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第138話 思わぬ再会


 宿に戻った僕とヴァイオレット様は、朝食の席でみんなに位階が次の段階に進んだことを知らせた。

 やはり上がる速度が早すぎるらしく、全員驚いた表情を見せていた。


「すごいであります! シャムも頑張るであります!」


「強い人達だとは思ってましたけど、ちょっとびっくりですね……」


「でも、ずいぶん早いですわねぇ…… それに冒険者の場合、緑鋼級に至れるのは千人に一人、青鏡級に至っては一万人に一人と言われていますから、これはすごいことですわぁ」


 特にキアニィさんは、関心したように僕とヴァイオレット様を交互に見ている。

 

「キアニィ、もしかしたら君もすぐに緑鋼級に上がれるかもしれないぞ?」


「まさか。仮にわたくしが順調に鍛錬を積んだとしても、あと数年はかかると思いますわぁ。あなた方が異常ですのよ」


「ふふっ。さて、どうかな?」


 笑みを浮かべるヴァイオレット様に、キアニィさんも含めてみんな怪訝な表情になってしまった。

 彼女にはぐらかされたまま朝食を終えた僕らは、諸々の物資を補給して商隊と合流、早々と街を後にした。


 ジューファの外に出て数時間も歩くと、緑の気配がどんどんなくなり、辺りは完全な砂漠地帯となった。

 粒子の細かい砂に足を取られてかなり歩きにくいけど、身体強化のおかげでそこまで影響は無い。


 それより辛いのが、砂つぶと共に吹きつけてくる乾燥した熱風だ。これが容赦無く体の水分を奪っていくので、喉だけでなく口の中までからからになってしまう。

 強烈な日差しと暑さでかなり汗をかいているはずなのに、一瞬で蒸発してしまうせいか、肌がカサカサしている気もする。


 反射的に腰の水筒に手が出そうになるけど、なんとか我慢した。まだ街を出て一日も経っていない。

 水は限られているので、がぶがぶ飲んだらあっという間に無くなってしまう。

 隊列や陣形は出発した時と同じなので、僕の左隣ではゼルさんが歩いていて、彼女を挟んだ向こう側にロスニアさんがいる。


「ふぃー…… 暑いにゃぁ。流石のウチも参ってしまうにゃぁ」


「そうみたいだね。ゼルさんの話し声が全くしないから、アタイの耳が聞こえなくなったのかと思ったよ」


「ふふふ、ゼルは喋ってないと死んでしまいますものね」


「そんなことないにゃ! 黙ってることもできるにゃ。五分くらい」


「それ息止めてるだけじゃないの?」


「そうとも言うにゃ」


 暑さで頭が回っていないのか、身のない話をしながらひたすら茶色い砂の上を進む。

 砂漠の奥に進むほど暑さは厳しくなり、さらに多種多様な魔物が砂の中や空から奇襲を仕掛けてくる。

 前半の一週間は護衛の冒険者の数が過剰とも思えたけど、砂漠に入ってからはむしろギリギリと言う印象だ。

 木々は全く生えていないけど、王国に隣接した魔物の領域、大森林に入った時のようなピリついた雰囲気を感じる。ここはもう明確に魔物の領域のようだ。

 

 砂漠に入って一日目の夜になり、気温が急激に低下した。日中は死ぬほど暑いのに、夜は凍えるほど寒いとか、悪い冗談のような気候だ。

 商隊は全体が停止し、それぞれ適当な所で野営することになった。


 雇い主のナージャさんにお願いされて、自分達の野営場所と同行している他の商隊の所に、焚き火ほどの大きさの火を出して回った。

 他の商隊からは、お礼に食べ物や水魔法使いの人が出してくれた水なんかももらった。

 この水は時間が経つと魔素に分解されてしまうので飲めないけど、体を拭いたり食器を洗ったりに使えるのでありがたい。


 みんなで夕食を終えていざ寝ると言う段階になって、ゼルさんがしなだれかかってきた。


「うぅ、焚き火のおかげでマシだけど、まだ寒いにゃぁ…… タチアナ、一緒に寝てほしいにゃ」


 彼女のふわっふわの体毛とその奥の柔らかい感触に、猫を愛でるような気持ちと異性と触れてドギマギする気持ちが混じり合う。

 これだけ暖かそうな毛皮に、支給された毛布まで被ってるのに、それでも寒いようだ。


「しょ、しょうがないねぇ。ほら、おいでなさいな」


「やったにゃ!」


「ゼ、ゼル! タチアナさんじゃなくて私と一緒に寝ましょ?」


「えー…… ロスニアはひんやりしてるから夜はタチアナの方がいいにゃ」


 僕に身を寄せながらそんな事をいうゼルさんに、ロスニアさんがショックを受けたような表情になった。


「ふ、ふん! じゃあいいですよ。私はキアニィさんと一緒に寝ますから!」


「い、いえ、それはちょっと……」


「ヴィー、シャムとくっついて寝るであります!」


「ふふっ、そうしようか」


 雲ひとつない満天の星空の下、少し騒がしい砂漠の夜は更けて行った。 






 砂漠を往く旅は、その環境と魔物の多さにより困難を極めた。けれど、商隊の人達はみんなそれに慣れていた上に、護衛の人達も優秀だった。

 そのおかげで、一人も欠ける事無く無事に目的地に辿り着くことができた。ルジェを出てから二週間ちょっと。予定通りである。


 目的地の魔窟都市ミラビントゥムは、その名の通り周囲を数多くの魔窟に囲まれた都市だ。緩やかな谷底に造られた城塞都市であり、この中に1万人程が暮らしている。

 他にも同じような魔窟都市はたくさんあるらしいけど、ここはその中でも群を抜いて大きいそうだ。

 都市の近くにある魔窟は全て管理された魔窟で、出入り口の数を制限し、中の魔物を適度に間引いている。割とうまくいっているようで、ここ数十年は都市の周りで魔窟で狂溢(きょういつ)は起こっていないらしい。

 しかも、砂漠にに生息する種類の特性なのか、魔窟の中には地下水脈を汲み上げ、それで魔物を呼び寄せるものもあるそうだ。

 管理された魔窟の幾つかはそんな水源用の魔窟になっていて、砂の中に埋没されたパイプを通って谷底の街に水を供給しているらしい。よくできた仕組みだ。


 雇い主のナージャさんについて城門を抜けると、茶色い角ばった同じような建物が整然と並び、椰子の木のようなものも生えていて、ルジェとは全く違う街並みだ。

 市場の壁や店先には、何に使うのかわからない色鮮やかな厚手の布がたくさんがかかっていてる。住人の人達の格好も砂漠の民って感じなので、異国情緒にワクワクしてしまう。


「よし、ここが目的地の商館だ。ご苦労だったな、お前さん達。こいつを組合の窓口に見せれば依頼料をもらえるはずだ」


 大きな商館の前で足を止めたナージャさんが、僕らに依頼の修了証を手渡しながら言った。


「ありがとさん。それで、ついでと言っては何だけど、ここの商館の担当の人に合わせてくれないかい?

 知っての通り、アタイらはそこのゼルさんを買い戻したくてね。顔を繋いでおきたいんだよ」


「--まぁ、奴隷を買いたがっている客を紹介するだけだ。いいだろ、ついてきな」


 ナージャさんの紹介で奴隷担当の人に引き合わせては貰えたけど、ゼルさんに関してはやはり競りで落とせと突っぱねられてしまった。

 彼女が奴隷の競売にかけられるのは一週間後ということだった。僕らはそれまでに、彼女を落札できるくらいの十分な資金を用意する必要がある。

 ゼルさんと別れる際、一時の別れに涙ぐむロスニアさんに対して、ゼルさんは相変わらず気楽そうだった。

 でも、以前は無理しなくていいにゃと言っていた彼女が、今日は待ってるにゃと笑っていた。期待に応えないと。


 商館を後にした僕らは、ひとまず護衛の依頼料を受け取るために冒険者組合に向かった。他の建物と同じような角ばった作りの大きな建物だ。

 中に入って受付の列に並ぶこと暫し。列が捌けていき、僕らの前の人が受付を離れたことで、受付の人の顔が見えた。


「ようこそ、本日はどのような-- あら、皆さん!」


「え……? カ、カサンドラさん!? 何でここに!?」


 受付の人は、(うち)のシャムとそっくりな妖精族、カサンドラさんだった。帝国北側の地方都市で受付をしていた彼女が、一体なぜ……?

 全く予想していなかったので、僕は驚いて固まってしまった。しかし、対照的に凄まじい反射速度で動いた人が居た。


「カサンドラー!!」


「ま、待てシャム!」


 だんっ!


 シャムがヴァイオレット様の制止を振り切り、ニコニコの笑顔でカサンドラさんにダイブした。

 まずい……! 彼女の体重はヴァイオレット様と同じくらいある。しかもちょっと身体強化までしてしまったのか、ダイブの速度が普通じゃない。

 このままじゃきっとカサンドラさんが大怪我をしてしまう。僕は間に合うわけもないのにシャムに向けて手を伸ばした。

 

 しかし、それは全くの杞憂だった。

 カサンドラさんは一瞬で席を立つと後ろにすっと身を引き、シャムを抱き止めながらクルリとその場で回転。衝突の勢いを完全に殺してしまった。

 す、すげぇ……


「うふふ。お久しぶりですね、シャムちゃん」


「本当に久しぶりであります! また会えて嬉しいであります〜!!」


 肝を冷やしている僕らを他所に、同じ顔をした母子のような二人は抱き合って再開を喜んだ。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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