第159話 神託
すみません。また遅れてしまいました。。。
前章のあらすじ:
王国から南部大陸に渡ったタツヒト達一行は、危険な依頼の末に幸運をつかみ、借金奴隷落ちした猟豹人族のゼルを買い戻すことに成功した。
そして魔窟都市で冒険者として活動し始めた一行は、有力なパーティーと共に未管理魔窟の討伐依頼を受注。強力な魔窟の主を死闘の末に討伐し、魔窟本体の破壊にも成功した。
しかし、機械人形のシャムは魔窟の主から毒を受けてしまい、蛇人族の聖職者ロスニアの尽力も虚しく、重い後遺症が残ってしまった。
「そんじゃぁ、100階層を超える魔窟の討伐を祝って、かんぱぁだぁ!!」
「「かんぱぁ〜い!!」」
冒険者組合に併設された酒場。この魔窟都市最強の冒険者、牛人族のダフネさんの音頭に、魔窟討伐に参加した十数人が祝杯を呷った。
「くぅ〜っ…… 二週間ぶりの酒が沁みるぜぇ〜!」
「しかも人の金で飲めるからなぁ! タチアナにも乾杯だぁ!」
「「かんぱぁ〜い!!」」
「ははっ、楽しんでくれてみたいでよかったよ」
万能型であることを黙っていたことへのお詫びに、ここの支払いは僕が持つことになっている。
みんなが僕に向かってジョッキを掲げるので、僕も果実水の入ったカップで応えた。
今回の未管理魔窟の討伐依頼は、誰かが死んでもおかしくない、全滅すら有り得た危険なものだったと思う。
それを一応死者ゼロ人で達成できたのだ。この場にいる全員が、生きている喜びを噛み締めるかのようにはしゃいでいる。
おっとこうしてはいられない。僕はテーブルに乗っている料理をいくつか摘んで皿に盛ると、機械人形のシャムが身を横たえているベッドに向かった。
冒険者組合のカサンドラさんへの報告を終えた僕らは、かなりの金額を得た。依頼そのものの報酬に加え、魔窟の本体と主、それぞれの魔核と素材の買取額が相当高額だったのだ。
普通なら流れるように打ち上げに移行するところだったけど、今回はちょっとそういう空気じゃなかった。
土魔法を操る青鏡級の人面獅子、やつの蠍の尾から毒を受けたシャムが、まともに動けないほどの後遺症を負ってしまったのだ。
しかし、なんとなくそのまま解散という流れになりかけたところで、当のシャム本人が打ち上げを提案してくれたのだ。
そんなわけで、ものすごく不自然な光景だけど、今この酒場にはベッドが一台鎮座している。
「シャム、ちょっと上半身だけ起こそうか。毛布なんかを挟んでっと。 --よし。ほら、色々持ってきたよ。何食べたい?」
少し身を起こしてもらったシャムに持ってきた料理を見せると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうで、あります。腸詰が、食べたいであります」
「ほいよ、口開けな」
シャムの症状は今は落ち着いていて、一応頑張れば自分で食事もできる。
でも、今日はとことん甘やかすと決めていたので、僕はフォークで刺した腸詰をそのまま彼女の口に運んだ。
パリッと小気味の良い音を立てて、シャムが腸詰を噛み切る。こうして食欲のある様子を見ると、少し安心できる。
「もぐもぐ…… 香草が効いてて、美味しいであります。果実水も、欲しいであります」
「はいはい」
「ぷはぁー…… 次は、なでなでが、欲しいであります」
「ほいほい」
僕は言われるがままに彼女の頭を念入りに撫でた。
「にゃー…… こんなこと言っちゃいけにゃい気がするけど、シャムがちょっと羨ましいにゃ」
「ゼル。極東の諺に、『口は災いの元』というものがあるらしいですよ?」
「にゃ? 食い過ぎは良くにゃいってことかにゃ?」
「--意味は全然違いますが、間違ったことは言っていませんね」
猟豹人族のゼルさんと蛇人族のロスニアさんは、また漫才のような会話を繰り広げている。
「シャムちゃん、この汁物も美味しいですわよ?」
「キアニィ。毎回思うのだが、君の胃はどうなっているのだ…… すでに5人前は食べているぞ?」
「うふふっ。ヴィー、その言葉、そっくりお返ししますわぁ。あなた、多分豚半頭分ほど食べていましてよ?」
「む? そうだろうか。今日はあまり食欲がなかったのだが」
蛙人族のキアニィさんと馬人族のヴァイオレット様、この二人はものすごい健啖家だ。
シャムの件が効いているのか、ほんの少し、ごく僅かにいつもより食べる量が少ないけど、誤差の範囲内だ。
「ヴィーは、いつもは豚一頭分、食べているで有ります。遠慮しないで、もっと食べるで有ります。みんなが、楽しんでくれていると、シャムも、楽しいであります」
「シャム…… ありがとう。ではご期待に応えるとしよう。店員殿! こちらに豚の骨つきバラ肉を5人前だ!」
シャムの健気な言葉に、ヴァイオレット様は猛然と追加注文を始めた。それに釣られて他のメンツも競うように飲み食いを加速させ、打ち上げは大いに盛り上がった。
そして会の終わり。酒場の店員さんが僕に持ってきた伝票には、約2万ディナ、日本円にして200万円の請求額が記されていた。嘘だろ……
翌日の早朝。僕らは全員で連れ立って、この街の教会へ向かった。
この世界において、聖教会の聖職者だけが、神聖魔法と呼ばれる治癒魔法を使用できる。
うちのロスニアさんも教会の助祭で、腕の良い神聖魔法使いではあるのだけれど、それでもシャムの症状は一定以上よくならなかった。
しかし、教会の司祭様ならより高度な神聖魔法を扱うことができる。シャムの症状も、きっとよくなるはずなのだ。
しかし、その希望は脆くも崩れ去った。
「すまない…… 私の力では彼女を治すことは叶わないようだ」
大きな体を縮こめるようにシャムを診断してくれていた牛人族の司祭様は、本当にすまなそうに僕らにそういった。
「なっ…… 司祭殿でも治療が叶わないのか……!?」
「うむ…… 確かに彼女の体には重度の麻痺がある。しかし、私の知る限りの診断の魔法を試してみたが、全て異常は見つからなかったのだ。
先天的なものであればそういったこともあり得るが、毒を受けたことが麻痺の原因であれば、本来ありえないことだ。
一応、解毒や麻痺の症状に対する治癒魔法をいくつか試してみたが、どれも効果が得られなかった。一体なぜ……」
「そんな……」
詰め寄るヴァイオレット様に、司祭様は苦悩に満ちた表情でそう言った。
この都市で最も人体の治療に長けた、聖教会の司祭様の言葉だ。僕らは言葉を発することもできなかった。
「シャムは…… シャムはずっと、このままなのでありますか……?」
診察台の上で静かに涙を流しながら、シャムがか細く呟いた。
「--シャム……!」
僕は心臓を握り潰されたような気持ちになり、シャムを抱き起こしてしっかりと抱きしめた。
この子は目覚めてまだ一年も経っていない。成長が速いとはいえ、精神も子供のそれだ。この診断結果は大人だって受け入れ難い。当然、シャムが受け止めるには重すぎるもののはずだ。
「--力が足りず本当に申し訳ない。私も、このような症状に対する治療法がないか、少し調べてみよう。しばらくしたら、また来て欲しい」
「はい…… ありがとうございます、司祭様」
重苦しい雰囲気の中、教会の診察室のような部屋を後にした僕らは、出口に向かってノロノロと廊下を歩いた。すると、司祭様が信徒に向けて説法を行う聖堂に出た。
一段高い祭壇の後ろには教会のシンボルである合わせ楔が掲げてあり、その上にはステンドグラスが嵌っている。
そこから朝日が差し込み、祭壇の前にずらり並んだ椅子に色とりどりの光を投げかけている。神秘的で厳かな光景だ。
ステンドグラスの図案は、様々な種族の特徴が合わさったキメラ娘のような姿の創造の母神、そして只人の男性のような姿の創造の父神、そして妖精族の姿の聖イェシュアナだ。
これらの神様達が存在するなら、本当にうちのシャムを助けて欲しいところだ。彼女は今、僕の背中で静かに涙を流している。
そういえば…… カサンドラさんが教会に行ったら礼拝もしてみろって言ってたな。
「--ロスニア、少し神様にお祈りしていかないかい?」
ロスニアさんにそう声をかけると、沈んだ表情をしていた彼女が、ほんの少しだけ微笑んだ。
「そう、ですね。慈悲深き創造神様ならば、何か天啓を授けてくださるかもしれません…… では皆さん、そちらの椅子に座ってください」
僕らはは全員聖堂の椅子に座り、ロスニアさんを真似てお祈りを始めた。
「--どうかその大いなる慈悲を我らにお示し下さい。真なる愛を」
長いお祈りが終わり、目を開けてふとロスニアさんを見ると、何か尋常で無い様子だった。
彼女は目を見開きながら祭壇の後ろのステングラスを一心に見つめ、体を小刻みに震わせている。体の前で手を組んだ祈りの姿勢のままなので、異様さが際立つ。
「ロ、ロスニア……!? 大丈夫かい!?」
「ちょっと、しっかりなさぁい!」
みんなが心配してロスニアさんの周りに集まったその時、彼女の体から強烈な光が放たれた。
「これはっ……!?」
高位階の戦士が最大限に身体強化を行ったり、魔法使いが魔法を行使する際に発される放射光。その光の色は、赤、橙、黄、緑、青、そして紫のいずれかのはずだ。
しかし、今ロスニアさんから発されているのはそのどれでも無く、ただただ白く、神々しい光だった。
呆然とみんなが見守る中、彼女はゆっくりと口を動かし始めた。
『白髪の無垢なる人形…… 其を聖なる都、その心へ…… さすれば、望みは叶えられん……』
ロスニアさんの口から発された声は彼女のものでは無く、男とも女とも分からない、平坦で形容し難い声色だった。
そして言葉を発し終えた彼女の体は発光を止め、くたりと椅子から崩れ落ちた。
「ロスニア!?」
慌てて支えると、彼女は目を瞑って脱力しており、意識を失っている様子だった。
「い、一体にゃんだったんだにゃ。縦穴に落ちた時とは様子が違ったにゃ……」
「おぉ、神よ…… 真なる愛を」
聖堂の端から聞こえた震えた声に振り向くと、騒ぎを聞きつけたのか、いつの間に司祭様がそこにいた。
彼女は手を組んで跪き、慄くようにロスニアさんを見つめていた。
10章開始です。よろしくお願いします。
最近投稿が遅れることが多くてすみません。本章もお楽しみ頂けるよう頑張ってまいります。ダカラミステナイデ(´;ω;`)
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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