第174話 諸侯連合軍(2)
「色々と言いたいことはあるが、今は後だ。使者殿はこちらへ、護衛の方々はすまないがそちらに控えて頂こう」
ヴァロンソル侯爵に促され、ロスニアさんは椅子に座り、僕らはその後ろに並び始めた。
侯爵の護衛の人達は僕らの挙動に警戒こそすれ、あからさまに敵意を向けてくることは無かった。
しかし、なぜかキアニィさんを目にした侯爵達がギョッとして腰を浮かせた。
「またれよ! なぜ使者殿の護衛に、蛙人族がいるのだ!?」
「えっ……!? こ、この者は信頼できる護衛です! なぜ、蛙人族というだけでそこまで過剰に反応されるのですか……?」
困惑するロスニアさんを他所に、閣下達は強い視線をキアニィさんに向け続けている。彼女はその視線を受けて居心地悪そうだけど、どこか納得しているようにも見える。
そこで、ヴァイオレット様がすっと手を上げた。
「失礼、発言を宜しいでしょうか」
ヴァロンソル侯爵が首肯して先を促した。
「ご懸念の通り、彼女はとある組織の一員でした。マリアンヌ三世陛下は、私、ヴァイオレットを始末し、タツヒトを略取するため、彼女を含む多くの人員を送り込みました。
しかし今や彼女は組織を抜け、私と共にタツヒトを守ってくれています。その後縁あって、私達は神託の御子、ロスニア殿の護衛を仰せつかったのです。どうか、彼女のことはただの護衛として扱って頂きたく……」
あ…… そうだった。蛙人族から構成される巨大暗殺組織、ウリミワチュラ。ヴァイオレット様がその存在を知っていたのだから、各侯爵領の重鎮らしき彼女達が知らないはずがない。
でも、これだけ過剰に反応するということは……
「--この諸侯連合。結成には最初難儀したし、その目的も別だった」
テーブルの真ん中に座る馬人族の人が重々しく口を開いた。黒髪の短髪で筋骨隆々、重鎮の人達中でも一際雰囲気のある人だ。
「俺はちょいと諫言しただけで陛下にぶった斬られちまった。だが、器のデケェ俺はそれでもキレなかった。誰しも虫の居所の悪りぃ時がある。惚れた男に振られた時とかなぁ。
だからまぁ、俺とローズの女郎だけじゃなく、大森林側の有力な連中に声をかけてなぁ。二人のことは放っておけ、王都の治世に集中しろ、あとできれば食糧支援してくれって、連盟で訴えるつもりだったんだ。穏便にな。
だが、俺とローズが陛下のトチ狂った様子や王都の異常さいくら訴えても、連合に加わろうって奴はいなかった。そりゃそうだ。領主貴族ってのは、どいつも自分の領地が一番大事だ。俺だってローズと親友じゃなかったら、陛下のやり口を陰で非難こそすれ、直談判も連盟結成の画策もしなかった」
切られた俺本人…… ということはこの人が諸侯連合軍の盟主、プレヴァン侯爵か。
ローズの女郎というのは、ヴァロンソル侯爵閣下のことか。仲が良いってのは本当みたいだ。
「誤算だったのは、陛下が俺が思ってたよりも遥かにイカれちまってたことだ。最初は俺の領、次はローズんとこ、そのあとは俺が声をかけてた領……
反乱の計画の根回しだとでも思われだんだろうなぁ。この数ヶ月だけで、大森林側の重要人物が何人も暗殺された。
何度かは返り討ちにしてやったが、暗殺者は全員蛙人族だった。御子様の護衛殿、その元職場の連中だろうさ」
プレヴァン侯爵の言葉に、ヴァイオレット様が目を見開いてヴァロンソル侯爵の方を見た。
「母……! --失礼、ヴァロンソル侯爵閣下。貴方の領でも暗殺による死人が出たのだろうか……?」
「--いや、お前達の出奔を伝えた時、陛下は尋常な様子では無かったからな。念の為警戒していたおかげで死人は出ていない。我が領では、な……」
ヴァロンソル侯爵の言葉に、テーブルに座る他のすべての重鎮の人達が苦々しい表情になった。おそらく、他の領では犠牲者が出てしまったのだろう。
--正直、あの追跡能力を持つ暗殺組織の連中が、キアニィさん以降現れなかったことには少し不自然さを感じていた。僕らじゃなく、王国内に人員を割いていたのか……
「そう。ローズん所以外はかなりやられた。もちろん俺んところもだ。寝てたらどんな手練でも脆いもんだからなぁ……
ともかく、皮肉にもそれで大森林側の領主連中の結束は高まり、連合は成った。その目的は、交渉ではなく武力による陛下の排除に切り替わったがなぁ
まぁ長々と話したが、そんなわけで俺たちは蛙人族を信用する事はできねぇ。第一、なんでそいつが組織を寝返って標的の護衛をしてんだ? おかしいだろ。
そこのヴァイオレットとタツヒト。ローズの顔見りゃ二人がどうやら本物だってことはわかる。だが、御子殿が本物かは怪しく思えてくるなぁ。王都に攻めこむ戦には協力できねぇってんで、聖職者連中はこの陣内にいねぇし、俺たちには正直判断できねぇ」
ギロリとこちらを睨むプレヴァン侯爵。その視線を受けた僕は言葉に詰まってしまった。
キアニィさんの事、説明はできることはできるけど、僕の口からは言いずらいと言いますか……
そんなふうにもじもじしていると、ヴァイオレット様が口を開いた。
「ふむ。タツヒト、見せて差し上げるといい」
「--えぇ……!? こ、ここでですか!?」
「うむ。それが一番わかりやすかろう?」
「そ、それは、はい…… --あの、キアニィさん、こちらへ来ていただけますか?」
「え、えぇ。一体なんです-- んむぅ!?」
とことこと歩み寄って来てくれたキアニィさん。僕は心の中でごめんと言いながら彼女の顔に手を添え、ちょっと強引に唇を重ねた。
最初は驚いて体を硬くしていた彼女だったけど、すぐに緊張を解いてこちらに身を委ねてくれた。
連合軍の重鎮のみんなが唖然と見守る中、静かな天幕の中に水音が響く。
そして数十秒後。僕が口を離す頃には、キアニィさん顔は上気し、その表情はとろとろに成っていた。
「えっと、こんな具合でして、僕らはとても仲良しなんです。ね、キアニィさん」
「そ、そうですわぁ。とっても仲良しですわぁ……」
「さて、これが彼女が我々についた理由です。これでご納得--」
「ま、待て待てヴァイオレット! お前は、タツヒトと一緒になるために出奔したのだろう!? その、いいのか、それで!?」
ヴァイオレット様のお母様、ヴァロンソル侯爵が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
そりゃそうだろう。というか、今更ながら僕も気まずく成って来た……
「はい、良いのです。これまでに何度も同じことを聞かれましたが、何度でも同じように答えましょう。
私とタツヒトが出奔したのは、陛下が彼を独占しようとしたからです。彼を独占せず、淑女的に付き合えるのであれば、彼が何人と付き合おうと構わないのです。
キアニィはその考えに賛同してくれた、いわば淑女協定の一員です。だから、全てはこれで良いのです」
「……!」
ヴァロンソル侯爵は、ヴァイオレット様の言葉に驚いた表情のまま、気圧されたかのように椅子に座ってしまった。
「--くっくっくっ……」
すると、とても楽しそうな含み笑いが聞こえてきた。視線を移すと、プレヴァン侯爵が顔を伏せて体を震わせている。
「だぁーっはっはっはっはぁ!! あー、おもしれぇ! さっすがローズん所の娘だなぁ。陛下に見習わせてぇくれぇでけぇ女だ!
それに、タツヒト。対面するのは初めてだが、お前がタツヒトなんだよなぁ。なるほどなるほど。こいつぁ確かに魔性の男だ。陛下が狂っちまうのもわかるぜぇ。
どうだ連合の重鎮諸君。少なくともこの蛙人族、キアニィ殿に関しては味方と考えていいんじゃねぇか?」
「あ、あぁ。プレヴァン侯爵がそう言うのなら」
「うむ…… 一旦信じるとしよう」
重鎮の人達は、僕とトロ顔のキアニィさんをチラチラ見ながら納得の声を上げた。
--なんだかすごく恥ずかしい!
「ありがとよ。 --では御子殿。本題に移る前に随分時間がかかってしまって申し訳ない。猊下からの親書、拝見してもよろしいか?」
「は、はい。もちろんです。こちらをどうぞ」
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