第161話 聖都へ
司祭様によると、この魔窟都市から聖都まではおよそ一ヶ月ほどの距離らしい。陸路で北東に3週間程かけてトゥーニスという港湾都市まで行き、そこからは船で一週間程で聖都レームに着くとのことだ。
早速聖都に向かいたい所だけど、一ヶ月の長旅になるし、もうこの都市には戻ってこないかもしれない。色々と準備を整えてから出発する必要がある。
それに、ロスニアさんとゼルさんにも事情を説明しないといけない。僕らは司祭様にお礼を言って教会を辞した後、普段使っている宿に戻った。
いつもは二部屋に分かれて泊まっているけど、今は全員が一部屋に集まっているのでだいぶ過密だ。
「それじゃあ、ロスニアさん、ゼルさん。さっき言ってた諸々の事情について、今からお話ししてもいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「あー、さっき言ってたやつかにゃ。どんな話が聞けるのか楽しみにゃ」
真剣な様子のロスニアさんと、気楽な様子のゼルさん。とても二人らしい反応に少し気がほぐれた。
一方、少し硬い表情をしているのがキアニィさんだ。シャムの事情も結構変わっているけど、彼女のことはすでに大部分は話してしまったようなものだ。しかし、キアニィさんの場合は言いずらいだろう。特に、聖職者のロスニアさんには。
僕の視線に気づいたのか、キアニィさんはふっと表情を緩めた。
「気遣いありがとうございますわぁ。でも大丈夫、私のことも全て話して頂いて構いませんわぁ」
「……わかりました。まずいきなりですが、僕はこの世界の人間じゃないみたいなんです。どういうことかというと--」
僕が異世界から来たらしい事、王国で侯爵令嬢のヴァイオレット様と一緒に領軍に所属していたこと、女王陛下に目を付けられて帝国側に亡命したこと。それから南部山脈で機械人形のシャムと出会い、追手の暗殺者であったキアニィさんと仲間になり、南部大陸に渡る船でロスニアさんとゼルさんに出会ったこと。
これまでにあった色々な事。それらをなるべく要点にまとめてたつもりだったけど、僕が話終わる頃にはお昼になってしまっていた。
「お、思ったよりすごい話だったにゃ…… おみゃーら、結構大変だったんだにゃあ。
そんでよくわかんにゃいけど、その異世界ってどんくらい遠いんだにゃ?」
「さぁ…… 転移魔法陣の故障で呼び出されてしまったので、ここからどのくらい離れているかも分からないんです。でも多分、一生歩き続けても僕の故郷には辿り着け無いと思います」
「にゃー…… それはちょっと、寂しいにゃあ。お姉さんが慰めてやるにゃ」
ゼルさんはそう言って僕の頭を撫でてくれた。やばい…… 不意打ちで優しくされてしまってちょっと泣きそう。
一方ロスニアさんの方は、キアニィさんの話の辺りから表情が強張ってしまっている。
「あの…… それじゃぁキアニィさんは、今まで何人もの罪の無い方々を殺めてきたんですか……!?」
「--わたくしが手にかけた人の中には、殺されて当然という人も、ただ誰かにとって邪魔だったというだけの人も、何十人といましたわぁ……
人を殺めるという事はどういうことなのか。タツヒト君達と出会うまで、わたくしはそのことからずっと目を逸らし、言われるがままに仕事をこなしてきましたの。
ロスニア。聖職者のあなたには知られたく無かったのだけれど、このことを同じパーティーの仲間に秘密にしておくわけにもいきませんから……」
「ロスニアさん。キアニィさんは物心着く頃から暗殺者として育てられてきました。そして、女王陛下との繋がりも強いその巨大な組織は、役立たずや裏切り者に苛烈だったそうです。
生きるためには殺すしかない。そんなことが当たり前の環境で、ずっと暗殺を強いられてきたんです。
彼女に全く罪が無いとは言いませんが、僕にとってそれは、彼女と一緒にいられないほど重いものでは無いと考えます。
僕自身も、一万人の餓死者よりヴァイオレット様との生活を選んだ極悪人ですし……」
「ロスニア、キアニィは暗殺者だったけど、悪い人じゃ無いであります。許して欲しいであります……」
僕とシャムの言葉に、ロスニアさんは葛藤するように口を動かし、そのまま目を伏せてしまった。
「……今は、何も言えません。受け止めるまで、少し時間をください」
いつも朗らかで慈愛に満ちている彼女の声が、今は硬い拒絶の色に染まってしまっている。しん、と、その場に数秒の沈黙が訪れた。
ぱんぱん。
突然手を叩いたヴァイオレット様に皆んなが注目した。
「諸々、受け入れ難いこともあるだろう。しかしすまないが、次の話に移らせてほしい」
「次の話、ですか?」
「うむ。タツヒトを巡る淑女協定についてだ」
ヴァイオレット様の言葉に、ゼルさんとロスニアさん、そして僕もビクリと固まった。そうだ、その話があったんだった……
「念の為の確認だが、ゼル、ロスニア。君達はあの未管理魔窟の縦穴の底で、タツヒトと一線を越えたな?」
「……あー、すまん、そうだにゃ。ちょっと我慢できなかったにゃ。この通りだにゃ」
「あの、その…… 私も我慢できませんでした。聖職者としてあるまじき行為でした。本当にすみません」
ゼルさんとロスニアさんが深々とヴァイオレット様に頭を下げた。僕もちょっと居た堪れなくなって一緒に頭を下げた。
「あぁ、いや。謝る必要は無いのだ。私はタツヒトを束縛するつもりは無かったし、双方合意の上のようだしな。むしろ仲間の絆が強くなったのだと、良い方向に考えるべきだろう」
「にゃー…… 器がでけーにゃ。さすが侯爵令嬢だにゃ」
「はい、本当ですね…… あの、キアニィさんも同じお考えなんですか?」
「--えぇ。最高ではありませんが、最善の関係だと納得していましてよ。それに、見ず知らずの相手ではなく貴方達なら、わたくしも納得ですわぁ」
「そ、そうですか……」
感情の振り幅に追いついていないのか、ロスニアさんはなんとも形容し難い表情をしている。
「さて、細かい取り決めについては後ほど女性陣で話し合うことにしたいが、まずは重要なことを共有しておこう。
端的に言って、タツヒトと一線を越えると、どうやら位階の上昇が早くなるようなのだ」
「--へ!? ヴァ、ヴァイオレット様。そんなの初耳なんですが……」
僕自身、周りより位階の上昇が早い気がしてた。でもその、一線を越えた相手もそうなるの……!?
--いや、でも確かに、二人とも位階の上昇が早い気がする。え、マジで? 本当に?
「うむ、確信を得たのは最近だからな。タツヒトは元から位階の上昇が早かった。そして、私とキアニィの二人とも、現在は異常な速度で位階が上昇している。
この異常な上昇が始まったのは、二人ともタツヒトと一線を越えてからだ。原因は明白だろう?
ゼル、ロスニア。二人はまだ日が浅いので自覚は無いだろうが、すぐに二人とも緑鋼級に上がるだろう。これが外部に漏れると、タツヒトは様々な組織から狙われることになる。絶対に秘密にしていて欲しい」
「わ、分かったにゃ。タツヒトが危ない目に遭うのは良く無いにゃ。絶対喋らないにゃ」
「そんなことが…… 承知しました。神に誓ってこの秘密は守ります」
ヴァイオレット様の真剣な様子に、ゼルさんとロスニアさんが何度も頷いてくれた。
そこでまた少し会話が途切れたところで、シャムが口を開いた。
「タツヒト、一線を越えるとは、一体どう言うことで、ありますか? 強くなれるなら、シャムもやりたいであります」
「え!? あーっと、その、とっても仲良くなるってことだよ。シャムはまず体を治して、もっと大きくなってから考えようね?」
「ふぅん……? わかったで、あります」
ふぅ、シャムが素直な子でよかった。今日は冷や汗がでっぱなしだよ……
翌日、僕らは旅の準備と、この街で知り合った人達への挨拶を終え、最後に冒険者組合に向かった。
旅に必要な物資を買い込んでいたら、ちょうど聖都へ行きたいという馴染みの商人の人が居たので、ついでのその人の護衛依頼を受けて行くことにしたのだ。
「カサンドラ。行ってくるで、あります。また、どこかで会えることを、期待するであります」
ヴァイオレット様に背負われたシャムが、弱々しくカサンドラさんに手を伸ばす。
カサンドラさんはその手をしっかりと握り、にっこりと微笑んだ。
「はい、きっとまた会いましょう。大丈夫、シャムちゃんは絶対元気になれますよ」
それからみんなでカサンドラさんに別れを告げ、組合の出口に向かった。しかし、僕はどうしても気になり、一人カサンドラさんの元へ引き返した。
「カサンドラさん。あんた、一体何者なんだい?」
カウンター越しに彼女に顔を寄せ、小声で問いかける。
シャムと同じ顔。この街の司祭様ではシャムを治せないことや、ロスニアさんへの神託を見越していたかのような物言い。どうしても偶然と片付けることができなかった。
「私はただの組合の職員ですよ。ただ、タチアナさん達と同じくらい、シャムちゃんが元気になることを祈っています」
しかし、彼女はいつもの営業スマイルを崩すことなくそう答えた。
「--そうかい。変なことを訊いたね。それじゃあ、またどこかで」
「はい、どうかお気をつけて」
僕は踵を返し、みんなのあとを追った。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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