第175話 諸侯連合軍(3)
すみません、遅れましたm(_ _)m
ロスニアさんが席を立とうとしたところを、ヴァイオレット様が制した。
「ロスニア殿、私が」
「あ…… はい、お願いします」
ヴァイオレット様はロスニアさんから親書を受け取ると、テーブルの向こうに座るプレヴァン侯爵に恭しく渡した。
あぁ、そっか。そういえば偉い人って、自分で立ってもの受け取ったり渡したりしないな。
今回ロスニアさんは聖国の使者という国を代表する立場だ。それなりの立ち居振る舞いをしないと行けないのだろう。ご本人はやりづらそうだけど。
親書の封を切って読み始めたプレヴァン侯爵の表情には、最初は特に感情の動きは見えなかった。しかし、読み終わる直前、その表情は急激に険しいものに変化した。
そして彼女は、読み終えた親書を隣のヴァロンソル侯爵に渡した。親書はテーブルに座る重鎮の方々に回っていき、読んだ人全員がプレヴァン侯爵と同じようなリアクションをしていた。
そして全員が読み終わったところを見計らい、プレヴァン侯爵が口を開いた。
「よし、全員読んだな。その顰めっ面を見たところ、同じ感想らしい」
「……プレヴァン侯爵閣下。お身内を不条理にも暗殺で失った悲しみと怒り。その心中、私には計り知れません。
しかし、このまま連合軍の方々が王都を攻めた場合、どちらが勝者となった場合もさらに多くの人々が命を落とすことになるでしょう。
私達は聖国の使者として、なんとしてもそれを止めるためにここ来たのです。一人の聖職者としても、そのような痛ましい出来事を見過ごすわけには行きません。
人類同士で殺し合う道ではなく、今からでも話し合いによる穏当な解決を、どうか、どうか……」
眉間に皺を寄せて黙り込んだ重鎮たちに、ロスニアさんが訴える。こちらからは彼女の後ろ姿しか見えないけど、おそらくとても悲痛な表情をしているのだろう。
助祭という修行中の身から、いきなり神託の御子やら聖国の使者やらになってしまった彼女だ。今の状況には戸惑いの方が大きいと思う。後者については僕とヴァイオレット様のとばっちりだし………
でも彼女の根っこの部分には、人を癒し、助けたいという純粋で強い思いがある。だからこそ王国の重鎮達を前にしても引かず、説得を試みてくれているのだ。
「あぁ、すまない使者殿。我々の表情がすぐれないのは、この親書に少し予想外の事が書かれていたからだ。考えにくいが、決して無視できない事がな……
聖国はどの国にも中立的で肩入れしないと聞いていたのだが、どうやらタツヒトとヴァイオレットは随分と猊下に気に入られているらしいな?」
「……どのような事が書かれていたのかわかりませんが、確かに猊下にはとても良くして頂きました」
プレヴァン侯爵の問いに当たり障り無く答える。色々と話せないことが多すぎるからだ。しかし、一体何が書かれていたんだ?話しぶりからして、僕らの古巣である王国に利するような何かなんだろうけど……
猊下が気に入ってるのは僕らというよりシャムなんだよなぁ。そう思ってシャムの方を見ると、何か赤い顔でぼぅっとしているように見える。
……あっ。ま、まずい…… さっきのキアニィさんとの痴態をがっつり見られてしまった……!
ヴァイオレット様の方を見ると、同じことに気づいたようで非常に焦った表情をしている。これは…… あとでシャムに説明というか弁解をしなければ……
「ふぅん…… まぁいい。あっと、すこし話がずれたな。 --使者殿の言う通り、我々は身内を暗殺されて皆気が立っている。とてもな。もはや我々が陛下に向けるのは忠誠では無く憎しみのみだ。
そしてあの治世が続くようであればこの国は立ち行かなくなるだろう。心情的にも実利的にも戦うしか無い。
だがしかし、我々は為政者だ。大局的に考えてここで戦うことが適切でない場合、この煮えたぎるような怒りをひと時忘れることもしよう」
「あの、それでは……?」
「すまないが、少し我々だけで話させて頂きたい」
プレヴァン侯爵閣下に言われ、僕らは天幕の外で待機することになった。すぐにでもシャムにさっきのことについて弁明したかったのだけれど、周りに大勢兵士の人たちが居たので無理だった。
そして暫くして、結論が出たというので僕らは再度天幕の中に入った。
「使者殿、お待たせした。我々の結論を述べよう。猊下の親書にも有った、此度の内乱の話し合いによる解決、受けようと思う」
「……! あ、ありがとうございます! 皆様のご英断に感謝を……!」
ロスニアさんが椅子から腰を浮かせ、感謝を述べる。僕もガッツポーズしたいほどだけど、身内に人死にが出た彼女たちにそう決断させた、猊下からの情報というのがやはり気になる。
でも、あの口ぶりからして教えてくれなそうだよなぁ。
「うむ。内乱の発端になったそこの二人が、これ以上人死にを出したくないって止めに来ていることだし、少々状況が変わったのでな。だが、勿論条件付きとさせて頂く。
一つ、マリアンヌ三世陛下の廃位。
二つ、暗殺組織ウリミワチュラの解体
三つ、暗殺された者の遺族に対する補償
この三つは絶対だ。王都側がこれらを受け入れるのであれば、諸侯連合軍は王都に侵攻せず、大森林側へ引き上げることとしよう。
そしてできればだが、今回の戦費の補填、可能な限りの食糧支援、それからそこの二人の手配の撤廃も付けたいところだ」
なるほど…… 確かにこれが受け入れられるのであれば、わざわざ戦う必要は無いだろう。でも、王都側との交渉はかなり困難を極めそうだ。
いや。せっかく彼女たちが矛を収めてくれるというのだ。何としても交渉をまとめないと。
--そうだ。領都ではバタついていて訊けなかったけど、僕とヴァイオレット様が苦境に立たされたそもそもの問題は、今どうなってるんだろう?
「お心遣い、誠にありがとうございます。プレヴァン侯爵閣下。 --職責を投げだした私に、これを問う資格は無いでしょう。しかし、どうかお教えいただきたい。
私たちが出奔する際、ヴァロンソル領では餓死者は最大一万人と試算されていました。大森林側の領地での食糧事情は、今どのような状況なのでしょうか……?」
「あぁ。そいつぁ気になるだろうなぁ。だが安心しろ。どの領も余裕があるわけじゃねぇが、殆ど餓死者は出ていねぇはずだ。
諸侯連合が結成されたことで、領を超えて食料の余裕のあるところから不足してるところに回す仕組みができてなぁ。そいつが結構うまく回っていやがる。怪我の功名ってやつだなぁ」
「……! よかった…… プレヴァン侯爵閣下。ヴァロンソル侯爵閣下。並びに連合の皆様。誠にありがとうございます……! その事ばかりが心残りだったのです」
ヴァイオレット様が頭を下げるのに併せて、僕も深々と頭を下げた。本当によかった。エマちゃんの悪夢は悪夢であって、現実ではなかったのだ。
僕らの行動を遠因として暗殺されてしまった人達がいるので、勿論諸手を上げて喜ぶわけには行かない。けれど、正直ものすごく心が軽くなった。
「おいおい、安心するのはまだ早ぇぞ? 俺らはまだ理性的に話せちゃいるが、王都、というか陛下がどうなっているのかもうわからねぇ。
--使者殿。我々も明日王都のすぐ近くに布陣する予定だ。使者殿もその時陛下に親書を届けるのがよろしかろう。だが、今述べたように非常に危険が伴うことだろう。どうか、十分に警戒されよ」
「はい……! ご助言ありがとうございます、閣下」
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