第137話 奴隷の護送依頼(2)
ちょっと長めです。
出発前に一悶着あったものの、僕らは予定通りルジェの南門から都市壁の外に出た。
僕らが護衛する商隊の他に、5つほどの集団が集まったかなりの大所帯で魔窟都市を目指すようだ。
総勢で100名以上はいそうで、その倍くらいの駱駝をつれているので結構壮観だ。
護衛の僕らは、奴隷商のナージャさんの商隊を囲むように分散して辺りを警戒している。
隊の前ら辺にヴァイオレット様とキアニィさん、真ん中程、ちょうどゼルさんの右手に僕、左手にロスニアさん、そして後ろにシャムだ。
配置の都合上、自然と近場の三人で会話することになった。
「このマント、買っておいてよかったね。日差しを防げるし、思ったより暑苦しくないよ」
「ウチらにも日除の服を着せてくれるからありがたいにゃ。ナージャのやつは結構いいやつだにゃ」
「ゼル、疑わないことは貴方の美徳だけど…… いえ、なんでもないです」
「にゃ?」
今朝市場で買ったフード付きのマントは、意外に通気性がよく、白い色合いもあって強い日差し良く遮ってくれている。もちろんロスニアさんや他のみんなも同じものを着ている。
ゼルさん達奴隷の人たちも、全身を覆うようなフード付きの白い服を着させられていた。
位階が高めの戦闘用奴隷の彼女達でも、この日差しの中ノーガードではすぐに参ってしまうからだろう。彼女達の商品価値の高さが窺えるな。
正直、彼女達が着ている服の方が砂とかも防げそうだけど、防具との兼ね合いもあり、僕ら護衛はフード付きのマントに落ち着いている。
ルジェを出てすぐの辺りは、地形が起伏に富んでいるけどまだ植物も水場もある。正直、別の大陸に来た感じはあまり無い。
でも、一週間ほど歩いて中間地点の街を越えると、完全な砂漠になるらしい。
季節は初夏。今の時点でかなり暑いのに、もっと過酷になるはずだ。不安はあるけど、砂漠って行ったことないからちょっと楽しみだな。
ルジェを出て暫く歩き、軽い昼食を終えてさらに少し進んだあたり。長く伸びた隊列の前の方が騒がしくなった。
ゼルさん達とのおしゃべりを中断して身構えていると、前の商隊の護衛らしき人があんまり緊迫していない調子でこちらに声をかけてきた。
「おーい、小屍食鬼が20匹くらいだー。後ろに伝えてくれー」
「了解したー。タチアナ、聞こえたか? 後ろに伝えてくれ」
「あいよー。シャムー、聞こえてたー? 後ろにどうぞー」
「わかったでありまーす!」
ルジェの冒険者組合で軽くこの辺りの魔物について聞いていたので、小屍食鬼がどんな魔物かも知っている。
小屍食鬼は、いわば砂漠に適応した小緑鬼だ。一人前の冒険者であれば、複数体を相手にしてもまず負けない。護衛の人が軽い調子なのもうなづけた。
体格や強さは小緑鬼と殆ど同じだけ。だけど、体の色をある程度変えて擬態できるらしいので、そこだけちょっと注意が必要だ。
もしかしたらこの辺りにも潜んでるかも。そう思って再度周囲を観察したところ--
「あ……」
いた。商隊が通っている街道の脇、草陰のところに、地面と殆ど同じ色をした小柄の人影と、何対かの目玉が見えた。なんか最近もこんなことがあった気がする。
ちょうど擬態を解いて立ち上がりかけたところで僕と目があったようで、奴らの方もびくっと動きを止めている。
一瞬の間のあと奴らが雄叫びを上げて襲いかかる前に僕は魔法を放った。
『……螺旋火!』
「「ゲギャーッ!?」」
最近よく使っていた螺旋状の火線を放つ魔法は、詠唱なしでも十分な威力を発揮した。火線に薙ぎ払われた小屍食鬼たちは、殆ど体が両断されかかっていた。
……いや、それにしてもちょっと威力が強すぎないか? 詠唱を省略したのに、先日海で使った時より貫通力が高い気がする。
そこで気づいた。魔法を使用した際に位階に応じて発揮される放射光の色、以前は黄色だった僕のそれが、今は緑色に変化していたのだ。
まだ黄緑がかっているけど、確実に黄色じゃない……! やった、いつの間にか黄金級から緑鋼級に位階が上がってるぞ!
しかし喜ぶのも束の間。草陰から次々と小屍食鬼が現れ始めた。
「「ゲギャギャギャギャッ!」」
「右手からも小屍食鬼だよ! 数は…… 同じく20匹くらい!」
「こっちからもです! 同じく20匹くらい!」
僕と同時に、隊列を挟んだ反対側のロスニアさんも声を上げた。どうやらかなり大規模、かつ頭の回るリーダが率いる群れに包囲されてしまったようだ。
「キアニィ、ロスニア殿、そっちを頼む! シャム、君はそこから動かず適宜援護を頼む!」
「了解ですわぁ!」
「援護するであります!」
ヴァイオレット様の指示に、全員が小屍食鬼に対して攻撃を始めた。
視界の端に、槍の一振りで小屍食鬼を数匹まとめて吹き飛ばすヴァイオレット様が見えた。
ちなみにここで言う吹き飛ばすとは、破裂音と共に相手を血霞に変えてしまうことだ。なんだか彼女の膂力も一段階上がっている気がする。
無双する彼女に負けじと僕も魔法を連発していると、数分ほどで襲撃してきた魔物達を一掃することができた。
「ふぅ…… ちょっと数が多くて焦ったけど、やっぱり小屍食鬼だとこんなもんだね」
「おつかれさまだにゃ。やっぱりみんないい腕してるにゃ」
「ありがとさん。ゼルさん、怪我はないかい?」
「無いにゃ!」
商隊の様子を見た感じ、ゼルさん含めみんなに怪我は無いようだ。
同じように隊列の様子を確認していたヴァイオレット様が、嬉しそうに僕に走り寄ってくる。
「タチアナ、おめでとう! これで君も超人と呼ばれる領域に達したな!」
「見てたのかい、ありがとう! ヴィーも相変わらずすごいね。小屍食鬼を数匹まとめて消し飛ばしてたじゃないか」
「ふふっ、なぜだか調子が良くてな。少々はしゃいでしまった。 --近いうちに軽く手合わせをお願いできるだろうか? 少し確かめたいことがあるのだ」
ヴァイオレット様が僕に耳に顔を寄せて囁くので、僕も同じように小声で返した。
「えぇ、もちろん。僕も魔法ばかりで槍の使い方を忘れそうですし」
「うむ、感謝する! ではな」
ヴァイオレット様が前の方に戻る頃にはみんなも落ち着きを取り戻し、隊列は再び街道を進み始めた。
大規模な小屍食鬼の群れの後も、魔物からの襲撃は散発的に続いた。
しかしあまり強い魔物は出てこなかったので、商隊は順調に旅程を消化し、予定通り一週間ほどで中間地点の街に着いた。
このジューファという街は、ルジェとミラヴィントムの中継地点としてそれなりに栄えた城塞都市だ。
遅くに着いたのであまり見て回れなかったけど、港湾都市のルジェとは建物の作りや街の雰囲気がだいぶ違っているような気がする。
街に入った僕らはそれぞれ宿を取り、疲れもあって早々と寝てしまった。
そして翌朝の早朝、僕は前日にヴァイオレット様に声をかけられていたので、槍を持って宿の裏手の少し開けた路地裏に来ていた。
「早くからすまないなタツヒト」
「いえ、このくらい早い時間でないと、誰かに見られてしまうでしょうから」
ヴァイオレット様も槍を持っている。心なしか少しウキウキしているように見える。
「早速だが、軽く組み手を頼む。あぁ、できれば君は強化魔法を使って欲しい」
「え? はい、わかりました」
軽く組み手なのに強化魔法? 疑問に思いながらも僕は詠唱を開始し、魔法を発動した。
『雷化』
バチチチチッ!
雷属性の強化魔法を発動した瞬間、僕の体は帯電し、体感時間が引き延ばされる。
「よし、では行くぞ!」
「はい!」
僕が答えた瞬間、ヴァイオレット様の体が青く発光した。正確には水色に近い色だったけど、明らかに緑色では無くなっていた。
驚いて目を見開く僕に構わず突進してくる彼女に合わせ、僕も槍を合わせる。
しかし、僕の知っている全力の彼女よりもさらに強く、疾い攻撃に手が間に合わず、たった数合で槍を弾き飛ばされてしまった。
--ガランッ!
僕の槍が地面の落ちた後、ヴァイオレット様は残心を解き、青く発光する自身の体を見て口角を上げた。
「やはり……!」
「--ヴァイオレット様、おめでとうございます! 英雄の領域、青鏡級に達しましたね!」
どうやら僕と同じタイミングで、ヴァイオレット様の位階も次の段階に上がっていたようだ。
おそらく、島蛸を倒したの大きかったんだろうな。
「あぁ、ありがとうタツヒト! しかし、位階が上がるのが少し早すぎる気がするな……
以前、同じく青鏡級の領軍騎士団長に話を聞いた様子では、私の位階が上がるのはもっと先だと思っていたが…… まさか……?」
ヴァイオレット様が僕の方を目を見開き、僕の体を上から下までじっくりと見た。
「あの、どうされました?」
「--いや、すまない。まだ疑惑の段階なので、確信が持てたら話させてもらおう」
「そ、そうですか」
「うむ。っと、思ったより大きい音を立ててしまった。人に見られる前に宿に戻ろうか」
「はい、そうしましょう」
ヴァイオレット様が宿に向かって歩き始めたので、僕もその後ろに着いた。
「--やはり、そうとしか考えられない。キアニィにも確認しなくてはな」
彼女が小声で何事かを呟いた気がしたけど、僕には良く聞き取れなかった。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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