第160話 神意考察
意識を失ってしまったロスニアさんを伴い、僕らは司祭様の勧めで診察室に戻った。
何か知っている様子の彼女に聞いてみたけど、ロスニアが目を覚ましたら話すということだった。
そして数十分後、ロスニアさんが診察室のベッドの上でゆっくりと目を開けた。
「ロスニア! 大丈夫かい……?」
「--はい。とても…… とても大きな存在を感じました。それでいて、自分がその大きな存在の一部でもあるかのような……
あれは、神だったのでしょうか……?」
ロスニアさんは、望洋としながらもどこか超然とした様子で応えた。
「またそれかにゃ。ウチは宗教は程々に信じるのがいいと思うにゃ……」
先ほどまでオロオロと心配そうにしていたゼルさんは、彼女のそんな様子に安心しつつ、眉をハの字にした。
仲間内にロスニアさんが目覚めたことへの安堵が広がったところで、司祭様が動いた。
彼女はロスニアさんが横たわるベッドの横に膝をつくと、恭しく頭を垂れた。
「神託の御子、ロスニアよ。このメルセデス、拝謁の栄誉を賜り、我が身は至上の喜びに包まれます。
貴女にお会いできたことに、一人の信徒として、全ての神々に深く感謝を捧げます」
「--へっ……!? メ、メルセデス司祭様、何をされているんですか!? 頭をお上げ下さい! わ、私はただの助祭ですぅ!」
その様子を見て一気に正気に戻ったのか、ロスニアさんはがばりと起き上がって手をワタワタと動かし始めた。よかった、いつもの彼女だ。
「司祭殿。今、神託とおっしゃられたが、あなたは先ほどのロスニアの様子について、何を知っておられるのだ?」
少し警戒感を滲ませたヴァイオレット様に、メルセデス司祭が顔を上げた。
「先ほどの白き清浄な光、そしてあの性差を超越した声…… あれこそ正に、聖典に記された神の御技です。
神意を地上に伝える時、真に敬虔なる信徒に対して、神々はあのように神託を授けてくださるのです。正直、あの場に立ち会うことができた歓喜と興奮に体が震えています」
メルセデス司祭は、本当にブルブルと体を震わせながら法悦の笑みを浮かべている。ちょ、ちょっと怖い。
「そ、そのお話は私も聖典を読んで知っています。あまり覚えていないのですが、本当に私は神託を賜ったのでしょうか……?」
「ええ、間違いありません。聖典には、あの聖イェシュアナも神託を受け、魔物の脅威に滅びつつあった人々を救い導いたとあります。
過去に神託を受けた信徒は他にも何人か居ますが、全てのお方が聖なる事業に従事し、その死後、聖人に列せられています。
神託の御子ロスニアよ、あなたもきっとそうなるのです」
メルセデス司祭の確固たる物言いに、ロスニアさんは戸惑うように視線を彷徨わせた。そりゃあ、いきなりそんなこと言われてもそうだよな。
「にゃーにゃー。ロスニアが神様に気に入られたっぽいことはわかったにゃ。
でも、その神託? 人形とか聖なる都とか言ってたけど、あれの意味がわからにゃいにゃ」
「確か、『白髪の無垢なる人形。其を聖なる都、その心へ。さすれば、望みは叶えられん』だったね……」
ゼルさんの疑問に、僕は神託の言葉を繰り返した。正直、内容にものすごく心当たりがある。
不信心者の僕でさえ、神に近しい何者かはいるのかもと思い始めている。
「--聖なる都とは、おそらく我々聖教徒の本拠地である聖ドライア共和国、その聖都レームのことでしょう。
そして心とは中心の意味。こちらも推測ですが、全ての聖教徒の精神的指導者である教皇猊下御本人か、猊下の座す聖ペトリア大聖堂のことでしょう。
しかし、白髪の無垢なる人形の意味がわかりません。それに望みとは…… あぁ、シャムさんは珍しい白髪ですね」
……まぁそうなるよね。僕はヴァイオレット様とキアニィさんに目配せした。
「--うむ。この場で共有しておくべきだろう」
「今のわたくし達の望みなんて、一つしかありませんわぁ。ここで話すべきだと、私も思いますわぁ」
二人が頷いてくれたので、ベッドで横になっている本人にも確認を取る。
「シャム。あんたについて話してもいいかい? それとその、見てもらった方が話が早いと思うんだけど……」
「いいで、あります。必要なことで、あります」
「ありがとね。 --メルセデス司祭様、これからお話しすることは他言しないで欲しいんだ。
そしてロスニア、ゼル。二人には折りを見て話すつもりだったんだけど、バタバタして今になっちまった。ごめんよ。二人も、仲間内だけの秘密にしてくれるかい?」
「わかりました。他言しないことを神に誓いましょう」
「わ、私も神に誓います」
「ウチも黙っておくにゃ」
僕の言葉に、三人とも神妙な様子で頷いてくれた。
「ありがとう。まず、このシャムだけど、実は只人の女の子じゃないんだ。こいつを見ておくれ」
僕はシャムの服をはだけると、彼女の肩の部分、機械の関節が剥き出しになっている所を三人に見せた。
「これは…… なるほど、彼女の骨格には少し違和感があったのです。機械人形…… そう呼ばれるものがあるのは知っていましたが、このように生きている姿は初めて目にしました」
「すまない司祭様。治療をお願いする段階で言うべきだったんだろうけど、どう受け取られるか分からなかったからね」
「なるほど…… そういえば水浴びや体を拭く時も、シャムちゃんは必ず私やゼルに見えないようにしていましたね」
「にゃー。匂いが変わってると思ってたにゃ」
よかった。彼女達の表情には驚きはあれど、嫌悪や拒絶の色は見られなかった。
シャムも彼女達の様子を見て、少し強張らせていた表情を和らげたようだった。僕はそんな彼女の頭を念入りに撫でた。
「そんなわけで、白髪の無垢なる人形はシャムのことだと思う。
そして、アタイらの望みは一つだ。この子がまた元気に走り回れるようになることだよ」
「なるほど…… そうとしか考えられませんね。承知致しました。幸い、私の恩師が聖ペトリア大聖堂にいらっしゃいます。
私にはこんなことしかできませんが、彼女への紹介状を書くので、是非役立ててください」
「十分だよ。ありがとう司祭様、本当に助かるよ」
「わかりました……! では私の使命は、シャムちゃんを聖都まで連れて行くことなんですね!」
先程までの戸惑った様子とは打って変わり、ロスニアさんが決然とした様子でそう言った。
「いや、ちょっと違うね」
「へ……?」
「ロスニアだけじゃなく、アタイ達全員がするべきことだ。そうだろ?」
「--はい!」
僕の言葉に、ロスニアさんだけでなくみんなが大きく頷いてくれた。
「そんなわけでシャム。どうやら神様が気を利かせてくれたみたいだ。ちょっくら聖都まで行こうさ」
「よかったで、あります。でも、聖都は、遠いであります。大変じゃ、ないでありますか?」
「ははっ、子供がそんなこと気にするんじゃないよ! みんなお前さんが元気になる事を一番に望んでるんだ。そのためなら、ちょっと旅するくらい、なんともないさね」
「タチアナ、皆んな…… ありがとう…… ありがとうであります……!」
シャムの頬にまた涙が流れる。しかしその表情は、先程までの絶望の色が消え去った穏やかな笑顔だった。
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