第173話 諸侯連合軍(1)
領主の館を辞してさらに領都の外に出た僕らは、全速力で王都へ向かった。
身体強化ができないロスニアさんはヴァイオレット様の背に乗り、一番位階の低いシャムをペースメーカーとしてとにかく街道を南に走る。
その間は正直暇なので、僕はちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「ゼルさんとシャム、二人ともなんだか静かでしたね。いつもは誰に対しても元気いっぱいなのに」
ヴァイオレット様の親族の方々とみんなで話している時、この二人はいつもと違ってすごく大人しかったのだ。
あんまり立場の差とかを気にするようには思えないのだけれど……
「うにゃー…… 前に貴族にタメ口聞いて死にかけたことがあったにゃ。ウチは頭も口もよくにゃいから、お偉いさんの前ではなるべく喋らないことにしてるんだにゃ」
「そういえばありましたね、そんなこと。以前組んでたパーティーは、それが原因で解散しちゃいましたし……」
ゼルさんの答えに、ロスニアさんが遠い目をしている。なるほど。手練の彼女達が二人パーティーでいたのは、そんな経緯があったのか。いや、ゼルさんの賭ケグルイもあるのかもだけど。
ゼルさんが答えてくれたのでシャムに視線を向けると、彼女は珍しく言いづらそうにしている。
「ヴァイオレットの家族に会って、なんだか、ちょっと考えてしまったであります。シャムも、機械人形じゃなかったら、両親や兄妹がいたのかなとか、そんなことを……
--あっ、で、でもでも、シャムにはみんながいるから、大丈夫であります! あぅ」
息を切らしながら走るシャムの頭を、並走してたキアニィさんが優しく撫でた。
「うふふ、そうですわねぇ。シャムちゃんにはタツヒトお父さんと、ヴァイオレット、わたくし、ロスニア、ゼル、お母さんが四人もいましてよ?
もしかしたらお母さんはもっと増えるかも知れませんし、シャムの兄弟もできるかもですわねぇ」
「それは、楽しみであります! 早く、内乱を終結させて、兄弟の製造に励むであります!」
シャムはそう言って走るペースを上げた。一方僕はその間、気まずくて黙ってることしかできなかった。なんか今日はそういう日なのかも知れない。
しかし、家族か…… 最近あまり思い出さなくなっているけど、日本の両親や兄さん、友達は元気にしているんだろうか?
--いや、今は地球世界のことを考えている暇は無い。シャムの言う通り、ともかく内乱を止めないと。
途中一度だけ休憩を挟んだけど、僕らは日が暮れるまでひたすら走った。そして、そろそろ王都にも近づいたかなと言うあたりで、夥しい数の篝火が焚かれた陣地が見えた。
街道の脇に構築されたそれは、大量の天幕や馬車が置かれ、馬人族や只人らしき人影もたくさん見える。
あたりが暗いせいでよくわからないけど、ロクサーヌ様から聞いた通り、数万人はいそうなかなりの大所帯だ。
でかい音を立てながら走っていたので、陣地の歩哨に立っていた兵士の人達はすぐに僕らの接近に気づいた。
僕らが減速して止まる頃には、十数人の兵士達に囲まれてしまっていた。
「止まれ! 貴殿ら何者だ! なぜこんな夜中に街道を走っている!?」
固い声で誰何する兵士の人に、ヴァイオレット様が一歩前に出た。
「我は元ヴァロンソル侯爵家が次女、ヴァイオレットである! 此度は縁あって、教皇猊下からの使者、神託の御子ロスニア殿の護衛として参った!
猊下は王国の内乱を憂慮しておられる! 急ぎ、諸侯連合が盟主、プレヴァン侯爵閣下の元へ案内して頂きたい!」
ヴァイオレット様が本名で名乗りを上げた。ロクサーヌ様から、今回の内戦の発端は僕らだと聞いた。なので、今後は本名を名乗っていくことに決めたのだ。僕も今は化粧を落としている。
「なっ……!? ヴァ、ヴァイオレット様、ですか……?」
「あぁ、久しいなジゼル。元気そうでよかった」
「は! ヴァイオレット中隊長殿も、ご壮健のようで何よりでございます!」
どうやら歩哨に立っていたのはヴァイオレット様の元部下の人だったらしい。
言われてみれば、みたことがあるような気がする。確か、中隊の屯所の門番をしていた人だ。
「中隊長はやめてくれ。私は、もうそう呼ばれて良い身分では無いのだ。それで、取り次いでもらえるだろうか?」
「は! 上官殿に確認して参ります故、申し訳ございませんがこちらで少々お待ちいただけますか?」
「あぁ、頼む」
ジゼルさんが陣地の方に走っていき、僕らの周りを取り囲んでいた兵士の人たちも武器を下ろした。
暗いせいでお互い顔が見えづらかったけど、兵士の人たちの中にはちらほら見覚えのある顔があるし、向こうも僕やヴァイオレット様に気づいてざわざわしている。
「はぁ、はぁ、はぁ…… す、すごいであります。ヴァイオレットは、どこに行っても、大事に扱われている気がするであります」
ここまで走ってくるのに、一番しんどいペースメーカー役だったシャムは、息を切らしてその場に座り込んでしまった。
「お疲れさんだにゃ、シャム。しっかし、これが普段の行いってやつだにゃー。ウチだったら古巣に行ったら真逆の扱いをされるにゃ」
「……一体何をやらかしたんですのぉ?」
「にゃはははは…… ま、色々だにゃ」
そして十数分後、ジゼルさんがこれまた見覚えのある人を連れてきた。青い短髪に見事なバルクアンドカットの馬人族の騎士。あれは--
「……本当に、戻ってこられたのですね、隊長」
「久しいな、副長…… いや、グレミヨン卿。騎士の職務を投げ出し、出奔してしまったこと、すまなく思う」
自身の副官だった騎士に、ヴァイオレット様は深々と頭を下げた。
「……いえ。隊はなんとか私がまとめています。それに騎士としてはともかく、女としては正しい行いだったと思います。む? おぉ、やはりタツヒトも居たのか、久しいな」
「はい、お久しぶりです。グレミヨン様」
「うむ、また随分と鍛えたようだな。おっと、ここで話し込んでしまってはいけないな。そちらの方が猊下からの使者、神託の御子殿ですかな?」
「はい。ロスニアと申します。こちらに猊下からお預かりした親書がございます。どうか、プレヴァン侯爵閣下にお取次を」
「承知しました。侯爵様方がお会いするとのことです。どうぞこちらへ」
グレミヨン様の後ろについて陣地に入って歩く内、また見知った顔を見かけた。
「ん……? あれってタツヒトくんじゃない? お〜い」
「え? ロメール小隊長、こんな所にいるわけ…… えっ!?」
僕の元職場の上司、領軍魔導士団のロメール小隊長とオレリア副長だ。山羊人族の二人の白い毛皮は、周りが薄暗いせいか結構目立っていた。
僕とヴァイオレット様は同時に足を止め、二人に頭を下げてからまた歩き出した。本当は色々話したいけど、今は侯爵閣下達に会わなければ。
「あ、ほら、やっぱりそうだよ。ヴァイオレット卿も居るし」
「ほ、本当ですね…… グレミヨン様が連れてるし、戦場なのに聖職者の人がいるし、一体何が……?」
二人のそばを過ぎて歩くことしばし。グレミヨン様は、とても大きな天幕の前で立ち止まった。
「ヴァロンソル領軍騎士団、第二大隊所属、第五中隊長グレミヨンであります! 聖国からの使者の方々をお連れしました!」
「--入りたまえ」
天幕の中からした聞き覚えのある声に従い、僕らは中に入った。
広い天幕の中には、歴戦の雰囲気を漂わせた馬人族のお姉様方が10名程、中央に置かれたテーブルを囲んで座っていた。また、それぞれの護衛らしき手練の雰囲気を纏った人達も、計20名ほど側に控えて立っている。
僕らを目にした彼女達は椅子から立ち上がると、恭しく頭を下げてくれた。そしてその中の一人、やはり見覚えのある人が口を開いた。
「ようこそお越しくださいました。聖国からの使者殿。 ……そして、久しぶりだな。我が不祥の娘、いや、元娘か。そして元部下よ」
「お久しぶりでございます、母上…… いえ、拝謁を賜り光栄に存じます、ヴァロンソル侯爵閣下」
「同じく、ご壮健をお喜び申し上げます。侯爵閣下」
久しぶりにお会いしたヴァイオレット様のお母さん。ヴァロンソル侯爵閣下は、表情は微かな笑顔と安堵、しかし声色は固く他人行儀という、とても器用な様子で僕らを出迎えてくれた。
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