第014話 異世界入門(2)
ボドワン村長からもたらされた情報に興奮して叫んでしまった。
そうか……亜人には女の人しか存在しないのか。ここが楽園か。
今もとの世界に帰れますよと言われたら、散々迷った挙句に残ることを選んでしまいそうだ。
『すみません、ちょっとびっくりしてしまいました。ええと、ヴァイオレット様からは、僕の出自などについてどのくらい訊いてますか?』
『あぁ、異世界がどうたらってやつか? 訊いてもわからんかったから、とりあえずお前は流れもんだって考えることにしたぜ』
……大雑把だけど懐の深さを感じるな。さすが村長。
『そうですか。実は僕が住んでたところには只人しか住んでなかったので、亜人の方々を見たのは今日が初めてなんです』
『あぁん? そういや、どっかの国に只人の自治区があるって聞いた事があるが…… 珍しいとこから来たんだな』
『まぁ、そんなところです』
村長にもっと詳しく聞いてみたところ、亜人は只人の男と子供を作るけど、その場合亜人しか生まれないらしい。
そして亜人は只人より肉体的に優れているので、どの国も支配者層は亜人なのだそうだ。
そうすると強い亜人と只人の人口比が崩れていきそうだけど、そこは法律で調整しているようだ。
平民が結婚の届出を行う際に、亜人と只人の男女の3人で行わないと受理してもらえないのだそうだ。
加えて亜人の方が只人より子供ができにくいらしい。
その甲斐あってこの国の亜人、只人の男、只人の女の人口比は大体同じくらいなのだそうだ。
あと、同じ男と結婚した亜人と只人の女は姉妹妻という呼ばれる。もちろん亜人の方が姉だ。
『なんというか…… よくできた仕組みですね』
『まぁ色々と抜け道はあるけどな。だが、亜人が男を独占しちまったら次の男が産まれねぇ。俺でもわかる理屈だ』
『姉妹妻というのも初めて聞きました…… あのー、ヴァイオレット様って結婚されてるんでしょうか?』
『あん? そうゆう話はきかねぇが…… なんでだ?』
よし! 思わず小さくガッツポーズをとってしまった。
大貴族とはいえヴァイオレット様は次女。平民(?)の僕でもほんの少し可能性はあるはず……!
『ははは。いえ、なんでも…… そうだ。村長の、えっと姉妻ですか? その方は今どちらに居るんですか?』
僕が何気なく質問した瞬間、村長の空気が変わった。
側で僕らのやり取りを見守っていたクレールさん、村長の妹妻さんも、何かを察したのか表情が強張っている。
『……今はもういねぇ。まだ村の防壁ができてなかった頃に魔物との戦いでな…… あいつは俺よりも強かったのにな』
目を伏せ、力無く吐息を吐くように村長は言った。
『それはっ…… すみません、悪いことを聞いてしまいました』
『いや、いいんだ。謝るこたぁねぇ…… だが、エマんとこの妹妻も同じ理由でもういねぇ。この話はしてくれるなよ』
『そう、ですか。分かりました、肝に銘じておきます』
パンッ。
少し空気が重くなってしまったところで、手を叩く音が聞こえた。
振り返ると、微笑みを浮かべて手を合わせているクレールさんがいた。
「*****? ボドワン、タツヒト***、******」
僕らに語りかけるクレールさんに応じて、村長が席を立った。
『村長、クレールさんは何と?』
『昼飯にしようだとさ。確かにいい時間だ。あぁ、お前さんは座ってていいぞ。悪さしない限りは客人だ』
そう言われても落ち着かなかったので、無理やり手伝わせてもらった。
と言っても、食器をテーブルに並べただけだけど。
机に並べられた本日のメニューは、黒パン、一欠けのチーズ、ちょっとベーコンの入った野菜スープ、そして焼き魚だ。
スープと焼き魚の匂いが食欲を強烈に刺激する。早く食べたい……!
そわそわしながら座っていると、村長夫妻が両手を組んでお祈りのような言葉を呟き始めた。
とりあえず真似をしてみたけど手の組み方が特徴的で、指は真っ直ぐに伸ばし、手のひらはくっつけずにスペースを作っている。
でもどこかでみたような…… あ、さっき見た教会に掛かってたシンボルの形だ。
何教なのかわからないど、僕もさっき怪我を治してもらったばかりなので、村の人たちが信心深くなるのも納得だ。
空腹のせいでやたら長く感じたお祈りが終わり、やっと食事にありつけた。
実質一日ぶりくらいのまともな料理だったのと、防壁の内側にいるという安心感も相まって、涙が出るほど美味しい。
黒パンはちょっと硬めだったけど、スープでふやかして食べると野菜、ベーコン、穀物の旨みを一気に味わえた。
鱒に似た魚に塩を振って焼いただけのシンプルな焼き魚も、身がほろほろで最高だ。
一瞬で食べ終わり満足感に半ば放心していると、クレールさんがニコニコしながらこちらを見ていた。
「村長、とても美味しかったです! クレールさんにもお礼を伝えてください」
『村長、とても美味しかったです! クレールさんにもお礼を伝えてください』
思わず日本語と翻訳機の二重音声で伝えてしまった。
昼食の後、村長と村での過ごし方について話した。
基本は四六時中村長の側にいるだけで良くて、働かなくても三食ついてくる高待遇とのことだった。
寝る場所も村長宅の部屋を貸してもらえることになった。
そうは言っても暇だし居心地が悪いので、村長の手伝いをして過ごすことにした。
村長は陽が出ると同時に起き出して朝食を食べ、村の外の麦畑の手入れをして昼食を食べる。
午後は防壁の中の畑の手入れをしたり、人と話したり、事務作業をしたりする。
一通り仕事が終わったら夕食を食べ、水浴びしてから日没とともに寝てしまう。
とても規則正しい生活だ。
手伝いをしながら村長について回ることで、結構たくさんの人達と挨拶することができた。
森の木を切り出しに行く木こりの人達や、それを護衛する冒険者の人達とも話してみたかったけど、なかなかタイミングが合わなくて話せなかった。
あと、初日はエマちゃん親子がお詫び行脚をしているのを見つけた。
エマちゃんを探すために、午前中の作業が村全体で止まってたらしい。
でも、エマちゃん親子に嫌な顔をしている人は誰もいなかった。
人徳のなせる技だろうな。
事務作業は流石に手伝えなかったので、その間は筋トレしたり遊びに来たエマちゃんと戯れていた。
エマちゃんの家は酒場兼宿屋で、冒険者の人たちが村の外に出ている間は少し暇になるらしかった。
ちなみに、事務作業はクレールさんも手伝っていたけど、彼女の方が仕事内容を把握してる感じだった。
村長大雑把だからな……
そんな感じで三日間は瞬く間に過ぎ、ヴァイオレット様が言っていた調査隊が村に来た。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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