第150話 未管理魔窟の討伐(1)
砂漠の夏の暑さもピークを過ぎ始めた頃、人目に付かない宿の裏手で、僕とキアニィさんはヴァイオレット様から訓練を受けていた。
時刻はまだ早朝だけど、すでに汗が吹き出しシャツが張り付くほどには暑い。
「さて。二人とも位階が緑鋼級に達し、パーティーの連携も整ってきている。この辺りで、身体強化の奥義について伝えておきたい」
ヴァイオレット様は、普段着に斧槍という不思議な格好で言った。
まぁ、僕らも似たような格好なのだけど。僕は槍、キアニィさんは凶悪な形状のナイフを持ってるけど、服装は普段着だ。
「ヴァイオレット様がたまに使っているやつですね。
今はなかなか振るう機会が無いですけど、窮地に陥った時には槍も振るうことになるでしょうし、是非とも覚えておきたいです」
「そうですわねぇ。でも、今だに自分が緑鋼級に上がれたという実感がありませんわぁ。そこにさらに奥義まで…… 習得できるかしらぁ」
不安そうなキアニィさんに、ヴァイオレット様が微笑む。
「心配ないさ。いきなりは難しいが、確実に段階を踏んでいけば習得できるはずだ。まずは実演してみよう」
ヴァイオレット様は近くに落ちていた日干し煉瓦を拾うと、明後日の方向に放り投げた。
そして煉瓦が放物線を描き、落下し始めた頃、彼女はさほど気合を入れずに斧槍を一閃した。
「ふっ」
ヴァイオレット様の体が一瞬青く光り、斧槍の切先から一瞬光の帯のようなものが発せられたように見えた。そして--
パガンッ!
絶対に間合いの外にあったはずの煉瓦が、空中で真っ二つに切断された。
ゴトトン……
「「お〜」」
煉瓦が地面に落下するのと同時に、キアニィさんと二人してパチパチと拍手する。
「ふふっ、ありがとう。今見てもらったのが身体強化の奥義と呼ばれる技、延撃だ。
攻撃の威力やその範囲を延長し、接近戦において極めて重要な間合いの駆け引きを、全く無意味にしてしまう代物だ。魔導士に言わせると魔法の一種らしい。
遠距離攻撃手段を持つ相手との戦いになったとしても、延撃の間合いに持ち込めば対等に戦うことができる。
ちなみに弓士であっても、通常の矢で大型弩砲のような威力を出したり、矢を分裂させたかのような攻撃が可能となる。シャムが緑鋼級に達したら、彼女にも教えようと思っている」
「まさに奥義ですね…… あ、でも、結構魔力消費が大きいんですよね?」
「うむ。考え無しに連発すると、あっという間に魔力切れになってしまう。ここぞという時に使うといいだろう」
そういえばヴァイオレット様も、一回の戦闘で一発くらいしか使ってなかった気がする。
外した直後に魔力切れになったら詰むから、確かにご利用は計画的に行う必要がありそうだ。
「--確かにすごい技ですけれど、相変わらず仕掛けが全くわかりませんでしたわぁ。具体的に、どうやって習得すればいいんですの?」
「当然の疑問だろう。延撃は身体強化の奥義と言ったが、それはいくつもの武技を習得した上でないと発動できないからなのだ。
強装、剛身、重脚といった武技を十全に体得し、同時に使用できるようになることで、延撃を放つことが可能となる。
それぞれの武技は順番に教えていくが、今日は強装から教えていこう。この技は生存確率を上げる上でとても重要だ」
そういうと彼女は僕らに対して両腕を開き、隙だらけの状態になった。その体は淡く発光しているので、強めに身体強化を発動させているようだ。
「タツヒト。君の槍で私の腹を軽く一突きして見てくれ」
「--え!? で、できませんよ、そんなこと」
いくら彼女の身体強化が強力だからって、防御力の全くない普段着の状態では、怪我をする可能性がある。
「怪我のことなら心配ない。なんなら、服のことすら気にする必要はない。
君が全力で突いたりしない限り、私は決して傷を負わないだろう。私を信じて、突いてみてくれないか?」
「--わかりました。では、本当に軽くやってみます」
そこまで言うのならと、僕は渋々槍を構えた。そして、柄を緩く握り、本当に軽く彼女のお腹に向かって突きを放った。
「シッ!」
ギャリッ……
そして驚愕した。確かに槍の穂先が刺さったはずなのに、彼女のお腹の皮膚はもちろん、普段着の布地にすら貫通できていなかった。
思わず槍を引き戻して穂先を確認して見たけど、手入れをサボって穂先がボロボロということも無いようだ。
彼女が着ているのはただの綿の服なのに、まるで鎖帷子に打ち込んだかのような感覚だった。
いや、よく見ると、彼女の体だけでなく服も発光しているように見える。そうか、強装……
「もしかして、今のは服に強装を施したんですか?」
「ご明答。強装は、自身の武器や防具といった装備品の強度を向上させる技だ。身体強化の効果を装備品にまで延長させるようなものだな。
今のように、ただの綿の服を鎖帷子のように強靭にしたりもできる。」
「すごいですわね…… 攻撃を捌ききれない時に発動させて損傷を減らしたり、攻撃する際に発動させて武器の損耗を防いだりもできると。
これが使えるだけでも、かなり生存確率が上がりますわぁ」
「うむ、そういうことだ。あまり時間も取れないので、今日のところは強装のコツと練習方法を教えようと思う。まず--」
早朝訓練を終えた僕らは、コソコソと宿に戻った。うーん。強装かぁ、結構習得に時間がかかりそうだ。
自分の身体の強化はほぼ無意識にできるのに、それが装備品となると途端に難しくなってしまう。
ちなみに普段着で訓練した理由は、元の防御力が低いので、鎧と違って強装の成否が分かりやすいかららしい。
それから僕らは宿の部屋で軽く汗を拭い、他のみんなと合流して朝食を食べ、いつものように冒険者組合へ向かった。
組合のドアを開けて中に入ると、いくつもの視線が突き刺さる。なんか今日は人が多い気がする。
この街に来て一月程。僕たち『白の狩人』は、所属する面子が全員黄金級以上の強力なパーティーとして認知され始めている。
今はパーティーの等級も黄金級だけど、順調に功績点は増えているので、近いうちに緑鋼級に上がれるはずだ。
「おい、あれ見ろよ。『白の狩人』だ」
「え? 私この街に来たばかりなんですが、有名なんですか?」
「ああ。この間は『蠍の巣』で百匹近い多尾蠍の大群をあいつらだけで全滅させたらしいぜ」
「そ、それはすごいですね。あの白髪の弓士がリーダーなんですか?」
「いや、リーダーはそっちの黒髪の魔法使いだ。強力な火魔法を使うそうだぜ」
「へぇ。じゃあ、あの人が一番強いんですね」
「いや、一番強ぇのはほれ、デカい斧槍を担いだ馬人族だ。あいつは冒険者等級は黄金級だが、実力は青鏡級って話だ」
「青鏡級! すごいですね。 ……あれ、でも何か、パーティー名とかリーダーがチグハグじゃ無いですか?」
「いや、俺に言われても」
漏れ聞こえてきた冒険者同士の会話に、僕も思わず頷きそうになった。ややこしいよね、確かに。
「むぅ…… パーティー名を変えた方がいいでありますか?」
シャムにも聞こえてしまったのか、ちょっと悲しそうに呟いている。
そんなことないと僕がフォローする前に、ゼルさんとロスニアさんがシャムの隣に並んだ。
「ウチはこのパーティー名が気に入っているから、変えなくていいと思うにゃ。シャムも気にすることないにゃ!」
「そうですよ。みんなシャムちゃんが好きでこの名前にしてるんですから」
「--了解です、ありがとうであります!」
よかった、シャムがいつもの笑顔に戻ってくれた。
つられてみんな笑顔になりながら受付まで進むと、そこにはいつもより固い表情のカサンドラさんが居た。 ……何かあったようだ。
「おはようございます皆さん。お待ちしていました」
「おはよう、カサンドラさん。待ってたってのは穏やかじゃないね。何か緊急の依頼でも?」
「ええ。実は、街の近くに魔窟が出現してしまして…… その討伐依頼を是非皆さんにも受注して頂きたいんです」
「出現…… 出来立ての魔窟かい? それだったらそこまで大変じゃなさそうだけど」
僕が疑問に思っていると、キアニィさんが固い表情で口を開いた。
「--呼吸周期は、推定階層はどのくらいですの?」
「周期は1時間24分、そこから推定される階層は100階層以上…… 非常に危険度の高い、成熟した魔窟です」
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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