第139話 ああ……それにしても金が欲しいっ……!!(1)
ちょっと長めです。
2024/06/05 21:48 一部書きかけの箇所があったので修正しました。すみません。
「ご、ごべんなざいでありまず……」
魔窟都市ミラビントゥムの冒険者組合、その待合スペース。正座して号泣しているシャムを、ヴァイオレット様は厳然と見下ろしていた。
いつもの凛々しくも優しい彼女の面影はなく、冷たく恐ろしげな表情をしている。
あの後シャムの行動を重く見たヴァイオレット様は、論理で叩き潰すかのような静かかつ強烈なお説教をシャムに施したのだ。
正直めっちゃ怖かった。怒られているは僕じゃないのに、なぜか背中が冷や汗でびっしょりだ。
広い待合スペースには沢山冒険者が居て、当然僕らの後ろに並んでいる人もいるのだけれど、彼女の迫力に誰もが凍りついたようになっている。
「あの、ヴィーさん、私は大丈夫でしたから、その辺りで……」
わざわざ受付カウンターから出てきてくれたカサンドラさんが、ヴァイオレット様を宥める。
「--了解した。すまなかったな、カサンドラ殿。
シャム、立ちなさい。そしてカサンドラ殿に、非礼と危険な行為をしてしまったことを謝りなさい。
彼女が手練であったからよかったものの、君の好きなカサンドラ殿が大怪我をしていたかもしれないのだ」
「は、はい! カサンドラ、いきなり抱きついてしまって、危ないことをしてしまってごめんなさいであります……」
「はい、許します。危ないからもうしちゃダメですよ?」
「わかったであります!」
シャムの謝罪をカサンドラさんが受け入れてくれたことで、ヴァイオレット様の雰囲気も戻り、待合スペースの時間が流れ始めた。
「本当にすまなかったね、カサンドラさん。しかし、見事な受け流しだったよ。冒険者やった方が稼げるんじゃないかい?」
「うふふ、ありがとうございます。実は、私も以前は冒険者だったんです。今はもう引退してしまいましたけど」
引退…… どう見ても二十代にしか見えない彼女が言うと少し違和感があるけど、彼女は妖精族、つまりはエルフだ。もしかしたらものすごく年上なのかも。
「なるほど、道理で…… あぁそうだ。こっちの二人は初めてだよね。斥候のキアニィと、助祭のロスニアさんだよ。最近仲間になったんだ」
「よろしくお願いしますわぁ。本当にシャムとそっくりですわねぇ」
「ロスニアです。この出会に感謝を。あの、お二人はご親戚なんですか? あれ、でも種族が違いますね」
感心するキアニィさんと首をひねるロスニアさん。そりゃ初見だとそうなるか。本当にびっくりするくらい同じ顔だからなぁ。
「えぇ、本当に親戚では無いんですよ。私も初めて会った時は驚いたんですが、今はこの通り仲良しです。ね?」
「仲良しであります!」
シャムが今度は優しくカサンドラさんに引っ付き、カサンドラさんはシャムの頭を慈しむように撫でた。
会うのは多分二ヶ月振りくらいか。本当に仲良いなこの二人。
「カサンドラ殿。積もる話や依頼について相談したいこともあるのだが、まずはこれと…… それからこれの買取をお願いしたい」
「はい、お預かりします。ええと、護衛依頼の修了証と、これは…… 随分大きな魔核ですね。しかも綺麗な青色…… かなりの大物だったんじゃないですか?」
「うむ。こちらの大陸に来る途中、船上で巨大な島蛸に襲われてな。これについても、詳しくは後ほどまとめて話させて欲しい」
「なるほど、島蛸…… 皆さんがご無事でよかったです。では少々お待ちください。すぐに査定して、報酬をお渡しします」
カサンドラさんが奥に引っ込むと、ヴァイオレット様は受付カウンターから待合スペースの方、僕らの様子を伺っている冒険者達に向き直った。
「諸君、新参者がいきなり騒ぎを起こしてしまってすまなかった。この通りだ」
ヴァイオレット様が頭を下げたので、僕らも慌てて頭を下げた。
すると、「お、おー」とか「気にすんなー」と反応してくれる冒険者がちらほら居た。あら優しい。早くもこの街でやっていける気がしてきた。
カサンドラさんから報酬を受け取った僕らは、彼女の受付業務がひと段落するまで併設された酒場で作戦会議をすることにした。
適当にお茶と軽食を注文し、丸テーブルを一つ占領してみんなで顔を寄せ合う。
「さて、まずは今の我々が有する資金を確認するとしよう。ふむ…… 先ほどの報酬も込みで、締めて120万ディナ程だな。島蛸の魔核がかなり高額だったようだ」
ヴァイオレット様がテーブルの上に金貨を積み上げた。日本円でおよそ1.2億円くらいの価値だ…… こうしてみると壮観だな。
「み、皆さんすごいですね…… あの、私の方は少なくて申し訳ないんですけど……」
ロスニアさんは、申し訳なさそうに5万ディナほどの金貨をテーブルに乗せた。
いや、賭ケグルイのゼルさんと一緒に旅をしていたのに、これだけお金を確保できているのはすごいのでは?
「そ、そんなことありませんわぁ。この5万ディナで競り勝つことだってありますもの」
「キアニィさん……! ありがとうございます!」
「ひぃ……!?」
感極まったロスニアさんに巻きつかれ、キアニィさんが小さい悲鳴をあげる。
「ロスニアさん、キアニィが死にかけてるよ…… えっと確か商館の人によると、黄金級の戦闘奴隷の場合、落札価格の相場は150万ディナくらいだったね。
あと一週間25万ディナ。できれば安全を見て75万ディナほどは稼ぎたいところだねぇ」
「シャムに提案があります! ここに来る時に大きな賭博場があったであります。
そこで今の資金を倍に増やすであります。ゼルはいつも賭博場でお金を増やすと言っていたであります!」
シャムが元気よく挙手する。そう言えば以前、確率計算は得意だとか言ってたな、この子……
「ゼルさんめ、余計なことを…… いいかいシャム、賭けで失ったお金を賭けで取り戻そうなんて、言っちゃ悪いがバカのすることだよ」
「うむ。やはり堅実に稼ぐのがいいだろう。我々まで奴隷落ちしてしまっては、ゼル殿を助ける人間がいなくなってしまうからな。
受付の列が落ち着いたら、カサンドラ殿に相談してみよう。この金額だ。安全な依頼をこなしていては一週間ではとても間に合わない。多少危険度が高くても、報酬の良い依頼を紹介してもらうとしよう」
「みなさん、本当にありがとうございます…… あ、そういえば、皆さんのパーティー名って何ですか? あと、多分リーダーはヴィーさんだと思うんですけど、合ってますか?」
「パーティー名…… そう言えば決めてなかったね。それどころか組合にパーティーの結成届も出してなかった気がするよ」
「うむ。ロスニア殿も加入したことだし、パーティー名を決めて正式に届け出を出しておこう。ちなみに、リーダーはタチアナだ」
「え、そうなんですか?」
「ヴィー、それアタイも初耳なんだけど」
「強さが唯一の基準では無いが、リーダーは一番強いものがなるのが妥当だろう。その点、我々はどうやっても彼女に勝てないからな」
「--確かに、そうですわねぇ」
ヴァイオレット様に続き、納得した様子のキアニィさんが僕に視線を送ってくる。何だか居心地が悪い。強さで言ったら絶対ヴァイオレット様がパーティー内最強だと思うけど……
すると、ロスニアさんが何かに気付いたのかはっと息を呑んだ。
「あ…… そ、そうですよね。お二人とも強いのに、タチアナさんにはあんなに鳴かされちゃいますもんね…… あ、あはははは」
彼女が赤面しながらそんなことを言うので、僕も先日のやらかしを思い出してしまった。あー、顔が熱い。
「タチアナ、シャムの居ないところで二人を虐めたでありますか? 虐めはダメであります!」
「あー、いや、違うのだシャム。虐められてはいない。まぁ、君も大人になったらわかるだろう」
「むぅ…… 何だか最近そういうの多いであります。シャムは疎外感を感じるであります!」
ごめんよシャム。でも君って目覚めて一年も経ってないし、流石にまだ説明できないよ。
しかしパーティー名かぁ。確か王国の開拓村ベラーキにいた冒険者、イネスさんのパーティーは、彼女の髪色と得意属性から『深緑の風』というパーティー名だったはずだ。
でも、僕やヴァイオレット様、あるいはキアニィさんの外見や戦い方をパーティー名に入れるのは無しだ。追手に見つけてくれと言っているようなものだし。
ちょっと考え込んでいると、憤慨してヴァイオレット様に抗議しているシャムの髪色が目に入った。陽の光を反射させて、今日も白く煌めいている。白髪の弓使いか…… ふむ。
「ねぇ、パーティー名なんだけど、『白の狩人』なんてどうだい? リーダーはとりあえずアタイでもいいけど、パーティー名は一番可愛い子から取るって言うのもいいんじゃないかい?」
僕はヴァイオレット様とキアニィさんに意味ありげな視線を送ってから、最後にシャムの方を見ながら提案した。
シャムの存在は、まだ追手にはバレていないと思う。であれば、パーティー名は彼女の存在を全面に出したものの方がいいだろう。
「え、シャムでありますか……? 嬉しいであります!」
よかった。本人も喜んでくれている。実際、シャムからとったパーティー名なら、みんな愛着を持てるはずだ。
「うむ、良いパーティー名だ! 私はそれで構わない」
「わたくしも賛成ですわぁ」
どうやら二人は僕の意図を理解してくれたようだ。あとはロスニアさんだけど--
「私も気に入りました! 可愛いですもんね、シャムちゃん」
よかった、満場一致だ。あ、珍しくシャムが照れてモジモジしている。やっぱり可愛いなこの子。
「よし、それじゃあそろそろ受付の列も捌けたみたいだし、カサンドラさんに依頼の件を相談しに行こうか」
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