第144話 奴隷競売
すみません、遅れました。結構長めです。
翌朝。僕らは朝からゼルさんの居る商館へ向かった。道すがら、段々と人通りは増えていき、商館に着く頃には結構混雑していた。
どうやら大半の人は商館に用があるらしく、僕らもその流れにそって中に入っていった。
案内の人に戦闘用奴隷の競売会場を教えてもらい、会場の入り口に向かうと、初日に僕らの対応をしてくれた担当の人が受付をしていた。
「ん? おぉ、アンタらか。来たってことは、金は用意できたみたいだな」
「まぁね。ゼルが競売に出されるのは、この会場で間違いないよね?」
「あぁ、あそこに今回競売にかけられる奴隷の一覧があるだろ? ゼルってやつの名前も載ってるはずだぜ」
彼女に言われて会場の脇の掲示をみると、赤銅級、橙銀級、黄金級に分かれて名前だけが記載された簡素なものだった。
その黄金級のところにゼルさんの名前があった。今回、黄金級の奴隷は三人競売にかけられるようで、彼女の名前は真ん中に記載されていた。
「ゼル…… 神よ、ええと…… 彼女を助け給え」
掲示を目にしたロスニアさんがちょっと言い淀みながら祈りを捧げた。
あの奴隷を落札させて下さいって神に祈るのは変だから、途中で無難なものに変えたんだろうな。
何か仕込みをしてくれたらしいキアニィさんは、掲示を見てニヤリと笑っていた。
受付でいくらかの保証金を預け、代わりに番号札をもらった僕らは、早速会場に入った。
会場は二つに分かれていて、奥が競売会場のようだ。そして僕らがいる手前の広々とした部屋には、奴隷の人達が整然と並べられていた。彼女達は身綺麗な状態に見えるけど、その手足は鎖で拘束されている。
それぞれ小さな立て看板がおいてあって、簡単なプロフィールも掲示されていてるようだった。
商館に入る前からそうだったけど、会場は結構混雑している。戦闘奴隷の競売会場なせいか、来場者には身なりの良い商人風の人や、僕らと同じような冒険者風の人たちが多い気がする。
その人達が真剣な表情でプロフィールと奴隷の人本人を見比べ、体格を確認している。人ではなく、完全にモノとし扱っている印象だ。
「なんつーか…… すごい光景だね。人間が売り買いされてるって実感するよ」
「シャムの情報によると、古代において奴隷制は多くの国において禁止されていたようであります。
ただ、古代においても実質的に人を奴隷のように扱う抜け道はあったようなので、社会はそんなに変わっていないのかも知れないであります」
「いつの世も人が考えることは同じか…… 私の領…… いや、故郷でも奴隷制は禁止されていなかったが、実際に目の当たりにするとその是非について考えさせられてしまうな」
雰囲気に圧倒されていると、キアニィさんが会場の一角を指し示した。
「みんな。ほら、あそこですわぁ」
指された方をみると、そこには一週間ぶりに目にするゼルさんが居た。
他の奴隷の人達と同じく彼女も拘束されているけど、両脇に並んだ別の奴隷の人に陽気に話しかけているように見える。
「ゼル……!」
走り出したロスニアに釣られ、僕らもゼルさんの元に走った。
「にゃははは! ん? おーロスニア、それにみんな。待ってたにゃ。どうにゃ二人とも、嘘じゃなかったにゃろ?」
「ふん…… 己の幸運に感謝することだな」
「本当にきたんだ…… 仲間思いの人もいたもんだねぇ」
ゼルさんの両脇に居た奴隷の人たちが、それぞれ違った反応を見せる。少しお姉さんの牛人族と若い犬人族の人だ。
隷属の首輪をつけているので彼女達も黄金級の手練なんだろうな。
「なんだいゼルさん、ここでも友達ができたのかい。相変わらずだねぇ」
「本当にあなたは…… 誰とでも仲良くなってしまうんだから」
ロスニアさんが泣き笑いのような表情で言った。たった一週間ぶりの対面だけど、彼女にとってはとても長かったのだろう。
「にゃははは。みんなも元気そうでよかったにゃ。どうにゃ? 健康なフェログリス王国産の猟豹人族だにゃ。よく働くにゃよ〜?」
ゼルさんが自分の脇においてある立て看板を示しながら戯けて見せる。
『名前:ゼル
年齢:20歳
種族:猟豹人族
出身地:フェログリス王国
位階:黄金級
戦技:双剣
言語:ベルンヴァッカ帝国語、フェログリス王国語
健康状態:優良』
ゼルさん20歳だったのか。なんか、だらしない大人のお姉さんて感じだったから、もっと年上かと思ってた。
「どうしようかねぇ。あんたはお使いにお金を渡したら、そのまま賭けに使い込んじゃいそうな顔してるよ」
「にゃっ…… そこを突かれると弱いにゃ。でも、今回のことで流石のウチも懲りたにゃ。
お願いにゃ。もう賭け事はしにゃいから買ってほしいにゃ」
手を組んで目をうるうるしながら訴えるゼルさん。この人、やっぱりいつも余裕だな。
「タチアナ、ゼルを虐めちゃダメであります!」
「おっと、ごめんよシャム。ゼルさん、まぁ気楽に待っててよ。
ちゃんと準備してきたから、アンタはアタイらが必ず競り落とすよ」
「わかったにゃ! 気楽に待ってるにゃ!」
「タチアナ、我々は競売の素人だ。今のうちに入札の方法について確認しておくべきだろう。あそこの職員に訊いてみよう」
「そうだね。じゃぁゼルさん、あとでね」
「待っててね、ゼル」
「おー、頼んだにゃー」
ゼルさんと別れてから暫くして、職員の人が会場の人達に声をかけ始めた。もうすぐ競売が始まるようだ。
僕らは指示に従って奥の会場の椅子に着席した。周りを見回してみると、ほぼ満席のようだ。
一段高くなったステージの方を見てみると、向かって左端の演台に競売人らしき人が居てペラペラと紙をめくっている。
ステージ上にさっき見た奴隷の人たちが引き出されて、競売人の人が仕切っていくというのが流れかな。
「それじゃあシャムちゃん、悪いけどお願いするわねぇ」
「額については私とキアニィとで指示していく。君は指示額に応じて、落ち着いて札を上げてくれればいい」
「お任せあれであります! ロスニア、もうすぐゼルを取り戻せるであります!」
「え、えぇ。シャムちゃん、お願いしますね……!」
「ロスニアさん。無理だろうけど、もう少し力抜きなよ」
シャムは『31番』と書かれた札を握りしめ、気合十分といった様子だ。
職員の人に聞いたところ、この札を上げる際に、縦にしたり横にしたり、上げてから傾けたりすることで、現在の額に何割上乗せして入札するか提示するらしい。
最終的に一番高い入札額を提示した人が競り落とせる仕組みだそうだ。
なぜシャムに札上げ係をお願いしたのかというと、消去法だ。僕、キアニィさん、ヴァイオレット様は、追手から逃げる都合上、あまり目立たない方がいいのだ。
ロスニアさんでもよかったのだけれど、彼女はガチガチに緊張していたので……
「皆様、お待たせいたしました。本日はお越し頂き誠にありがとうございます。当会場では--」
時間になったのか。競売人が説明を始め、同時に最初の奴隷の人達がステージに並び始めた。
そして、そのうちの一人がステージの前の方に引き出された。
「それでは、早速競売を開始致します! 最初の商品、赤銅級の只人の剣士ホアナ、まだ若い伸び代たっぷりの健康優良児です! 1万ディナからどうぞ!」
競売人がそう宣言すると、周りから一斉に札が上がり始めた。
「はい1万1千、1万3千…… 2万! 2万5千--」
い、一瞬で倍額以上に……! オークションて初めて参加したけど、こんなに流れが早いものなのか……!?
驚愕に目を見開いていると、周りから不穏な台詞が聞こえてくる。
「おいおい、随分流れが早いな……」
「あぁ。最近やたらと魔物が多いからな。みんなここぞとばかりに買い込むつもりだろうさ」
「そういや最近多いな。うーん…… まいったなぁ、今日は高くつきそうだぜ」
くそっ、やっぱり普段より値が釣り上がってるのか……!
でも僕らは、ゼルさんの予想落札価格である150万ディナに対し、5倍以上の金を用意してきている。
絶対大丈夫。大丈夫なはずだ。僕は拳を握りしめながら競売を見守った。
「145万、145万です! もうありませんか!? ありませんね!?」
ガンガンガンッ!
「31番の方! 黄金級のゼルを145万ディナで落札です!」
競売人の宣言に、会場から拍手が起こった。
「や、やったであります! ゼルを取り戻したであります!」
シャムが『31番』と書かれた札を振り回し、喜びを表現している。
そう。僕らは無事、ゼルさんを競り落とすことに成功したのだ……!
僕が静かに達成感と安堵を噛み締めていると、僕の左隣に座っていたロスニアさんが抱きついて来た。
「あぁ…… タチアナさん、みなさん、ありがとうございます! 神よ、感謝します……!!」
「うん、よかったね。アタイも安心したよ、ほんと」
僕はロスニアさんの背中を優しく撫でながら、右隣に座っているキアニィさんに耳打ちした。
「キアニィさん、実際、何やったの? ゼルさんの時、競合が随分小粒だった気がしたけど……」
ゼルさんの前に競売にかけられた黄金級の牛人族の人は、250万ディナで落札された。
その時は資金力がありそうな人達がバチバチにやり合っていたけど、ゼルさんの時にはそういった人達が競り合ってこなかったのだ。
おかげで、普段より値段が釣り上がっていた今日の会場で、相場よりちょっと下くらいの価格でゼルさんを競り落とせたのだ。
「うふふ。大したことはしてませんわぁ。ただ、有力な人達にほんの少し情報を流しただけですわぁ。ちょっとだけ、ゼルさん以外の方がよく見えるように……」
笑みを深くしてそう囁き返すキアニィさん。いや、それ結構大変だったでしょ、絶対。僕は降参するように両手を上げた。
「さすがだよキアニィ。やっぱりあんた頼りになるよ」
ゼルさんを競り落とした僕らは、すぐに会場を後にし、奴隷の引き渡しを行う部屋へと移動した。
代金を支払い、書類に署名した後、ゼルさんの隷属の首輪と対になる、主人の腕輪を誰がつけるかという話になった。
僕はロスニアさんがつけるものと思ったけど、彼女はなぜか僕を推してくれた。他のみんなも同意見だったので、僕がつけることになった。
専属の魔法使いの人に腕輪をつけてもらい、すべての手続きが終わった後、ゼルさんが連れてこられた。
「あ、ゼルであります!」
「ゼル殿、迎えに来たぞ!」
「ゼル、今日はお祝いですわぁ。美味しいものをたくさん食べますわよぉ」
「みんな! いやー、助かったにゃ。ありがとうだにゃ!」
いつもの軽い調子で現れたゼルさんに、すかさずロスニアさんが突進した。
「ゼル……! もう、バカ…… 心配させて……!」
「にゃはははは…… ごめんにゃ。みんな、本当に…… にゃ?」
ロスニアさんを抱き止めて笑っていたゼルさんの目から、一筋涙が溢れた。
「う、うぐっ…… も、もう二度と会えないのかと…… こ、こんなウチのために…… 本当に、ありがとうだにゃ……」
自分の肩に顔を埋めて嗚咽を漏らすゼルさんを、ロスニアさんが驚いた表情で見つめている。
そうか。考えてみれば当然だ。明るく振る舞っている彼女でも、奴隷として生きていくことに不安を感じなかったわけが無い。
長年一緒にいたロスニアさんとも二度と会えないかもしれない。彼女は今この瞬間まで、その恐怖をずっと隠していたのだ。
僕はほとんど無意識に足を前に進め、ゼルさんとロスニアさんをまとめて抱きしめた。
「ロスニア、タチアナ、ヴィー、キアニィ、シャム…… ありがとう、ありがとうだにゃ……!」
ゼルさんの涙が止まるまで、僕はしっかりと二人を抱きしめ続けた。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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