第163話 聖都レーム(1)
すみません、だいぶ遅れてしまいました。。。
聖都への旅はその後も順調に進んだ。もちろん魔物には何度も襲撃されたけど、出てくる魔物が北東の沿岸部に近づくほど弱くなっていったことも大きい。
一方、魔窟都市ミラヴィントゥムから南東に進むと、王国に隣接していた大森林のように、奥に進めば進むほど強力な魔物が出現するようになるらしい。
その最奥に一体何があるのか気になるけど、今まで見にいって無事に帰ってきた人は居ないのだそうだ。
あと、一度だけ野党にも襲われたけど、全員返り討ちにして近くの街に届け、犯罪奴隷としての第二の人生を歩んでもらうことにした。思わぬ臨時収入になった。
聖都への旅の最中、僕は珈琲の焙煎方法について色々と試行錯誤を行った。最初に入れた奴も美味しかったけど、条件を変えるごとに味わいが変わっていくのがすごく面白かったのだ。
この検証はメームさんと一緒にやっていて、今では彼女の方が焙煎や淹れ方が上手い。ちょっと悔しい。でも、そのおかげでもっと仲良くなれて、身の上話なんかもすることができた。
彼女は南部大陸の真ん中あたり、東の海沿いにあるエルピアという地域の出身らしい。珈琲の木も自生してるって話だったから、多分地球でいうところのエチオピア辺りなんだろうな。
裕福な商家の三女に生まれた彼女は、地元で事業を成功させて結構な資産を築いたそうだ。
普通はそのまま地元で商売を続けるところなんだろうけど、彼女はとても好奇心が強かった。
彼女は世界を見てみたいという欲求に従い、今は何人かの仲間と一緒に商売をしながら旅をしているのだそうだ。そんな生活をしながらもちゃんと資産を増やしていると言うからすごいよね。
魔窟都市にもそんな経緯で訪れていて、今度は話に聞く聖教の本拠地、聖都レームに行ってみたくなったと言うわけだ。
僕の経緯はあまり話せなくて心苦しかったのだけれど、彼女は大渦竜や金の鱗鎧猿の話なんかを目をキラキラさせながら聞いてくれていた。
そんなふうに結構楽しく旅する内、予定通り三週間ほどで港湾都市トゥニースに辿り着き、そして海路で一週間。
聖都最寄の港町から更に一日ほど歩き、僕らは目的地である聖都レームに到着した。
「ここ聖都レームか…… 王都と比べても更に大きいねぇ。城壁の直径なんか倍くらいあったんじゃないかい?」
「うむ。王都セントキャナルも近隣諸国の中では有数の大都市だったが、ここは一国の首都であることに加え、聖教の本拠地だ。
世界中からくる信徒が集まるわけだから、栄えない訳があるまい」
僕とヴァイオレット様は、聖都の城門に入ってすぐのところで感心するように辺りを見回していた。直径数Kmを高い城壁に囲まれた聖都の中は、その大きさに見合った賑わいを見せている。
ずらりと立ち並ぶ民家や大衆向けのお店は、木造のものが多い。しかし多数の宗教関連らしき施設は、立派な白亜の石造で、大きな窓やアーチ構造が多用された優美な外観をしている。
よく整備された大通りは文字通り人で溢れているけど、やはり聖職者らしき人がたくさんいる印象だ。そして、当然だけど妖精族の人も多い。
「港町より、更に沢山、妖精族がいるであります。やっぱり、シャムと相貌の一致率が高い人が、多いであります」
ヴァイオレット様に背負われたシャムが、キョロキョロと視線を彷徨わせながら言う。
彼女の言う通り、妖精族の人達は全体的にシャムと顔の造形が似ているのだ。
もちろん、カサンドラさんのように完全一致するような人は居ないけど、親戚だと言われれば頷いてしまうくらいには似ている。
「確かにみんにゃシャムに似てる気がするにゃ。ちょっと不気味だにゃ……」
「あぁ、ついに私も聖都に来られたのですね…… 神よ、感謝いたします」
僕らがそんな感じで聖都の街並みを眺めていると、メームさんが依頼の完了証を手渡してきた。
「タチアナ。ここまで世話になった。護衛依頼は文句なしの成功だ」
「ありがとさん。こっちも道中楽しかったよ。メーム達はこれからどうするんだい?」
「どこかに店を借りて、ブンナの種茶を売ってみるっス! 売れ行きが良さそうなら、こっちを主力商品にするのもありっス! ですよね、店長?」
「あぁ、そうだな」
メームさんとラヘルさんが楽しそうに話しているけど、この人達ブンナの種、すなわち珈琲豆なんか運んでたっけ?
疑問に思って彼女達の馬車に目を向けると、メームさんはニヤリと笑って馬車の幌をめくった。
そこにはぎっしりと麻袋に入った何かが積んであった。もしかして、これ全部が珈琲豆……?
「あらぁ、いつの間に…… 抜け目が無いですわねぇ。それに大胆な方ですわぁ」
僕と一緒にキアニィさんも目を丸くしている。
「優秀な商人は機会を掴むために常に備えを怠らない。タチアナのやり方を真似て、魔窟都市で俺たちも作ってみたんだ。
今回は少し賭けだったが、焙煎した豆の旨さはしっかり確認できた。お前のおかげで大勝ちの予感がする。
……シャムの件、うまくいくことを祈っている。店が決まったら組合に伝言を残しておくから、来てくれると嬉しい」
「そうかい。そいつぁよかった。色々片付いたら寄らせてもらうよ」
僕とメームさんはしっかりと握手を交わした。次に会うときは、元気な姿のシャムを連れて行きたいところだ。
メームさん達と別れた僕らは、早速聖ぺトリア大聖堂へ向かった。
大聖堂は幅や奥行きが数百mはありそうな巨大な建物で、外もさる事ながら、内部もいくつものアーチやステンドグラスで装飾された立派な作りだった。
そして、創造の父神と母神、各種族の始祖神、そして聖イェシュアナとその高弟達、聖教における重要な存在が彫刻や壁画などで様々な場所に存在している。ここが聖教の中心であることがひしひしと伝わってくる。ロスニアさんも先程からずっと感嘆の声をあげている。
しかし、なんだろう。大聖堂の中には、一般の信徒の人や職員らしき人、そして聖職者の人達が沢山いるのだけれど、みんなが僕らをちらちらと見ている気がする。
実は聖都についた瞬間から視線は感じていたのだけれど、大聖堂の中では特に顕著だ。
あれ。もしかしてこれって、僕らというよりシャムを見てる……?
不思議に思いながら荘厳な大聖堂の中を歩き、手近な聖職者の方に声をかけた。
そして、魔窟都市のメルセデス司祭から貰った紹介状を見せると、彼女はすぐに納得の表情を見せ、いきなり押しかけてきた僕らを奥の部屋に案内してくれた。
まるで、僕らが来ることを事前に知っていたかのようでちょっと怖い。
通されたのはかなり広々とした豪奢な部屋で、お茶のお世話をしてくれる給仕の方までついていた。
落ち着かないまま待っていると、しばらくして部屋の扉がノックされた。
給仕の方が開けてくれたドアの向こうには、見事な赤い法衣の妖精族の人が立っていた。
眼鏡をかけた柔和な顔立ちで、長い栗色の髪を三つ編みにしている。
あ、なんか立場のありそうな人だ。そう思って、シャムを除く全員が椅子から立ち上がったのだけれど、ロスニアさんだけ勢いが違った。
「いやぁ、お待たせしてしまいましたね。ほぉ、これは…… 本当によく似ていらっしゃる」
彼女は椅子に座っているシャムに視線を向けると、目を見開いて数秒間見つめた。
「あぁ失礼。僕は教皇猊下の元、この聖ぺトリア大聖堂の雑事を取り仕切っているバージリアという者です」
彼女は極々軽い感じで僕らに向かって手を上げた。しかし--
「バ、バージリア枢機卿閣下! お会いできて光栄にございます!」
ロスニアさんが上擦った声で応え、すご勢いで膝をついた。どうやらめちゃくちゃ偉い人らしいぞ。
僕らもそれに倣って膝をつくと、彼女はまた朗らかな調子で僕らに語り掛けてくれた。
「あぁ、そう固くならないでください。立って立って、座って座って。お茶でも飲みながら、お話ししましょうよ」
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