第153話 遭難、3人きり、何も起きないはずがなく……(1)
規約に引っ掛からないかちょっとドキドキ。
ゴウゴウと耳元で風音が唸る。三人一塊になった僕らは、底も見えない縦穴に落下を開始した。
「きゃああああっ!?」
「うにゃぁー! どうせ死ぬならやっておけばよかったにゃー!」
ロスニアさんとゼルさんが大混乱の大絶叫状態なせいか、僕の方は逆に冷静になれた。
「落ち着いて! どこでもいいからアタイを掴みな!」
僕は槍を持った腕で二人をがっしりホールドしながら、逆の方の手を縦穴の底に向けた。
「灯火!」
手のひらから投射された灯火が、真っ暗な穴の底に向けて降下していく。続けてもう二発、僕は合計三つの灯火を真下に放った。
「な、何やってるんだにゃ! そんな事してる場合じゃないにゃ! うにゃー! タチアナがおかしくなっちまったにゃー!!」
「天に在します創造の母神よ、創造の父神よ、そして聖イェシュアナよ。我らの罪をどうかお許し下さい、どうかその大いなる愛を持って我らをお救いください。真なる愛を--」
「二人とも喋らないで! ちょっと揺れるよ!」
あー嫌だ。これ絶対痛いよなぁ。でも、死ぬよりはマシ……!
『火よ!』
バンッ!
熱っ!? 手のひらに熱感と痛みが走り、ガクンと衝撃が走る。
よし、いけそうだ……! 発生させた圧縮火球を、広げた手のひらのすぐ近くで爆発させた。そしてその爆風を手のひらで受けたことで、一瞬だけど、確かに落下が止まったぞ。
「お…… おぉ! すげーにゃ、一瞬落ちるのが遅くなったにゃ! その調子だにゃタチアナ!」
「わかってるよ! それより舌噛まないでね!」
「あぁ。神よ、感謝致します! お側に居られるのですね……!?」
「ロ、ロスニア! しっかりしろにゃ! 目が逝っちゃってるにゃ!」
『火よ!』
それから僕は、一定以上落下速度が速くなったら、ひたすら火球を手のひらの側で爆発させてブレーキをかけ続けた。
途中で壁に取り付けないかとも思ったのだけれど、多尾蠍が何匹も岩壁に居たのでやめた。
しかも戦闘音に誘われたのか、どの個体も崖の上に向かって登っていた。
そして火球の爆発を受け続けた左手の感覚がなくなり始めた頃、やっと最初に投下した灯火の光が見えてきた。
『火よ!』
バンッ!
無限に続いているかのようだった暗く深い縦穴。しかし幸いなことに底があり、僕らは最後の減速をかけ、どすんと尻餅をつくように着地した。
途中から、最初に投下した三つの灯火が形作る三角形が見えたので、微調整を繰り返してその真ん中に降りれるようにしたのだ。
「ふぅー…… やってみるもんだね。あの高さから落ちて助かっちまったよ。
あ、そうだ。ヴィー! シャム! キアニィ! おーい!」
僕は目一杯の大声で上の方に叫んでみたけど、返答は返って来なかった。
単純に聞こえていないのか、さっきの登っていった多尾蠍の群れに押されて洞窟の方に退避したのか、それとも……
いずれにせよ、多尾蠍が降りて来るかもしれないし、ここに止まるべきじゃない。お互いに生きていれば主の部屋の前で合流できるはずだ。
そう思って立ちあがろうとしたら、全く力が入らず逆に仰向けに倒れてしまった。
ゼルさんとロスニアさんを抱いたままだったので、二人の体重が僕にのしかかる。
「ぐぇっ…… ふ、二人とも、悪いけどいてくれるかい?」
何回火球を打ったかわからないから、多分魔力切れだろうなぁ。あと、爆風を受け続けて感覚がなくなっていた左手が、段々痛くなってきた。見るのが怖い……
……あれ、二人ともどいてくれない。
「ねぇゼル、ロス--」
「す、すげーにゃタチアナ! あんな所から落っこちて助かるにゃんて! おみゃーは一体何度ウチを助けてくれるんだにゃ!」
台詞の途中で思いっきりゼルさんに抱きつかれてしまった。そしてはずみでロスニアさんが僕の上から転がり落ちてしまった。
「はは、なんとか良かったよ、ほんと。ゼル、怪我はないかい? ロスニアさんは…… ちょっと落ち着くのを待とうか」
「あぁ、あぁ! 真なる愛を、全ては繋がっていたのですね! 今、世界は神の愛に満ち--」
ロスニアさんは先ほどから目を爛々と光らせて祈りの言葉を発し続けている。
「おみゃーのおかげで怪我なんてにゃいにゃ。うにゃぁ〜」
さりさりさり……
「うひゃぁ!? ちょっと、だから舐めるのはやめてってば。もう……」
ゼルさんがうにゃうにゃ言いながら僕の首筋を舐め始めた。まぁ、死にかけた後だからなぁ、こっちも落ち着くまで待つかぁ。
さりさりさり……
「にゃはぁ、にゃはぁ……」
そう思って暫くされるがままにしていたのだけれど、落ち着くどころかゼルさんの息が段々荒くなってきた。表情も恍惚としている気がするし、僕の体をあちこち弄ってくる。
これは…… そろそろ止めないとまずい。
「ゼ、ゼル。そろそろどいとくれよ。なんだか妙な気分になって来ちまったよ」
僕の言葉にゼルさんが舐めるをピタリと止め、そしてそのまま数秒ほど固まってしまった。
「ゼル……?」
「--できにゃいにゃ……」
「え?」
「うにゃーっ!! もう我慢できにゃいにゃー!!」
突然叫んだゼルさんは、獲物に食らいつくように僕に口付けしてきた。
「んむ!?」
口の中を蹂躙されて目を白黒させていると、彼女は今度は僕の首筋に顔を埋めながら、お互いの鎧を脱がせ始めた。
「うにゃ、うにゃはぁ…… いい匂いだにゃ、こんな、こんな匂いさせてるタチアナが悪いんだにゃ……!
妙な気分になって来たとか言うから、ウチはいっぱい我慢してたのに……!」
熱に浮かされたように早口で捲し立てるゼルさんに、僕の意識はやっと動き始めた。
なんとか彼女をどかそうとしたけど、片手が使えないのでうまくいかない……!
「ちょっ、やめなって! あ、アタイは女だよ!?」
「女でも構わねーにゃ! 頼むにゃ、一発だけ、一発だけだにゃ! 嫌だったら腕輪を使えばいいんだにゃ!」
鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離で、ゼルさんがほとんど泣きながら絶叫する。
「そ、それは……」
借金奴隷であるゼルさんの首には隷属の首輪、一応彼女の持ち主である僕の腕には主腕輪が嵌っている。
僕がキーワードを発すれば、ゼルさんに激痛を与えて動けなくしたりもできる。
でも、これまでそれらの機能は一度も使ったことが無いし、これを使ってしまったら彼女との関係性は別のものになってしまう。
その考えが、僕に腕輪を使うことを躊躇させた。
「つ、使わにゃいんだにゃ……!? にゃふふふふ…… じゃぁもう遠慮しにゃいっ……!?」
ゼルさんの手が僕の下半身に伸びた。あ、やばい。
「タ、タチアナ…… お前、男だったんだにゃ!? や、やったにゃ!!」
それは今まで見てきた彼女の表情の中で、一番素敵な笑顔だった。
思わず見惚れて僕の抵抗が緩んだ隙に、彼女はあっという間に僕の鎧を剥ぎ取ってしまった。脱がせるのがやたらとうまいぞ、この人!?
「やったにゃ! やったにゃ! やったにゃ--」
ゼルさんはとても嬉しそうに、今度は僕の衣服を剥ぎ始めた。
脳裏にヴァイオレット様とキアニィさんの顔がよぎるけど、二人とも何故か止めてくれない。
た、頼む、もうやめてくれゼルさん。これ以上されたら…… これ以上されたらこっちも我慢できなくなるでしょうが!
僕は押し返そうとして彼女の肩においていた手を離し、代わりにその首の後ろに添えた。
「んみゅっ!?」
そして一気に彼女を引き寄せ、今度は僕の方から彼口付けした。
「あぁ、これこそが神の愛なのですね」
ちょっと離れたところから、ロスニアさんの祈りの言葉が聞こえた。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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