表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/479

第152話 未管理魔窟の討伐(3)

ちょっと長めです。


 推定100階層もの成熟した魔窟をどのように攻略するのか。慎重に歩いて進んでいけば、行きだけでも一ヶ月以上かかってしまうし、食料も持たないだろう。

 ではどうするのか。答えは単純、走るのである。


「すみませんヴィーさん。お手数をおかけします」


「何、気にするな。君の体重くらい小鳥が止まっているようなものだ。それよりも、振り落とされないようにしっかり掴まっていてくれ」


「は、はい」


 蹄の音を響かせて走るヴァイオレット様に、ロスニアさんは申し訳なさそうな表情でしがみ付いた。蛇人族の彼女は、自身の長い体を器用に縮こまらせ、ヴァイオレット様の馬体の上に納めている。

 僕らは現在、結構な速度で魔窟の中を疾走している。歳を経た魔窟なせいか、洞窟状の通路は広々としていて走りやすい。


 隊列の前方は『黒の鉄槌』、左右は『紅き砂塵の旋風』、後ろは僕ら『白の狩人』が固めていてる。この並びは一定時間ごとにローテさせる予定だ。

 そして身体強化ができない各パーティーの魔法型の人は、戦士型の人に背負われて隊列の中心に配置されている。

 戦士型の人は全員食料などの大荷物を背負っているけど、身体強化した彼女達にとって人一人分の重量は誤差にしかならない。

 この陣形で一気に魔窟の底まで走り抜けるのが、今回の基本的な攻略方針だ。


「おん? 前方、屍食鬼グールカビロンが一、小屍食鬼(グール)が六だぁ! このまま行くぞぉ!」


「「応!」」


 隊列の一番前をどすどすと走っているダフネさんの声に、全員が応えた。

 彼女はそのまま走る速度を緩めず、接近する僕らに気づいて驚愕している魔物達に突進した。


「ぬん!」

 

「ギャッ……!?」


「邪魔だ!」


「グベッ……」


 『黒の鉄槌』の前衛組に跳ね飛ばされ、小屍食鬼(グール)が宙を舞った。そして彼らが地面に落下する頃には、僕らは遥か先に走り去っていた。

 歩道に突っ込んできた車に突然跳ねられた歩行者のようで、ちょっと可哀想。

 基本的には魔物は走りながら対処する。これも今回の魔窟攻略の方針の一つだ。時間がもったいないのでしょうがない。 


「お、本当についてこれてるなぁ。魔法使いなのに大したもんだぜ、タチアナぁ」


「そいつはどうも! アタイは鍛えてるからね」


「がっはっはっはっ! なるほどなぁ!」


 後ろをチラリと振り返ったダフネさんが、僕の言葉に爆笑した。

 うーん…… ちょっとバレてるかもしれないな。今の僕は魔法型ということになっているけど、誰かに背負ってもらわず自分で走っているし、なんなら大荷物まで背負っている。

 誰かに背負ってもらおうかとも考えたけど、この緊急時に、偽装のために前衛戦力を一つ潰すことはしたくなかったのだ。


「だとよリーダー。あんたも少しは鍛えたらどうだ?」


「--ちっ、黙ってろ。分かれ道だ」


 『紅き砂塵の旋風』のメンバーが揶揄(からか)うように言うと、リーダーのカウサルさんがぶっきらぼうに応えた。

 凄腕の風魔法使いであるカウサルさんも、パーティーメンバーの戦士に背負ってもらっているのだ。


『--導きの霧(ドゥチェンス・ネブラ)


 静かな声で魔法を発動させた彼女の目の前に、白い帯状の霧が出現した。

 霧は風の流れに沿って前進していき、左右に分かれていた道の右の方へ入って行った。


「よし、右だなぁ! ありがとよ、相変わらず便利な魔法だぁ!」


「ふん……」


 ダフネさんの手放しの称賛に、カウサルさんは鼻を鳴らして応えた。もう、素直じゃないんだから。

 しかし、いちいち立ち止まって風向きを確かめていられない今の状況では、確かにめちゃくちゃ有用な魔法だ。

 魔窟の内部は、常に呼吸による気流が生じていて、それを辿っていけば最深部の(ぬし)と魔核の部屋に辿り着くことができる。

 呼吸が吸い込みから吐き出しに切り替わる時には注意が必要だけど、このお陰で基本的に迷うことは少ない。

 

 その後も僕らは走り続け、魔物を跳ね飛ばし、別れ道をノータイムで選択し、凄まじい速度で魔窟を下っていった。

 





 RTAのような魔窟攻略が始まってから、早くも一週間ほどが経過した。ここまでは非常に順調で、現在地は地下86階層だ。

 ただ、魔物も強くなって来ていて、黄金級は普通に出てくるし、たまに緑鋼級の手強い奴も出現している。

 そんなわけで、序盤のような魔物を跳ね飛ばして進む強引なやり方はできなくなっていた。


 時計の上では今はお昼の時間だ。みんなして少し開けたところに座り込み、食事休憩をしている。

 因みに、どのパーティーも古代遺跡産の腕時計のようなものを持っていて、時刻の進み方は僕のスマホの時計とほぼ同じだった。

 この世界の地形もかなり似ていたけど、自転や公転の周期も地球とほぼ同じようだ。


「にゃー…… 一週間も潜ってるとちょっとげんなりしてくるにゃ。太陽を拝みたいにゃ」


 僕も昼食に干し肉と堅果(けんか)焼きを齧っていたのだけれど、先に食べ終わったゼルさんが背後からしなだれかかって来た。

 

「おうっ。そうだねぇ。でも、もう86階層まで来たんだ。もうすぐ折り返しだよ」


「にゃー……」


 昨日あたりから、こうしたゼルさんのスキンシップがすごく増えて来ている。似たような洞窟の景色が続いているし、彼女は持久力のあるタイプでは無いので、結構参ってしまっているのかもしれない。

 しかし、くっ付いてくれるのは嬉しいのだけれど、自分の体が匂わないか心配だ。魔窟の中では当然水浴びなんて出来ないし、たまに見つかる水場で体を拭くくらいしかできないからなぁ。


 さりっ……


「うひゃっ……!? ちょっとゼル、何してんのさ!?」


 ちょうど自分の体臭を気にしてたら、首筋を舐められてしまった。


「にゃむにゃむ…… んにゃ。タチアナ、おみゃーなんか出汁でもでてんじゃないかにゃ? もっと舐めさせろにゃ」


 さりさり……


「ちょっ、やめ……」


「こ、こらゼル! やめなさい! 全くもう、羨ましい……」


 騒ぎを聞きつけたロスニアさんが、顔を真っ赤にしながらゼルさんを引き剥がしてくれた。

 正直、一週間も魔窟に潜っているのでそういった欲求も高まって来ている。あんな風にされると非常にまずい。


「た、助かったよロスニア。ゼル、アタイじゃなくてこっちを食べなよ。ほれ」


「うにゃー……」


 干し肉をゼルさんの口に突っ込んでやると、彼女は素直にもぐもぐと食べ始めた。


「ヴィー。魔窟の中じゃぁ仲間割れが一番怖ぇが、お前さんとこは心配なさそうだなぁ」


「ふふっ、ありがとう。我々はリーダーを中心に強力にまとまっているのだ。 ……そろそろ頃合いかもしれないな、キアニィ」


「うふふ、そうですわねぇ」


 ニコニコとこちらを眺めるダフネさんとヴァイオレット様達。僕はなんだか恥ずかしくなり、誤魔化すように立ち上がった。


「あー、ダフネの旦那、カウサルさん。そろそろ出発しようか」






 昼休憩を終えてさらに走り進めると、あたりの景色が一変した。これまでは広いけど普通の洞窟のようだったのが、突如として広大な地下空間に出たのだ。

 空間の中央には底が見えないほど深く、直径が百m以上はありそうな巨大な縦穴が空いていた。そしてそのほぼ垂直な大穴をぐるりと囲むように道が続いている。すぐ側が断崖絶壁になっている危険な道だ。

 予想外の光景に圧倒されていると、前衛職の人の背中から降りたカウサルさんがすっと前に出た。


導きの霧(ドゥチェンス・ネブラ)


 彼女が放った帯状の霧は二手に分かれ、一方は縦穴の底に消えた。そしてもう一方は、縦穴を超えた先に小さく見える洞窟に消えた。遠すぎて霧がなければ気づけなかっただろう。

 洞窟の方に進むには、崖際の道を進んで、中央の縦穴をぐるりと迂回する必要があるな。


「縦穴と迂回路、両方とも魔核の部屋に続いているみたいだな。さて、どっちから行く?」


 カウサルさんが無表情に僕とダリアさんを見た。


「迂回路だね。何が潜んでるか分からない垂直の縦穴を降りていくなんて、絶対ごめんだよ」


「はっはっはっ。そうだなぁ、おいらも迂回路に賛成だぁ。よし、ここはちょっと慎重に歩いていくぞぉ」


 ダフネさんの言葉に、魔法使い組が全員前衛組の背中から降りた。そして迂回路を半分ほどまで歩いたあたりで、シャムが異変に気づいた。


「む……! 縦穴から何か来るであります! 早い!」


 その言葉に全員が身構えた一瞬後、巨大な六尾の蠍が崖下から姿を現した。

 

「ギュィィィィィッ!」


多尾蠍(マルダースコル)だ! あの尾の数、緑鋼級はあるぞぉ!」


 毒針のついた尻尾をムチのように振るうそいつに、前衛組と弓士が武器を構え、魔法使いが詠唱を始めた。

 その時、全員の意識は縦穴の方に向いていて、反対側、僕らの後ろの壁側には誰も注意を払っていなかった。


 どざんっ!!


「あぐっ……!?」


 重量感のある落下音に半分ほど後ろを振り向くと、いつの間にかもう一体多尾蠍(マルダースコル)が出現していた。

 けどそれを気にしている余裕は無かった。多尾蠍(マルダースコル)に追突されたのか、ロスニアさんが縦穴の方に投げ出されたのだ。


「くそっ! 上にも居たのか!?」


「ギシャャャャャッ!」


 カウサルさんの悪態と魔物の咆哮を耳にしながら、ロスニアさんの近くにいた僕とゼルさんは走り出した。


「ロスニア!」


 ゼルさんが迷わず縦穴に向かって跳び、ロスニアさんの手を掴んだ。しかし、このままでは二人とも落下する……!


「ゼル! 手を!」


 僕は崖のギリギリまで進み、ゼルさんに向かってめいいっぱい手を伸ばした。

 ゼルさんが伸ばした手をなんとか掴み、二人を引き上げようと踏ん張った瞬間、足元の崖が崩れた。


「うわ……!?」


 僕はそのまま崖の方につんのめり、結果として手を繋いだ三人全員が縦穴に投げ出されてしまった。


「タツッ…… タチアナーッ!!」


 多尾蠍(マルダースコル)を尾を斧槍(ハルバート)で薙ぎ払いながら、ヴァイオレット様が悲痛な声を上げた。

 彼女はこちらに向かって走り出そうとしてたけど、その姿はすぐに崖に遮られて見えなくなった。落下が始まったのだ。


「--大丈夫! (ぬし)の部屋で会おう!」


 なんとか崖の上にそう叫び返した僕は、恐怖に表情を歪めるロスニアさんとゼルさんを空中で抱き寄せた。


お読み頂きありがとうございます。

よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。

また、誤字報告も大変助かります。

【月〜土曜日の19時に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ゼルにさりさりされたい人生でした。 まさかボス戦前に分断されるとは! なかなか一筋縄にはいきませんね。しかしゼルとロスニアとの関係性が深まるイベントにもなりそう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ