第166話 御業(1)
度々遅れてしまいすみませんm(_ _)m 来週はもうちょっと早く上げられるはず。。。
ちょっと長めです。
メームさんに事情を説明すると、彼女はすぐにバジーリア枢機卿に面会依頼を取り付けたいと言い出した。
なので、僕とキアニィさん、ロスニアさん、そしてメームさんの四人で大聖堂に向かった。
それで、よく取次をしてくれる聖職者の人にアポイントをお願いしてみたら、なんとちょうど空いているので今から会いましょうということになった。
まさか今から会えるとは思っていなかったのか、これには流石のメームさんも表情を引き攣らせていた。
そして僕らはすぐに応接室に通され、バジーリア枢機卿閣下がいつもの軽い感じで部屋に入ってきた。
今回はお一人ではなく、二人の妖精族の人が同行している。格好からして、二人は事務方と給仕係の偉い人っぽい感じだ。
メームさんはすぐに跪き、ガチガチに緊張した様子で閣下に挨拶した。
「お初にお目にかかります閣下。私はここより遥か南西、帝国はエルピア領よりまかりこしました、商人のメームと申します。
本日は私のような者にお声がけ頂き、誠に光栄にございます」
「はい。よろしくお願いしますねメームさん、バジーリアです。さぁ、そんなに畏まらないで、掛けて掛けて」
「は、はい。失礼致します」
気さくすぎる閣下の様子に、メームさんは目を丸くしながら椅子に座った。わかるよ、僕らも最初そうだったもの。
それから閣下とメームさんとの間で打ち合わせが始まったのだけれど、さすがはメームさん、もしもの事態に備えて自分達が運んできた生豆を持ってきていたのだ。
手持ち無沙汰だったこともあり、僕がその生豆をその場で焙煎し、みんなに珈琲を入れることになった。
ちょうど給仕係の偉い人、ベアータさんもいるので、その人にやり方を教えながらだ。
そうこうするうちに話もまとまり、みんなが珈琲を飲んでほっと一息つく時間となった。
「ふぅ。うん、やっぱり美味しい…… しかし、ブンナの種茶だとちょっと名前が長いですねぇ…… そうだ。メームさん、あなたはエルピアのどこの出身ですか?」
「は、はい。エルピアの南西、カッファという街にございます」
「ほぅほぅ。では、この飲み物の名前はカッファということにしませんか?」
おぉ、なんか珈琲と近い名前でいい感じだ。
「いいですね。アタイもそれがいいと思います」
「承知しました閣下。これからは弊商会も、これをカッファとして取り扱わせて頂きます」
「うんうん。しかしこのカッファ、先日タチアナさんが淹れてくれたものとは、また違った味わいがする気がしますね」
バジーリア枢機卿は満足そうに珈琲を飲みながらも、少し不思議そうにカップを覗き込んでいる。
「アタイも、多分メームも探り探りの段階ですけど、発酵や乾燥、焙煎、淹れ方なんかで味がかなり変わるみたいなんですよ」
「逆にそこが面白いとも言える。今回運んできたものは全て同じ作り方をしたが、今度は色々と条件を変えてみたいと思っている。焙煎に関しても--
あ…… も、申し訳ございません。つい熱くなってしまいました」
身を乗り出して早口で語り始めたメームさんが、途中で恥いるように縮こまった。
「ははは。いえいえ、情熱的で大変好ましいですよ。
さて。では先ほどのような形で定期買付をお願いします。フィアンマさん。少し例外的ですが、御用商人という形で登録して下さい。
ベアータさん。ちょっと大変だと思いますが、淹れ方を練習してみて下さい。教皇猊下も確実に口にされるでしょうから」
「はっ。承知したしました、閣下」
「かしこまりました。タチアナ様、大変お手数をおかけしますが、手解きをお願いできますか?」
閣下に水を向けられ、フィアンマと呼ばれた事務方の人が慇懃に頷き、ベアータさんは穏やかな調子で僕に尋ねてきた。
僕はそれに笑顔で頷いたけど、メームさんの方は目を見開いて数秒停止した。
「ご、御用商人…… 教皇猊下まで……! 身に余る光栄にございます、閣下!」
「いえいえ。こちらこそ、良い取引ができてよかったです」
そこで終始和やかだった面会が終わり、笑顔の閣下見送られて僕らは大聖堂を後にした。
そして店に戻るというメームさんを送る途中、彼女はぴたりと足を止め、神妙な様子で僕に向き直った。
「--タチアナ。この聖都で大聖堂の御用商人になるということは、商人としてこの上ない成功を約束されたようなものだ。
この大恩、俺はお前に、どうすれば報いることができるだろう?」
「へ? いやいや、アタイはそんな…… 機会を掴めたのはアンタが備えを怠らなかったからだよ。
アタイはカッファがいつでも飲めるようになればそれで満足さ」
「タチアナさんて、こういう時本当にずるいですよね」
「えぇ、本当に。また協定の参加者が増える予感がしますわぁ……」
ロスニアさんとキアニィさんが何やらボソボソと話している気がする。
しかし、メームさんが僕の両肩を掴んで顔を寄せてきたので、それどころじゃなかった。
至近距離にある真剣な様子の中性的美貌に、心臓の鼓動が加速し始める。改めて、めちゃくちゃかっこいいなこの人。
「それでは俺の気がすまない。 --いや、突然こんなことを言われても答えづらいか……
ともかく、俺はお前のために何かしたいんだ。いつでもいい、困ったことがあったら何でも言ってくれ」
「わ、わかったよ。もう、あんたも律儀なやつだねぇ」
「ふふっ、俺がここまで言うのはお前だからさ。さぁ、行こうか」
彼女は仄かに微笑み、僕を軽くハグすると店に向かった歩き始めた。
--いやー、これはずるい。なんかときめいてしまった。
メームさんとバジーリア枢機卿との面談の翌日。僕らは教皇猊下に呼び出された。いよいよ準備が整ったらしい。
大聖堂の一室に集まった僕らを前にして、アルフレーダ騎士団長を伴った猊下が静かに話し始めた。
「待たせたな。これから白髪の無垢なる人形、シャムの治療を行う。
まずは、シャムがこうなった経緯や症状について、我に語ってくれぬか? 以前の繰り返しになっても構わぬので、詳しく話してくれ」
「承知しました、猊下。まず、アタイらは以前魔窟都市に居たんですが--」
猊下の問いに、僕とシャムは人面獅子から毒を受けた経緯と、麻痺の症状について話した。
僕らが話し終えた後、猊下は数秒ほど考え込んでいる様子だった。
「--ふむ。診てみるまでは確たる事は言えぬが、やはり治療は可能だろう。
しかしシャムよ。其方が冒険者を続ける限り、また同じ苦しみを味わうこともあろう。そして、力およばず斃れることもあろう。
このような目に遭ったのだ。冒険者を辞めて別の道を生きるという選択もあるのではないか? これも何かの縁、冒険者を辞めると言うなら、其方の面倒は我が見よう。
タチアナよ、パーティーの人員を引き抜く形になるのだ。シャムが冒険者を辞める場合、其方には十分な見返りを用意しよう」
……! 教皇の言葉に、反射的に反論しそうになった。けど、これはシャムの問題だ。僕は開きかけた口を閉じ、シャムの答えを待った。他のみんなも、固唾を飲んでシャムを見ている。
「ありがとうで、あります。でも、シャムは、タチアナ達の、側に居たい、役に立ちたいで、あります。だから、冒険者は、辞めないで、あります」
辿々しくもはっきりとしたシャムの答えに、教皇は目を閉じて静かに息を吐いた。
まだ目覚めて一年も経っていない彼女の健気な答えに、僕は罪悪感や申し訳なさを覚えながらも、それを上回る安堵と嬉しさを感じていた。
「--そうか。ならば何も言うまい。だが、今後其方が傷ついた時、適切に治療できる者が側に必要だろう。神託の御子、ロスニアよ」
「は、はい。教皇猊下」
「其方には、少々特殊な神聖魔法を授けよう。その力を持って、シャムの支えとなって欲しい」
「承知しました……! その神聖魔法、必ずや習得してみせます!」
意気込むロスニアさんに、猊下は少し安堵したような表情を見せた。
「うむ。それでは治療を行う。少し移動するぞ」
そう言って席を立った教皇猊下と騎士団長閣下について行くと、段々と大聖堂の奥へ奥へと進んでいるようだった。
広大な大聖堂を歩くこと暫し。人気もまばらな地下の突き当たりに、無機質で大きな扉があった。
「アルフ。其方はここで待て」
「なっ…… しかしっ」
「すまぬが、これより先はシャムと、その輩にしか見せられぬ秘技を行うのだ。其方の忠義は嬉しく思う。だが、堪えてくれぬか……?」
「--承知しました。では、私は扉の前にてお待ちしております」
「すまぬな」
渋々納得してくれたアルフレーダ騎士団長を残し、僕らはひとりでに開いた扉をくぐって部屋の中に入った。
中は円形の広間になっていて、中央にはガラスのように透明な素材でできた浴槽のようなものがあった。中は透明な液体で満たされている。
床や壁の材質はのっぺりとした材質で、LED電灯のような照明のおかげで部屋の中は仄かに明るい。
全体的に、シャムが眠っていた古代遺跡によく似た雰囲気だ。
「ヴィー、これって……」
「うむ。似ているな、あの古代遺跡と」
「懐かしいで、あります」
「にゃー…… にゃんだかここ、落ち着かにゃいにゃ」
物珍しそうに辺りを見回す僕らに構わず、猊下はずんずんと進んでいき、浴槽の前で立ち止まった。
「シャムの服を脱がせ、この聖槽に入れよ」
「ちょ、ちょっと。溺れたりしませんの?」
「心配無い。ロスニア、そなたは我の側で治療の様子を見るのだ。修練は必要だが、いずれそなたにも出来るようになってもらう」
「わ、わかりました、猊下」
猊下の指示に従ってシャムを聖槽に入れると、かなり重いはずの彼女の体は沈まず、仰向けの状態で安定して浮いた。
猊下とロスニアさんは聖槽のすぐ側に立ち、僕らは数歩ほど離れた位置で見守ることにした。
「よし…… 始めるとしよう」
独り言のように静かに呟いた猊下の体から、鮮やかな紫色の放射光が発された。
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