第145話 夏季休暇
また遅れてしまいすみません。少し長めです。
商館を後にした僕らは、最初に服屋へ向かった。ゼルさんが着ているのがまさに奴隷って感じの貫頭衣だったので、一旦普通の服に着替えてもらうためだ。
ちなみに商館を出る時、彼女に関わっていた職員達がわざわざ見送ってくれた。本当に誰とでも仲良くなっちゃう人だ。
アイヴィス島の賭博場で彼女を唆した人も、彼女ともう少し話してたら思いとどまってたんじゃないかな。
次に僕らは冒険者組合に行き、仲間、ゼルさんを買い戻せたことをカサンドラさんに伝えた。
彼女は我が事にように喜び、ここでパーティー登録していくかと訊いてくれたけど、今日のところはやめておいた。その辺は少し話をしてからでも良いと思ったからだ。
とりあえず急ぎの用事だけを済ませた僕らは、最後にちょっとお高い個室の料理店に入り、メニューの片っ端から注文した。
そして、テーブルの上にお酒の大瓶や料理が所狭しと並べられたところで、昼から宴会をおっ始めた。
「それじゃぁ、無事ゼルさんを取り戻せたことを祝って、かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」
「んぐっ、んぐっ、んぐっ…… っかぁ〜! うめーにゃ! 奴隷生活もそんなに悪くにゃかったけど、やっぱり冷えた大麦酒には勝てねーにゃ!」
ゼルさんはほんの数秒程で、本当にうまそうに大きなジョッキを空にした。さっきまで号泣し、そのことをちょっと恥ずかしそうにしていたのが嘘のようだ。
いや、というかさっきはなんか感動しちゃったけど、無茶な賭けをした結果、自業自得で奴隷落ちしたんだよね、この人。
「なんだい。そんなに楽しかったんなら、買い戻すのはもうちょっとゆっくりでよかったね」
「あー、いや、すぐに買い戻してくれて助かったにゃ。商館の奴に聞いたら、やっぱりひどい奴に買われると、使い潰されて悲惨な事になるらしいにゃ…… だからみんな、本当にありがとうだにゃ」
「私からも改めてお礼を言わせてください。皆さん、ありがとうございました。私一人では絶対ゼルを取り戻せなかったと思います」
揃って頭を下げるゼルさんとロスニアさん。
「よしておくれよ。島蛸の時の借りを返しただけさ」
「その通り、これで貸し借りは無しというわけだ」
僕らの言葉に二人は頭を上げ、そして顔を見合わせて笑い合った。
「おみゃーら、本当にいい奴らだにゃあ…… でも、島蛸ん時はお互い様だし、流石に145万ディナも使ってもらってそのままにはして置けないにゃ。絶対に返すにゃ!
……でも改めて口に出すと、途方もない金額だにゃ。10年くらいかけて返していいかにゃ?」
ゼルさんは拳を握り締めながら宣言したと思いきや、耳と尻尾をへにゃりと垂らして上目遣いにこちらを見てきた。うっ、かわいい。
「き、気にしなくていいって言ってんのに。でも、そしたらキアニィの働きも労っておくれよ。ここならアタイら以外聞いてないから言うけど、そのおかげでゼルさんの落札額を145万ディナに抑えられたんだよ」
「も、もう。褒めても何も出ませんわよ?」
恥ずかしそうにちょっと頬を染め、顔を隠すかのようにカップを傾けるキアニィさん。そう、その表情が見たかった。
「にゃ? どういうことだにゃ? あ、そもそもどうやってそんな大金用意したんだにゃ?」
「ふふん。ゼルのために、シャムたちは頑張ったのであります! カサンドラに教えてもらって、シャムたちは鱗鎧猿の魔窟に--」
ゼルさんと別れてからの出来事を、僕らは料理や酒を楽しみながら話した。
結構大変な一週間だったはずだけど、もうゼルさんを取り戻した後なせいか、全員穏やかな表情で会話している。
「ほへぇ〜…… それじゃあ、キアニィにのお陰でウチの値段が上がらなかったのかにゃ。あの時ちょっとしょんぼりだったけど、今考えるととってもありがたかったにゃ。
それに金の鱗鎧猿かにゃ。噂は聞いたことがあったけど、本当にいたんだにゃぁ。それっていくらになったんだにゃ?」
「確か、込み込みで722万ディナだったかな? 山と積まれた大金貨が出てきた時にゃ、アタイも目ん玉が飛び出るかと思ったよ」
「な、ななひゃく!? すげぇにゃ…… 一生遊んで暮らせる金額だにゃ。でも、大分危ない橋を渡ってくれたみたいだにゃ。みんなが無事で本当によかったにゃ」
「ええ、それは本当にそうですね。神のご加護もあったのでしょう」
ロスニアさんが手を組み、目を閉じて短い祈りを捧げた。聖職者だから当然だけど信心深い人だ。
ふむ…… お酒も食事も落ち着いてきたところだし、ここいらで次の議題に行こうかな。
僕がヴァイオレット様に視線を送ると、彼女はこくりと頷いてくれた。
「ロスニア殿。ちょうど報酬の話が出たので、ここで分配について話しておこう。
まず、鱗鎧猿の報酬からゼル殿の購入額を差し引き、頭割りすると一人96万ディナだ。
5万ディナの預かりもあるので、ロスニア殿には計101万ディナをお渡しする形になる。問題ないだろうか?」
「え!? わ、私鱗鎧猿の魔窟ではあまり役に立ってませんし、むしろ足引っ張ってたくらいでしたし…… そんなに頂けません!」
わたわたと体の前で手を振るロスニアさんに、ヴァイオレット様は被りを振る。
「いや、ロスニア殿が居たから我々は負傷の不安なく戦えたのだ。我々の中にそれを疑う者は居ない。
正当な報酬として、どうか受け取って貰えないだろうか?」
「--わ、わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら……」
「すげーにゃロスニア。大金持ちだにゃ!」
「もう! 他人事だからって!」
「にゃはははは」
「納得して貰えてよかった。さて、次はロスニア殿とゼル殿に、今後の事について伺いたい……
ロスニア殿はもう気づいているようだが、我々には少々込み入った事情がある。
今言える限界の事を伝えると、我々は素性を隠した状態で、できるだけイクスパテット王国から離れる必要があるのだ。
もし今後も我々と行動を共にしてくれるというのであれば、とても心強い事だが、かなり厳しい旅路になることが予想される。
ここで我々と別れるという場合、もちろん先ほど述べた報酬の分配は行うし、ゼル殿の購入費用についても返却の必要は無い。
このようなめでたい席でする話では無いが、我々はあまり同じ場所に長く居るべきではないのだ。できれば、今答えを聞かせてもらえるだろうか?」
これに関しては、ロスニアさんとゼルさんにどこまで話すか、事前にみんなで話し合ったのだ。
僕の意見は、ここまで関わったのだしもう全部話してしまってもいいのでは、というものだった。
しかし、ヴァイオレット様とキアニィさんの意見で、先のようなギリギリの説明をする事にしたのだ。シャムも、情報統制の観点から二人に賛成票を入れた。
そう言えばその時、ヴァイオレット様が「おそらく時間の問題だろうからな……」と呟いていたんだけど、なんのことだったんだろう?
おっと、思考が逸れてしまった。ヴァイオレット様が一息に言った説明に、ロスニアさんとゼルさんの二人は目を見開いている。
しかし数秒後、最初にゼルさんが口を開いた。
「へ? そんなん、着いていくに決まってるにゃ。ただでさえ借りを返さなきゃいけにゃいのに、その恩人がしんどい目に遭ってるって言うんなら、尚のこと力を貸さない訳にはいかないにゃ!」
「本当でありますか!? シャムは、ゼルが一緒に来てくれるならとっても嬉しいであります!」
あっけらかんと言い放ったゼルさんに、シャムが歓喜の声をあげて抱きついた。
「もちろん私も着いてきますよ。理由はゼルが今言ったことと殆ど同じです。それに、キアニィさんとももっと仲良くなりたいですし。うふふっ」
「そ、そぉ。そう言って頂けると、とっても嬉しいですわぁ……」
熱烈な視線を放ってくるロスニアさんに、キアニィさんは引き攣った笑みで答えた。
「二人ともありがとう! 厳しい旅に巻き込んじまう事になるけど、一緒に来てくれるのはすごく嬉しいよ」
「ゼル殿、ロスニア殿、その心意気に感謝する。その上で申し訳ないが、我々の事情に関してはもう少し待ってほしい。後ほど、折を見て必ず説明させてもらう。
では、慌ただしくてすまないが、装備や食料などの準備が済んだら、早速この街を発とう」
「あぁー…… それはちょっと、止めておいた方がいいと思うにゃ」
「む。どうしてだろうか?」
微妙な表情をしているゼルさんの代わりに、ロスニアさんが答えた。
「あの、この辺りの砂漠は、今から一ヶ月ほどが一番暑くなるんです。
砂漠に慣れたこのあたりの商人や冒険者でも、今からは誰も砂漠を渡らないほど過酷なんです。
助祭の立場からも、この時期に砂漠を渡るのは全く推奨できません。せめて、一月半ほどは街に留まるべきだと思います」
「な、なんと…… いや、しかし当然か。むぅ、迂闊だった……」
真剣な様子のロスニアさんの言葉に、ヴァイオレット様は頭を抱えてしまった。
なるほど、そりゃそうか。夏真っ盛りの中、砂漠を長距離移動しようなんて自殺行為だもんな。
「ヴィー、ちょうどいいじゃないか。腰を据えて装備を整えたり、連携を確認したりしてたら一ヶ月半なんてあっという間だよ。
その間は遠方から来る人間も居ないだろうし、この街で少しゆっくりしようよ」
「--そうだな。準備を進めつつ、少しゆっくりするとしよう。いわばこれは夏季休暇だ。
了解したロスニア殿。忠告に従い、一月半ほどここに留まろうと思う」
なるほど、夏休みか……! 確かにそうとも考えられる。せっかくなら泳ぎたいところだけど、近くには砂の海しかないのが残念だ。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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