第156話 人面蠍尾にして百獣の王(2)
度々すみません、だいぶ遅れてしまいました。
「--撤退だ! ダフネを担いで出口まで走れ!!」
カウサルさんが叫び、全員が指示に従って動き出した。主の部屋に入る前の打ち合わせで、次席指揮官は彼女に決まっていたのだ。
この合同パーティーで最強のダフネさんが、不意打ちとは言え一撃で戦闘不能になってしまったのだ。適切な判断だと思う。
「先に行け! 私が殿になる!」
「すまん、助かる!」
ヴァイオレット様が人面獅子の前に立ち、僕らはダフネさんを引きづりながら撤退を開始した。
人面獅子は動かずに僕らの動きを観察していたけど、直ぐにその体から青い放射光が発された。
「気をつけな! 何かする気だよ!」
そう僕が言った直後、部屋の中を満たしていた砂が蠢き始めた。
ズズッ…… ザザザァッ……!
大量の砂がほんの数秒で移動し、あっという間に出口と魔窟の本体を埋めてしまった。
ちょっと砂を盛ったと言う話ではなく、人の背丈の何倍もある砂丘で埋められてしまった感じだ。
砂丘の重さは何十トンもあるだろうし、ただの岩盤と違って叩き割ってなんとかなるものじゃない。かなり厄介だぞ、これ。
「くそっ、やられた!」
「マカレナ! なんとかしてくれ!」
「もうやってます! --だ、ダメです! 量が多すぎるし、退ける側から埋め戻されてしまいます!」
ダフネさんのパーティー、黒の戦鎚の土魔法使いの人が出口の砂をどかそうとしているけど、作業は全く進んでいない。
彼女の干渉によって砂は一時的に退けられているけど、すぐにひとりでに元の場所に戻ってしまう。
彼女は緑鋼級で、人面獅子はおそらく青鏡級の土魔法使いだ。この方法での脱出は諦めた方がいいだろう。
「カウサルさん! どうする!?」
「くそっ…… ダフネを中心に陣形を組め! ここであいつを討伐する!」
カウサルさんの号令に全員が人面獅子を正面に陣形を組み直した。
その間も人面獅子まだ動かず、まるで人間のようにその異形の口を歪めた。
同時にやつから強烈な殺気が漏れ出し、全身に冷や汗が吹き出る。
「グッグッグッグッグッ……」
「腹立つっ、笑うんじゃないよ全く……! ロスニア、ダフネの旦那の解毒を頼む! キアニィ、蠍用の解毒薬はあるかい!?」
「わ、わかりました! すぐに!」
「ありますわぁ! 試してみましょう!」
僕の指示に二人がダフネさんの元に走った。それを見届けたカウサルさんが再び号令を飛ばす。
「遠距離組は合図したら全力の一撃を打ち込め! 次に緑鋼級以上の近接組が突っ込め! 尻尾に注意しろよ! 残りはダフネと遠距離組の護衛だ!」
「「応!」」
「よし、攻撃を--」
カウサルさんが攻撃開始を宣言する直前、人面獅子の周囲に大量の砂塵が巻き上がった。
奴の嘲笑するような表情も相まって、とてつもなく嫌な予感がした。同じように感じたのか、カウサルさんは慌てて攻撃中しを宣言した。
「ま、待て! 全員俺の後ろに固まれ!」
「ガォン!」
『風よ!』
人面獅子が吠えると同時に、凄まじい勢いの砂塵が僕らに襲いかかった。
大部分はカウサルさんが生み出した烈風の障壁に防がれたけど、障壁に隠れ損ねた人にはその暴虐を余すことなく発揮した。
「ぎゃあああああっ!?」
「モニカ!?」
運悪く陣形の端に居た戦士の人が砂塵に飲まれ、彼女の仲間が悲痛な叫びをあげた。
そして砂塵は、まるでサンドブラストのように絶叫する彼女の装備と肉体を削り始めた。
障壁の際付近に居た僕の目の前で、彼女が見る見る内に血霞に変換されていく。僕は衝動的に身体強化を発動させ、障壁の外に出た。
ザガァァァァッ!
「ぐぅ……!」
革鎧の部分はあっという間に削り取られ、肌が露出した部分に激痛が走る。しかし、なんとか防御できている!
僕は障壁の外で動けずにいる戦士を引っ掴み、転がるように障壁の中に戻った。
「ば、馬鹿野郎! 魔法使いが何やってんだ! --タチアナ、お前なんで無事なんだ……!?」
カウサルさんが障壁を維持しながら怒鳴り、さらに驚愕に目を剥く。
「無事じゃないよ、装備が台無しさ!」
僕が痛みに呻く戦士の人を横たえると、すぐに彼女の仲間は走り込んできた。
「モニカ、しっかりしろ! 助かったぜタチアナ、恩に着る! よし、見た目は酷いけど、致命傷じゃないはずだ。治癒薬を使うぞ」
「す、すまねぇ……」
戦士の人の腕や顔などの肉はごっそり削れていたけど、治癒薬をかけられた端からどんどん再生されている。よかった、助かりそうだ。
しかし、今度は怒った表情のキアニィさんが走り込んできた。どうやらダフネさんへの解毒薬の処方は終わったらしい。
「タチアナちゃん! 無茶しちゃいけませんわ!」
「ご、ごめんよキアニィ。でも、緑鋼級以上の戦士なら、この砂塵の中でも活動できそうだよ」
「--わかりましたわぁ。ヴィー、リーマ、聞こえましたわね?」
「うむ、承知した」
「うへぇ、しょうがないなぁ」
キアニィさんの声に、ヴァイオレット様と、カウサルさんのパーティーの緑鋼級の戦士、リーマさんが頷く。
その三人が決然とした表情で人面獅子の方に向き直った時、そこにはすでに奴の姿はなかった。
「なっ……!? カウサル殿、奴はどこだ!?」
「わからねぇ! 砂塵の勢いが増して視界が遮られた直後、見失ってしまった! それと気をつけろ! 砂塵がほとんど全方位から襲ってきやがる!」
カウサルさんの風の障壁は、壁状のものからドーム状の物に変化していた。外はまるで砂嵐のようで、視界もかなり悪い。
いや、それにしても全く姿が確認できない。これは……
「砂の下だ! また砂の下から来るよ!」
僕が叫んだ直後、少し離れたところで警戒してシャムの背中に、地面から伸びた蠍の尾が突き刺さった。
「あぐっ……!?」
「シャム!? ふん!」
ヴァイオレット様が尾を切り飛ばそうと斧槍を振うが、寸前で砂地に潜られてしまった。
それと同時にシャムが倒れ、ダフネさんと同じように脂汗を流しながら震え始めた。
「あ、あぅ…… きょ、強力な神経毒、であります……」
「キアニィ! 解毒剤をよこすにゃ!」
シャムの近くにいたゼルさんが叫び、キアニィさんが薬の小瓶を放る。
「よし、今治してやるにゃ!」
ゼルさんはシャムを抱えると、ロスニアさんの元へ走った。心配だけど、今は彼女に任せるしかない。
しかしこの状況、一体どうすれば……!? さっきから完全に人面獅子の掌の上だ……!
「皆さん、私の近くに集まってください!」
そこに声を上げたのは、ダフネさんのパーティーの土魔法使い、マカレナさんだった。
彼女の言葉に従ってみんなが集まると、段々と足元の砂地が固くなり、最終的にコンクリートのような硬さになった。
固くなっている領域はそれほど広くなく、十数人の合同パーティー全員が収まるとやや窮屈だ。
「おぉ、さすがマカレナ! これならあの野郎も地面から出てこれねぇだろ!」
「はい! ですが実力差がありすぎます! この狭い範囲の砂しか固めることができません!」
彼女はそう謙遜したけど、効果は絶大だった。固くなった砂地の下から蠍の尾が出てくることは無かった。
そして暫くして、猛烈な砂嵐が吹き荒れる障壁の外の砂地から、憤怒の形相をした人面獅子が這い出してきた。
「ゴルルルルッ……!」
「さすがに手札を出し切ったようだな…… キアニィ、リーマ殿、行くぞ!」
「「応!」」
ヴァイオレット様が号令をかけ、手練の戦士三人が障壁の外に飛び出した。
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