第154話 遭難、3人きり、何も起きないはずがなく……(2)
「にゃはははは。襲おうとしてたのに逆に襲われるとは、流石のウチも予想外だったにゃぁ。よっぽどたまってたんだにゃー。にゃふふ!」
「いえ、あの…… はい。でも、あんなにされたら僕だって耐えられないですよ」
衣服を直しながらすっきりした表情で笑うゼルさん。僕はその顔をまともに見られず、視線を逸らしながら言い訳のように呟いた。
現在の状況を説明すると、魔窟の深層、いつ魔物が襲ってくるかわからない縦穴の底で、今しがた一戦交え終えたところだ。
--ごめんなさい、嘘つきました。たくさん交えました。
緊急性の高い魔窟討伐依頼の最中だってのに、頭おかしいのかと言われそう。でも何も反論できない。
「お、そっちがほんとのおみゃーかにゃ?」
「--はい。初めまして、タチアナ改めタツヒトといいます。薄々気づいていたと思いますけど、身体強化もできる万能型です。今まで騙していて、すみませんでした」
観念して彼女に向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「あー、いーにゃいーにゃ。男の冒険者が女のふりするのって、割とあることだにゃ。
世の中には男を無理やり手籠にしちまう悪いやつもいるにゃ。うんうん。
にゃ? タツヒトに襲いかかったウチも人のこと言えないかにゃ? にゃはははは!」
テンション高いなぁ。なんだかさっきより毛並みも艶々している気がする。でも、気まずくなるより遥かにいいや。問題は……
「あぁ、私は何てことを…… 神よ、お許しください……」
半裸の状態で顔を両手で多い、ガチ凹みしているロスニアさん。なんか気づいたらお祈りを捧げるのをやめ、彼女も混ざっていたのである。
気づいた時には僕ももう完全のそういうモードに入っていたので、テンションの赴くままに三人で仲良くしてしまったのだ。
「ロスニアさん…… すみません、歯止めが効きませんでした。
あの、だいぶ激しくしてしまったと思うんですが、どこか怪我してたりしませんか?」
これはマジな話、戦士型の人と魔法型の人がするときには気をつけないといけないらしい。
テンションが上がった戦士型の人が無意識に身体強化を発動させ、相手を怪我させてしまうことがごくたまにあるのだ。
ヴァイオレット様のお姉さんはそれが甚だしいタイプで、彼女の相手をした男性はほぼ必ず怪我をする。
ただ、それはそのくらい相手を楽しませることができたという証拠なので、誇るべきという考え方もあるようだ。
領軍魔導士団のジャン先輩が、肋骨を三本折られて娼館から帰ってきた時に自慢げに話してたなぁ。
「い、いえ! タチアナさんは何も悪くありません! 気持ちが抑えきれなくて、私が我慢できなかったのが悪いんです。すみません……
あ、怪我はありません。その、とても優しくしてくれましたから……
あぁでも、未婚の男性を複数人で襲ってしまうなんて、聖職者失格ですぅ……」
ロスニアさんはがばりと起き上がると、焦ったり、顔を赤たり、凹んだりと百面相を披露してくれた。
スレンダーで筋肉質なゼルさんと違って、ロスニアさんはとても肉感的なお体をしている。
そして今彼女は半裸状態なので、身じろぎする度にその豊かな双丘が揺れてしまい、視線が吸い寄せられてしまう。
「えっと、僕は全然嫌じゃなかったし、むしろその、嬉しかったので気にしないでください。それに、ロスニアさんほど敬虔で聖職者に相応しい方はいませんよ。
あ、あとすみません。衣服を整えられた後で全く構わないので、できればこの手を治して頂けると……」
慌てて衣服を整え始めたロスニアさんに、僕は左手を見せた。火球の爆発を数百回は受けたせいで、かなりグロい感じになっている。
「え……? あぁ!? い、一体どうしたんですか!? 重度の火傷に裂傷……! 一部炭化しちゃってるじゃないですか!? す、すぐに治療を始めます!」
「うにゃっ!? 本当だにゃ…… ご、ごめんにゃ。ウチも夢中で気づかなかったにゃ。痛くにゃいかにゃ……?」
「正直今はめちゃくちゃ痛いです…… さっきまではその、興奮していたせいか痛くなかったんですけどね。あはは」
「にゃー…… とりあえず横になるにゃ。頭はここに乗せるにゃ」
ゼルさんが自分の膝をポンポンと叩くので、素直にそこに頭を預けさせてもらった。
ロスニアさんは、聖職者の人がよく使う診断の魔法を唱えた後、真剣な表情で僕の左手を治療し始めた。
「あー、早速少し痛みが引いてきました。さすがですね」
「よかったです。でも、手だけでなく、左前腕の尺骨にもヒビが入っています。本当に一体何が……
あれ、そういえば私達どうやって助かったんですか? 底も見えない深い縦穴に三人で投げ出された後、気がついたら側で二人が、その、していたので……」
また顔を赤るロスニアさん。どうやらお祈り、というかトランス状態になっていた間の記憶が無いようだ。
「にゃー。あん時おみゃー目が逝っちゃってたからにゃぁ。
タツヒト、あぁ、こいつのほんとの名前らしいにゃ。タツヒトが何度も火魔法を使って、ウチらが落ちる速さを弱めてくれたんだにゃ。
平気な顔して魔法を使ってたから、こんなことになってるとは思わなかったにゃ。ありがとうだにゃ。タツヒトは根性があるにゃ」
ゼルさんは、慈愛の表情で僕の頭をさわさわと撫でてくれた。普段と違う大人な表情にどきりとしてしまう。
「そうだったんですか…… あなたはまた、私達を助けてくれたんですね。こんなにボロボロになるまで…… ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
ロスニアさんは目に涙を湛えながら、まるで尊いものを扱うかのように僕の手を両手でそっと握った。その姿に、彼女を胸に掻き抱きたくなるような衝動を感じる。
二人への好意は以前からあったけど、行為の後にそれがかなりブーストされている気がする。我ながらちょろいし気が多い……
「気にしないでください。お二人が無事なら、僕の左手なんて安いものですよ」
「おみゃー…… それはずるいにゃ」
「えぇ、本当ですね…… ヴィーさんやキアニィさんが、タツヒトさんに夢中なのも頷けます」
「あ、そう言うことかにゃ? そう言えば、おみゃーら三人が揃ってエロい匂いさせてたことがあったにゃぁ。
うーん、怒られるだろうにゃぁ。ヴィーに本気で殴られたら、多分ウチなんて一撃であの世行きだにゃ。タツヒト、一緒に謝って欲しいにゃ……」
「キアニィさんにも、嫌われてしまうでしょうね……」
興奮が冷めて冷静になってきたのか、途端に深刻そうな表情を見せる二人。そりゃそうか。でも--
「多分、大丈夫だと思います。そのヴィー本人が、僕が彼女達以外の相手を作ったとしても、一向に構わないと言ってくれてましたから。キアニィさんも大体同じ考えらしいです。
僕にとって都合が良すぎるんですが、僕らはそんな関係なんです。 ……今にして思えば、彼女達はこの状況を予想していたような気がしますね」
「へ? ほ、本当かにゃ!? ほへー…… 器の大きい奴らだにゃ。さすがだにゃ」
「--じゃ、じゃあじゃあ! キアニィさんと一緒に、三人でタツヒトさんとする…… みたいなこともできるんですか!?」
ロスニアさんが、先ほどのゼルさんと同じくらいいい笑顔で僕に訊いてきた。圧がすごい。
「ロスニア…… おみゃー、少しキアニィのことが好きすぎるにゃ。ちょっと引くにゃ」
「あー、それはその、キアニィさん次第というか…… その辺も含めて、諸々、この依頼を片付けてからお話させて下さい。
僕らがなんで名前や性別を偽ってここにいるのか、シャムが何者なのか、お二人には聞いて頂きたいことがたくさんあるんです。
あ。一応ここにいる間、僕のことは火属性魔法使いのタチアナとして扱ってくれますか? パーティーメンバー以外にはバレたく無いので」
「ふぅん。わかったにゃ。確かにシャムも変わった奴だからにゃあ。どんな話が聞けるか楽しみだにゃ。
じゃあ、今はまず怪我を治すにゃ。ロスニア、どんな感じだにゃ?」
「--はい。とりあえず、皮膚組織を優先して再生させました。表面上は直ったように見えると思いますけど、まだ内部はぐしゃぐしゃです。無茶は絶対にしないでくださいね。
本当は一気に治せればいいんですけど、魔力切れで気絶するわけにもいきませんから、何回かに分けて治療させてください」
ロスニアさんに言われて左手を見てみると、見た目はかなり綺麗になっていた。しかし、確かに指を動かそうとする激痛が走る。
「ありがとうございます、助かりました。無茶はしません。っと、ずいぶん長くここに留まってしまいましたね。
多尾蠍の群れが戻ってくるかも知れません。装備を着たら、すぐにここから移動しましょう」
「了解だにゃ!」
「あぁ、あんなところまで脱ぎ散らかちゃってる。はしたない……
あ…… 二人とも、見てください! あそこに横穴があります! あそこが主の部屋に繋がっているのでは?」
装備を着ながらロスニアさんの指す方向をみると、縦穴の壁に、ぽっかりと横穴が空いていた。薄暗くて気づかなかった。
主の部屋を指し示す魔法、カウサルさんの導きの霧は、この縦穴の底も指していた。ロスニアさんの言うとおり、主の部屋に続いている可能性は高いはずだ。
「よかった…… きっとそうですよ、ロスニアさん!」
準備を整えた僕らは、三人でその横穴に入っていった。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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