第148話 魔窟都市の日常(1)
前話(147話)のタイトルを変更し、本話(148話)のタイトルを魔窟都市の日常(1)としました。
ちょっと長めです。
ベッドの上で目を覚ますと、至近距離に絶世の美貌があった。
いつもは括ってある彼女の美しい長髪は、滑らかに流れ落ちて朝日に煌めいている。
桜色のふっくらとした唇はわずかに開かれ、穏やかな寝息を立てていた。
僕は吸い寄せられるように顔をよせ、唇を合わせた。
すると彼女はゆっくりとその双眸を開き、僕を見て微笑んだ。
「ん…… ふふっ。おはようタツヒト。君の口付けで目を覚ますなんて、最高の朝だ」
「おはよ、ヴァイオレット様。わわっ……」
台詞の途中で正面からぎゅっと抱きしめられた。脳が蕩けそうな程にやわらかい感触が、暖かな体温と共に伝わってくる。
こういった関係になってから数ヶ月経つけど、いまだにドギマギしてしまう。
「も、もう。そろそろ起きないといけませんよ?」
「良いではないか。今日は休日だろう? もう少しこの時間を楽しみたい……」
僕の首筋に顔を埋めながら、もごもごと彼女が言う。仕方ないなーと思っていると、今度は背面からも抱きしめられた。
「ずるいですわぁ…… 私も混ぜて下さいまし」
昨夜はヴァイオレット様の番ということで、キアニィさんは自分のベッドで眠った。
その彼女が、いつの間にか僕とヴァイオレット様が寝ているベッドに出現していた。さすが元暗殺者。
「ふふっ。おはよ、キアニィさん」
しばらくベッドの上でうだうだしていた僕らは、空腹を覚えてやっと起きることにした。
宿の一階の食堂に降りると、すでに他の三人は朝食を食べ終えたところだった。
全員で挨拶を交わしながらテーブルに座ると、シャムはちょっとご機嫌斜めのようだった。
「三人ともちょっとお寝坊さんなのです! もう朝ごはんを食べ終わってしまったであります!」
どうやら一緒に朝食を取れなかったことに憤っているらしい。
ほんの少しの申し訳無さと、それの数百倍くらいの可愛いなという感情が湧き上がる。
「ごめんよシャム。全く、可愛いねあんたは。でも今日は休みなんだし勘弁しとくれよ」
「むー…… あ、じゃあ今日は買い物に付き合って欲しいであります! 複合弓の部品を幾つか調達したいであります!」
これと言って趣味のようなものが無かった彼女だけど、複合弓を造ってからは物作りに嵌まったようだった。
実戦で複合弓を使ってから数日、何度も弓を分解、整備、調整しているようで、性能の向上に余念がない。
僕もものづくりは好きなので、同好の士ができて正直嬉しい。
「うん、もちろんいいよ。アタイも今日は一日仕込みしたり料理をするつもりだったから、市場には行く予定だったんだ」
「やた! 約束であります!」
よかった。機嫌を直してくれたみたいだ。
シャムの隣に目を移すと、ゼルさんが椅子に座った状態で目を閉じていて、こっくりこっくり船を漕いでいた。
そんでスープで汚れた彼女の口元を、ロスニアさんがハンカチで拭ってあげている。なんか見てて癒される光景だ。
「ゼルは随分眠そうだね。昨日は遅かったのかい?」
「いえ…… 借金を早めに返すんだって最近張り切っていましたから、ちょっと疲れが出たんだと思います。今日は寝かせておいてあげましょう」
僕の質問にロスニアさんが答えてくれた。確かに、彼女の闘い方は僕らの中でも一番運動量が多い。
しかも瞬発力全振りであんまり持久力は無いみたいなので、こうして疲労が蓄積してしまっているんだろう。
これはちょっと、パーティーリーダーとして職務怠慢かもしれない。気をつけないと。
「そうだね、ゆっくり休んでもらおうか。ロスニアは今日はどうするんだい?」
「私は街の教会に行って、礼拝と少しお手伝いをしてきます。最近魔物が多いせいで、怪我人も増えていることですし」
彼女はいつものアルカイックスマイルでそう言った。本当にこの世界の聖職者の方には頭が下がる。
「休みなのによくやるねぇ…… アンタも無理はしないでね」
「えぇ、もちろん。あ、キアニィさんは今日はどうされるんですか? もしお暇でしたら一緒に教会に行きませんか?」
ぐいと顔を寄せてくるロスニアさんに、キアニィさんが後ろに身を反らす。
「ご、ごめんなさぁい。ロスニアの高尚な休日の過ごし方の後で言うのは気が引けるのですけれど、わたくし、今日は気になる屋台を梯子しようと思っていましたの。また今度ご一緒させて頂きますわぁ」
キアニィさん、食べるの好きだからなぁ。本当に丸一日屋台を巡るつもりなんだろう。
あ、まだヴァイオレット様の予定を聞いてないな。そう思って彼女に視線を向けると、なぜかふいと視線を逸らした。
「あー、私も今日はその、少し野暮用があってだな……」
あ、これエロ本を買いに行くつもりだ。そう言えば街の書店の近くを通る時、食い入るように店内を覗き込んでたな。
まぁ、ハーレム野郎の僕には何も言う資格は無いのだけれど、やはり釈然としない物を感じてしまう。もっと夜に頑張った方がいいのだろうか。
「……ヴィー、ほどほどにね?」
「わ、わかっているとも」
朝食を終えた僕は、待ってくれていたシャムと一緒に市場に繰り出した。
最初に装備品の通りに向かって、シャムと一緒に複合弓の素材を見て回る。
「タチアナ! あそこの店に売ってる樹怪の素材、高位階のものとあります!
弓の弾性部材に良さそうじゃ無いですか? あ、あの工具も欲しいであります!」
「はいはい。うん、良さそうだね、ちょっと見せてもらおうよ。そっちの工具は…… 同じようなやつ持ってなかったけ?」
二人であーでもないこーでもないと意見を出しながら、複合弓の部品や工具を買い漁る。結構楽しい。
シャムも満足の行く買い物ができたのか、ニコニコだ。
その後は食料品を扱ってる通りに向かい、僕も無事目的の物を揃えることができた。
ついでに屋台で美味しそうな匂いをさせていた料理を三人分包んでもらい、僕らは宿に帰った。
宿の階段を登り、ゼルさんが休んでいる部屋をノックする。
「ゼル、アタイだ。入るよー?」
「ぅにゃー……」
うめき声のようなものが聞こえたので、許可を得たことにして部屋に入る。
ベッドの上には臍を出しながら爆睡しているゼルさんが居た。しかし、彼女は鼻をヒクヒクと動かすと、のっそりと起き上がった。
「うまそーな匂いがするにゃ……」
「お昼を買ってきたであります! ゼルも一緒に食べるであります!」
「おー、ありがとだにゃ。食べるにゃ!」
途端に元気になったゼルさんと一緒に、屋台料理を食べる。部屋にちょうどいいテーブルがないので、みんな床に敷いた絨毯の上に座っている。
買ってきたのは、小麦粉を米粒ほどに小さく丸めて蒸した奴に、肉と野菜のスープをかけたような料理だ。
これ、パスタとかに比べて絶対作るの面倒だと思うんだけど、なんでこんな形状なんだろ? 美味しいからいいけど。
「うにゃー、うまかったにゃ! よし、もう一眠りするにゃ」
ゼルさんはそう言うと、僕の膝の上にお腹を乗せ、うつ伏せの状態で眠り始めた。めちゃくちゃ寝ずらそう。
「参ったね。しょうがない、このまま作業しようかね。シャム、そっちの木の実が入った袋を取ってくれるかい?」
「わかったであります!」
ゼルさんが寝息を立てる中、僕とシャムは時々会話しながら黙々と作業を進めた。
シャムは買ってきた樹怪の素材を、ヤスリなんかを使って恐ろしい精度で削っている。
僕はというと、アーモンドに似た木の実からひたすら殻を取り外す作業をしている。
この木の実を香ばしく炒ったものと、えん麦、糖蜜なんかを混ぜて焼き固めると堅果焼きの完成だ。
王国でも人気だったけど、このパーティー内でもめちゃくちゃ美味しい保存食として好評だ。
でもみんなおやつ感覚で食べちゃうので、結構な頻度でこうして在庫を作っている必要がある。まぁ、楽しいからいいんだけど。
「ふぅ…… ちょっと休憩」
一通り木の実を処理し終わった僕は、手近なところにいる毛皮を撫で始めた。
「うにゃぁ〜……」
気持ちよさそうな声を出すゼルさんに気をよくして、背中や顎下、そして腰のあたりを撫でさする。
「うにゃん」
腰の辺りを撫でたときに一際気持ちよさそうな声が聞こえたので、僕はぼーっとしながら彼女の腰をとんとん叩き始めた。
「にゃ、にゃ、にゃ……」
叩く内に段々とゼルさんの腰が上がっていく。起きてるのかと思って顔を覗き込んでみたけど、どうやら寝ているらしい。
そしてそのまま暫く叩き続けていると--
「うにゃ、うにゃ、うっ…… うにゃぁ〜……!」
突然ゼルさんが大きな声を上げ、うつ伏せのまま腰を上に突き上げた。
びっくりして見ていると、その状態のままぷるぷると震えていた彼女は、数秒してへにゃりと元のうつ伏せ状態に戻った。
「んはぁ、はぁ…… にゃっ!? ちょ、ちょっと便所に行ってくるにゃっ」
そう顔を背けながら早口で言ったゼルさんは、風のように部屋から出て行ってしまった。
「タツヒト! ゼルに意地悪しちゃダメであります!」
半ば呆然としていると、様子を見ていたシャムに怒られてしまった。
「ご、ごめんなさい。今のは僕が完全に悪いです…… ゼルさんが戻ってきたらしっかり謝るよ」
地球世界にいた猫だったら喜んでくれたんだけど、まずいことをしてしまったようだ。というかゼルさん相手だとよく忘れちゃうけど、今の完全にセクハラだったわ。
ゼルさんの認識では僕は同性ということになってるから、尚のこと質が悪いぞ。
参ったな。嫌われてないといいけど……
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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