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第157話 人面蠍尾にして百獣の王(3)

度々遅れてしまい本当にすみません。結構長めです。


 ザァッ!


 強烈な砂嵐の音が一瞬だけ響いた後、障壁の中にはまた強い風音だけが聞こえ始めた。

 カウサルさんの障壁の制御は完璧で、強風の壁の一部にだけに最小限の穴を開け、ヴァイオレット様達が外に出た後は一瞬でその穴を閉じてしまったのだ。

 

「ちっ、情けねぇ……! この俺が支援役とはな」


 致死の砂嵐の中、三人は猛然と人面獅子(マンティコア)に挑みかかった。僕の隣で一緒にそれを見ているカウサルさんが、吐き捨てるようにそう言った。

 外にいる全員は身体強化を最大限発動させているようで、砂で烟る視界の中、青や緑に光る人影と異形が凄まじい速度でぶつかり始めた。

  

 --ガァン! ギィン!


 人面獅子(マンティコア)との戦いはほんの十数m先で行われていて、毛皮に武器を打ちつけたとは思えないような音が響いている。やはり奴の身体強化は相当強力なようだ。

 固唾を飲んで見守っていると、ゼルさんがこちらに近づいてきた。


「カウサルそんなことないにゃ。おみゃーが居にゃかったら、今頃ウチらの大半は塵になってたにゃ。

 それに、情けないで言ったらウチの方がそうだにゃ。まさか完全なお荷物になってしまうとは予想外だったにゃ……」


「ふん……」

 

「ゼル。シャムと、ダフネの旦那の様子はどうだい?」


「にゃー。キアニィの解毒薬を飲ませたら、息するのがちょっと楽になったみたいだったにゃ。

 ダフネもシャムも死ぬ心配はなさそうにゃけど、まだまともに動けにゃいにゃ。ロスニアが順番に解毒の魔法をかけてるにゃ」


 彼女に言われてドーム状の障壁の中央付近に目を移すと、ダフネさんとシャムが並んで横になっていた。

 他の面子が心配そうに見守る中で、ロスニアさんは必死の形相で二人に解毒の魔法をかけている。

 あの魔法は多分肝臓あたり解毒作用を強めるものだ。以前見た時は一瞬で二日酔いの解毒をおこなっていたけど、今回の毒はそれだけ強力なんだろう。


「そいつは不幸中の幸いだ。しかし参ったね…… ゼルさん、もしもの時は僕も外に出ます」


 後半は顔を寄せて囁くように言うと、彼女は困ったように眉をハの字にしてしまった。


「にゃー…… わかったにゃ。でも、ウチはもうタチアナ無しじゃ生きていけにゃいから、絶対に死にゃにゃいで欲しいにゃ……」


「--ははっ、分かったよ。精々死なないように頑張るさね!」






 障壁の外で繰り広げられている戦いは、最初は互角に渡り合っているかのように見えたけど、段々と勝敗が傾き始めていた。

 正直に言って、こちらの方がかなり押し込まれてしまってる。


「おぉっ!」

 

 ヴァイオレット様が横薙ぎに斧槍(ハルバート)を一閃する。


 ザフッ!

 

 しかしその強烈な一撃は人面獅子(マンティコア)に届かず、やつの手前に生成された分厚い砂の盾に阻まれた。

 そして防御を魔法に任せた故可能な、全身全霊を込めたかのような攻撃が彼女に炸裂する。


「ガォン!」

 

 ガァン!


 巨体を生かした大上段からの前足の一撃が、ヴァイオレット様を防御ごと叩き潰した。


「ぐふっ……!」


 砂地に沈む彼女に追撃を掛けようとする人面獅子(マンティコア)に、キアニィさんとリーマさんが両脇から挟撃する。

 

「ふっ!」


「せいっ!」


 刃物が仕込まれた脛鎧を用いた強力な蹴りが、練達の技能が光る剣撃が人面獅子(マンティコア)の胴体に直撃する。

 どちらも強力な身体強化に阻まれて擦り傷程度しか与えられていないけど、一瞬の怯みは生じる。

 ヴァイオレット様はその瞬きほどの時間に立ち上がり、体勢を立て直して再度攻撃を行う。

 先ほどから何度となく見てきた光景だけど、ダメージの蓄積が大きいのは明らかにこちらの方だ。段々と動きの精細を欠き始めている。


「ふぅ、ふぅ…… 二人とも、助かったぞ!」

 

「あぁ! だが、やっぱり俺たちの攻撃じゃあ牽制にしかなんねぇ!」


「諦めないで! 防御の薄い目やお腹を狙いなさぁい!」


 状況が大きく動いたのはこの瞬間である。

 キアニィさんとリーマさんが人面獅子(マンティコア)に向かって踏み込んだ時、奴はイラつきが頂点に達したのか、人間のように眉間に皺を寄せた。そして--


「グルォン!」


 これまでと違う咆哮の後、キアニィさんとリーマさんが踏み込んだ先の砂地が急激に陥没した。


「くっ……!?」


「うぉっ……!?」


 驚愕に目を剥き、大きく体勢を崩す二人。そしてそこに、回避不能の薙ぎ払いが迫った。

 

 ガガァン!


 一抱えはありそうな堅牢な蠍の尾が、キアニィさんとリーマさんを凄まじい勢いで弾き飛ばした。

 ろくに防御姿勢も取れず砂地に突っ込んだ二人は、ぐったりと動かない。

 それを見届けた人面獅子(マンティコア)の顔にニヤついた笑みが戻り、果敢に武器を構えるヴァイオレット様の表情は固く強張っている。

 限界だ……! こんなことしたら絶対にバレてしまうけど、躊躇ってる間に誰かが死んだら元も子もない!


「カウサル、アタイも出る! 障壁を開けてくんな!」


「バ、バカ言うな! 火属性の魔法使いじゃこの砂嵐を防げないだろ!? 直ぐに削り殺されるのが落ちだ!」


「アタイは平気さ。さっきもそうだったろ? それに、今加勢しないと外の三人は確実に殺される……! そしてその次はアタイらだ! アンタは、何もせずに死を待つつもりかい!?」


「--くそっ…… どうなっても知らんぞ!」


 ザァッ!


 僕の目の前の障壁に穴が空き、外から凄まじい勢いの砂塵が吹きつけてくる。僕はその勢いに負けないよう、障壁の外に向かって強く足を蹴り出した。






 あの人面獅子(マンティコア)は遥かに格上の相手だ。仕留めるには何らかの形で意表をつく必要がある。

 ギリギリだ。死なないギリギリまで身体強化を弱めるんだ。


 ザガァァァァッ!

 

「……!」


 身体強化を弱めた途端、凄まじい激痛と共に僕の顔や腕などの皮膚が削れ始め、周囲を赤く染めた。


 『ぜ、全然ダメじゃねぇか……! おい、戻ればバカ!』


 障壁の中から聞こえる悪態を無視し、僕は人面獅子(マンティコア)に手をかかげた。


 『螺旋火(スピラル・イグニス)!』


 完全にヴァイオレット様に集中していた人面獅子(マンティコア)の横っ腹に、螺旋状の火線が突き刺さった。


「ギャオンッ!?」


 直ぐに人面獅子(マンティコア)がその場から飛び退き、こちらを凄まじい形相で睨む。

 火線の当たった場所は焼けこげているけど、ダメージはほとんど無いように見える。

 本当に化け物のような身体強化の強度だ。いや、化け物なんだけど。


「タツッ…… タチアナッ!? なぜ出てきた!?」


 僕の体が現在進行形で削られているせいか、ヴァイオレット様が泣きそうな表情で絶叫する。

 その表情に強い罪悪感が湧き上がるけど、これは作戦上必要なことだ。


「ヴィーを援護するために出てきたんだよ! アタイが一番得意な魔法を使ったら、その後は頼むよ!」


 あの人面獅子(マンティコア)はめちゃくちゃ賢そうなので、念の為直接的な言葉は使わなかった。

 しかし、ヴァイオレット様は僕の言葉を受けて、すぐにその表情に理解の色を浮かべてくれた。ありがたい。


「……! 承知した! 直ぐに決着をつけるぞ! おぉっ!!」


 ヴァイオレット様が人面獅子(マンティコア)に突貫する。奴はまた砂の盾で彼女の斧槍(ハルバート)を防ぎ、カウンターの一撃を見舞う。

 しかし、そのタイミングで奴に僕の援護射撃が突き刺さる。


 『螺旋火(スピラル・イグニス)!』


「ギャッ…… グルルルルル!」

 

 先ほど同様、ダメージはほとんど無い。しかし火線による強烈な熱感は、奴を一瞬硬直させることくらいはできる。

 ヴァイオレット様にはそれで十分で、体勢を立て直して次の一撃を見舞うことができる。

 そんなことが数回続いた後、人面獅子(マンティコア)は突如として僕の方に突進してきた。

 そうだよな。この砂嵐の中、のこのこ障壁から出てきてちまちまと攻撃してくる魔法使い。そんな奴、手練の戦士より先に始末したくなるよな。


 『雷化(アッシミア・フルグル)!』


 暴走する4tトラックが目の前に迫るかのような恐怖。それに耐えながら、僕は強化呪文を唱えた。


「ゴァァァァッ!!」


 人面獅子(マンティコア)の巨体が僕の間近まで迫り、加速された神経伝達により世界が鈍化する。

 僕は杖に偽装した槍から素早く鞘を取り払うと、最大強度の身体強化を発動させた。

 さらに槍は自身の一部であると強く想い、励起された魔力を放出。僕の体から発される緑色の放射光が、槍の穂先まで行き渡った。


 狙うは頑丈な毛皮の無い柔らかい場所。奴の無警戒な大振りの一撃に合わせ、僕は渾身の力を込めて槍を突き込んだ。


「らぁぁぁっ!!」


 ズグッ……!


 打ち下ろし気味の前足の一撃。それに対し、強装(きょうそう)により強化された穂先が奴の肉球を断ち割った。


「ギャオッ……!」


 予想外の反撃に奴が怯む。ここで畳み掛ける……!


 『雷よ(フルグル)!』


 バァンッ!


 至近距離では放った雷撃に、人面獅子(マンティコア)が呻く余裕もなく痙攣する。


「ヴィー!!」「ぜぁっ!!」


 僕の声と全く同時。ヴァイオレット様が渾身の一撃を奴に叩き込んだ。


 ズガァンッ!!


 横手からの全力の延撃(えんげき)。僕は人面獅子(マンティコア)の巨体が真ん中から両断される姿を幻視した。

 だがしかし。信じられないことに、彼女の斧槍(ハルバート)は奴の体に深々と食い込んではいるものの、両断には至らなかった。

 

「「なっ……!?」」


 僕とヴァイオレット様が驚愕に呻く。嘘だろ…… どんだけ硬いんだこいつ!?

 驚き固まる僕らを、奴は痙攣したまま眼球だけでギョロリと睨んだ。

 そして奴と僕らの間のわずかな空間。そこに、爆発的な勢いで大量の砂が形成された。


 ドバァンッ!!


「ぐぁっ……」


 凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、わずかな滞空の後で砂地に激突する。

 全身が激しい痛みうまく動かせない。口の中に血の味もする。くそっ、かなりダメージがでかい……!

 頭だけ何とか起こすと、直ぐ目の前に憤怒に歪む奴の顔があった。


「グルルルルッ…… ゴアッ!!」


 鋭い牙が林立する巨大な口が迫る。体は動かない、魔法を使う暇も無い。あぁ、死--


「さっきはどうもなぁ」


 人面獅子(マンティコア)の斜め後ろ。そこから、状況にそぐわないほど呑気な、それでいて力強い声がした。

 奴は直ぐに振り返ろうとしたけど、それは間に合わなかった。


「ふんっ…… がぁっ!!」


 いつの間に毒から復活したのか、必殺の間合いに居たダフネさんは、巨大な戦鎚の先鋭部を用いた延撃(えんげき)を放った。

 ヴァイオレット様が創った傷口に打ち込まれたそれは、人面獅子(マンティコア)の強力な身体強化による防御を突破、その巨体を急所ごと貫通した。


「グゥッ……! グォォォォ……」


 ズズゥン……


 人面獅子(マンティコア)の巨体がゆっくりと傾ぎ、地響きをあげて倒れた。

 その一瞬後、強烈な砂嵐が突如として停止し、嘘のように視界が晴れる。

 同時に不自然に盛られた砂丘が崩れ始め、砂地から顔を覗かせた魔窟の本体が青く輝いた。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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