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第143話 一獲千金


 いきなり手元に金塊が転がり込んできた僕らは、小柄な体格のくせにやたらと重い金の鱗鎧猿(ゴーレム)を荷車に乗せ、一気に魔窟の出口を目指した。

 数日で戻ってきた僕らを見て、少しほっとした表情をしていた門番の人にバタバタと挨拶をし、魔窟都市までまた半日かけて戻る。

 そうして無事、競売前日の夕方頃、カサンドラさんの待つ冒険者組合にたどり着くことができた。


「み、みなさん。何というか、持ってますね…… 極少数の目撃証言のみで、実在が疑われていた金の鱗鎧猿(ゴーレム)…… それをたった数日の探索で確保してくるなんて。本当に驚きです」


 冒険者組合では、大型のものや周りを汚してしまうような素材の場合、中の受付ではなく外に面した買取窓口に素材を納品することになっている。

 僕らがそこに金の鱗鎧猿(ゴーレム)を持ち込んだところ、窓口の人は手に余ると判断したのか、彼はすぐにカサンドラさんを呼んできたのだ。


「アタイらが一番驚いてるさ。仕留められたのは本当に偶然だったよ。

 早速で悪いけど、緑鋼の鱗鎧猿(ゴーレム)の素材納品の依頼の失敗手続きと、これの買取をお願いするよ。まだ間に合うよね?」


「ええ、もちろん。あ、おそらく相当な額になるのと、少々お話もお聞きしたいので、打ち合わせ部屋でお待ちいただけますか?」


「わかった、期待して待ってるよ」


 カサンドラさんが別の職員さんを呼んでくれ、その人の案内でみんなで打ち合わせ部屋に向かおうとしたところ、キアニィさんが立ち止まった。


「タチアナちゃん。わたくし、少し用事を思い出しましたの。ちょっと別行動させていただけませんこと? 夜には宿に戻りますわぁ」


 こんな時に用事? みんなが怪訝な表情をする中、ロスニアさんがずいと前に出た。


「あの、キアニィさん。お手伝いは要りますか? 私、着いて行きますよ?」


「い、いえ。一人の方が都合がいいので、大丈夫ですわぁ」


 その言葉にピンと来た。きっと彼女の得意分野を活かして、何か明日の競売に備えて手を打ってくれるのだろう。


「--わかったよ。無茶はしないよね?」


「もちろんですわぁ。それでは後ほど」


 彼女はそう言って颯爽と去っていった。


「キアニィ…… 夜ご飯が待てなかったでありますか?」


「ははっ、それも彼女らしいが、今回はそうではあるまい。何か、考えがあるのだろう」


 残された僕らは職員さんの後に続き、打ち合わせ部屋に向かった。






 みんなで雑談しながら買取価格に思いを馳せること暫し。カサンドラさんがカートを押して打ち合わせ部屋に入ってきた。

 しかし僕らは、彼女では無くカートの上に乗ったものに目が釘付けになった。


「皆さん、お待たせしました。よい、しょっと。こちらが今回皆さんが持ち込まれた鱗鎧猿(ゴーレム)の買取額、締めて724万ディナです」


 相応の重量があるはずなのに、彼女はカートの上からひょいとそれを持ち上げ、僕らの前のテーブルに置いた。

 頑丈そうなお盆の上に、普段見るものよりも大ぶりな金貨が数百枚、文字通り山積みになっていた。

 す、すげぇ…… ここまでの大金は初めて見た。今手元になる資金と合わせると849万ディナ。日本円にすると8.5億円くらいか。

 まさに一攫千金。なんだか宝くじに当たったようで現実感が無いけど、ゼルさんを競り落とすには十分すぎる資金だ。


「ず、随分気前がいいね…… 内訳を聞いても?」


「はい。まず、この鱗鎧猿(ゴーレム)が纏っていたのはやはり金でした。と言っても、その含有率は60%程度のようです。

 しかしそれでも相当の量です。精製の手間を差し引いたとしても、素材の価値だけで722万ディナと査定させて頂きました。

 続いて魔核ですね。こちらは黄金級に分類されるものでしたので、5千ディナ。

 そしてこの鱗鎧猿(ゴーレム)の肉体そのもの、こちらも資料として高い価値がございます。この後少しお話をお聞かせて頂けるのでしたら、1万5千ディナで買い取らせて頂きます。

 ご納得頂けましたら、こちらに受領の署名を」


 そう言われた僕はみんなに目配せしたけど、ヴァイオレット様以外は僕と同じように目を見開いてい固まっている。

 僕の視線に気づいた彼女は、鷹揚に頷いた。


「うむ、妥当な価格だろう。少々精製の手間賃が多い気もするが、まぁ許容範囲と考えていいだろう」


 元侯爵令嬢のOKも出たので、僕は差し出された書類に署名した。


「取引成立だね。さぁ、何を話せばいいんだい?」


「ありがとうございます。では、あの鱗鎧猿(ゴーレム)ですが--」


 僕がカサンドラさんからの質問に答えて行くと、彼女は考え込む様子で口元に手を当てた。


「--なるほど。ではおそらく、あの金の鱗鎧猿(ゴーレム)は万能型の魔物だったのでしょうね。

 皆さんが鱗鎧猿(ゴーレム)が発見した空間は、出入り口もなかったのですよね? であれば、土魔法あたりで作り出したものと考えるのが妥当でしょう。これまで確保できなかった理由がわかりました。

 加えて、あの金の鎧は相当の重量がありました。あの体格では、身体強化しないと動くこともままならないでしょう」


「なるほどねぇ…… アタイらは本当に運が良かったみたいだね」


「うふふ、運も実力の内ですよ。あぁそう言えば、鱗鎧猿(ゴーレム)の首の切り口はとても見事なものでした。どなたが仕留められたのですか?」


 あ、やべ。その言い訳考えてなかった。


「えっと…… もちろんヴィーだよ。ねぇ?」


「--うむ。お褒めに預かり光栄だ」


「……そうですか。さすがですね」


 カサンドラさんが、ただの杖に見えるよう偽装した僕の槍をチラリと見た。加えて、ロスニアさんからも視線を感じる。ちょっと変な汗出てきた……


 幸い、カサンドラさんからはそれ以上のツッコミはなく、僕らは重すぎる財布を持って組合を出ることができた。

 今はみんなでゼルさんのいる商館に向かっている。念の為、明日予定通りに競売が行われることを確認するためだ。

 しかし、本当に重いし嵩張りまくるな、849万ディナ。組合でお金を預かってくれる仕組みがあるらしいので、ゼルさんを無事競り落としたら大半は預けてしまおう。

 おっと、そんなことより。僕は、少し後ろの方を歩いているロスニアさんの方を振り返った。


「ロスニアさん。さっきは黙っててくれてありがとう。色々と言いたいことはあると思うけど、今は堪えてくれないかい? ゼルさんを取り戻したら、折を見て説明させてもらうよ」


 少し俯き気味み歩いていた彼女が、僕の言葉に顔を上げた。


「--はい。大事なことは、皆さんがゼルを助けようとしてくれていることです。何か事情があるのでしょうけど、それに比べたら些細なことです。いつか、話せる時が来たら教えてくださいね」


「--ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ」


 微笑みながらそう言ってくれた彼女に、僕は頭を下げてお礼を言った。





 

 商館で予定に変更が無いことを確認した僕らは、早々に宿に入り、明日に備えて寝てしまった。今回も、僕とヴァイオレット様が同部屋である。

 その夜半、僕はキィ…… という窓の開く音に目を覚ました。ベッドから身を起こして窓に目をやると、やはりキアニィさんだった。

 ヴァイオレット様も同じタイミングで起きたのか、僕と同じようにキアニィさんの方を見ていた。


「お帰りなさい。なんだか、初めて会った時のことを思い出しますね」


「ただいまですわ。たしかにそうですけれでも、そのお話はやめて下さいまし。わたくしにも羞恥心というものがありましてよ?」


 薄暗いのでキアニィさんは恥ずかしがっているようだ。まだ彼女が敵だった頃、彼女は僕らに対する最初の夜襲を、けっこうポンコツなミスで失敗したのだ。


「ふふっ、だがそのおかげで我々は今一緒に居るのだ。今ではもう良い思い出なのではないか?」


「それは、そうですけども…… まぁいいですわ。そちらの首尾は?」


「うむ。結論から言うと、今現在我々の資金は849万ディナだ。金の鱗鎧猿(ゴーレム)の買取価格が想像以上でな。これならばゼル殿を競り落としてもお釣りがくるだろう」


 ヴァイオレット様の言葉に、キアニィさんが目を見開いた。


「く、組合も随分気前がいいですわねぇ。でも安心いたしましたわ。これならば、わたくしの仕込みがうまくいかなかったとしても大丈夫ですわねぇ」


「仕込みって、どんなことをしてくれたんですか?」


「ちょっとした情報操作ですわぁ。効果の程は、明日の競売を待たないと分かりませんわね…… さて、わたくしも明日に備えて眠らせて頂きますわぁ」


 彼女はそう言って、いそいそと僕のベッドに潜り込んできた。


「あの……」


「むぅ。今日のところは仕方あるまい。だが明日は替わってもらうぞ」


「ふふっ、わかっていいますわぁ。ほらタツヒト君、寝ますわよ」


 キアニィさんに促されてベッドに身を横たえると、彼女はすぐに僕を後ろから抱きしめてきた。

 彼女の暖かな体温と心臓の鼓動が背中越しに伝わってくる。あー、なんかすっごい落ち着く。

 全身を優しく包み込んでくれるような感覚に、僕はすぐに眠りに落ちた。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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