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第167話 御業(2)

ちょっと長めです。


「紫宝級……! 魔物は見たことはあったけど、そこまで至った人間は初めて見たよ」


 魔物と違い、人類は魔素を直接感じることはできないと言われている。

 しかし、教皇猊下から放射されている紫色の光からは、殺気とは異なる何か圧力のようなものすら感じられた。


「紫宝級に至る者は、一国に数人いるかどうかという程稀少だからな…… 王国でも、私の知る限り4人しかいなかった」


「おみゃーの青鏡級も大概だにゃ」


「ふふっ、どうかな? ゼル。以前話したが、君もきっとすぐに緑鋼級に上がるだろう。タチアナやキアニィも、いずれ青鏡級に達する」


「実際、あなたは短期間に緑鋼級から青鏡級に上がっていますものねぇ……」


『--慈悲深き神々よ(エリム・ラハマニム)


 教皇猊下が呟いた神聖魔法の起句(きく)に、ざわざわしていた僕らは口を継ぐんだ。

 

『神の人形(ひとがた)、その内界を(あらわ)さん。

 (ひじり)なる円環よ、人形(ひとがた)(つつみ)流転(るてん)せよ。

 円環よ、その内に意志の根源たる素粒(そりゅう)を満たせ。

 円環よ、魂の根源たる素粒(そりゅう)共鳴(ともなり)を聴け。

 (ひじり)なる光よ。枢機(すうき)より数多(あまた)枝分(しぶん)し、肉を支配する経脈(けいみゃく)、その道程(どうてい)を示せ』


 詠唱中、猊下の視線はシャムを見ているようで見ておらず、その目には何か別のものが映っているようだった。

 手は体の前で合わせ楔の聖印を結び、体は微動だにしていない。

 猊下の隣に立つロスニアさんが、その様子を食い入るように見つめている。


神聖内観(カドーシュ・ベディカ)


 そして魔法名が発された瞬間、シャムの体が強く発光した。

 眩しさに一瞬を瞑ってしまった目を開けた時、シャムの体はいくつもの半透明な円環に囲まれていた。

 そしてその体の少し上には、同じく半透明なシャムの体の立体像のようなものが浮かんでいた。

 立体像の中には、頭から背骨、背骨から腕や足など、末端に向けて幾度も複雑に枝分かれする光の経路が見えた。


「あれは…… シャムの神経網……!?」


 その呟きに、猊下が動きを止めて僕の方を見た。しかしそれはほんの一瞬で、すぐにシャムの方に向き直った。

 猊下は右手をシャムの頭、左手を体の方に当てがうと、また魔法を唱え始めた。

 

 するとシャムの体がぴくぴくと痙攣を始め、立体像の神経網の方にも変化が生じた。

 頭のあたりから発生した光の信号が、末端の方に次々と流れていく。しかし、信号が末端まで行き届く経路もあれば、途中で止まってしまう経路もあるように見えた。


「ぅあ、なんか、変な感じで、ありますぅ」


「堪えよ、必要なことだ。ふむ、やはり其処彼処(そこかしこ)で切れてしまっているな……」


 もぞもぞし始めたシャムを嗜めると、猊下は信号が途中で途切れがちな箇所の一つ、シャムの右前腕に触れた。

 そしてまた別の魔法を唱え、立体像の様子を確認した猊下がシャムに声をかける。


「よし。シャムよ、右手を握ってみよ」


「はい…… あ…… に、握れるで、あります……! 前みたいに、強く、握れるで、あります……!」


 外野の僕らから見ても、毒を受けて以来弱々しかったシャムの右手が、力強く握られている様子が見えた。

 すごい…… ロスニアさんやバジーリア枢機卿が診てもどうにもならなかったのに……!


「うむ。では次だ」


 しかし猊下は事も無げにそう呟き、淡々と信号が滞っている箇所に魔法を掛け続けた。

 その度に、シャムの体は少しずつその全身に力強さを取り戻していった。

 最後に猊下がシャムの顔の辺りに魔法を掛けたあたりで、辿々しかった喋り方も、元のハキハキした元気なものに治っていた。


「す、すごいであります! 治ったであります!」


「待て、まだ動くな。最後に、これを其方(そなた)の臓腑に埋め込む」


 嬉しそうに腕や足を動かし始めたシャムを押し留め、猊下は懐からビンのようなものを取り出した。

 そして幾つ目かの別の魔法を唱えると、瓶から何かビー玉ほどの大きさの物を取り出した。

 猊下はそれを指で摘むと、なんとその手をシャムのお腹に突き入れた。手はズブズブと沈んでいき、あっという間で手首のところまで沈んでしまった。


「猊下!?」 


「うわぁ!? ぺ、ペトリアの手が、シャムのお腹に刺さっているであります! ……あれ? でも痛く無いであります…… なんでぇ……?」


「そういう魔法だ。 --よし、これでまた強き毒を受けた際にも大丈夫であろう。聖槽(せいそう)から出て()いぞ。もう、其方(そなた)にはそれが叶うはずだ」


 猊下はシャムのお腹から手を引き抜くと、聖槽(せいそう)から一歩下がった。

 同時に僕らは聖槽(せいそう)のところに駆け寄り、シャムが出てくるのを手伝おうとした。

 しかしシャムは、恐る恐るといった感じだったけど、聖槽(せいそう)の中で自力で起き上がり、ゆっくりと、しかしとても安定した動きで縁を跨いだ。

 そして、調子を確かめるように手を握ったり、腕や足を動かし始めた。


「動ける…… 体に力が入る……! ちゃんと喋れる! 治った…… 治ったであります!」


 一糸纏わぬシャムが、僕に向かって駆け寄ってきた。少し身体強化して受け止めると、力強い突進に体が少し押されてしまった。それが、涙が出るほどに嬉しい。


「シャム……! よかった、よかった……!」


 常人なら骨が折れてしまうほど強く包容してくるシャムに、僕も負けじと強く抱き返す。

 するとみんなも次々に集まり、僕ごとシャムを包容し始めた。


「--うぅ、ゔぅー……! 治らなかったらどうしようって、役立たずになったら、見捨てられたらどうしようって…… みんなはそんな事しないって、分かっているのに、不安で、怖くて、寂しくて……!」


「シャム……! よくぞ、よくぞ折れなかった!」


「怖かったですわねぇ もう、大丈夫ですわぁ……」


「よかったにゃ…… グスッ、よかったにゃぁ……」


「シャムちゃん、元気になって本当によかった…… 猊下、そして神よ、感謝いたします……!」

 

 駆け寄ってきたロスニアさんも加わり、全員でシャムを包容する。


「--うむ。快癒した者と、それを喜ぶ友との包容…… やはり、何度見ても良いものだな……」


 少し離れた位置から僕らを見守る教皇猊下の顔には、初めて見る満足げな微笑みが浮かんでいた。






 猊下はとても慈悲深く、神聖魔法における最高峰の実力を有し、そしてとても寛大だった。

「ありがとうであります〜」と、とてもフランクに全裸でハグしにいったシャムを、笑顔で抱き止めてくれたのである。

 大人達全員で平謝りしたのだけれど、猊下は全く怒ってなかった。マジで器がでかい人でよかったよ……


 それから僕らは何度も猊下にお礼を言い、お布施の支払いは後日で良いという事だったので、この日はこのまま大聖堂を辞することになった。

 しっかり服を着たシャムは、ニッコニコでスキップしながら聖堂内を歩いた。

 そして僕らが止める間も無く、扉の前で待っていたアルフレーダ騎士団長、そして廊下ですれ違ったバジーリア枢機卿にもお礼を言いながらハグしていた。

 二人ともびっくりしていたけど、シャムの回復を心から喜んでくれていたようだった。


 治療は午前中で終わったので、その日の午後以降はシャムの日にした。

 ご飯を思いっきり食べたいというので、みんなでちょっとお高いレストランに行き、好きなものを好きなだけ食べてもらった。

 その後はメームさんのお店にも顔を出した。従業員全員にハグして回るシャムを、みんな我が事のように喜んでくれた。

 そして今度は弓を撃ちたいというので、冒険者組合に言って適当な依頼を受け、近くの魔物の領域まで行った。

 ちょっと心配だったけど、彼女は病み上がりなことを感じさせない動きを見せ、あっという間に標的の魔物を仕留めてしまった。


 街に戻る頃には夕刻になり、僕らはお酒やら食料を買い込んで宿の寝室に引っ込んだ。

 僕らや魔窟都市の人達、大聖堂の人達、メームさん達への感謝。そして今日が楽しかったこと、明日からはこれもやりたいという未来のこと。

 シャムはマシンガンのように話し続けていたけど、その内船を漕ぎ始め、ぽてりとベッドに突っ伏してしまった。


「シャム?」


 うつ伏せ状態の彼女は、とても満足げな表情で寝息を立てていた。

 

「ふふっ、はしゃぎ疲れて眠っちゃったみたいですね。ここだと僕らの話し声で起きちゃうか…… あっちの寝室に寝かせて来ますね」


「あぁ、うむ。頼む」


 どこか浮ついた様子で返事するヴァイオレット様。僕はちょっと不思議に思いながらもシャムを抱っこした。

 僕らに当てがわれた部屋は本当に豪華で、広々としたリビングを挟んで寝室が二つ付いていた。

 僕はみんなでだべっていた寝室から移動し、別の寝室のベッドに慎重にシャムを横たえ、元の寝室へ戻って扉を開けた。


「戻りました〜。いやー、まだ早い時間なのに本当にぐっすり……!? ちょ、ちょっと、なんて格好してるんですか!?」


 戻ると何故かみんな下着姿だったので、僕は反射的に顔を背けた。が、顔を上気させ、目を潤ませているみんなの姿はあまりにも魅力的だった。

 僕は扉を閉めることができずにその場で固まってしまった。


「にゃふふふふ…… そりゃこの格好でやることと言ったら一つしかにゃいにゃ。魔窟ん中でやってから一ヶ月…… もうちょっとでまた爆発するところだったにゃ。にゃあ? ロスニア」


「--否定はしません…… そ、それに、今ならキアニィさんも一緒ですし……」


「そう言ってもらえると、その、嬉しいですわぁ……」


 どうやらロスニアさんとキアニィさんとの(わだかま)りは、いつの間にかとけていたようだ。

 なんか二人で目を背けながらも指を絡めてたりする。あれ、これ僕要らなくない?


「ふふふ…… 私とキアニィはさらに久しぶりだからな。だがタツヒト、君なら我々を受け止めてくれると信じている。

 そんなところに居ないで、こちらに来てくれないか……?」


 距離があるのに、まるで耳元で囁かれたかのようなヴァイオレット様のお誘いの言葉。ぞくりとした快感が走り、僕も一気にスイッチが入ってしまった。


「--わかりました。その、お手柔らかにお願いします」


「すまないが、それはできそうにない」


 ほんの少しの怖さとそれを遥かに上回る興奮。僕は誘われるようにふらふらと中に入り、寝室のドアを閉めた。


本作の総合評価が300ptに達しました!

いつも応援して頂き、本当にありがとうございますm(_ _)m

【月〜土曜日の19時頃に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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