第172話 帰郷(2)
いつものように遅刻。。。ごめんなさいm(_ _)m
ロクサーヌ様に言われ、僕らは気まずい顔でノロノロと応接用の椅子に向かった。
地球世界の価値観だと、ご家族から見た僕とヴァイオレット様は、優等生だった息子が得体の知れない女に入れ上げて出奔したような感覚だろう。
さらに指名手配中で行方不明だった息子が帰ってきたと思ったら、その女が息子を含む複数人の男と付き合ってるらしいという状況だ。
ご家族にとってその女、つまり僕は決して歓迎される人間ではないだろう。ちょっと胃が痛くなってきた……
僕らが椅子に座ると、対面にはヴァイオレット様のご家族が座り、侍女長のシルヴィさんがお茶を淹れてくれた。
「……その表情を見るに、ロクサーヌの見立ては正しいようですね。全く、陛下のことといい、タツヒト。君はどうやら魔性の男のようだ。私も気をつけないといけないかな?」
「いえ、その…… 申し開きのしようもありません……」
ヴァイオレット様の只人の方のお母様、レベッカ様の声には少し冷たい響きがあった。
「--タツヒト君とヴァイオレットの絆は知っているし、君たちの関係は良好そうに見えるけど…… ヴァイオレット、君はそれでいいのかい?」
一方ヴァイオレット様のお父様、ユーグ様はただただ心配そうにそう語りかけた。
「ええ、父上。私も、彼女達も、もちろんタツヒトも、全員が納得して今の関係にあります。みな、素晴らしい友人であり、頼りになる仲間です。紹介させてください」
堂々とそう返したヴァイオレット様に促され、全員が簡単に自己紹介を行い、今回聖国からの使節団としてここに来た経緯も簡単に説明した。
僕らが話す間、ロクサーヌ様は機嫌良さそうに僕らのことをじっと観察していた。
シャムの出自やキアニィさんの前職については勿論ぼかした。あと、ゼルさんの賭ケグルイについても誤魔化した。
ちなみに、彼女の首にはもう隷属の首輪は無い。魔窟都市で未管理魔窟と人面獅子を討伐した際に、借金を完済したからだ。
当の本人は、あったほうが興奮するから外さなくていいにゃとか言ってたけど、外聞が大変よろしく無いので外させてもらった。
「なるほどねぇ…… 随分と波瀾万丈な旅をしてきたのねぇ。それにしても、みんな面白そうな子ばかりですわね!
わたくし、実は女の子もいけるのですけれど、神託の巫女、ロスニア様とおっしゃったかしらぁ? 貴方からは同じ匂いを感じますわぁ。
そちらの蛙人族のキアニィさんと言ったかしらぁ? 随分と仲が良さそうですわねぇ?」
「え!? あの、その……」
「な、なぜそこまでわかるんですのぉ……!?」
ロクサーヌ様から指摘され、ロスニアさんとキアニィさんがワタワタと赤面している。
いや、本当になんでわかるんですか。もう特殊能力でしょ、こんなの。
「あらあらぁ、当たりかしらぁ? うふふふふ……! ねぇヴァイオレット、わたくしも混ざっていいかしらぁ? 絶対楽しいですわよぉ? タツヒト君なら壊れなそうですしぃ?」
「姉上、貴方だけは絶対にダメです。断固としてお断りいたします」
「えぇ〜……? いけずですわねぇ……」
「ロクサーヌ。貴方の趣味はそのくらいにして、本題、今回の内乱について話をしましょう。彼女達は、そのために此処にきたのでしょうから」
ヒートアップするロクサーヌ様を、レベッカ様が止めてくれた。よかった。このまま延々とそっちの話を根掘り葉掘りされるのかと……
「その、ロクサーヌ様。レベッカ様のおっしゃる通り、私たちは内乱を止めるために参りました。此処に、教皇猊下から預かった書簡があります。
私たちはこれを、女王陛下と、陛下に対抗する諸侯連合、その盟主の侯爵閣下に届けなくてはなりません。
盟主に取り次いで頂くため、まずはこちらの領のヴァロンソル侯爵閣下に取り次いで頂きたいのですが、今閣下はどちらに……?」
ロスニアさんは、気を取り直して神託の御子らしい毅然とした態度で尋ねた。
それを受けて、さすがのロクサーヌ様も少し佇まいを正した。
「ご覧の通りローズ母様、ヴァロンソル侯爵は此処にはいませんわぁ。連合の挙兵に合わせて、ちょうど一ヶ月前に兵達とここを発ちましたの。
ちなみに、連合の盟主はお隣のプレヴァン侯爵ですわぁ。大森林側の侯爵の中では、一番力のある方ですわねぇ。
他領と足並みを揃えて王都に攻め入るわけですから、進軍速度はそれほど出ませんの。貴方達なら、走ればまだ王都攻めに間に合うかも知れませんわねぇ」
「……ん? そういえば、貴方達はどうやって内乱のことを知ったのですか? 領民に布告を出したのが一ヶ月前です。
布告を耳にした人間が此処から聖都まで移動したとして、聖者の街道を使っても同じく一ヶ月はかかるでしょう。
それを耳にしてから貴方達が此処に来たのだとしたら、少し早すぎると思うのですか……?」
「そ、それに関しては…… ただ、神のお導きとしかお答えできません」
レベッカ様は、ロスニアさんの答えに納得しかねている様子だった。でも、流石に転移魔法陣で来たとは言えない。
転移魔法陣は古代遺跡でたまに見つかるけど、正常に動くものは少ない。中立的な聖国とはいえ、他国の領都近郊への直通の移動手段を持っているというのは不味すぎる。
「あの、ロクサーヌ様。僕らは侯爵閣下達に追いつくため、すぐにでも此処を発つ必要があります。しかしその前に、この内乱が生じた詳しい経緯を教えていただけませんか?
噂では、えっと、プレヴァン侯爵閣下がマリアンヌ陛下から切られたとしか聞いていないのですが……」
僕の言葉に、ロクサーヌ様達は顔を見合わせてから説明してくれた。端的に言って、やはり僕とヴァイオレット様のことが発端だったようだ。
僕とヴァイオレット様が王都を出奔した日、ヴァロンソル侯爵閣下は僕らが残した手紙を読み、それを陛下に伝えたそうだ。
結果として陛下は激怒し、ここ、ヴァロンソル領への食糧支援を拒否したのだそうだ。その事に腹を立てたのがプレヴァン侯爵閣下だった。
ヴァロンソル侯爵閣下とプレヴァン侯爵閣下は、幼い頃から交流があり、共に大森林からの魔物の侵攻を防いできた、親友にして戦友だったらしい。
人の男を卑劣な手段で奪おうとしておきながら、それが失敗したら腹いせに支援を断る。それが王として相応しい振る舞いか。そんなふうに陛下を諌めたらしい。熱くて度胸のあるお方だなぁ……
そこからは僕らも聞いていた通りで、ブチ切れた陛下に斬られ、命からがら王城から脱出したそうだ。
その頃には王都の治世も荒れていて、朝令暮改、税率の異常な引き上げ、王都の全建物の家宅捜索など、異常な状態になっていた。
陛下がこれまで丁寧に排除してきたので、王都でそんな彼女に対抗できる人材もいなかった。
このまま狂った女王に任せていたらこの国は滅びてしまう。そう考えたプレヴァン侯爵閣下は、大森林側の領主達に数ヶ月かけて根回しを行い、一ヶ月前に挙兵したのだ。
結果、連合軍は大森林に接した五つの侯爵領とその他の関係する領、それらが合わさった巨大なものとなり、王都に攻め登る軍の総数は数万に達する見込みらしい。
王領の兵力は一万程度らしいけど、大森林側でない王都周辺の領が協力した場合、戦力はかなり拮抗したものになりそうだ。
「なるほど、よくわかりました。やはり、すぐにでも母上達を追いかける必要があるな…」
「……確かに引き金は貴方達かも知れないけれど、本当にいくんですの? 人間同士の戦争は、魔物との戦いとは違った危険がありますわぁ。
それに、今の陛下に貴方達が会ったら、どうなるかわかりませんわよぉ?」
ロクサーヌ様は、珍しく心配そうな表情でそう言った。
「そうですね…… でも、戦になったらヴァイオレット様のお母様、ヴァロンソル侯爵閣下も危ないですし、僕の元同僚にも危険が及ぶと思います。やはり、内乱は止めたいんです。
それと、これは烏滸がましい考えかも知れませんが、陛下の目を覚ませるのは、僕らしかいないと思うんです。だから、行ってきます」
「……! か、かっこいいじゃない…… ねぇヴァイオレット、やっぱりわたくしもタツヒト君と--」
「お断りします。さぁ、みんな行こう。母上、父上、失礼致します」
ピシャリと言い放ってドアに向かったヴァイオレット様に、僕らも慌てても席を立った。
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