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第164話 聖都レーム(2)


 やたらと気さくな偉い人、バージリア枢機卿閣下に促され、僕らは恐る恐る着席した。

 彼女も朗らかに笑いながら椅子に座り、お茶を入れてくれた給仕の人にもニコニコとお礼を言っている。うん、めちゃくちゃいい人そうだ。

 でもなぁ、みんなの様子を見ると半端じゃなく地位の高い人っぽいんだよなぁ……

 ロスニアさんはガチガチに緊張しているし、陛下の前でも毅然としていたヴァイオレット様ですら表情が硬いように見える。

 あの言い方だと、世界的宗教である聖教の本拠地、そのNo.2的な人なんだよね。やばい、僕もなんだか緊張してきた。

 その閣下はお茶を一口飲むと、僕らの方に向き直った。


「さて、まずは皆さんのお名前をお聞かせいただけますか?」


「あ、これは失礼を。えっと、アタイらは『白の狩人』っていう冒険者パーティーです。アタイは一応リーダーをさせてもらってる、魔法使いのタチアナです。そんでこっちが--」


 タチアナのロールプレイと敬語との板挟みが辛い。うんうんと頷いてくれる閣下の前で、僕はみんなを紹介していき、最後にシャムの番になった。


「最後に、この娘は弓使いのシャムです。見ての通り、今ちょっと調子が悪くてね……」

 

 シャムの調子は相変わらずだ。魔窟から出て一ヶ月経つけど、良くもならないし、悪くもならない。あまり体を動かさないと筋肉が衰えてしまうかもしれないので、毎日リハリビのような軽い運動をしてもらっている。

 機械人形である彼女を人間と同じふうに考えていいのかわからないけど、できることは何でもしておきたかったのだ。

 一度だけ夜中に眠れないとぐずったことがあったけど、ただの珈琲の飲み過ぎだった。砂糖たっぷり珈琲を気に入ってくれたみたいだけど、子供にはちょっと早かったみたいだ。


「こんにちは、シャムで、あります」


「はい、こんにちは。 --ふむ。どうやら体に強い麻痺があるみたいですね。それは後天的なものかな?」


 閣下は一瞬でシャムの状態を看破したようだった。


「は、はい。実は、今回ここに来させてもらったのも、それに関係してましてね。まずは、メルセデス司祭から頂いたこちらをどうぞ」


 僕が司祭様の紹介状を閣下に手渡した。しかし、メルセデス司祭様も人が悪い。紹介状の宛先には役職もなく、バージィという愛称のようなものしか書かれていなかったので、ここまで偉い人を紹介してくれるとは思わなかったのだ。






 しばらくして紹介状を読み終えた彼女は、柔和だった表情を驚きに満ちたものに変えていた。


「これは…… 驚きですね。メルセデス、あの子が嘘をつくとは思えませんが、にわかには信じられない内容です。

 この…… おっと。君、悪いのだけれど、少し内緒話がしたくてね。席を外してくれるかな?」


 閣下が声をかけた給仕の方は、お辞儀をしてから部屋を出て行かれた。


「神託の言葉にある、この『白髪(しろかみ)の無垢なる人形(ひとがた)』については、皆さんに訊いてほしいとあるのですが、一体……?」


「はい。シャム、いいかい?」


 僕は、こくりと頷いてくれたシャムの服を少し肌けさせ、肩の機械の関節が剥き出しになっているところを閣下に見せた。


「……っ! なるほど…… 迂闊に手紙には書けない内容ですね。少し診てみても?」


「いいで、あります。よろしく、お願いするで、あります」


 バージリア枢機卿は、メルセデス司祭がそうしてくれた時のように、幾つもの魔法を使ってシャムの診察や治療を試みてくれた。

 司祭よりもさらに高度な魔法をいくつも使っているように見えたけど、シャムの状態は変わらず、枢機卿の表情も優れなかった。


「ふぅむ…… なるほどなるほど。あの子が治せないわけですね。神が我々にお与えになった大いなる慈悲、神聖魔法の多くは、亜人や只人を対象としています。私も治療や診断には少し自信があったのですが、機械人形の方が相手となると勝手が違うようですね。いゃあ、参りました」


 閣下は、参った参ったと言う感じでご自身の頭をぽふぽふと叩いた。本人は軽い感じで言っているけど、言われた方はたまらない。


「--シャムは、治らないでありますか……?」


「あぁ、いえいえ! まだそうと決まった訳ではありません。私よりもはるかに神聖魔法に秀でた方もおられます。後でその方にも診ていただきましょう。きっと何とかしてくれますよ。

 そうだ、ここまで長旅だったのでしょう? せっかくなのでここまで旅について、少しお話を聞かせてもらえませんか?」


 泣きそうになっているシャムに、閣下は慌ててフォローを入れてくれた。

 それから僕らは、閣下に促されるままに魔窟都市での出来事や、聖都に来るまでの出来事を話した。その話の流れで、閣下がブンナの種茶、珈琲を飲んでみたいと言い始めた。

 偉い人に得体の知れない黒い飲み物をお出ししていいのか迷ったけど、ちょうど焙煎した豆を持っていたことと、閣下の気さくさに押されて淹れて差し上げることにした。


「おぉ…… 何とも芳醇で、奥深い味わいですねぇ。何か魂が満たされていくような気すらします。こちらはどこかで買ったりできるんですか?」


 閣下は、砂糖をたっぷりいれた珈琲を実に美味しそうに飲んでいる。よかった、気に入ってくださったみたいだ。


「一緒に聖都に入った、メームっていう鬣犬人族(りょうけんじんぞく)の商人から買えると思いますよ。店が決まったら伝言をもらえることになってるから、わかったら教えますよ」


「是非お願いします。本当に気に入りました。うん、気に入りました……」


 これでメームさんの聖都での商売は勝ったも同然だな。よかったよかった。

 閣下に倣い、全員が静かに珈琲を飲み始めた。そして会話が途切れたしばらく経った後、ロスニアさんが口を開いた。


「--あ、あのバージリア枢機卿閣下。先ほどの、閣下よりも神聖魔法に秀でた方というのは、もしや教皇猊下では…… 私達は猊下にもお目どおりさせて頂けるのでしょうか……?

 そもそも紹介状があったとは言え、いきなり押しかけてきた私達になぜこうも良くして下さるのですか? 大聖堂におられる方々も、何か私達のことをご存知の様子でしたし……」

 

 僕らの気持ちを代表したかのような質問に、閣下はにっこりと笑って頷いた。


「神託の御子、お名前はロスニアさんでしたね? はい、おっしゃる通り、今すぐにとはいきませんが、皆さんには教皇猊下にもお会いして頂きます。

 実は猊下から言われていたんですよ。近く、我に似た者を連れた冒険者達が来やる、歓待せよ、と」


 似たもの……? 聖都に来てからの周囲の視線、そして閣下のこの物言い……


「あの、もしかして--」


 疑問を確かめようとした瞬間、扉の外がにわかに騒がしくなった。






『猊下……!? お待ちください! いかがなされたのですか!?』


『会談の場所はそちらでは…… 猊下!』


 部屋にいる全員がお互いに顔を見合わせ、扉の方に視線を向けた。


 バァンッ!


 両開きの扉が凄まじい勢いで開かれ、そこに二人の人影が見えた。

 一人は見事な白銀のフルプレートの騎士だ。銀色の短髪に精悍な顔立ちの妖精族の人で、凄まじい手練れの気配を漂わせている。

 そしてもう一人。こちらも妖精族の人で、純白の法衣に金の長髪を靡かせている。だが、そんなことは些細なことだった。彼女の顔、それがうちのシャムと全く同じだったのだ。

 

「ま、また同じ顔、であります」

 

 呆然と呟くシャムの声が聞こえる。僕も同じ気持ちだ。似ているなんてもんじゃない、カサンドラさんと二人目、全く同じ顔だ……!

 一方、シャムと同じ顔をした彼女の視線は、僕らの手元、カップに入った珈琲に注がれていた。そして彼女は、目線を珈琲に固定したままふらふらと僕らに近寄ってきた。

 

「すまぬが…… それを、我にもそれを一杯頂けぬだろうか……?」

 

「え……? は、はい、ただいま。あの、お砂糖は……?」


「たっぷりと頼む」 


 喉を震わせて呟く彼女の迫力に押され、僕は半ば自動的に珈琲を入れた。砂糖を大盛三杯、シャムが好きな飲み方だ。

 雰囲気に飲まれて部屋のみんなが固唾を飲んで見守る中、僕は金髪の彼女に珈琲を手渡した。

 彼女が震える手でカップを受け取ると、それまで黙っていた騎士の人がハッとしたように動き出した。


「げ、猊下! いけません! そのような黒い飲み物など…… それに彼女達は部外者で--」


 げ、猊下……!? この人教皇様なの!?

 その教皇様はというと、騎士の人の静止を振り切って珈琲を飲み始めてしまった。

 ゴクリ、ゴクリと、数回飲み下し、たっぷりと珈琲の香りを吸い込む。そして彼女は、ほぅ、と満足そうに息を吐くと、その場に静かに膝をついた。


「あぁ、なんという…… なんと甘美な香り、なんと懐かしい味わいか…… ついにここまで…… あぁ神よ、その偉業、そのご慈悲に感謝致します」


 教皇猊下と呼ばれたその妖精族の人は、珈琲が入ったカップを愛おしそうに抱き、涙を流しながら祈りを捧げた。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時頃に投稿予定】


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