の上半身がくっついたような見た目をしている。是非至近距離で観察させてほしい所だけど、残念ながら彼女たちとはこれから殺し合わなければならない。
向こうも気づいたのか、彼女たちはこちらを見ながら慌ただしく動いている。
「垂直の城壁をすたすた歩いてますね…… 内乱に戦力を割いていたからと言って、重要拠点が軒並み攻め落とされたことが疑問でしたけど、あれじゃあ城壁の意味が無いですね。
それにあの不気味な森…… 彼女たちに有利で、馬人族が主戦力の僕らには不利な地形に見えます。あ、でもあいった地形はキアニィさんも得意ですよね」
僕の問いに、彼女は懐かしむように苦笑した。
キアニィさんとまだ敵だった頃、森の中で襲撃を受けた時にはかなり追い詰められたのだ。
「えぇ。でも、手足を使って移動する私たち蛙人族と、八本の脚で移動して両腕を空けていられる蜘蛛人族…… 悔しいですけれど、樹上での闘いはあちらの方々の方が有利だと思いますわぁ」
「なるほど…… あの森は彼女たちが作ったんでしょうけど、あれが今回侵攻に踏み切った理由の一つかもしれませんね」
「力学的にものすごく効率的で再帰的な構造…… 寸分違わず同じ形状の構造物が、見える範囲で数百個設置されているであります。高い確率で、大規模な魔導具を使用して生成されたものと推測するであります」
シャムが領都を囲む森を観察しながら言う。
「たしかに、たくさんの魔法使いがそれぞれ感覚で作ったって感じじゃないね。 --ねぇシャム。僕らは今から、奪還するためにあそこに攻め込む。だからその、人を殺めてしまうことだってあるし、当然逆もある。今からでも、後方の支援部隊に移らないかい?」
シャムは、見た目は多分僕よりちょっと下くらいだけど、精神年齢はもっと若い。目覚めて一年も経っていない赤ん坊だ。魔物ではなく人との命のやり取り。彼女には早すぎるはずだ。
「わかっているであります。でも、冒険者をする以上、いつかは通る必要がある道であります。それに、出来ることがあるのに、シャムだけ安全な後方に居るのは嫌であります!」
「タツヒト。シャムは只の子供ではない。勿論まだ幼い部分はあるが、自身の考えで果敢に行動できる、我々の頼れる仲間だ。その意思を尊重しよう」
シャムは決意に満ちた目で僕を見つめ、ヴァイオレット様はそんなシャムを
「--わかりました。シャム、援護はまかせたよ」
「任せるであります!」
「全員傾注!」
突然聞こえたよく通る声に、僕らは全員プレヴァン侯爵を注目した。
「これより領都を奪還する! 全軍を六つの師団に分け、領都を囲む森の淵まで100メティモルのところまで進軍し、包囲する! その後、森が消え次第、事前の取り決め通り蜘蛛どもを一掃しろ! 以上だ! 進軍開始!」
「「は!」」
森が消え次第……? 首をかしげる僕を他所に、侯爵の指揮に従って六つに分かれた軍が進軍し、領都を包囲し始めた。
領都エキュリーに詰めている蜘蛛人族の数は、報告では五千程度と推測されている。対してこちらの数はおよそ六万程。奇策の類は無く、ただ圧倒的な戦力差で攻め潰す方針のようだ。
十数分後、領都を六万の軍勢がぐるりと取り囲んだ。領都まで100メティモル、地球の単位でおよそ100mほどの距離だ。
ここまでくると、さすがに領都やそれを取り囲む森から攻撃が飛んでくるようになった。しかし、飛来した矢や岩塊などは、各軍についた風魔法使いの防壁によって阻まれていた。
僕らが属するヴァロンソル侯爵軍の師団は、王都からの援軍で構成された師団の隣に布陣している。しかも僕ら「白の狩人」の面々は、王都の師団に一番近い位置に居た。
なので、矢や魔法の雨が降る中、王都の師団から魔導士の集団が前に出てきたのが良く見えた。
あれは多分、ヴァランティーヌ魔導士団長とその部下の人達だ。一体、なにをする気だろう……?
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