第016話 調査隊(2)
洞窟調査組の隊列は前から順に、ヴァイオレット様、僕、只人の兵士2名、山羊人族で、最後尾にまた只人の兵士二名だ。
人員構成や並び順が不思議だったけど、洞窟に入ってその理由を理解した。
馬人族や山羊人族のような四つ足の種族だと、狭い通路で方向転換するのがかなり大変そうなのだ。
彼女達は草原とかだと無敵なんだろうけど、横とか後ろから不意打ちされやすい洞窟のような環境は苦手と見た。
ヴァイオレット様が先頭なのは…… 何が起こっても対応できるからだろうな。
僕らが洞窟に入ってすぐ、ボスゴブリンとの戦いがあった広間にでた。
ちょっと予想してたけど酷い有様だ。
そこら中にゴブリンの死骸が転がりそれを十数体の四つ目狼達が貪っている。
あれだけ強敵だったボスゴブリンの巨体も、今は狼たちに食い荒らされてずいぶん小さくなってしまっているように見える。
涼しいせいかまだ腐敗臭はしないけど、地獄のような光景だ。
こちらに気づいた狼たちが威嚇の唸り声をあげる。
奥に進むには狼たちをなんとかする必要があるけど……
そう思っているとヴァイオレット様がすっと前に出て、狼たちを睨みつけた。
「……ッ! キャィンッ!」
それだけで狼達は洞窟の奥に逃げていってしまった。
すげー、何あれ。僕もやってみたい。
狼たちが逃げ散った後、ヴァイオレット様がこちらを振り返った。
『ふむ…… これは全てタツヒト殿が?』
転がるゴブリンの死骸を指して彼女が問う。
『いえ、多分半分くらいです。もう半分は…… あそこに倒れてる大きいゴブリンがやりました。不意打ちして重傷を負わせたら見境がなくなってしまったみたいで』
『なるほど。あれは…… ずいぶん体格の良いホブゴブリンだな。ゴブリンの群れを相手取りながら討伐するのは骨だったろう』
『えーと、はい、大変でした。ははは……』
ゴブリン達を肉壁にして、ボスゴブリンが出血死するのを待つ卑怯な作戦を持ってしても大変でした。
これはヴァイオレット様には知られたくないな…… 騎士道を地で行く人っぽいので、嫌われてしまいそうだ。
あ、そういえばゴブリンとかの単語も普通に通じてる…… 翻訳機優秀だな。
メモしていた道順に従って歩くこと小一時間、幸い魔物に出会わずに鉄扉の前に辿り着いた。
この向こうが魔法陣の部屋だけど、何故か扉の前に10匹弱の四つ目狼たちが屯していた。
何匹かは立ち上がって前足で扉をガリガリと引っ掻いている。
なんだろう?中に狼が欲しがりそうなものなんてなかったと思うけど。
僕らに気づいた狼たちが唸り声をあげているけど、どうしようか。
周囲の地形は、鉄扉の前に整備された通路が伸びているけど、途中で崩落してしまっている。
僕らは壁が崩れて洞窟と繋がってしまったところから通路に入った形だ。
なので、狼達は僕らを前にして鉄扉を背負い、逃げ場の無い状況だ。
『仕方あるまい。タツヒト殿はそこを動かないでくれ』
そう言ってヴァイオレット様は、ブロードソードの柄に手を置きながら前に出た。
もしかしてお一人で相手するつもりなんだろうか。
心配になって僕の後ろに控えている兵士の人達を振り返ると、彼女達は前に出ようとせずに周囲を警戒している。
僕の視線に気づいた一人がニヤリと笑みを返す。心配するなということだろうか。
こうゆう時に丸腰だともどかしい。
「グルルルッ…… ヴォンッ!!」
唸り声に振り返ると、狼達が一斉にヴァイオレット様に飛び掛かっていた。
そして先頭の一匹が間合いに入った瞬間、彼女の上半身が一瞬ブレた。
パァンッ!!
耳を塞ぎたくなるような破裂音。
空中で狼の頭が赤い霞になって消失し、力なく地面に落下した。
いつの間にか彼女は剣を抜き放っている。
今更止まることができず、後続の狼達も次々と彼女の間合いに入っていく。
パァンッ!! パパァンッ!!
彼女の上半身がブレるのに合わせて、いくつも破裂音が鳴り響く。
ほんの数秒の後、全ての狼の首から上が無くなっていた。
絶技に呆けていた僕の鼻が、今更になって濃厚な血の匂いを捉えた。
ヴァイオレット様が剣を一振りして血糊を払う。
今気づいたけど、彼女はその場から一歩も動いていなかった。
『ふむ…… やはり剣は少し苦手だな』
剣を鞘に仕舞いながら、彼女は少しおどけるように言った。
あれだけ派手なことをやっておきながら、その体には返り血一滴浴びていない。
いや、これで苦手って…… なんかもう笑うしかないですよ。
僕、彼女と相対してよく生きてるな…… ちょっとした偉業だよ。
狼達を片付けた僕らは鉄扉の前に集まった。
『魔物が執着していところを見ると、当たりのようだなロメーヌ卿』
『ええ、ヴァイオレット卿。早く入りましょう』
何か心当たりがありそうなヴァイオレット様と、目に見えてワクワクしているロメーヌ様。
ヴァイオレット様が僕の方を振り返って言う。
『タツヒト殿、この扉はどのようにして開けるのだろうか』
『あ、僕が開けましょう。今日まだ何もやってませんし』
僕はそう言って前に進み、取手を引いて鉄扉を開いた。
広々とした石造りの部屋は、僕がこの世界に来た時から何も変わっていなかった。
中央にひび割れた魔法陣、奥にはポーションの湧き出ている祭壇、壁には背の高い燭台が並んでいる。
ここを出たのはほんの数日前のはずなのに、少し懐かしく感じてしまった。
「****、*******!!」
感傷に浸っていると、ロメール様が普段の様子とは打って変わった素早さで魔法陣に突撃した。
部下の方々も一足遅れて魔法陣に殺到する。
それは異様な様だった。
数人の山羊人族全員が地面に這いつくばり、目を皿のようにして魔法陣を観察しているのだ。
さらにぶつぶつ何かを呟きながら魔法陣の文字を追って這い回るので、とても怖い。
思わずヴァイオレット様の方を見ると、彼女も少し引いてしまった表情をしている。
僕が見ていることに気づくと苦笑いを浮かべた。
『まぁ、見ての通り彼女達はとても熱心な専門家だ。調査が済むまで我々は周辺の警戒でもしておこう』
『そ、そうですね……』
僕のスパイ疑惑が解消されるような調査結果が得られることを願おう。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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