第170話 内乱と葛藤
すみません、いつも通り遅刻してしまいました。。。
ちょっと長めです。
ラヘルさんの話を総合すると、王国は今かなり不味い状況と言えた。
マリアンヌ女王陛下は、ヴァイオレット様を国家反逆罪を犯した大罪人として国内外に手配書をばら撒いた。誘拐された哀れな男として僕もセットでだ。さらに、僕らの予想通りヴァロンソル領への食糧支援も行わなかったみたいだ。
その後どんな経緯があったのか分からないのだけれど、なんと陛下は、王都に来ていた別の大森林側の侯爵様を無礼打ちにしてしまったそうだ。
幸いその侯爵様は命を取り留めたらしいけど、自領に戻った彼女はヴァロンソル領を含む周辺領主達と連合を形成、現女王であるマリアンヌ陛下の廃位を求めて挙兵したのである。
これまでうまく回っていた王領の統治も狂い始めていて、王都の住民達も混乱している様子だったそうだ。
これ、誰かのせいで陛下のメンタルがぶっ壊れてしまっているのでは……? いや、多分高確率で僕なんだろうけど……
ちなみに、この話をラヘルさんに届けてくれたお客さん達は、大森林を貫く『聖者の街道』を通って王国から聖国にやってきたそうだ。
この街道は、聖国、馬人族の王国、蜘蛛人族の連邦が協議して開通させた、聖職者とその関係者だけが利用できる特別なものだ。
馬人族の王国と蜘蛛人族の連邦は、大森林の扱いを巡ってかなり険悪な関係だけど。しかし、神聖魔法を独占する世界的宗教組織である聖教、その本拠地である聖国は中立的でどちらにも過度に肩入れしない。
そんな利害関係や力関係の結果、奇跡的に開通したのが『聖者の街道』だという。
もちろん、街道を通る際には魔物に襲われる危険はあるのだけれど、森で迷わずに馬車で走れる道が通っているということはすごいことなのだ。
ラヘルさんから話を聞き終えて沈んだ雰囲気になった室内に、ノックの音が響いた。返事をするとメームさんだった。普段はカフェじゃなく商店の方にいるはずだけど、誰かが僕らが来たことを伝えてくれたのだろう。
「ヴィー、タチアナ。少し話が-- その様子ではもう聞いたようだな」
「邪魔してるよメーム。今し方聞いて、みんなしょぼくれた顔になっちまった所さ」
「あ、あの、ごめんなさいっス……」
「いや、ラヘル殿に非はない。むしろよく知らせてくれた。本当に、よく知らせてくれた……」
「王国の話が入り始めたのは昨日くらいからだ。馬人族のヴィーには伝えておいた方がいいと思ったが、何やら事情がありそうだな」
「うむ、少しな…… すまないが、今日はこれで失礼する。ラヘル殿、勘定を頼めるだろうか?」
「は、はいっス」
僕らはメームさんの店を辞した後、僕らは冒険者組合や他の商店にも聞き込みをしてみた。
まだこの街での認知度は低いみたいだけど、何人か王国で内乱が起こったことを知っていたので、どうやらこの話は本当らしいということになった。
「「…………」」
とりあえず宿に引き上げた僕らは、誰ともなくリビングに集まって手近な椅子に腰掛けた。
時刻は夕暮れだけど、冬になって日が短くなっているせいで、部屋の中は薄暗い。その部屋の中で、みんな灯りもつけずに押し黙っている。
しかしそこで、キョロキョロと視線を彷徨わせていたゼルさんが口を開いた。
「あー、それでいつ王国に行くにゃ?」
「「……え?」」
僕とヴァイオレット様は、揃って気の抜けた声を出してしまった。
「いや、だっておみゃーら二人とも、古巣が心配でたまらんって顔してるにゃ。 ……あれ、もしかして行かにゃいのかにゃ?」
「--正直、どうしたらいいのかわからないのだ。領や民を裏切って私欲に走った私が、今更どの面を下げて戻るというのだ。戻ったところで、今の私に何ができるともわからない……
しかし内乱ともなれば…… 私と親しかった人々も大勢死ぬかもしれない。いや、今まさに死の危機に瀕しているかもしれない。そう考えると、今にも走り出しそうになるのだ……!」
ヴァイオレット様の言葉は、ほとんど僕の胸中と同じだった。
王国の現状のきっかけはおそらく、僕が陛下の心に深い部分に触れてしまったのに、ヴァイオレット様を選んで逃げてしまったからなのだ。
しかし、領都やベラーキ村のみんな、それらを全て捨てたあの時の選択に後悔は無いし、するべきでも無いと思う。
でも、悪夢で見たエマちゃんの死に顔が、脳裏を離れない。
幸いこの国の上層部である猊下達は、シャムやロスニアさんの存在もあってか僕らに対して異常に好意的だ。
僕らの正体に気づきつつ、王国からの手配書を黙殺してくれている。そして彼女達妖精族はとても長生きで、寿命は500年ともいわれている。
つまり、僕らは死ぬまでこの聖都でぬくぬくと暮らすことができるのだ。僕らの今の恵まれた状況と王国の現状。その対比に、余計に焦燥感が煽られる。
「ヴァイオレット。シャムは前に言ってもらった言葉を覚えているであります。何をすべきかではなく、何をしたいのかが重要なのだと。
二人は、王国に行きたくは無いのでありますか……?」
シャムが、普段とは違う大人びた表情で僕らに問いかけてきた。その言葉にハッとさせられた。
そうだった。僕らはそう生きることに決めたんだった。過去の重すぎる選択のせいで、それを忘れかけていた。
「ありがとうシャム。そうだったね…… 僕は、今すぐ王国に行きたい。そして、方法も、できるかどうかもわからないけど、内乱を止めたい。せめて親しかった人達だけでも助けたい……! ヴァイオレット様は、どうですか……?」
「--あぁ。私も今、同じ結論に達したところだ」
僕とヴァイオレット様は、同時に立ち上がった。
「すまないみんな。我々は少し王都で用事を片付けてくる。数ヶ月ばかり聖都で--」
「ちょっと、もしかしてお二人だけで行くつもりですの? そんなの許しませんわぁ。もちろんわたくしもついてきますわぁ」
ヴァイオレット様の言葉を、少し怒った表情のキアニィさんが遮った。
「いや、しかし今回は内乱だ。魔物の討伐とは違った危険が--」
「もちろん私も行きます。お二人は行きずりの私とゼルを、命懸けで助けてくれました。今度は私たちの番です。
聖教では国家間の、特に侵略戦争に加担することは御法度です。しかし今回は内乱ですし、私の肩書きも何かの役に立つかもしれません」
「ウチは最初からついていくつもりだったにゃ」
「シャムもであります! 置いていかれたら泣くところだったであります!」
全員が、僕らを励ますように同行を表明してくれた。そのことに、その力強い視線に、涙が溢れそうになる。
僕は、同じく目に涙を溜めたヴァイオレット様と大きく頷き合った。
「みんな…… ありがとう……! 一緒に行こう、王国へ!!」
「「応!」」
「--そうか、行くか」
翌日。旅支度を整えて朝一で大聖堂に押しかけた僕らを見て、教皇猊下は全てを悟ったようだった。
どうやら、大聖堂の方にも王国の内乱の件は伝わっていたらしい。
「はい、申し訳ございません猊下。修行はまだ途中だというのに……」
「気に病むことはない。人の生において、万全の状態で事に望めることの方が稀なのだ。
--これを持って行け。其方を正式に聖教の御子と認める証と、内乱を諌める親書である。聖国からの使者として王国に入る方が動きやすかろう」
「猊下……! ありがとうございます! 必ずや、内乱を止めて見せます!」
猊下が差し出したブローチのようなものと二つの書簡を、ロスニアさんは、恭しく受け取った。
これはかなりありがたい。もしかしたら、この書簡だけで片がついてしまうかもしれないぞ。
僕らは全員、深々と猊下に頭を下げた。
「うむ…… さて、聖都から王国までは、聖者の街道を使ったとしても遠い。身体強化任せに走ったとしても数日はかかる。それでは少々遅かろう。ついて参れ」
なんだろうと思いながら猊下についていくと、一ヶ月ほど前にシャムの治療で訪れた聖槽が置いてある部屋に行き着いた。
猊下はそのまま部屋に入ってさらに突き当たりまで進み、壁に手を置いた。そして何事かを唱えると、全く切れ目のなかった壁がスライドし、通路が現れた。
「げ、猊下、これは……!?」
「聖国でも、我を含めて数人しか知らぬ場所だ。さて、まずはヴァロンソル領に行くのが良いだろう。
そこに一番近いものは…… ふむ、ここであろうな」
猊下の後ろに続いて通路を進むと、通路の両脇にはたくさんの扉が等間隔に配置されていた。
彼女がその内の一つの扉を開けると、中は石造の殺風景な部屋になっていて、その床にはどこかで見たような魔法陣が描かれていた。
ベラーキの近くの古代遺跡とそっくりだ……! 僕とヴァイオレット様は、目を見開いて猊下を見た。
「転移魔法陣である。円の中に入り、陣に魔力を込めよ。さすれば、領都近くの古代遺跡に飛ぶことができよう」
僕らは猊下に促され、言われた通り円の中に入った。
「皆、気をつけるのだぞ。ロスニア、あまり気負うことはない。其方の心に従うが良い。
シャム、無茶をするのではないぞ。タツヒトやヴァイオレットの言葉を、よく聞くのだ」
「はい猊下、真なる愛を」
「ペトリア、行ってくるであります!」
二人の返答に猊下が頷き、僕に視線を送ってきた。
それに頷いて魔法陣に魔力を流し始めると、陣全体が発光し始めた。
そしてだんだんと周囲の景色が暗く歪み、陣の外の音も聞こえず楽なってきた。そして完全に陣の外の様子が見えなくなる一瞬前、猊下の呟くような声が聞こえた。
「これも神の意志やもしれぬ…… いや、神ですらこれは--」
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