第169話 聖都の日常(2)
だいぶ遅れてしまいました。。。すみませんm(_ _)m
聖都に来てから一ヶ月ほど経った。ちょっと前まではものすごく暑かったのに、今はもう吐く息が白く染まる冬の季節に差し掛かっていた。
割と赤道に近い魔窟都市から北上してきたせいもあるだろうけど、なんだか一瞬で夏から冬に変わってしまったように錯覚してしまう。
けれど今、僕の呼吸は荒く、体も熱を帯びているせいで寒さが殆ど感じられない。
「ふむ…… 今日はこれで終わりにしよう。強化魔法を使うといい」
「は、はい……!」
場所は聖堂騎士団の訓練場。僕と対峙しているアルフレーダ騎士団長との距離はおよそ10m程だ。
かなりゼーハーしている僕とは対照的に、幾度となく組み手をこなしている彼女の方は全く息を乱していない。
獲物は僕と同じく短槍。両手で緩く柄を握り、穂先を下にしてゆるりと構えた姿は、一見すると休憩中のようにさえ見える。
しかし、実はあの状態に全く隙が無いことは、彼女と立ち会うようになってから骨身に染みて理解している。
『雷化!』
バチチチチ……!
僕の体が帯電し、五感が研ぎ澄まされ、防御力以外の身体能力が一段階引き上げられる。
「よし、では来なさい」
「行きます……!」
地面を思い切り蹴り、一瞬で10mの間合いを潰す。刃引きされているとは言え鉄製の短槍の穂先。それを遠慮なく騎士団長の胴体に向けて突き込む。
しかし、彼女は木の葉のようにひらりと体を躱し、その勢いのまま短槍の石突を僕の頭に叩き込んだ。
ガンッ!
「ぐっ……!」
一瞬意識が飛び掛けたけど、ここで動きを止めてはいけない。咄嗟にその場から飛び退くと、僕の足があった場所を刈り取るような薙ぎ払いが通った。
「そうだ、痛がっている暇などないぞ。君の強化魔法は素晴らしいが、普段よりもずっと動きが単調になる。その速さを使いこなすには慣れるしかない。さぁ、どんどん行くぞ」
「は、はい!」
攻撃に転じた騎士団長が僕に連撃を見舞う。ここに隙がある。ほら、防御したら今度はこっちに隙ができた。
言葉で指摘されているわけでは無いのに、そんな幻聴が聞こえて来そうな突きの嵐。それをなんとか捌いていると、彼女は短槍を後ろに引いてわずかに溜めを作った。
そして、彼女の体から紫色の放射光が溢れだし、その光が彼女の持つ短槍を覆った。
「少し強く行くぞ」
あから様な強撃の予備動作。僕は短槍を体の横に立てて両手でしっかりと支え、腰を落として自身の重量が瞬間的に増加する様をイメージした。
ガァンッ!
「……!」
鉄の槍が大きくたわむ強烈な横薙ぎの一撃。しかし僕は吹き飛ばされることなく、その場に留まって耐えることに成功した。
「よしよし、強装と重脚はだいぶ使いこなせて来ているな。だが……」
騎士団長は短槍を引き戻すと、今度は予備動作なしで反対側から同じような横薙ぎの一撃を放った。
僕はなんとか防御したけど、重脚が間に合わずに吹き飛ばされてしまった。
「うわ……!?」
「まだ実戦で十分通用するとは言えないな。これも最終的には慣れるしかない。ほら、休んでいる暇はないぞ!」
吹き飛ばされた先で僕が体勢を立て直すのと同時に、遠間にいたはずの騎士団長が一瞬で距離を詰めてくる。
彼女が繰り出してくる老練な技の数々は、ギリギリで僕が捌ける速さに加減されていたけど、打ち合うほどに次の動作が間に合わなくなっていった。そして数十合目。
ギィンッ…… ガラランッ!
最後には短槍を叩き落とされ、喉元に穂先を突きつけられてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ…… ま、参りましたぁ」
「うむ。引き戻しの際に一瞬握りが甘くなる癖はまだ抜けないな…… 引き続き意識的に修正していきたまえ。上がっていいぞ」
「はい、ありがとうございました!」
僕はアルフレーダ騎士団長に、最大限の敬意を持って頭を下げた。
すると後ろの方からぱちぱちと拍手が聞こえてきた。
「騎士団長閣下相手に、よく、あそこまで打ち合った。タチアナ、また強くなったな」
「いや、まだまだだよ。 --ふぅ。ヴィーと同じくらい、打ち合えるようになりたいねぇ」
僕の直前に騎士団長と組み手していたので、ヴァイオレット様の息はまだ乱れている。
ヴァイオレット様と騎士団長との組み手は、単純な速度差に加えて重脚なんかの技が虚実込みで入り乱れるので、僕のとは比べ物にならないほど高度だ。
少し離れた場所に視線を巡らせると、シャム、キアニィさん、ゼルさんの三人が、それぞれ騎士団の幹部の人から指導を受けている。
聖都に来てからは、こんな感じで数日に一回くらいのペースで騎士団の皆さんに稽古をつけてもらっているのだ。
ロスニアさんはというと、この時間は教皇猊下かバジーリア枢機卿閣下から指導を受けている。なんとも贅沢な環境だ。
それに加え、稽古の無い日はみんなで魔窟に潜っている。その甲斐あって、二週間ほど前にゼルさんが、つい先日にはロスニアさんが緑鋼級に達した。
僕と一線を超えた人の位階が上がりやすくなる説、確定かもしれない……
騎士団の訓練場を辞した僕らは、ロスニアさんと合流するために大聖堂の前にきていた。
すると、ロスニアさんが蛇の尾をくねらせながら滑るように出てきた。
「すみません、お待たせしました! さぁ、行きましょう」
彼女は僕らに合流すると、すぐにキアニィさんと腕を絡めた。
「ロスニア、その、外でくっつくのは恥ずかしぃですわぁ……」
「うふふ……」
ロスニアさんは、恥ずかしがって赤面するキアニィさんの顔をとても楽しそうに見つめている。
キアニィさんは、種族的に完全にロスニアさんへの恐怖心が消えたわけでは無いみたいだけど、今はそれすら楽しんでいるように見える。
うん。二人とも幸せそうで何より。
「みんな、早くメームのお店に行くであります! シャムはカッファの牛乳割りに砂糖をたくさん入れたやつが飲みたいであります!」
「はいはい。それじゃあ行こうか」
騎士団との稽古を終えた僕らは、メームさんのお店で珈琲を飲むのが習慣になっていた。
特にこの寒い季節、訓練後の珈琲がめちゃくちゃ美味しいのである。
「にゃー…… それにしても今日も疲れたにゃ。でも、だんだん戦うのが上手くなってる気がするにゃ。
タチアナも組み手に参加できてよかったよにゃあ。魔法ばっかりじゃ体も鈍るにゃ」
後ろからしなだれかかりながら、ゼルさんが僕の耳元でそう言った。
「そうだね。猊下達には感謝してもしきれないよ」
実は僕らが初めて聖都に来た段階で、すでに王国から僕らの手配書が回って来ていたらしい。
手配書には、国家反逆罪の誘拐犯である紫髪の馬人族、ヴァイオレットと、誘拐された黒髪の男、タツヒトの二人組とあった。ご丁寧にあまり似てないイラスト付きだ。
聖都にはヴァイオレット様の他に沢山の馬人族が居たし、二人とも偽名で僕は女装中。さらに僕らは基本的にパーティー単位で動くこともあり、都市壁の門の出入りの際には見咎められなかったようなのだ。
ただ、大聖堂に僕らが顔を出した時には流石に身元を洗われて、こいつら手配書の二人じゃんということになっていたらしい。
しかし、僕らの仲の良い様子や、教会側で調査した結果、王国側の言い分の方がおかしいとということになったようだ。
そうした理由から、猊下達聖国の首脳部は、ヴァイオレットとタツヒトと名乗る人はこの国には来ていませんというスタンスでいてくれている。
ちなみに、世俗側のリーダーの総督という立場の人もいるのだけれど、実質的には猊下達がこの国の舵取りをしているらしい。
騎士団長からは訓練の初日に僕らの正体について言及があり、訓練場ではタツヒトとして力を振るっても良いということになったのだ。本当にありがたい。
しばらく歩いてメームさんのお店に着くと、お店の外にまで人が溢れていた。
御用商人になってからすぐに客足が伸び、商店の方も併設されたカフェの方もあっという間大人気になったのである。
カフェの方に足を向けると、ラヘルさんが楽しそうにテーブルの間を駆け回っていた。流石に彼女だけでは回らないのか、他にも何人かの店員さんが忙しそうにしている。
「あ、タチアナ達、いらっしゃいっス! 奥の席に案内するっス!」
「こんちは。いつも悪いねぇ」
僕らはちょっと特別扱いしてもらっていて、カフェの奥に専用の個室があるのだ。
席につき、各々注文して待つことしばし、ラヘルが珈琲を持って戻ってきた。
「お待たせしたっス!」
「ずいぶんお客さんが増えたねぇ。こりゃあ大商会と呼ばれるのも時間の問題だね?」
「タチアナ達のおかげっス! あ、そういえばヴィー。なんか馬人族の王国が大変みたいっスね」
ラヘルさんの発したその言葉に、その場の空気が凍った。
僕らは全員珈琲を持ったまま動きを止め、ラヘルさんを見た。
「--すまない。おそらく私はその話を知らないのだが、一体何が大変なのだろうか?」
ヴァイオレット様の唯ならぬ雰囲気に、彼女は少し後退りながら答えた。
「え…… えっと、王国から来たっていうお客さんから聞いたっス。
なんでも、王国で内乱が起こったって話っス。中央と、大森林側の侯爵領の連合とでバチバチにやり合ってるらしいっスよ?」
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