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第165話 教皇ペトリア4世

ぐぇぇ、大遅刻…… 誠にすみませんm(_ _)m


「猊下、猊下。このお茶が美味しいのには同意しますけど、皆さんがびっくりしてますよ?」


 膝を付き珈琲を抱え、涙を流して祈りを捧げている教皇猊下に、バジーリア枢機卿がやはり軽い感じで声をかけた。

 すると猊下はすっと立ち上がり、僕らの方に向き直った。


「すまぬ。あまりに懐かしい香り、そして味であったのでな。取り乱してしまったようだ」


 その台詞が終わった瞬間、隣に控えていた騎士の方がハンカチで猊下の涙を拭い、ささっと猊下の膝を払った。

 は、早い。動作そのものは丁寧で猊下に全く不快感を与えていない様子なのに、一連の動きに1秒もかかっていない。

 こんなことで実感するのはなんだか変な感じだけど、やはりこの騎士の人、恐ろしいほどの手練れのようだ。

 そして騎士の人が椅子を引くと、猊下は僕らの座るテーブルにゆっくりと座った。


「我はペトリア4世。聖教の教皇という立場にある。白髪(しろかみ)の無垢なる人形(ひとがた)、神託の御子、そして冒険者達よ。よくぞ参った。歓迎しよう」


 やっぱり、神託の内容を知っているみたいだ。彼女にも、ロスニアさんと同じように天からの啓示的なものがあったのだろうか……?

 猊下の顔立ちは、やはりシャムと全く同じだった。けれど、耳の先は尖っているし髪の色も金髪だ。

 そしてその表情。一体何年お歳を重ねているのか、悟りを開いたかのような超然とした眼差しが、彼女がシャムと別人であることを示していた。

 

「きょ、教皇猊下。拝謁の栄誉を賜り、誠に光栄です。か、神に感謝を」


 ロスニアさんは椅子から立ち上がり、バージリア枢機卿の時よりもさらに畏まった様子で挨拶した。


「うむ。御子よ、大義であった。座りなさい。少しお主達のことについて教えてくれまいか?」


「は、はい!」


 それからまた一通り自己紹介をして、先ほど枢機卿閣下にしたように、猊下にもここまで来た経緯なんかを説明することになった。

 今回はロスニアさんがメインで話してくれていたので、手持ち無沙汰気味の僕は、その間にみんなの珈琲のおかわりを淹れることにした。

 猊下も閣下も嬉しそうにおかわりを受け取ってくれた。さて、続いてこちらの方だけど--


「あの、アルフレーダ騎士団長閣下。閣下にも淹れていいかい? お砂糖は?」


 椅子に座らず、教皇猊下の隣に油断なく立っている白銀の騎士。しかし彼女はチラチラと珈琲を見ていたので、一応聞いてみた。


「--猊下と同じで頼む」


 おぉ、聞いてみるもんだな。他の二人と同じく甘々にした珈琲を渡すと、彼女は一口それを飲んで微笑んだ。妖精族はみんな珈琲が好きなのかも。


「これは…… 素晴らしい。猊下が気に入られる訳だ。 --ところで、貴殿は万能型のようだな。

 その歳で緑鋼級に達し、立ち居振る舞いにも隙がない。気遣いもできる。どうだろう、騎士団に入ってみないか?」


 ぎくっ、何故バレたし。珈琲を淹れるときに灯火(ルクス・イグニス)は使ったけど、身体強化ができる素振りなんて見せていないはずだ。

 達人になると、もう普段の動きを見ただけでわかってしまうのだろうか……?


「いえその、大変光栄ですが、アタイには冒険者があってますので」


「そうか。気が変わったらいつでも聖堂騎士団に来るといい。歓迎しよう」


 聖堂騎士団とは、聖都レームの守護を主な任務とするエリート騎士団だ。規模はそこまで大きくないけど、全員が身体強化と神聖魔法を使いこなす万能型で、位階は最低でも黄金級らしい。

 その団長閣下に勧誘されたのは嬉しいけど、今は色々とそれどころじゃない。

 みんなの方に視線を向けると、どうやら話が終わったようだった。


「ふむ、事情は理解した。さてシャムよ。そなたの体、我が治して進ぜよう」


「ほ、本当で、ありますか……!?」


「猊下、ありがとうございます。感謝に絶えません……!」


 シャムが驚いて姿勢を崩し、ヴァイオレット様がそれを支えながら猊下に感謝を伝えた。

 僕も含めて、みんなの表情も明るい。よかった、まだ治ってないけど、胸のつかえがとれなような気持ちだ。

 

「うむ。だが今は人を待たせてある。それに準備も必要だ。部屋を用意するので、数日ほど皆で静養するがよい。

 では慌ただしいが我はこれで失礼する。馳走になった。この茶だが--」


「あぁ、それでしたら僕の方で調達しておきます。彼女達の知人の商人さんが取り扱ってるそうです」


 バジーリア枢機卿の言葉に、教皇猊下は満足げに頷いた。かなり気に入ってくれたみたいだ。

 でも猊下、懐かしいとか言ってたよな。少なくともブンナ、珈琲の木が栽培されている魔窟都市やメームさんの故郷では、こういう飲み方はしてないって話だったけど……


「そうか。頼んだぞ、バージィ」


 少し考え込んでいる間に、猊下はアルフレーダ騎士団長が開けたドアを通って立ち去ろうとしていた。


「あ、あの! すみません猊下、一つだけ教えてください。なぜ猊下と、ウチのシャムの顔は全く同じなんですか?

 それに、アタイらはもう一人同じ顔の人を知っている。さすがに、これを偶然とは思えないです」


 僕の言葉に猊下は足を止め、くるりとこちらを振り返った。


「ふむ…… 今、我に言えることはただ一つ。全て、神のご意志によるものだ。ではな」


 彼女はそう言って、今度こそ部屋から出て行ってしまった。






 猊下の乱入の後、僕らは大聖堂からほど近い建物に案内された。そこは教会関係者が利用する宿らしく、かなり豪華な内装に、部屋付きの使用人の人まで居た。

 三食に加えておやつまで部屋に運んでくれるし、湯浴みだってさせてもらえる。かなりの歓迎度合いに思える。

 

 しかし、部屋でゴロゴロしているだけでは体が鈍ってしまう。なので、シャムのそばにいる組と、冒険者組合で軽い依頼を受ける組とを交代交代で回すことにした。

 観光してもよかったのだけれど、せっかくならシャムが回復してからにしたい。

 そんな感じで数日過ごしてたら、組合にメームさんから伝言が届いていた。どうやらお店の場所が決まったらしい。


 お店には、僕、ロスニアさん、キアニィさんの三人で行くことにした。

 教えられた場所は大通りからは外れているけど、人通りも多く、結構いい立地のように思えた。しかし--


「よっ、ラヘル。なんだい、今日は随分ゆっくりしているんだね」


 店は食料品と雑貨を扱う店舗に、小さめのカフェテラスが併設されたような作りだった。

 メームさんとこの接客担当であるラヘルさんは、そのカフェテラスの受付のところでぼーっとしていた。

 見たところ、店舗の方には少し人はいるけど、カフェの方には誰もお客さんがいない感じだ。


「--あ、タチアナ! それに二人も。いらっしゃいっス! シャムの様子はどうっスか?」


 僕らに気づいた彼女が、パッと笑顔になった。


「こんにちは。シャムちゃんは治し方が見つかったんです! もうちょっとしたら、きっと元気になりますよ」


「本当っスか!? よかったっス!」


「このお店、立地は良さそうですのに…… 聖都の皆様には種茶の良さが伝わっていいないようですわねぇ」


 キアニィさんがカフェの様子を見て悩ましげに呟いた。


「そーなんスよ! 砂糖たっぷりの種茶はめちゃくちゃ美味しいのに、みんな色を見てこんなもん飲めるかって去っていくんスよ! ウチは悔しいっス!」


 おぉ、大変憤慨していらっしゃる。まぁ、あの真っ黒いビジュアルは、初見だと少し抵抗があるのかも。


「なるほどねぇ…… そんなあんた達にいい話を持ってきたんだ。メームはいるかい?」


「本当っスか!? 店長は店の奥にいると思うっス!」


 ラヘルさんに言われて店の奥に行くと、ちょうどお客さんと取引を終えた様子のメームさんが座っていた。

 店内には珈琲豆の他に、魔物素材を加工したものと思われる品がいくつか並んでいた。


「やぁメーム。聖都では黒い飲み物は不人気みたいだねぇ」


「タチアナ、ロスニア、キアニィ、よく来てくれた。そしてすまない。俺の力不足だ。聖都ではブンナの種茶を流行らせるのは難しいようだ……」


 メームさんは少し元気のない様子でそう言った。珈琲にかなり手応えを感じていたようだったから、


「それがそうでもないみたいだよ。ちょっと伝手があってさ、ブンナの種茶を大量に買ってくれそうな人を見つけたんだよ」


「何……!? それは誰だ?」


「バジーリア枢機卿閣下だよ」


 ドタンッ!


 僕が閣下の名前を出した途端、メームさんが目を見開いて椅子から転がり落ちた。


「ちょ、ちょっと大丈夫かい!?」


「あ、あぁ。大丈夫だ。少し驚いてしまっただけだ」

  

 おぉ…… 声も上げずにずり落ちたからどうしたのかと思ったけど、単にびっくりしただけか。意外にいいリアクションをしてくれる人だ。


「さて。その話、詳しく聴かせてくれ」


 椅子に座り直した彼女が、いつものキリリとした顔つきで言った。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時頃に投稿予定】


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