第149話 魔窟都市の日常(2)
結構長めです。
「え!? タチアナさんと、キアニィさんまで一緒に来てくれるんですか!?」
ロスニアさんが、キアニィさんの鼻先1cmまで顔を近づけて叫ぶ。
キアニィさんは強張った表情で仰け反っているけど、ロスニアさんに手を掴まれてしまっているのでそれ以上動けないでいる。
「え、えぇ。先週、また今度ご一緒させて欲しいと言いましたし、その、ロスニアとももっと仲良くなりたいですから」
「--キアニィさん……!」
「ひぅっ……!?」
ロスニアさんが感極まったようにキアニィさんを抱擁した。尻尾を絡めた熱烈なやつである。一方、された方は恐怖に顔を引き攣らせている。
「あー、ロスニア。キアニィが苦しそうだから離してやんな。
因みにアタイの方も似たような理由だよ。パーティーメンバーのことは良く知りたいからね。邪魔じゃなきゃ一緒に行かせておくれよ」
「タチアナさん…… 是非一緒に来てください! うふふ、きっと子供達も喜びます」
ロスニアさんの抱擁から解放されたキアニィさんが、ふらふらと僕の肩に掴まった。
今日は週に一度の安息日。一体これからどこに向かうのかというと、教会である。 聖教会の助祭であるロスニアさんは、先週に引き続き今日も教会で礼拝とお手伝いをするそうなのだ。
少し時間を戻して今日の朝、僕はキアニィさんから、教会に行くロスニアさんに同行したいから着いてきて欲しいと相談を受けたのである。
理由は先ほどキアニィさんがロスニアさんに話した通りだ。ただ、もう少し補足すると、パーティーメンバーに対する苦手意識を克服したいと言うことだった。
種族的な特性で、蛙人族のキアニィさんは蛇人族のロスニアさんから根源的な恐怖を感じてしまう。
逆に、ロスニアさんはキアニィさんの事が大好きだ。それこそ食べてしまいたい程らしい。怖い。
一緒に過ごす内にだんだん慣れてきてはいるけど、それでもまだ苦手に感じる。もっと相手の事を知ることで、克服できるかもしれない。
そう考えたキアニィさんは、葛藤の末僕に相談を持ちかけてくれたのだ。
もちろん即決でOKした。好いた相手から、苦手を克服したいけど一人だと怖いから一緒に来てほしいなんてお願いされたら、ホイホイ着いていくに決まってる。
「子供達…… そういえば孤児院も併設されてるんだっけ」
「ええ。この街に住んでるせいか、ここの子供達はみんな冒険者に憧れてるんです。お二人は実力は緑鋼級の黄金級冒険者ですから、歓迎してくれると思いますよ」
「だといいですけれど…… ゼルやシャムの方が子供には好かれそうですわぁ」
そう言って少し表情を曇らせるキアニィさん。おそらく、自身の元暗殺者という経歴を思い起こしているんだろう。
元暗殺者であるキアニィさんと、その対極にある聖職者のロスニアさん。彼女の苦手意識には、もしかしたらこの辺りも関わっているのかもしれない。
因みに、僕ら以外のメンツは別件で不在だ。旨いと噂の羊型の魔物が街の外で目撃されたらしく、それを狩りに行っているのだ。
ヴァイオレット様は肉好きとして参加、シャムは調整した複合弓の試し撃ち、ゼルさんは暇つぶしらしい。
ゼルさんに関しては、戦闘時に彼女がフル稼働しなくて済むように少し陣形や指揮の仕方を変えてみた。
それがうまく行ったのか、今週はあまり疲労が蓄積していない様子だった。よかったよかった。ただ、よくないこともある。
先週の腰トントン事件以来、ゼルさんとの関係は少し変化してしまった。
以前は気軽にがばりと覆い被さってきたのに、最近はなんかちょっと恥ずかしそうにぴとっ…… とくっ付いてくる感じだ。
僕の謝罪に対して、全然怒ってないにゃと言ってくれたし、嫌われてもいないようなのだけれど、そんな様子なのでこちらも変に意識してしまう……
さらに大変よろしく無いのが、周りに誰もいない時、彼女の方から僕に腰トントンを要求してくるようになった事である。
腰トントンされてる時のゼルさんは、切ない声と表情で目を潤ませ、僕の手に尻尾を絡めて腰をくねらせたりする。
普段の飄々とした様子とのギャップもあり、はっきり言って大変にエロい。
こちとら女装してるので、そういう気分にならないように鋼の精神で押さえ込む必要があり、大変にしんどい。
でも断るとものすごく悲しそうな表情をするので、いつも押し切られてしまう。大変にまずい。
「--タチアナさん? 何か難しい表情をしてるようですけど、大丈夫ですか?」
明後日の方向に向かっていた思考を、ロスニアさんが引き戻してくれた。
「あ、あぁ。大丈夫さ。さぁ、教会に向かおうかい」
ロスニアさんの後をついていくこと暫し、魔窟都市魔窟都市ミラビントゥムの教会に到着した。到着したのだが……
「ねぇロスニア。アタイが知ってる教会とは随分見た目が違うんだけど……」
大きいけど他と同じような茶色い色合いの教会には、玉ねぎのような形状や幾何学模様の意匠が施してあり、屋根の一部はドーム状だ。
他の建物と比べて結構高めの尖塔がくっついていて、大体街のどこからでもこの塔を見つける事ができる。
王国で見た地球世界における西洋的な教会というより、どちらかというと中東あたりにありそうな建物だ。
「え? あぁ、王国や帝国の北側では、別の様式ですもんね。帝国の南側ではこの様式が一般的なんですよ」
「聖協会はその辺り寛容なんですわぁ。聖教の首長たる歴代の法皇も、根幹となる教義や秘蹟を守っていれば、細かい違いについては許容すると宣言していますの。
この教会も、古代の土着の宗教の名残が残っているんですわぁ」
「キアニィさん……! まさにその通りです。詳しいですね! さぁ、早速中に入りましょう!」
教会の内部も、やはり王国の教会では無くなくこの辺りの建物に沿ったものだった。中には礼拝に訪れた人が沢山いた。
そして司祭様の格好。これはキャソックに見えなくもない服装に、ターバンという出立だった。司祭様は牛人族だったので、ターバンから角が飛び出ていた。
司祭様は、お布施を弾んだ僕らをことさらに歓迎してくれた。
そこから礼拝に移ったのだけれど、いくらか違いはあったものの、確かにおおよその内容は王国で受けたものと同じだった。
「--創造の母神ジュバール、父神グルマフ、全ての種族の始祖神、神々の子である聖イェシュアナ、そしてあなた達に宿る神霊、全ては神の愛によって繋がっています。
あなたの隣人を種族の別なく愛せよ、さすれば恩寵は与えられん。
……さて、本日のお話はこれでおしまいです。皆さん、安息日を楽しんでください」
礼拝は司祭様の説法で終わり、僕らは孤児院の方にお手伝いに行くことになった。
孤児院は教会のすぐ裏手に併設されていて、庭ではいろんな種族の子供達が楽しそうに走り回っていた。
そこにロスニアさんが声をかける。
「みんなー! 今日は私の冒険者仲間も来てくれましたよー! なんと二人とも黄金級の冒険者さんです!」
その声に、数十人の子供達が声を上げて集まってくる。ちょっと圧倒されてしまう。
「ロスニアだー!」
「すげー! 本当に三人とも金色のやつつけてるー!」
「どんな魔物を倒したの? お話しして!」
「なんかやって、なんかやって!」
わちゃわちゃと彼女達に取り囲まれてしまい、360度からそれぞれ違うことを言われる。
どうすればいいの!? 助けを求めてロスニアさんを見ると、彼女はこちらを気付かず、慈愛の笑みで子供達とお話ししていてた。
同じことを考えていたのか、焦った様子のキアニィさんにと目が合った。二人して笑い合うと、僕は空に向けて手を掲げた。
子供達が釣られて上を向いたところで魔法を発動させ、小さい火球を一つ発生させる。
その瞬間。えー? というがっかりした声が響く。だよね、しょぼいよね。でも、ここからちょっと面白いかも。
僕は一つから二つ、二つから四つと次々に分裂させていき、最終的に1024個になったそれらを、整列させたりぐるぐる回してみたりした。
つまらなそうにしていた子供達から歓声が上がる。けどまだまだ。僕はそれらをさらに操作して、上空に火竜のドット絵を描いた。
歓声が大きくなったけど、一部の子から悲鳴が上がる。あ、まずい、ちょっと怖かったか。
火竜を動かしながらキアニィさんに目配せすると、彼女はニヤリと笑って頷いた。
そしてすっと子供達から離れると、懐から取り出した木製のブーメランのようなものを火竜に投げた。
僕は火竜のブーメランに当たった部分を弾けさせ、キアニィさんに向かって怒ったように吠えさせた。
それから何度かブーメランを当てたれた火竜は、最後は全身が弾け、空に消えていった。
その瞬間、ポカンと空を見上げていた子供達から大歓声が上がった。
「二人とも、本当にありがとうございます。子供達も院の人達も、すごく喜んでくれましたよ」
つかみがよかったのか、子供達は一瞬で僕らに懐いてくれたようだった。孤児院には当然大人の人達も居たのだけれど、彼女達も僕らを歓迎してくれていた。
あの後、冒険の話をしたり、一緒に昼食を作ったりして、みんなとさらに仲良くなれたと思う。
今は、孤児院の屋根に穴が空いてしまっているそうなので、その補修を買って出たところだ。
「みたいだね。最初は焦ったけど、ああして楽しそうな様子を見せてもらうのは悪くないね」
「ええ、そうですわねぇ。なんだか、少し救われたような気がしましたわぁ……」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありませんわぁ。えっと、この建物の屋根に穴が空いていんですわね? ちょっとみてみますわぁ」
キアニィさんが数m飛び上がり、ふわりと屋根の上に着地した。
「えっと…… あぁ、ありましたわぁ。ここですわね。っと、ロスニア、補修材を取って下さる?」
「はい、ただいま! よい、しょっと」
ロスニアさんが長い蛇の胴体をめいいっぱい上に伸ばし、屋根の上にいるキアニィさんに補修材が入ったバケツを渡そうとする。
「はい、キアニィさん-- あっ、わわっ……!?」
しかし、思ったより重かったのか。バケツを手渡した瞬間、バランスを崩して後ろにひっくり返ってしまった。
「おっと!」
僕は反射的に走り出し、横抱きに彼女を抱き止めた。お姫様抱っこの姿勢である。
腕に収まったロスニアさんが、瞑っていた目を開ける。そして僕と目が合った瞬間、その頬にさっと朱が差した。
「あ…… ありがとうございます。タチアナさん。でも魔法型の只人の女性は、普通こんな風に私を抱き止められませんよ? もう、隠す気ないじゃ無いですか」
後半は僕に顔をよせ、囁くように彼女は言った。
あ、またやってしまった。まぁ、彼女には多分性別も万能型の件もバレてるしなぁ。
「参ったね。でも、あんたが怪我をしない事の方が重要さ。どこも痛く無いかい?」
「--ふふふ。大丈夫です、どこも怪我していませんよ。でも気をつけてください? そんなふうに言われたら、勘違いしてしまいますよ?」
ロスニアさんの尾が僕の体に絡みつき、その手が僕の頬に添えられる。いつもの聖職者然とした様子は鳴りを潜め、熱に浮かされたような様子だ。
雰囲気に飲まれてロスニアさんと見つめ合っていると、上からキアニィさんの声が降ってきた。
「あのー、お二人とも。子供達が見ていましてよ?」
その声にバッと視線を巡らせると、子供達がじーっと僕とロスニアさんを見つめていた。
やばい、これは教育に悪い。僕は勤めて冷静にロスニアさんを地面に立たせた。
「さぁ続きをしようかね! ロスニア、おろすよ?」
「は、はい! 続きですね! 続きをしましょう!」
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