第142話 鱗鎧猿の魔窟(2)
ちょっと長めです。
10階以降は、接敵する魔物の大半が鱗鎧猿になった。
襲いかかってくる石や鉄、鉛、そしておそらくは鋁合金などを纏った鱗鎧猿を蹴散らし、僕らはひたすら下の階層を目指した。
大体の鱗鎧猿は重い素材を纏っているので、喰らった一撃が大ダメージになる可能性がある。でも彼らは初動が遅いのと、前衛組が優秀だったので怪我人は出なかった。
ただ、鋁合金の鱗鎧猿だけは異様な速度と強靭な外殻を両立する難敵だった。軽くて頑丈らしいからなぁ、あの素材。
10階以降の景色は、相変わらず芸術的に抉られた広大な渓谷のようになっている。
そして、これは組合から得た情報通りでかなり助かったのだけれど、一番大きな谷間、大通をまっすぐ歩いていくと下の階へのスロープに辿り着けるのだ。
そこから脇道に入ると迷路のように枝分かれしているので、不用意に入ってしまわないように気をつけないといけない。
そんなわけで、僕らは予定通り地下20階まで辿り着くことができた。
タイムリミットは今から半日ほど…… その時間内に緑鋼の鱗鎧猿を確保しなければならない。
「しかし、本当に地下とは思えぬほど広大な空間だ。そして魔物、鱗鎧猿の数自体はそこまで多くない。だからこそこの広大な魔窟を管理できているのだろうな。
この階層に来るまでは良かったが、いざ標的を探すとなると難儀だな……」
「それでも探すしか無いさ。キアニィ、索敵を頼むよ。シャム、アンタのその目が頼りだ。ロスニアさんも、何か気づいたことがあったら教えてね」
「えぇ、お任せあれですわぁ」
「望遠モードを起動するであります!」
「はい! 私にも熱を見る目があります。鱗鎧猿が居たら気づけると思います」
ロスニアさんが気合いの入った声を上げる。そういえば、蛇って確かピット器官とかいうのを持ってたな。それなら確かに熱源に気付けるだろう。
「そうか、蛇人族だもんね。期待してるよ」
ここが頑張り所。全員が気合を入れ直して捜索を開始した。
20階層からは、大通りだけでなく迷路のように入り組んだ脇道も探索した。
ばらけてしまうと遭難する可能せがあるので、全員で固まってできる限り早く丁寧に索敵していく。
しかし、見つかるのはどれも緑鋼以外の鱗鎧猿で、階層を幾つか降ってみてもそれは変わらなかった。
みんなの気合いとは裏腹に時間は過ぎていき、タイムリミットが近づいてきた。
もうダメかもしれない。みんなが諦めかけたその時、ロスニアさんが緑鋼の鱗鎧猿を発見した。
「みなさん……! 見つけました、あそこです……!」
小声で呼びかける彼女の指す方を見ると、入り組んだ谷の数十m向こう側、わずかな隙間から岩壁を貪る緑色の鱗鎧猿が居た。
「間違いなさそうだね……! ロスニアさん、よく見つけてくれたよ! まずは気づかれない距離ギリギリまで近づこう」
「「了解……!」」
それから僕らは足音を殺して距離を詰め、標的のすぐ手前の岩壁の影まで来た。
岩陰からそっと覗くと、やはり緑鋼の鱗鎧猿のようだ。
「よし、まだ気づかれていないね。全員で一気に--」
緑鋼の鱗鎧猿から目を離し、みんなを振り返った瞬間。みんなのさらに後方から二体の鱗鎧猿が現れた。
挟み撃ちの形なので結構まずい状況である。しかし、もっとまずいのは、その鱗鎧猿達が鏡のように磨き上げられた青色をしていたことだ。
「「ゴガァァァァァッ!!」」
二体の青い鱗鎧猿が咆哮を上げ、その強烈な殺気が僕らに降り注ぐ。
背筋が泡立ち恐怖が心を支配するこの感覚。間違いなく格上、青鏡の鱗鎧猿だ……!
咆哮に振り返ったみんなも、ヴァイオレット様を除き驚愕と恐怖に固まってしまっている。
「ゴァッ……!? ゴギャァァァァッ!!」
そしてその咆哮により、緑鋼の鱗鎧猿までもが僕らに気づいた。
挟み撃ちの上に格上が二体。この状況…… 無理だ、絶対に勝てない。
「て、撤退だ! アタイに続けーー!!」
僕は固まっているロスニアさんを抱き抱えると、一目散に逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ…… どうやら、巻いた、みたいだね」
大通から外れた小さな谷で、僕らはやっと足を止めた。
途中まで異様な速度で追ってきていた三体の鱗鎧猿だったけど、その巨体が仇となった。
なるべく狭く入り組んだ道を選んで逃走したことで、なんとか撒くことができたようだった。
辺りを見渡しても、迷路のようで自分が今何処にいるのかわからない。でも、崖を登って高いところから見渡せば、大通に戻ることはできるだろう。
「あ、あの…… タチアナさん、もう降ろしていただいて大丈夫です……」
「ん? あぁ、ごめんよ」
消え入りそうな声で俯きがちに言うロスニアさんを、僕はゆっくりと地面に降ろした。
なんだか反応が気になるけど、今はそれよりも考えるべきことがある。懐からスマホを取り出して確認すると、もう引き上げなければならない時刻だった。
「--ロスニアさん、みんな。悪い知らせだよ。もう、時間だ。今から引き上げないと、ゼルさんの競売に間に合わない……」
「そんな……!?」
「ロスニア殿…… 残念だが、戻るしかないだろう。一番避けるべきなのは競売に間に合わないことだ。
帰りがけに鉄の鱗鎧猿でも狩って帰ろう。緑鋼のものとは比べ物にならないだろうが、幾らかにはなるはずだ。
幸い今回の依頼は失敗しても違約金は発生しない。少しでも競り落とせる可能性を上げつつ、間に合うように帰途に着くのが、今我々にできる最適な行動だろう」
悲痛な声を上げるロスニアさんに、ヴァイオレット様が落ち着いた調子で述べた。
ロスニアさんは、暫く口元を震わせながら黙っていたけど、ついには項垂れるように頷いた。
「わかり、ました。戻りましょう…… ゼルが、私たちを待っています」
「……うむ。その判断に感謝する。キアニィ、登って大通の方角を確認してくれるだろうか」
「わかりましたわぁ」
キアニィさんは十数mほどの高さの崖にするすると登って行った。
「うぅ、どこかに金塊でも落ちてないでありますか? ゼルとお別れするのは寂しいであります……」
「そうだね…… でも、まだ落札できないと決まったわけじゃないよ。やれるだけのことをやろうじゃないか」
涙ぐむシャムを抱き寄せてあやしていると、キアニィさんが崖から降りてきた。
「確認できましたわぁ。あちらの方向、大通りには30分ほどで着けると思いますわ」
「ありがとさん。じゃあみんな、行こうか……」
キアニィさんの示した方向に向けて、僕らはトボトボと歩き始めた。本当はもっと早く歩くべきなのに、全員がその気力を失っているようだった。
しかし、そのゆっくりとした移動速度が功を奏したのか、僕は岸壁に埋まる拳大の緑色の鉱石に気づいた。
「--ん? あれ、これって緑鋼じゃないかい?」
隊列が停止し、ヴァイオレット様が僕が指した岸壁と、自身が持っている緑鋼の槍の穂先を見比べた。
「あぁ、そのようだな。この穂先と同じ金属の鉱石に見える」
「だよね。ちょっとこれだけ掘り起こしてもいいかい? 緑鋼の鱗鎧猿ほどじゃ無いだろうけど、高く売れるでしょ」
「ですわねぇ。代わりましょうか?」
「いや、大丈夫さ。杖の石突で何とかなりそうだよ」
僕は幸いにも、身体強化と魔法の双方を使える万能型だ。でも、元王国魔導士団のタツヒトが万能型というのは、周知に事実だ。
なので今は単なる魔法使いとして振る舞っている。筒陣を仕込んだ魔導手甲は装備しているけど、槍は単なる杖に見えるように穂先を偽装している。
その杖の石突で鉱石の周りをガシガシ突いていると、ボコリと突き抜ける感覚があった。
「お。取れ…… うわ!?」
ガラガラガラガラッ……!
僕が突いていた場所を中心に岩壁がボロボロと崩れ始めたので、慌てて全員で岩壁から離れた。
そして崩落が治り、砂埃が晴れた頃、崩れた先に6畳間程の空間があることに気づいた。
さらにその空間の中心には、金色に輝く鎧を纏った小柄な鱗鎧猿が居た。
腕を枕にして横向きになり、休日に家でゴロゴロしているおっさんのよう様子で眠っている。
「う、うそ…… こんなところに鱗鎧猿? それも金色の……」
「フガッ…… ホァ〜…… ホキャ……?」
崩落音がうるさかったのか、その金色の鱗鎧猿ががくりと首を揺らした。そしてそのままのっそりと起き上がって伸びをし、僕らの方を見た。
「「……」」
数秒の沈黙。それを破ったのは鱗鎧猿の方だった。
「ホギャーーー!?」
驚愕の悲鳴と共に、金色の影は残像を残す勢いで走り出した。
疾い……!? 魔法じゃ間に合わない。瞬時にそう判断した僕は、杖に偽装してた槍の穂先の鞘を取り払った。
そして、僕の脇を走り抜けようとしていたそいつの首に、すれ違いざまの一閃を放った。
ザシュ……! ドザッ、ドンッ……
小柄な鱗鎧猿の体が脱力して地面に転がり、少し遅れて切り飛ばされた頭部が地面に落ちた。
やたらと重量感のある落下音と煌めく黄金色。僕は期待に手を震わせながら、鎧われた頭部を拾い上げた。
「お、重い…… それにこの山吹色、黄銅とかじゃ無い……! こ、これ、金だよ!」
「す、すごい…… 本当に金塊が転がり込んできたであります!」
「あ、あぁ! 小柄だが、それでも全身をかなりの厚みの金塊に覆われている……! これなら、ゼル殿を競り落としてもお釣りが来るぞ!」
「やりましたわね……! 急いで荷車に積み込みましょう! 組合に買取を依頼しても、まだ十分競売に間に合いますわ!」
全員が歓声を上げる中、呆然としていたロスニアさんがやっと口を開いた。
「--あぁ、あぁ……! タチアナさん、皆さん、そして神よ! 感謝いたします!!」
彼女はその場に膝をつき、滂沱の涙を流しながら祈りを捧げた。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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